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The 1st Attack!! 6

 また、なんか気まずい。私とあなたは友達じゃないけど、私の弟とあなたは友達。だいたいそんな感じだった。無視するわけにもいかないし、かと言って馴れ馴れしくお話なんかしたら葉介に怒られそうだし。綺麗なお兄さんは、深々とお辞儀をした。異世界でもお辞儀の風習があるのかぁ、と私は思った。

「こんにちは、花奈さん。クラージュ・コフュ・グラジットです。お兄さんには本当にお世話になっています」

「いえ、兄じゃなくて弟です。でも、ありがとう。弟が褒められるのは事情がどうでも嬉しいです」

「弟…ですか」

 クラージュは難しい顔をして、机の上の家族写真をちらっと見た。多分葉介からは私を妹として紹介されていたんだろう。まったく、弟ながら姑息な真似をする。

「葉介と花奈さんは、三つ子なんでしたね」

「クラージュさんが葉介の事を呼び捨てにしてるんなら、私の事も花奈って呼び捨てにしてください」

「では僕の事もどうぞ、クラージュと。敬語もなくていいですよ。葉介は僕とそうやって話しますから」

 クラージュはにっこり笑った。うちの庭に咲く、白い芍薬の花のような艶やかな笑みだった。つるつるぴかぴかで穢れないのに何故か色っぽい。さすがスーパードルフィーに激似なだけの事はある。まあ、ため口きくのはやめておこう。なんだかこの人、怖いから。

「……」

 そういえばナルドも、葉介の事を呼び捨てて私の事を花奈様と呼んでいたなあと思い至って、私はナルドの脇腹を突っついた。

「はい。では、花奈ちゃん」

 ナルドは空気を読むのにものすごく長けていた。私が何か言う前に、さっさと様付けを改める。ちゃんもいらないよ、呼び捨てで良いよ、というつもりでもう一度脇腹を突っついたら、それだけでほんのり顔を赤らめてナルドは言った。

「失礼ながら、私が呼び捨てでお呼びするのは、葉介だけと決めているのです」

 ナルドは空気を読むのにものすっごい長けていた。何にも言えてないから交渉の余地すらない。私はいっそ感心して、じゃあそれで良いよ、とだけ返事した。

 クラージュはしばらくの間、物憂げに俯いていた。芍薬だからかどうか知らないけど、入り口のところに立ちつくしたままだ。何か私に言いたい事があって、それで帰らないんだろう。仕方ないので、私は葉介の椅子を勧めた。

「立ち話もなんなので」

「ああ…ありがとう」

 椅子を引いて、クラージュは腰掛けた。




 どうせ、私が聞きたくないような嫌な話をされるのに決まっていた。

「お化粧しながらでも良いですか?」

 クラージュは一瞬驚いた顔をした。育ちが良い感じの物腰の人だし、そもそも初対面だから当たり前だろうか。でもクラージュはすぐに私に微笑み返した。

「もちろん、どうぞ」

 私の方はと言うと、兄弟が二人もいるから、男の人の前でお化粧する事にあまり抵抗がない。顔の右半分左半分を使ってお化粧ビフォーアフターを見せてあげてもいいくらいだ。いやこれはちょっと嘘だ。

 化粧水も投げたはずだけど、届いてるかなー、と物置状態になってるリヤカーの中を探ると、底の方で私の化粧水と乳液と、日焼け止めがひとまとめになって埃を被っていた。結局葉介は使わなかったらしい。まあ、折角なので活用しよう。クラージュは机と椅子を譲ってくれようとしたけど、そうするとクラージュはベッドに座らなくちゃいけなくなる。もしかしてナルドは、葉介以外の男の人とはベッドで一緒に座ったりしないんじゃないかなー、と何となく思ったので、私はいえいえ、とクラージュには遠慮して、葉介には遠慮せず、ベッドの上で化粧する事にした。

 正面に腰掛けたナルドが壁かけ式の鏡を、私の顔が映るように手に持って構えていてくれる。辛うじて顔全体が映る程度の大きさのサイズの鏡だ。でも、何とも不思議な鏡だった。どう不思議かというと、iPadとかiPhoneみたいな感じなのだ。いやiPadもiPhoneも持ってないけど、多分こんな感じだと思う。つまり、にゅるにゅるぷにぷにした感触の鏡に指をくっつけてつまんで広げると、広げた部分がぐいーんと拡大されて映る。つまんで縮めると何故か全身が映る。大変かしこい、えらい鏡だ。一応私のポーチの裏についてる鏡は、アイメイク用に少し拡大して映る鏡で元々は便利に使っていたのだけど、ぶっちゃけこれさえあればポーチの裏の鏡出る幕なくね? という感じだ。科学大敗北とはこの事だ。日本にぜひ持って帰りたい。ついでに話の分からない葉介も簀巻きにして持って帰りたい。

 私はコットンは使わない派だ。貧乏性なので。それで、手の平でぺとぺと化粧水と乳液をはたく。下地代わりの日焼け止めを塗り伸ばしている間に、クラージュは口を開いた。クラージュは机にまっすぐ座って、私達には背中を向けている。遠慮してるんだろう。まあ、遠慮してくれるんならそれはそれでいい。

