The 6th Attack!! 8
「うああああはひゃあああ!!!」
悲鳴とも歓声とも取りづらい叫び声を挙げながら、ソワレの小さな体がバルバトの剣にはね飛ばされる。
「ソワレ!」
ラグルがあげたのは紛れもなく悲鳴だった。高く宙を舞うソワレの真下へラグルの体が滑り込み、自らの背でソワレの体を受け止める。
受け止められたソワレは全身をばねのように使ってはね起きると、目をきらきらさせてまたバルバトの巨体へ突っ込んでいく。
「まだまだぁああああっ」
「ソワレぇえ、もうやめようよ、ソワレぇええっ」
まったくソワレは元気そのものだった。相変わらずサイコロの転がる音がどこからともなくし続けている。私と幹也は籐のベンチに並んで座り、その様子をぼんやり眺めている。
私たちは問題なく、アジュの彼女の『紫晶鉱脈』とその器のボウル、そしてソワレの『百銅鉱脈』のゴブレットをいただいて、南海の密林リューナからサングリアの駐屯地ラプラリアに帰還していた。
ソワレに迫っているはずの危機っていったい何だったんだろう。知らないうちに回避できてしまっているのか、それともまだこれからなんだろうか。私にはそれすら分かっていない。
『ソワレをラクシアに帰してはいけない』ことだけしかはっきりしていないのに、ソワレは元気いっぱいだ。エネルギーを持て余しているらしく、バルバトを相手に飛んだり跳ねたり……というか、飛びかかっていって跳ねとばされたり、稽古をつけてもらっている。ラグルは気が気じゃないみたいだけど。
「平和だねー」
幹也はねむそうに言う。
「平和だねー」
私も返事した。正直、暇だ。やることがない。やることがないというか、できることがない。
「かーなーちゃん」
このまま二人で昼寝でもしようかなとあくびして、体を横たえようとしたちょうどそのとき、にっこにこ笑顔のメイロゥがベンチの私たちをのぞき込む。
灰色っぽいふわふわした髪の毛がメルヘンだ。ちょっと眠かったので生返事のままぼーっと彼女を見ていると、その髪の毛を両手でさわって、メイロゥはショックを受けたような顔をする。
「あれっ、なれなれしかった!? ごめんなさい!」
「いや、別にそんなことないけど……」
すっごい無邪気な人だな。私は眠たい目をごしごしこすりながらもう一回まっすぐに座り直し、メイロゥが座れる場所を空ける。
メイロゥはそこに座って、砂まみれのソワレをまぶしそうに見る。
「ソワレちゃんは元気だねー。楽しそう。混ぜてほしいかもー」
「メイロゥが本気出すと相手はたぶん粉微塵になるってアジュから聞いたけど、それ本当?」
黙っていた幹也がぼそっと口を挟んだ。
「えへっ」
メイロゥははにかんだ。突っ込んで聞くのが怖かったので、私はさっさと話題を変える。
「アジュと一緒にいなくていいの?」
「………いいの」
みるみるうちにメイロゥの表情が険しくなる。
「アジュさんがね、サビアン君と一緒になって『花奈さんとおしゃべりしてきたらどうですか』って言ったの。私追い出されたのっ」
言っているうちに感極まってきたらしく、メイロゥは座ったばっかりなのに立ち上がって拳を振りあげた。
「私なしで何かやろうなんて良い度胸だと思わない!? このっかわいいかわいい糟糠の妻を差し置いてっ」
「そうこうのつま?」
そうこうしているうちにいつの間にか奥さんになっていました、って感じの言葉だろうか。
メイロゥは口をとがらせた。すねたときの私の顔と、妙に似ている。
「私もう、アジュさんと会ったばっかりの十六歳の女の子じゃないのに。二十三歳だよ? もうつきあい始めて七年目に突入した大ベテランなのにっ」
「関係なくない?」
「私分からない! かわいいかわいい比翼連理の奥さんつまり私を蚊帳の外に置いていい気になってる大人の気持ちが!
そりゃあ『鉱の姫』なんかになって悪かったとは思うけど! あげそびれた私の処女を押しつけかねないと思われてるのが腹立つの! ……確かに押しつけたいけど! こんなにこんなにこんなにこーんなに私はアジュさんが大好きなのに! 私だって私だって私だって………あ、アジュさんと……っ……え、えっちした」
「うちの妹にセクハラすんのやめてくんない!?」
口を挟む隙もなかったメイロゥの愚痴に、幹也が割って入る。こういうのは幹也が得意だ。空気を読まないから。
幹也の背中とメイロゥの背中をそれぞれ片手ずつでとんとんしてあげながら、私はちらっとした違和感を覚えた。
『どうしてメイロゥは『鉱の姫』が処女でなければいけないと知っているんだろう?』。
誰かが教えたんだろうか。
無理に追求する必要もないので黙っていると、メイロゥは気まずそうに目を泳がせた。
「え、えーと……バルバトは面倒見がいいんだねえ?」
仕方ないので私が露骨に話題と視線をそらす。私はソワレを指さした。メイロゥも私の指の指す先を目で追う。
ソワレもラグルも砂まみれだ。擦り傷も増えている。ただ、一合、二合と打ち合わされる回数が、さっきより増えている。私は首を傾げた。
「………あれ。ソワレ、ほんのついさっきまでよりぜんぜん良い勝負してない?」
「ソワレちゃんの覚えがいいのもあるけど、バルバトさんの教え方もいいのかな」
一応の形で相槌を打ちながら、でもメイロゥは声を潜める。
「……ほんと、良い人なんだよね……バルバトさんって」
すごく、含みのある言い方だ。つぶやきながら、ふとメイロゥは遠い目をした。
「………あのね、花奈ちゃん……。
……あんまりバルバトさんのこと、信用しない方がいいかもしれない……。
良い人だからって、無条件に信用していいわけじゃない。悪い人だからって、無条件に信用できないわけじゃないように…」
そして言い終わるか終わらないかのうちに、がっ!と私の手をつかんで
「花奈ちゃん! あなたをいい子と見込んでお願いがある!!」
「うえっ!?」
「ソワレちゃんの『百銅鉱脈』を『肩代わり』してあげてほしい!!」
「かたっ!?」
肩代わり!?
