The 6th Attack!! 9
荒野シュツルクは『水期』に入っていた。
水期の間、荒野シュツルクは水没する。石灰質を多く含んだ地下水が一気に地面のそこかしこから吹き出して、荒野は汚れたミルク色の水をたたえた死の湖となるんだとか。
私たちは湖の水深があがるのを待って、小さな舟を一艘かりた。それに原付を乗っけて、これで進むことになった。
そもそもどんな顔をして葉介たちに会えばいいか、正直迷いまくる。眉間に皺が寄ってたらしい私の肩を、幹也がたたく。
「とにかく、帰ろう。葉介に会おう」
幹也の目は涙で濡れていてきらきら光っている。……私のしたことが、どうしても悔しかったらしい。
「ごめんね。ごめんね、幹也」
私は一生懸命謝った。幹也にはもうなんて謝ったらいいか分からない。幹也はかすかに首を振った。
「もういいよ。しょうがなかったんだし。それより手、つないでて。それだけでいいから」
幹也はほんの少し口角をあげて見せてくれる。
幹也は全部知ってるから許してくれた。葉介はどうだろう。許してくれるかな。
勝手に進んでくれる小舟の上でずーっと幹也の手を握りしめ、あっためていた後、やっと、行く手に見える一艘、私たちが乗っているのと同じような小さな小舟が見えてくる。
「葉介だ…」
小舟には誰かが乗っている。姿はきちんと見えないけど、葉介に決まっている。ほんの少しだけ、元気がついた。
私が肩の高さの位置で手を振ると、その誰かは舟から身を乗り出して何かを蹴っとばすような動きをした。一緒に乗っている誰かが止める。あれはナルドだろうか。
「ふふ……ははは。ねえ幹也、葉介すっごい怒ってるよ」
「……ほんとだ。落ちそうじゃん。ははは。俺殴られるかも」
私たち二人とも、葉介の姿を見たとたんにちょっとずつ元気が出てくる。現金なものだ。ほんのついさっきまで会うのも怖かった弟だけど、いざ姿が見えてくると、もう恋しくて仕方ない。
私は舟の上で立ち上がって、今度は全力で大きく手を振った。舟は互いに近づいてきて、もう葉介の表情まで見える。
葉介はひきつった笑顔を浮かべている。自分が怒りまくってるのを分かってて、必死で冷静を装って、拳じゃなくて口で相手をぼころうとしているときの顔だ。こういうときは逆にもっと怒らせるのがいい。
私が大げさな動きで葉介に投げちゅーをとばすと、案の定葉介はぶち切れた。羽織っていた砂と日差しよけのマントを肩から引きちぎるように乱暴にかなぐり捨てると、真っ白の汚い湖に飛び込もうとする。それをナルドに優しく羽交い締めにされて止められているのを見てやっと、幹也はおもしろそうに笑った。
「ははは。怒ってる怒ってる」
私は嬉しくなってまだ座ってる幹也を引っ張った。
「もっとなんかやろう。マ〇モ体操踊ろう」
「そんなの俺が踊れるわけないじゃん。ていうか俺が舟から落ちたらどーすんの」
幹也は引っ張られても立ち上がる気はさらさらないみたいだった。仕方ないから一人ででも踊ろうかな、と観客の様子を確認していると、もみ合う葉介とナルドの後ろに、更にもう一人、誰かが静かに座っているのが見えてくる。
「………」
クラージュだった。伏し目がちに、あの、お人形さんのような顔を蒼白にして、ただじっとしているのが少しずつ露わになっていく。
なんだか、ただならない感じだ。とてもじゃないけど、『ジャバドゥバ♪ ジャバダバ♪』……なんて、やれそうな雰囲気ではない。そんなことより、今すぐクラージュのところに行って、ちゃんと息してるかどうか確かめてあげなくちゃいけないような、そんな今にも折れそうな緊張感のある風情だ。
私は茶化すのをやめにした。ただ、もう一回、めいっぱい手を振る。体全体を使って、手を振る。
舟がとうとう接近すると、横付けされるのも待たずに私は助走なしで葉介たちの舟に飛び移る。
舟は二艘とも大きく揺れた。ぎゃーっていう悲鳴をあげて、幹也は必死で舟の縁に掴まっている。幹也の場合、悲鳴をあげてるうちは無事だ。
「葉介、ただいま!!」
ナルドの力持ちの手によって、苦もなく二つの小舟が引き寄せられ、ロープで連結されるのを横目で見ながら、私は葉介に抱きついた。
「開き直ってんのかよ、花奈も幹也もっ! せっかく無事で戻った体を無事じゃなくしてやろーか!?」
相変わらず葉介はツンデレを気取るつもりらしい。口ではぶつぶつ言いながら、ぎこちなく私の背中に手を回す。
「………ま、そういうことで。ただいま、葉介」
「幹也! ぎゅってしよう! ぎゅって!」
ちっちゃなプライドと、ダメダメな運動神経が邪魔して、舟を飛び移ってこっちに混ざれないらしい幹也も無理やり引っ張り込んで、三人で抱き合う。
今、三分の一が三分の二になって、そして三分の三になったことを感じていた。
「ただいま、葉介!!」
「……お帰り、花奈」
私が甘えた声を出すと、葉介も答えてくれる。どさくさ紛れにナルドも葉介にそっと抱きついている。私も葉介ごしにナルドをぎゅっとした。ちょうどナルドと私で葉介を挟むかっこうだ。
それを手持ちぶさたそうに見下ろしているのがクラージュだ。私は葉介と幹也とナルドを抱きしめるのに使ってしまって、もうほとんどあまっていない腕をさらにおもいっきりクラージュへ伸ばした。