「仲の良いごきょうだいなんですね」

「はい、ものすごく」

 私は即答した。日焼け止めは塗れたから、ポーチの中からコンパクトを引っ張り出す。

「『写真』を見ていて、そうなんだろうなと思っていました。葉介はこれを、とても大事にしていましたよ」

 クラージュは、机の写真立てを手にとって見下ろした。私はちょっと伸び上がってクラージュの手元を覗き込んだ。これは去年の父さん母さんの結婚記念日にみんなで撮った家族写真だ。去年亡くなったおじいちゃんが、蔵から出してきた昔の鎧甲を着てにっかりピースサインをしている。その隣に母さん、父さん。その前に三人並んで、幹也、私、葉介が座っている。幹也はおっとり微笑んでいて、葉介はちょっと不機嫌そうだ。くそじじい、鎧甲なんか着て恥ずかしい、って怒ってたのを思い出す。でも結局飾ってるんだから、葉介も多分気に入ってたんだろう。私は幹也と葉介の真ん中で、二人の手を握りしめて満面の笑みだ。

 私はファンデーションを伸ばす作業に戻った。

「葉介は、あなたと幹也君の事を、毎日のように話していました。花奈ならもっとおいしい食事を作るとか、幹也がここにいたら喜んだだろうなとか。二人には本当に感謝しているといつも言っています。あなたがよこしてくれた贈り物は、色々使わせてもらっていますよ。ありがとう」

 このクラージュのお礼の言葉に返事したら、なんだか取り返しのつかない事になりそうな気がした。それで、なんとか話をそらそうと思って、さっさとコンシーラーをぺとぺとやる作業に移行しながら言った。

「えーと、えーと、何で私が投げたって分かったんですか?」

 さっき、私が池に手を突っ込んだ時だろうか。それとも、どうでも良い物ばっかり投げ込んでたから幹也じゃないな、って思われたんだろうか。

「花奈じゃなきゃこんな物投げてよこさない、って」

 言いながらクラージュはくすくす笑って、机の上から何か取った。それで、取った物を背中を向けたまま自分の肩越しに私に見せてくれる。ハンターハンターの最新刊だった。こんな物投げたっけ。よく覚えていない。まあ何にしろ、どうでも良い物ばっかり投げ込んでたから説で確定した。

「このふわふわの髪のキャラクターがナルドに似てるって盛り上がった事もあるんですよ」

「ピトーか…」

 確かに言われてみればナルドは、キャンディっていうよりピトーかもしれない。ピトーの王ラブな所がナルドと被るし、ナルドのキャラからして、キャンディだとちょっと元気すぎる。コンシーラーが終わったので、今度は眉とアイメイクだ。これはちょっと手間暇かけなくちゃいけない。

「サランラップも、使わせてもらいました。あれは便利ですね。葉介は、食べ物を包むのに使っていたけど」

「ふつう、食べ物包むものなんですけど…」

 異世界人からサランラップって言葉が出てきたのが何か変だった。登録商標なのに。私がきょとんとしていると、クラージュは何か勘違いしたらしく、苦笑したような気配で返した。サランラップの使い道を、クラージュは教えてくれなかった。

「花奈さん」

 代わりに、私の名前を呼ぶ。関係ないけど、結局クラージュも私を呼び捨てにしていない。お互い様か。

「あなたの心づくしの贈り物を、葉介は楽しみにしていましたよ。口ではきつい事を言っていたかもしれないけれど、許してあげてください」

 何となく、釈然としなかった。私の方が絶対葉介の事を知ってるのに、私は葉介の家族なのに、どうしてこの人から葉介を許してあげて、ってお願いされなくっちゃいけないんだろう。まるで、私より自分の方が葉介とは親しいと言わんばかりじゃないか。私は拗ねた気分だった

 池の傍にいたのが私じゃなくて幹也だったら。そしたらもっと上手く葉介に、一緒に帰ろうって頼めただろう。少なくとも幹也だったら、よく知らない人に葉介の事をお願いされるような事はなかったはずだ。多分クラージュは葉介から、こいつはバカだとか思慮が足りないとか頼りないとか、色々吹き込まれているんだろう。確かに葉介から見て、私は頼りがいのあるお姉ちゃんじゃないかもしれない。でも、私にだってプライドがあるのだ。十七年間、葉介のお姉ちゃんをやってきたというプライドが。



 メイクは全部すんだ。アイシャドウの色は緑色にした。出来るだけ大人っぽく見えるように。これ以上舐められてたまるか、と私は思った。

 いつまでもクラージュが核心に触れようとしないので、私はとうとう焦れて聞いた。

「葉介の事、帰さないつもりですか?」

 クラージュは、背中を向けたままだった。私は、目を合わせないまま一息に言う。

「葉介にも、葉介の人生があるんです。今から和平を決めたとしても、ゲルダガンドの復興に、どのくらい時間がかかるんですか? 一ヵ月?それとも半年? そんなんじゃすまないんでしょう? 葉介はまだ十七歳なんです。このままゲルダガンドで時間を過ごし続けるような事があったら、ほんの三年くらいでもう、日本に葉介の居場所がなくなっちゃいます」

 するとクラージュは振り返って、フルメイクでジャージを着て、ベッドにあぐらをかいている私を見下ろした。私の顔を見るなり彼は、とろけそうな笑顔を浮かべて言う。

「ああ…素顔も愛らしかったけれど、さすが綺麗ですね」

 クラージュが言うと嫌味だ。さっきからプラス30の位置からじわじわ下がってた好感度が、『この人やだ』の位置で下げ止まった。

 私の敵意を、クラージュは感じ取ったんだろうか。彼は笑顔を困ったようなものに変えて、立ち上がった。

「―――少し、歩きましょうか。さっき、馬を見てましたよね。あなたに、今のゲルダガンドを見てもらいたい。葉介がこれからどうするかはともかくね」



私とあなたは友達じゃないけど~…2000年から少年ジャンプで連載されていた『ギャグマンガ日和』がアニメ化された際の、OP曲の歌詞の一節のパロディです。


ハンターハンター…1998年から週刊少年ジャンプで連載されている、少年漫画です。ピトーはネフェルピトーという猫人の姿をした敵役の愛称です。



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