pattypuru(パティプル)の世界へ
ルカミアエル・シーナ―椎名美亜―は街中に立っていた。
美亜より小柄でスタイルの良い身体、背中を越す位の長く艶やかな黒髪、白く透き通るような肌、桜色の唇、ちょっと垂れ気味の大きな紅い瞳。
ノースリーブの編み上げ黒ミニワンピースと付け袖、その上に白いケープ付きのマント、黒いブーツ。
背中には天使のような羽が生えている…但し、ルカミアエルの羽は漆黒だが。
現実とは全く違う姿。始めた頃は、現実とゲームキャラの身長差や姿の違和感を感じていたが、今ではもう慣れた。
…慣れたとは言え、ルカミアエルは美亜の理想の姿。
建物の窓硝子に映る[自分]の姿を見つめて、ついついにやけてしまったり、そのさらさらした長い黒髪を弄ってみたり。
そしてルカミアエルの横を誰かが通ると、ハッとしてそそくさとそこから離れる。
(…いけないいけない、これじゃあたしただの変な人だよ…)
ルカミアエルは恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。
そしてその気恥ずかしさを振り払うように頭を勢い良く振り、がっくりと肩を落とすと両手を建物の壁につく。
この仕草が余計に人目を惹いている事を彼女は気づいていない。
pattypuruの世界はドーナツ型の島に人間の国3つ(1つは滅んだ国)、魔族、精霊、エルフ、獣族、竜国と中央の天族の島に別れ、それぞれの国に1つの街(場所)と言う造りになっている。
他国やダンジョンへと移動する際は、モンスターが出る街外れから徒歩、もしくは騎乗で移動して行く。
羽のある種族も同じ。決められた区間以外飛行は出来ない。
ただし、中央の島・ラウルスだけは天族の特権で呪文一つで移動できる。
ルカミアエルが今居るのは昨日ログアウトした場所、カナヴィという人間の王国にある街、ヒエムス。
目に映るものは、本物ではなくCG。ほとんどのNPC等もフルボイス仕様になっている為か、かなりリアルな世界だ。
街の風景、建物や露天の商品とそれを売る商人や行きかう人々―探求者と呼ばれるプレイヤーや所謂NPC―達の喧騒や呼び込みが飛び交い、本物の街の喧騒のようになっている。
その中でもプレイヤーキャラは多少デフォルメされたNPCと区別するためか、かなり本物に近い質感になっている。
ドロシーとの待ち合わせは、人間の国カナヴィにあるヒエムスという街の商店街。
彼と合流してから必要なアイテムを補給し、新しいダンジョンへと向かう手筈になっている。
ルカミアエルはメニューから自分のステータス画面を開いた。
目の前にステータス画面が映し出される。ちなみにステータス画面は自分しか見る事はできない。
*名前:ルカミアエル・シーナ Lv350 天族(悪魔)
*職業:召喚師(中級)/サブ 剣士(極)・吟遊詩人(中級)
*HP5212 /MP7650
武器
*栄光の杖/*ケセドの剣*銀の竪琴
防具
頭*ルーナ・ネゼル
体 *ダァトローブ
靴 *ホシェフブーツ
外套*エードラムマント
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ルカミアエルはメインが召喚師、サブ職業は剣士と吟遊詩人。
召喚師は[異界(「パティプル以外の世界」と定義されている)]から自分と契約した者を呼び出し、力を借りる。召喚する者にもよるが、主に敵を殲滅したり味方の回復、補助等を行う。
剣士はその名の通り、剣の使い手。
戦士よりも身軽で攻撃力は高めだが、防御力に劣る。
吟遊詩人は歌や演奏でパーティの能力を高めたり、敵を混乱させたり眠らせたりする。
攻撃もできるもののダメージは低めで、パーティーのサポート役になる事が多い。
職業は初期ではメインのみ、Lvが上がり専用クエストをクリアするとサブ職業もつけられる(最大でメイン1・サブ2)。
職業及びスキルには熟練度が有り、使い続けると初級→中級→上級→極の順に上がっていく。
熟練度が極まで高まると、そのスキルに強化ボーナスが付くようになる。
メイン・サブのジョブチェンジ(職業変更)・スキル変更、探求者のパートナーやギルドの登録、クエスト依頼等はすべて〖リクムス〗と呼ばれる総合受付所で行う。
ルカミアエルはヒエムスの商店街を散策しながら、時間を確認すると約束の時間まで30分ほどある。
(まだ時間ある…ラウルスのクエストだけ、先に済ませちゃおう)
ルカミアエルは転移の呪文を使い、パティプルの中心の島-天族の住処ラウルスへと移動した。
一瞬暗くなり気がつくと、大きな門の前のある街の入り口付近に居た。
カナヴィとは違い、静かで緑の多いラウルスの街、カエルム。
ここには死神、天使、悪魔のNPCと天族を束ねる長老(外見は見目麗しい青年)が居る。
