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The 6th Attack!! 6


 ―――『私が誘拐された次の日からの話をしよう。戦争が激化し、私たちが襲われ、ナルドが翼竜に変身し、アジュが裏切り(表返り?)、サングリアの事情とやらを聞かされた次の日の話だ。』


 ―――話はここまで『巻き戻る』。




 駐屯地の中はぐちゃぐちゃだった。まずは私がどうなったかから話そう。

 幹也のおかげでアジュたちのところから労せず帰ってこれた私だけど、人魚の呪のせいで足が開かないから、私は幹也に靴を借りて、転移門から駐屯地までウサギ跳びで帰った。おかげで筋肉痛だ。


 幹也はこの世界について情報収集してるそうだ。

 幹也は、私が危ない目にあったことをものすごく怒っていた。クラージュを暗殺する計画を何時間もたてていたけど、たて終わるとそれだけで満足したらしい。幹也はそういうやつだ。


 気の毒なのはナルドだ。ナルドの変身は自由自在なものじゃないらしかった。つまり、ナルドはまだ竜の姿をしたまま、人間に戻っていない。


 葉介は肝心なときに寝こけていたから、ものすごく落ち込んだらしい。夜も朝も竜のナルドに付き添っている。何ができるってわけじゃないけど、ナルドはうれしそうだ。


 問題はクラージュだ。彼はたった一言「本当に、すみませんでした」と謝ったきり、一度も姿を見せなかった。


 ベルは謹慎中。何でも仕事を放り出して、単身前線へ飛び出して行っちゃったらしい。ミュゼもとばっちりを食って始末書を書かされたとか。


 忍び込んできたあのサングリアの敵兵たちは、黒い袋に入れられて、倉庫みたいなところに置いてあるらしい。侵入者の目的は『不明だが、阻止された』ということになった。



 考えなくちゃいけないことも多いけど、ふくらはぎぱんっぱんになっててしばらくは動きたくない私を、ジュノがわざわざ呼び出したのは、誘拐事件があった次の日の朝だった。


 『呼び出されたのは私だけだ』。『葉介も幹也もいない、私一人だけが呼び出された』。


 唇をとんがらせてやってきた私を、ジュノは、見た目にはいつもと変わらない様子で出迎えた。いや、出迎えてはいない。私がテントの幕を跳ね上げたとき、執務室代わりのテントの奥に鎮座した、執務机の向こう側からちらっとこっちをみただけだ。


 ジュノは前置きもせずに聞く。



「今後お前たちはどうするつもりだ?」



「………え?」

 私は一瞬きょとんとした。

「どうするって……何とかしなくちゃって思ってるよ!! まさかジュノ、今更私たちだけばっくれると思ってるの!?」


 みんなずたずただ。葉介もナルドも、ジュノもクラージュも、黒曜軍全体も、ついでにベルとミュゼも。アジュも、サングリアも。

 確かに家には帰りたい。帰りたいけど、こんな状況をほったらかしにして、幹也と私と葉介、三人だけ日本に帰ろうなんて思わない。そんなことしたって、気になって気になって幸せに平穏に安穏と暮らしてなんていけるわけがない。

 ジュノは表情という表情をすべて隠した、威圧感のある目でぎりぎり私を締めあげながらゆっくり言った。

「葉介はもうナルドの傍から動きそうもないが、それでもか?」

「葉介が動けなくても!!」

「……幹也含め、誰の手助けも、期待してもらっては困るが?」

 う。

 私は一瞬言葉につまったけど、結局こう叫んだ。

「……見くびんないでもらえるかな!」

 すると、ジュノはほんの少しだけ、値踏みするような視線を和らげた。圧迫感が薄くなる。

「…………恐ろしいならやめてもいい」

「………恐ろしい?」


 私は首を傾げた。

 ……怖いっていったい何のことだろう。確かに一体どうなっちゃうかわかんない今の状況は怖いけど、そんな程度のこと、ジュノが思いやってくれるとは思えない。

 結局私はこう答えた。

「……何もできないままバッドエンドな方が、よっぽど怖くない?」

「………………そうか」


 私とジュノはまたしばらくにらみ合った。いや、にらみ合ったと感じていたのは私だけだったかもしれない。ジュノは机の引き出しからなにか取り出す。

「お前に手紙が届いている」

「………手紙? 私に?」

 私はおそるおそるジュノに近寄って行ってそれを受け取った。ピカチュウの真っ黄色のレターセットには見覚えがある。これは少し前、私が買ったものだ。宛名はない。でも、書かれている文字は、間違いなく私自身のものだ。