私は悲鳴をあげた。そんな便利なことが出来るなんて、まったく初耳だ。
正直そんなことが出来るなら、問題なんてあってなきがごとし、そんな都合のいいことあっていいの、マンガかアニメなら最終回までカウントダウン、巻きに入ってる展開だ。
「メイロゥ!!」
幹也が悲鳴をあげる。でも、メイロゥは止まらなかった。
「百銅鉱脈だけはフリーにしちゃだめなの! 危険すぎるの、誰かが見ててあげないといけないっ、電磁気力魔法については、二人の方がよっぽど詳しいでしょう!!?」
「……幹也?」
何かあるんだろうか。私はちょっとうろんなまなざしを幹也に向ける。
「……………」
幹也黙ったままだった。仕方なさそうにメイロゥが自分で言う。
「銅は電磁気力魔法の重要な触媒になるんだって、プラネタ君が言ってたよ! 使い方を間違えたら大変なことになるんだって。だからゲルダガンドは絶対に手放さないって。ゲルダガンドの生命線の一つだから!
サビアン君が手元に置いて、守ってあげることもできない。サビアン君には後ろ盾がない。すぐ他のサングリア人に奪われてしまうから。
だから、百銅鉱脈は、『自分の身が守れて』かつ『ゲルダガンドにいられる』けれど『いざとなったらゲルダガンドからもサングリアからも距離がとれる』子じゃないとだめなの」
「…………………」
こと、この件に関しては、幹也は沈黙を保つことにしているらしい。仕方ないから、私は自分で考えるしかない。
ソワレは自分の世界に帰らなくちゃいけない。お迎えもきてないし、たぶん自分の世界に帰った後は、ここへはもう二度と戻ってこない。
たとえ処女喪失したのがグラナアーデとは違う異世界だったとしても、『鉱の姫』の力は失われて戻らないことは、たぶん『前回』で証明されている。監視の行き届かないところにいくソワレを、サングリアだけじゃない、ゲルダガンドも放っておくだろうか。そんなことしないと思いたいけど、あ、暗殺……したりしないだろうか。
「……今、アジュさんが私の『紫晶鉱脈』を肩代わりしてくれることになってる。ほんとは私がそのあと『百銅』を変わってあげられれば一番安心なんだけど、私、百銅の適性がないみたい。
百銅は、誰に対しても優しくて、ボランティア精神にあふれてないとだめらしいの。もう、条件に当てはまるの、花奈ちゃんしかいないんだよ!」
「いや、そんなの私だって無理だし……」
ていうか、アジュがメイロゥの代わりに鉱の姫だなんて、これもこれですごい話だ。
まずそもそも、肩代わりができるのかちゃんと確認しないといけないし。
ていうかそんなの、十歳の女の子にしか務まらないんじゃなかろうか。
私は少し考えた。
誰にでも優しくいられるのは、誰も特別じゃないからだ。誰か一人を特別にした瞬間、銅鉱石はあのゴブレットからは一滴もこぼれなくなる気がする
ソワレが、大人になったら。
そのことに思い至った瞬間、私の背筋に寒いものが走る。
その状況こそ、私が手紙に書いたのと全く同じなんじゃないだろうか。
私はふっと顔をあげた。
ソワレは相変わらず、からんころんサイコロの音をさせながら、バルバトに飛びかかり、食いついていた。そして、何の前触れもなく、ふっとこちらを見た。ソワレは私の方を見て、にやっと笑う。
たった今まで切り結んでいたバルバトも、足下でひざまずくラグルも、この一瞬だけは瞳に映らない。ただ、無邪気で、危うくて、一刻の猶予もないことを感じさせる、魅力的な笑いだった。
ソワレは一瞬、私をどきっとさせた後、また私たちに背を向けて、バルバトに飛びかかっていく。
「…………」
…………なんて。
理屈こねたっていいけど、ここで逃げたら私じゃない。
ここだ。変えなくちゃいけないのは、ここだ。
私は、そう思うことにした。
一周目と二周目との相違点
・ソワレがバルバトになついている
・メイロゥが『鉱脈は処女でなければならない』ルールを知っている
・二周目の花奈はラグルの不安定さに気づいていない