The 6th Attack!! 7
私と幹也は一度サングリアを経由してアジュと合流し、リューナに入ることになった。葉介は置いていくことにした。紅玉鉱脈を狙っていたサングリアに、まさか葉介を連れては行けないし、何より葉介は、ナルドを支えてあげなくちゃいけない。
黒曜軍の駐屯地を発つときは、葉介の原付を借りた。葉介とナルドの姿は痛々しいにも過ぎた感じがある。
私は葉介の手をぎゅーっと握って、強く請け負った。
「絶対絶対、助けてあげるから待っててね!!」
「……何から?」
葉介は眉をひそめて怪訝そうにしているけど、詳しく説明してあげることはできない。葉介には葉介の、しなくちゃいけないことがある。
これは私と幹也の戦争だ。もうこの戦いは、ゲルダガンドとサングリアの手からすら離れている。
助けてあげるっていうのも、自分に言い聞かせてるだけだ。助けてあげなくちゃいけないことは確かなのに、どうしたら助けてあげられるのかが不確かなまま。未来の私も、もっとちゃんとした手紙を書いてくれればよかったのに。
勝てるのかどうかも分からない戦いに、私と幹也は挑まなくちゃいけない。帰れるのかも定かじゃない。だから荷物は最小限だ。原付とその鍵、私が身につけてるジュノから借りたマント、それに手紙。たったそれだけ。
サングリアからアジュと私と幹也、三人でたどり着いたリューナは、マングローブの密林だった。
綺麗なところだった。灰色の泥の上に、にょろにょろした不思議なマングローブがみっしりたくさん生えていて、そのあるかなしかの枝や葉や幹の隙間を、小舟で割り開いて進むのだ。キラキラ木漏れ日が水面に反射して、ちょっと汗ばむくらいだけど湿っぽくはなく、リューナにのさばっているという海賊のことさえなければ、観光で来たかったような土地柄だ。
これで、心配ごとがなければ最高なんだけど。私はこっそりため息をついた。幹也はボートの船縁にしがみついて、胃袋ごとゲロっとやりかねないくらい気分悪そうだし、アジュはアジュの『装備』である、白くてかっちりした、コートみたいな聖衣が暑くてしょうがないらしいらしい。
幸先わるーい。私はもう一回ため息をつく。すると、襟元をぱたぱたくつろげて慰めみたいな涼をとっていたアジュがふとこちらを見る。
「……どうかしたんですか、二人とも? 顔色が悪いようですが……船酔いですか?」
「なんでそんなこと聞くの? 見て分かんないの? 船酔いじゃなかったらなんだと思うの? 仮にこの吐き気が悪性のウイルスだったらアジュも花奈ももちろん俺も戦わずしてここで野垂れ死になわけだけど? 馬鹿なの? 死ぬの? おげええ」
「……幹也さんは元気そうですね」
気分が悪いわりにはよくしゃべる幹也を、アジュは感心したように見つめる。
「うちの幹也がごめんね……」
聞き苦しいえずき声と罵り言葉を交互に発する幹也の背中をさすりながら、私はさらにため息をついた。
「いえ、それはかまいませんが……。花奈さんは、何か悩み事があるのでは?」
「………」
ないわけないじゃん。さすがの私も、この期に及んで元気ハツラツでいられるほど神経太くない。
でもたぶん、私は誰かに話したかったんだろう。私はため息をつきながらも言葉を選んだ。ほんと、ため息ばっかりだ。
「……アジュはさ、後悔するのが怖いなーって思ったりしない? 後になって後悔するくらいなら、いっそ最初っからやんない方がいいかもしれないって、思ったり?」
「………ああ、なるほど」
アジュはにっこりした。いつも見ていたあの曖昧なアルカイックスマイルは、最近なりを潜めている。
「……失敗するくらいなら最初からしたくない。後悔するくらいなら様子見している間に期を逃す方がよほどまし。
……メイロゥさんがそういう人間だった私を諭してくれました。そういえば、私がメイロゥさんと出会ったのも、彼女がちょうど、あなたと同い年の時でしたよ。
……ねえ、花奈さん。私は黒曜軍に潜入した当初……本当は、地図を手に入れるついでに、紅玉鉱脈のことも『救い出す』つもりでした。故郷から連れ去られ、感情を絞られる気の毒な女性を、サングリアに保護させるつもりだったんです。
………道化でしょう? 助けるつもりが、誘拐だ。逆にあなた方兄妹を追いつめたんですから。こんなことをしたのを知られたら、メイロゥさんに何て言われるか……」
「恐妻家か」
幹也がぼそっとつっこみを入れる。でもアジュはにっこりした。
「でも、紅玉鉱脈を救い出そうとしなければ、花奈さんと幹也さんという味方を得ることも出来ませんでした。メイロゥさんに叱られるのは怖いけれど、私は後悔していません。
ありきたりな言葉で申し訳ありませんが、『しないでする後悔より、してする後悔の方がずっといい』ですよ」
「………」