 手紙は、こういう書き出しから始まっている。



 ―――停戦直後にこの手紙を書いています。それより未来に届いていたら、もう一度時空の穴に通して、過去に届くように送りなおすこと。


 ―――一番大切なこと。百銅鉱脈のソワレと、従者のラグルを助けてあげること。ソワレもラグルも、リューナのジャングルにいる。ソワレはアジュの彼女の居場所を教えてくれるけど、ソワレはラクシアに帰ったらひどい目に遭う。ラグルもラクシアに行かせたら死ぬ。絶対に行かせないで。停戦もだいなしになる。


 ―――幹也と葉介が、特進クラスと部活を辞めちゃう。辞めさせちゃだめ。三人でいれば絶対うまくいくんだから、ジュノを最初に説得すること。


 ―――主計兵長の下にいるアジュという人はスパイ。紅玉鉱脈をさらうつもりなので、葉介に近づけないこと。クラージュは私を葉介の身代わりにするつもりだから、率先して身代わること。でもアジュは悪い人じゃない。アジュは鉱の姫をしている彼女を取り戻すために、地図と情報が欲しいだけ。異世界の魔法を使って、とても強いので戦うのもダメ。アジュの彼女はリューナの地下神殿で捕まっている。入り口はソワレが知っている。


 ―――サングリアは死なないゾンビを使う。ジュノは大怪我をする。副司令という人がくい止めたらしい。多分その人は怪我してない。


 ―――ジュノが大怪我をして、駐屯地がすかすかになったとき、駐屯地がおそわれる。ナルドが竜に変身するから、葉介は無事。でも私はさらわれる。びっくりしたけど平気。人魚の呪だけ、クラージュに忘れずにかけてもらうこと。


 ―――クラージュも助けてあげて。クラージュ、襲撃の直後から様子が変になる。気がめいっているみたい。



「……………」

 全部走り書きで、読みづらい字も多かった。

「ジュ、ジュノ…これ、中身読んだ?」

 ジュノの返事はそっけない。

「俺に日本語は読めない」

「あっ、そ、そうだよね…」

 なんとなくほっとして、私はもう一回中身に目を通す。字の汚さもそうだけど、内容もかなり支離滅裂だ。文意をくみ取るには落ち着いてきちんと、腰を据えて読む必要がありそうだった。


「ジュノ……あの、これ、もらってってもいい?」

 ダメって言われたらどうしよう。内心びくびくしていたけど、ジュノは案外すんなりうなずいた。

「…………お前の好きなように」

 ジュノは私の顔をじっと見たまま言った。珍しいことだ。ジュノはいつもはたいてい、おしゃべりの途中でも、興味がなくなったみたいに視線をそらしてしまう。多分ここは、いつもなら視線をはずしてしまうタイミングのはず。


 ちょっと様子がおかしいのは気になったけど、やぶをつついて蛇が出て、じゃあやっぱり返せってことになったら困る。

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」

 私はそそくさとジュノのテントを後にする。



「………ていうか、遅っ!」

 もう一度よく目を通してみると、なんだか時既に遅しのネタばっかりだ。

 屍人兵には痛い目見させられた後だし、アジュもとっくにもういない。役に立ちそうなのは百銅鉱脈とかなんとか云々のあたりだけ。

 最初の方に『未来についたら過去に送り直して』って書いてあることだし、もう一回時空の穴につっこんだ方が、ためになりそうだ。ジュノが怖いからやりたくないけど。


 私は小さくレターセットを折り畳んでポケットに押し込むと、どこへともなくふらふら歩くことにした。一人だけでゆっくり考えたかったからだ。



 手紙は私の筆跡で届いた。日本製のピカチュウのレターセットを使ってるってことは、この手紙を書いた『私』は、どういう風にしてかは知らないけど、日本にいったん帰ったはずだ。