「来なよクラージュ!」
「…………ええと」
愛の抱擁に混ざる気がないらしいクラージュは軽く視線をそらし、ミルク色の水面に向かってぼそっと言った。
「………おかえりなさい」
「ただいま!! お迎えありがとう!!」
「いえ………」
クラージュは何となく語尾を濁して黙ってしまう。やっぱり、クラージュらしくないな、と私は感じた。
いつものクラージュなら、歯の浮くようなせりふをいっぱい並べるはずだ。何よりも、クラージュがそっぽを向いて話すなんてよっぽどだ。いつもクラージュは、私の方を見て喋っていたのに。
「クラージュ、大丈夫? まだお腹の傷が痛いの?」
「いえ、傷は少しも……」
「じゃあ、どうしたの?」
せっかくの感動の再会だっていうのに、クラージュはいつまでも奥歯にものの挟まったような物言いをする。だんだんいらっとしてきて、私は軽く口をとがらせた。
「あのね、クラージュ」
私は抱き合っていた腕をほどいて、クラージュに正面から向き合った。手にソワレから譲り受けた銅製のゴブレットをひっつかんで、クラージュにそれを無理矢理握らせる。
「これ、持って、見てみて」
クラージュの手のひらは最初ひきつって動かなかったから、私は更にクラージュの手の上からゴブレットを覆う。冷たいクラージュの手を暖めるみたいに。
「見て、クラージュ」
私はクラージュのことを考えた。クラージュのお腹にあるはずのケガのこと、何か悩みがあるようなそぶりのこと、青ざめて血の気がもどらないほっぺたのこと。
するといくらもしないうちに、ゴブレットから赤茶色の銅の原石がこんこんと湧いて出始める。
クラージュは、目をまんまるくしてそれを見つめた。思ってもかけないところから思ってもみないものが出てきたような顔だ。がっかりしてるようにも見える。うれしすぎて泣いちゃう寸前にも見える。
孤独で死にそうな真っ暗闇の深海で、ぴかっと光るグロかわいいチョウチンアンコウに会ったみたいな、悪夢の中でひょっこり天使に会ったみたいな、それとも吉夢の中で山姥に会ったみたいな、恐怖と信じられなさとショックのあまりに、半分笑いがこみあげてくるらしい、また、今まで見たことがない、クラージュの表情だ。
『百銅鉱脈』は『奉仕』の鉱脈。
相手を助けてあげたいっていう優しい気持ちが、ゴブレットから銅のかたまりを生み出させる。
私はそのことを、一生懸命説明した。きっとクラージュの方が、鉱の姫についてはよく知ってるんだろうけど、そうせずにはいられなかった。
「私、クラージュの力になってあげたいって、ほんとに思ってるから。クラージュがいったい何で悩んでいるのか分かんないけど、分かってあげたいな、助けてあげたいなって、ほんとに思ってるよ。ほら、証拠があるでしょ。いっぱい湧いて止まらないくらい、クラージュのこと心配してるよ」
もう銅の鉱石はゴブレットの縁から溢れだし始めていた。あふれてしまった分は、葉介のと同じように、どこかに消えてなくなってしまう。
ひときわ大きい塊が、クラージュの指先に当たって、それが消えたことをきっかけに、クラージュは茫然自失の状態からやっと回復したみたいだった。かすれた声でクラージュはつぶやく。
「………ひゃくどう、こうみゃく……? 花奈さんが……?」
「そう、百銅鉱脈。あっちで出来た友達から代わってあげたの。ちょうどいいでしょ? クラージュってたぶん、銅いっぱい使うもんね」
銅は電気をとってもよく通すことくらい、私は知っている。電磁気力魔法使いのクラージュは、きっと重宝するだろう。
私がにっこり笑うと、クラージュは突然、私が覆っていた手を振り払って、私の背中に手を回す。
「ひゃー!」
さすがにびっくりした。変な悲鳴がもれる。大人の男の人にこんな風にされるのは、お父さんにされるぐらいだ。
でも、振り払うことはしなかった。
「……都合がよすぎて、悪夢でも見てるみたいだ」
そのクラージュのつぶやきがあんまり切実だったから。
いったい何がクラージュをここまで追いつめたのかは分からないけど、やっとクラージュは、悩みの種が少し解消されたんだ、と私は感じた。
私もクラージュの背中へ手を回し、とんとんたたいてあげる。かんしゃくを起こした後の葉介みたいな、心細くて泣いちゃいそうな幹也みたいな、そんな様子だったから、いつもみたいに愛情こめて、とんとんした。
「大丈夫だよー、夢じゃないよー」
「嘘だろ、マジかよ……」
「嘘じゃないよ、マジだよ。しかもよりにもよって銅の鉱脈だよ」
後ろの方で蚊帳の外になっちゃってた葉介と幹也が、ひそひそやっている。幹也の方なんて、また涙声だ。私は軽く振り返って、幹也をちょいちょいと呼んだ。幹也はクラージュをひっぺがし、背中から私に抱きつく。
私のしたことが、ほんとにこれで合ってるのかは分からない。
でも、私、クラージュのことも見捨てたくない。
花奈はランドセルをラプラリアに忘れて行きませんでした。(被せネタ)
(追記)問題あった部分を修正しました。汚いやり方ですみません。
とりあえず特定できない、ということでちょっとお茶を濁させてください。