後悔してないなんて、嘘だ。地図さえ手に入れば用済みなのに、『紅玉鉱脈』を助けようとしたばっかりに、サングリアの『花菱』軍からは、クラージュに返り討ちにされた犠牲者が何人か出ている。
なのに紅玉鉱脈は私じゃなかったから、まさしく骨折り損のくたびれ儲け。もし私がアジュだったら、もう怖くて怖くてたぶん一歩も動けないだろう。
私はじっとアジュの顔を見つめる。アジュの表情は穏やかで、とても恋人を誘拐されてる人の顔とは思えない。きっと、心から信頼しあっているんだろう。
アジュの彼女のメイロゥって、いったいどんな人なんだろう。きっと立派な人なんだろうな。
「……あ、そうだ」
アジュなら幹也とは別の視点を持ってるかもしれない。アジュは日本語が読めるし、見てもらえば何かアドバイスをもらえるかもしれない。私はごそごそポケットを漁って、ピカチュウの真っ黄色のレターセットを取り出す。
「ねえアジュ、手紙見る?」
「手紙?」
「これからの手がかりになることが色々書いてあるんだけど……」
アジュは日本語が読める。私の手元を覗き込もうとしたアジュのマントを幹也が力なく引っ張る。
「……だめだよ花奈、見せちゃ」
「これからの手がかり? キーアイテムか?」
そのとき突然、聞き慣れない小さな女の子の声と共に、空から生首が降ってきた。
しゃべる生首は泥だらけの子供の顔で、逆さまに私の目の前でぶらさがり、ピカチュウのレターセットを引ったくろうとする。
「! 花奈さん伏せて!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
私の絶叫よりも早く、アジュが動いた。いつものアジュの、拘束魔法だ。小さな葉っぱが鎖になって、生首にくっついていた胴体を縛り上げる。
胴体がくっついてたってことはつまり、落ちてきたのは生首じゃなかったってことだ。
「ぐあ……くそっ、拘束か…っ」
「ソワレ!! ソワレぇええええ!!」
生首あらため、泥まみれの子供がうめくと、もう一つ絶叫が上から降ってきた。ボートを転覆させかねない勢いで落ちてきた黒い塊が私に体当たりして、私を押さえ込む。
そしてそのまま大きな口をがばっと開けて、私の喉を狙いにくる。
「………!!」
「油断も、隙もないっ……!」
……のを、アジュが止めてくれた。アジュは自分の腕を犠牲にかじらせて、黒い塊……狼の牙をくい止めている。そして鞘におさまったままの両手剣で狼の腹に一撃、その後すぐさま鞘から剣を抜き払って、子供の首筋にその切っ先をつきつける。
「…すごいよアジュ、幼女にも手加減なしだね!」
胃の中のものを吐き尽くして逆に元気になってきたらしい幹也が遠慮なく言った。アジュの腕の中で縛り上げられた泥まみれの子供は、かろうじてうごく指先だけ上にあげた。降参のポーズらしい。
「ギブギブギブ。ギブだぞ。ソワレの負けだ。ラグル、もーやめろ。まじめにやめろ」
「ソワレソワレソワレ僕のソワレを返せこのロリコン。食いちぎってやる食いちぎってやる食いちぎってやる」
「やめろってば」
汚い子供は呆れた声で、縛り上げられたままほんのわずかに肩をすくめる。
私は幹也の耳元に口を寄せてひそひそささやく。。
「………ねえ幹也、これがほんとにソワレなのかな? 過去改変してまで助けてあげなくちゃいけないような子には見えないけど……」
「ラグルだってすごいよ。なにこの『猛犬注意』。メンタリティは鉱の姫の従者っぽいけど」
「ていうかさ、そもそもなにから助ければいいわけ? 『ラクシア』ってところに行かせなければそれでOKなの? それとももっと別の何かをしなくちゃいけないの?」
「そういう抜けてるとこがすっごく花奈っぽいよね。俺すげー感心したよ」
「うわーん! なんで幹也に手紙書いてもらわなかったんだろ、未来の私!?」
「う?」
最後の悲鳴が大きすぎたらしい。あんまり悔しくて船縁をたたく私を、まだ縛られてる泥まみれのソワレが見上げて、首を傾げる。
「なにひそひそやってんだ、おまえら?」
「うわわわわ」
私はとっさに言い訳できない。仕方なく幹也が私の肩をぎゅっと寄せて言う。
「花奈が突然俺にほっぺちゅーしないと死ぬ病気にかかってさ」
「ははは」
笑わせてくれるじゃあありませんか、とでも言いかねない、底知れない感じの笑い声をあげたのはアジュだ。緊張感もないし、これから先も見えない。
いったいどうなるんだ。私は舟に乗ってる四人の顔を見渡してみたけど、頼りになりそうな人は誰もいなかった。
花奈と花奈’の二つの冒険の相違点 2
・幹也’の船酔いが一周目よりひどい(緊張のため)
・一周目はアジュの意識が幹也に向かっていたため、アジュによる花奈の護衛は失敗。
二周目はアジュ’の注意が花奈に向かっていたため、アジュによる花奈’の護衛が成功。
ほぼ同じ内容だからすぐ書けるだろーと思ってたら思いの外というかむしろもっと大変でした。