 それはつまり、このままたどるはずの未来でも心配ごとが尽きなくて、仕方なく手紙を書いたっていう状況に陥ったことを意味する。

 多分この花奈は、なにか取り返しのつかない失敗をしたのだ。



 でも、この手紙の言う通りの助言を聞き入れて、『うまくやろう』としていいのか。バカの私には、なかなか判断できないことだった。


 だって、この手紙の助言を聞くってことは、未来を変えるってことだ。

 私だってSFのお約束くらいは知っている。未来や過去を変えようとしたって、たいていろくなことにはならない。でも、耐えがたい悲劇が待ち受けているらしいって知ってしまった以上……未来の私が困り果てているって知ってしまった以上、無視することはできない。




 テントの波間を縫うようにずんずん歩いていると、少しずつ人気がなくなっていく。駐屯地でも一番外側に近い部分…エリア1に入ったんだろう。だんだんテントが少なくなっていって、視界が開けていく。


「………あ」

 歩き続けてとうとう、駐屯地の端っこまでついてしまった。駐屯地をとりかこむ石造りの壁と、物見櫓。そして、なだらかな丘。私はすぐに気づいた。

 ここは、最初の日、クラージュに言い負かされてぐすぐす泣いたあの丘だ。


 ここにはほとんど人がこないはずなのに、丘には先客があった。先客は背中を向けているから顔は見えないけど、正体は分かっている。

 私は足音を殺し、そっとその影に近寄っていく。そして、十分近寄ると、私は猫みたいにその背中に飛びついた。


「クラージュ!!」

「…!? 花奈、さ…!!」

 クラージュは声にならない悲鳴をあげて、身を固くする。そして、ふりほどこうとしたんだろう、首に回った私の手を捕まえたけど、逃がしてたまるか、だ。私はすかさずクラージュの後頭部に頭突きを入れ、ひるんだすきに足でがっちり押さえつける。


「ぐ……ぅ、ぁっ」

「……あ、ごめん」

 しかし、やりすぎた。クラージュのうめき声が尋常じゃないので、私はあわてて力を抜く。

 クラージュはお腹に包帯を巻いていた。私が気絶した後、アジュか誰かにやられた傷だろう

「ごめん、クラージュ。大丈夫? 傷口開いた?」

 包帯の上に手を当てると、ちょっと熱っぽい。化膿止めはちゃんと飲んでるんだろうか。

「………いえ、平気です…」

 もう一度頭突きを食らわせてやろうかと思うぐらい、気の入ってない、全然平気そうじゃない口調だ。クラージュはまたも私の手をほどかせようとするけど、首に回した手は離さない。逃げられちゃ困るからだ。