天族は此処でNPCから特殊クエストを受ける事ができる。
pattypuruでの死神・天使・悪魔は同じ天族で善悪の違いは無い。
違いは背中の羽と色(死神は8枚の薄い羽、天使は純白、悪魔は漆黒の羽)と、特殊イベントでの能力。
天族の役割は死者となる者(特殊イベントNPC)の処へ行き、それぞれの魂を生前の行いに相応しい場所へと連れて行くこと。
魂を切り離すのは死神の役目。その後プレイヤーが天使ならば善人の魂を天国の番人へ、悪魔なら悪人の魂を地獄の番人へと引き渡す。
プレイヤーが死神の場合は、ラウルスの聖堂で天使か悪魔を選び、死者となる者の処へ行き、生前の行いおよび罪状が書かれた書簡を(簡略化して)読み上げて魂を切り離す。
その後は同伴した天使か悪魔に魂を引き渡して終了。イベントが終わると自動的にラウルスへと戻される。
ルカミアエルは街の中を歩き、聖堂に入る。
此処に特殊NPCの3人が居る。
中央に死神の青年、ラディム・イーシャ。右側に悪魔の少年、シモン・フーラ。左側には天使の女性、シュゼット・ブランシェ。3人とも真正面を向いている。
主要NPC達の名前や職業等は頭上に浮かび上がっているので、一目見ただけでもわかるようになっている。
ルカミアエルは死神のNPC、ラディムの正面に立ち、話しかけた。
「えっと…ラディム?」
チャットはコマンドから打つ場合と、ボイスチャットで直接話しかける方法の2種類がある。
ルカミアエルはいつもプレイヤーにもNPCにも直接話しかけている。
その方が早いから、という理由で。
声を掛けると、ラディムはルカミアエルに視線を向け、口を開いた。
「よぉ、ルカミアエル。今日はどうした?」
ラディムの少し無愛想な声が聞こえ、彼の頭上に台詞が浮かび上がる。
キャラクター名は飛ばされているが、聞いていても不自然にならないように配慮されている。
彼の台詞が終わると、ルカミアエルの目の前に選択肢が2つ出てきた。
1.今日の仕事
2.特に何もない
ルカミアエルは1の選択肢に触れると、それはピッと言う音がして消えた。
「行くぞ、ルカミアエル。今日もよろしく頼む」
ラディムの声が聞こえ、画面が一瞬暗転する。
次の瞬間、見知らぬ家の寝室のような所にラディムと2人で立っていた。
2人の足元にはちょっと荒くれぽい40代位の大柄な人間の男が目を閉じてベッドに横たわっている。
頭上には「ドンナモンジャ・P・ダディ」と書かれている。
何時もの事だが、悪人NPCの名前がゲームの中とはいえおかしな名前ばかりなのは何故なのか…
ルカミアエルは思わず笑いそうになるのを堪えた。
「…起きろ、ドンナモンジャ・P・ダディ」
ラディムが声を掛けるとドンナモンジャ(NPC)は目を開け、こちらを見つめている。口が何か言いたげに開くが、言葉は無い。
「我は死神。寿命が尽きる者の魂を刈り取る者」
ラディムが無表情に、極めて事務的な口調で話す。
ドンナモンジャは金縛りにでもあっているかのように動かない。その顔も先程から変わらないままだ。
ラディムは巻物を取り出し、書かれている彼の罪状を読み上げ始めた。
「我は汝の罪をここに告げる。
汝、生前において欲に目が眩み悪行の限りを尽くし、人を人とも思わずその心を踏みにじり…………汝の生前の悪行は当然の報いとして、地獄がふさわしいと万人が認めるところである。
よって汝の魂は、我、死神ラディム・イーシャと悪魔ルカミアエル・シーナにより地獄へと送られる事が決定された。
…その罪、地獄で贖うが良い」
文句が終わり巻物をしまうと、目を開けたままのドンナモンジャ(NPC)の身体から黒い光を放つ球体が浮かんできた。
球体は細い糸のようなもので身体と繋がっている。
ラディムは取り出した大鎌で身体と繋がっている魂を切り離し、ルカミアエルに手渡した。
その瞬間、ドンナモンジャは大きく口を空けて白目を剥いた。
その姿はただ失神しているようにも、命を失っているようにも見えた。
この後は、ラディム(死神)から受け取った黒い魂を地獄の門番へと引き渡せば良いだけ。
(…何時もの事ながら、ほんと良く出来てる)
ルカミアエルが重さを感じない魂をアイテムバッグへしまうと視界が暗転し、地獄の門へと瞬間移動する。
地獄の門は2段構えになっている。
手前には上部に鋭い返しのついた黒い門とその傍らに立つ門番、その後ろには苦悶に満ちた表情の罪人達がもがいている様が彫られた石造りの巨大な門がある。
ここはいつも薄暗く、空も薄紫という全体的に淀んでいるような雰囲気の場所だ。おまけに奥の地獄門から滲み出ている黒い空気と交じり合い、非常に禍々しい雰囲気を醸し出している。
「地獄の門へようこそ、ルカミアエル。今日の魂は幾つだい?」
手前の門の傍らに居る、全身を包む真っ黒いローブに黒いフードを目深に被った長身の悪魔の男、地獄の門番―フェリクス・ガイスト―が声を掛けてくる。
フードで目元は見えないが、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいる。
その笑みに気圧されながらも、ルカミアエルは無言でバッグから先程の魂を取り出し、フェリクスに渡す。
「罪人の魂1つだね。今日も賑やかになりそうだ…。お疲れ様、ルカミアエル。ラディムによろしく」
フェリクスの台詞が終わると同時に視界が暗転し、気がつけばラウルスの聖堂だった。
再びラディムに話しかける。
「ルカミアエル、今日の報酬だ。また今度も頼む」
目の前に報酬の経験値とコインが表示される。
これでこの「お迎え」クエスト完了だ。
聖堂から出ると、まだ待ち合わせの時間にはまだ早かったがカナヴィに戻る事にした。
―カナヴィ・ヒエムスの商店街―
ルカミアエルは友人ドロシーとの待ち合わせ場所であるリクムスの前に来た。
彼―ドロシー・リドル―は、ルカミアエルとはプレイ当初からの付き合いだ。
敵に囲まれながら一人で苦戦していたドロシーに、その当時魔術師だったルカミアエルが魔法でサポートしたのが切欠だった。
今ではよく一緒に組んではダンジョンへ行ったりする良き友人である。
まだドロシーは来ていない様だ。
「…まだ早かったかな」
ルカミアエルは独り言る。
溜息一つ吐き、リクムスの横にある木に寄りかかるようにしてぼんやりと遠くを眺めていた。
その時、ルカミアエルを呼ぶハスキーな声が遠くから聞こえてきた。
「ルーカーちゃーーーん!!」
良く見知った顔がこちらに向かって走り寄ってきた。
渇色の肌、少し釣り目気味のフォレストグリーンの瞳、輝く銀色の長い髪を三つ編みに纏めた美しい青年。
良く見ると、頭上に猫の様な耳と白と黒の縞模様の尻尾が生えている。
白いマントに同じ色のゆったりめの長袖の丈の長い服、ズボンと黒いブーツ。
何となく軍服の様な感じを受ける。
ルカミアエルの待ち人、獣族の白虎の青年 ドロシー・リドル。
一見するとハスキーボイスと相まって長身の美女に見えるが、彼はれっきとした男性だ。ただ、俗に言う「オカマ」ではあるが、こう見えてもLv350の暗殺者(極)だ。主な武器は魔界製のツインナイフ、ネツァクとシェリダー。レアの部類でも上級に入る武器だ。
サブ職業に射手と薬剤師(共に中級)を持つ、敵に回すと実に恐ろしい青年である。
「ごめーん、待ったぁ?」
目の前でにこりと笑うドロシーに、ルカミアエルもつられて笑う。
「大丈夫!さっき来た所だよ」
「それならよかったわ。もしも待たせちゃってたらどうしようって心配していたの」
ホッとした様にドロシーが微笑む。
「そんなの気にしなくったって良いのに。それじゃー買い物、行く?」
ルカミアエルはドロシーの顔を見上げる。
「ええとね、その前に…実は相談したい事があるんだけど…」
ドロシーが、少し困ったような笑顔でルカミアエルを見つめた。
―何時も明るい彼にも、何か悩み事があるのだろう。
自分にできる事なら協力したい。
ルカミアエルはそう思った。
「うん、いいよ。あたしでよければ話聞くし」
「本当?ありがとルカちゃん!」
ルカミアエルの答えに、ドロシーは花のような笑顔を咲かせた。
「じゃあさ、場所移ろうか」
「そうだね」
「……うっ」
そうして2人で街中を歩き出した時、ルカミアエルは急に眩暈のようなものを感じ、思わずよろけてしまった。
慌ててドロシーがルカミアエルを支える。
「ルカちゃん、大丈夫!?」
ドロシーが心配そうに見つめている。
「う、うん…」
もう大丈夫、そう続けようとした時それは起こった。
「…え?」
目の前の光景に思わず声が出る。
「どうしたの?大丈夫?」
ドロシーがルカミアエルの顔を見つめる。
「ドロシー…あ、あれ…」
「え?どうした…の……」
ルカミアエルが指を挿した方に顔を向けた時、信じられない事が起こっていた。
音も無く、街の風景がまるで早送りでもしているかのように変わって行く。
「「…………」」
余りの事にルカミアエルとドロシーは顔を見合わせる。
その間にも、街は早送りで人々が行き交い、家や商店が無くなったり新しく出来たりしながらその姿を変えていく。
人々も街の光景もCGから段々と現実のようにリアルになっていく様に見えた。
その光景に、ルカミアエルもドロシーもまるで自分達だけが此処から取り残されたような錯覚を覚えた。
暫くすると、街の景色は徐々にゆっくりと変わって行き、やがて街の喧騒が戻った。
其処はもう、ルカミアエル達の知っているオンラインゲーム・pattypuruのヒエムスでは無かった。
12/10読み返して、おかしな所を少し手直ししました。
色々と説明が多くなってしまいましたが、少しは解りやすくなったかなと思います。