「クラージュ、私のこと避けてるでしょう?」

 私がずばりきっぱり聞くと、あからさまにクラージュの肩がふるえる。

「なんで? 私、クラージュに何かした!?」

「……花奈さんではなく……」

「ではなく!?」

「………」


 クラージュは、うつむいて、私に顔も見せないまま言った。

「…………もう、僕から離れてください」

「だから、なんで!」

「…………あなたのためです」

「なにが、私のため!?」

「………」


 クラージュはもう何も言わなかった。ただ、お人形みたいな顔を青ざめさせて、死体みたいに動かない。『私』という天災を避けるために閉じこもってしまった。

「クラージュ! これじゃあ何にもならないよ! 私とクラージュは、友達じゃないの!?」

「………」

 私の悲鳴にも反応してくれない。私は唇を強く噛んだ。



 このままわけも分からないまま喧嘩別れなんて嫌だ。

 何が起こってるのかも分からないまま疎遠になるのも嫌だ。

 こまごま幾つもの伏線から置き去りにされて、蚊帳の外へ退場するのも絶対に嫌だ。


 何かが起こっている。私の知らないところで、何かが起こっている。

 私は直感的に、反射的にこう叫んだ。

「助けてあげる!!」

「………」

 クラージュは、黙りこくったままだったけど、それでも、何かがふるえた気配がした。私は、自分に言い聞かせるみたいにもう一回叫ぶ。

「取り返しのつかないことなんて、ない!」



 手紙を書いた『未来の花奈』は、取り返しのつかないことを取り返してやろうと思って、一縷の望みをかけてこの手紙を時空の穴に落としたのに違いない。

 それを今から『私が』取り返せるなら、それは取り返しのつかない失敗じゃなくなるはずだ。



 クラージュはふらふらだ。葉介もナルドも、みんな満身創痍だ。『過去』を変えるのも、『未来』を変えるのも、今更何が怖いだろう。ここでクラージュを見捨てる方がよっぽど怖い。そんなことしたら、これから先、まっすぐな気持ちで悔いなく生きていける気がしない。


「私がっ、絶対っ! 助けてあげる!」

 私は勢いよく立ち上がって、もう振り返らなかった。筋肉痛なのも忘れて、一目散に走り出す。


 どうしたらいいのか全然分からないけど、とにかくリューナに行こう。どうやって助けたらいいのかも分からないけど、とにかくアジュの彼女を助け出して、サングリアのアジュに返そう。それから、そのソワレとラグルって子たちも助けて、戦争も止めて、ナルドもふつうの女の子に戻してあげて……そうだ、葉介と幹也のことも忘れちゃいけない。二人が地球で暮らしていけるように、私がもっとしっかり見張っていなくっちゃ……。


 すごいプレッシャーだ。胃がムカムカしてきた。

 なぜだかじんわり浮かんできた涙をぎゅっとこすって、私は自分のテントに飛び込んだ。

 斜め隣のテントではナルドと葉介の、息をひそめて回復を待っている、かすかな気配がしている。

 しっかりしなきゃ。しっかりやらなきゃ。カンニングペーパーがあるのに、うまくいかないはずがない。


 でも私、リューナがどこにあるのかもさえ分からない。


「………花奈?」

 本格的に涙がこぼれそうになった瞬間、誰かが私の名前を呼んだ。聞き間違えるはずがない。

 ノックもしないでテントに滑り込んできた、私の名前を呼んでくれた幹也は、私のそばにすぐ近寄った。

「花奈の顔色、めちゃくちゃ悪いよ。どうしたの? なんかあったの?」

「み、幹也」

 幹也の顔を見て、名前を呼んだとたん、私の体から力が抜けた。顔を見ただけで安心しちゃったのだ。

 説明する元気もなくて、私はただピカチュウの便せんを幹也に差し出した。

 それで、幹也は全部分かってくれた。私のことを一番よく分かってくれてるのは、幹也と葉介なのだ。上から下まで手紙を読み通すと、幹也は私ににっこり言った。


「……面白そう。やろっか、花奈」

「お……面白そう? やれる? ほんとに?」

 私も幹也のことはよく分かる。今の幹也は、私を安心させるためだけに話してる。面白そうとも、やりたいとも思ってない。

 幹也は私をあやすみたいににこにこしたままだ。

「未来を変えるのが怖いんでしょ。いいじゃん、やってみようよ。それでまずければ、それはそれで、そのときだし」

「…ほんとに? 幹也、ほんとに?」


 ろくな旅支度もできないまま途方に暮れてた私に、幹也はぎゅーっと抱きついた。

「俺ってけっこうマッドなの」


花奈と花奈’の二つの冒険の相違点 1



・ジュノに呼び出される際、花奈は幹也と二人で、花奈’は一人で呼び出された。

・花奈はクラージュを無視する。花奈’はクラージュの説得に失敗する。

・花奈は幹也の提案に乗る。花奈’は幹也を提案に乗せる。

・花奈’のクラージュに対する対応が、兄弟に対するもの並になっていることを、クラージュが知っている。


・他

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