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The 6th Attack!! 5





 ソワレが百銅鉱脈の力を失った。


 私が知らないところで、ソワレがつらい目にあった。






 あれから一日経った放課後、またしても部活や七時間目をさぼって私たち三つ子が駆けつけたゲルダガンドで、クラージュは沈痛な面もちで説明してくれた。


 地震の正体は、突如巨大な銅鉱脈が南の土地『リューナ』の地下空洞に、出現したときの振動だったそうだ。それはつまり、ソワレの肉体から失われた鉱脈の力が大地に還ったということ。



 『鉱の姫』の力は、大地にアクセスする力。鉱の姫が呼び出す鉱物は、大地から引き出しているもの。

 そもそもシュツルク、リューナをはじめ、ゲルダガンド各地の地下に空洞が多いのは、本来ゲルダガンド地下に眠っている鉱脈を鉱の姫が『乗っ取って』いるせい。本来あるべき鉱脈が鉱の姫の精神に取り込まれていて、実際あるべきその部分が洞になっているせい。

 ごくまれに……何十年に一回か、『鉱の姫』に死が訪れる以外の『不幸』の起きたとき、祝福は鉱の姫の体から失われ、姫の力は大地に還り、大地に鉱脈がよみがえる。

 鉱の姫はただの女の子に戻ってしまう。次代の鉱の姫が現れることもない。




 ソワレの身の上に起こったと思しいことを、とても言葉にはできない。

 それはつまり、鉱の姫であるためのたった一つの条件が、ソワレから失われたということだ。

 それ以上はとてもじゃないけど、つらくて考えることすらできない。がらがらーっと頭にシャッターが降りてしまって、もしかして、と仮定することすら無理だ。感情が拒否する。


 だって、ソワレは恋なんかしてなかった。なのに、鉱の姫じゃなくなってしまった。ソワレはたった、十歳にしかならなかったのに。



 私はどうしようもなくって、ただただやるせなくって、船室の床にへたりこむしかない。ソワレは、ソワレは、自分の世界に友達がいて、ソワレ自身も冒険者で、ひどい目に遭わなくちゃいけないようないわれなんて何一つなかったのに。


「…………ラグルは?」

 私はへたりこんだまま、ふと、目の前で立ったままのクラージュを見上げた。

「ラグルは一体何してたの? ソワレと一緒にいるはずなのにっ。ソワレを守るはずなのに、なんでっ!?」

「……ラグル?」

 クラージュはかすかに首を傾げる。私はクラージュの足にすがりつくみたいにして食ってかかった。

「ソワレの従者だよ!!百銅鉱脈の九十八番目の従者!! 狼の姿をしていて、ソワレのことが大好きで、ソワレが帰るとき一緒にソワレの世界の『ラクシア』について行ったはずの、ラグルリンガだよ!!」


「……鉱の姫の従者が、鉱の姫の世界へついて行った?」

 クラージュは眉をひそめた。私はクラージュを捕まえる手にもっと力をこめる。


 動悸と耳鳴りで、ふらふらした。

 悲劇の予感がする。救われない予感がする。望みの絶える予感がする。


 私に答えたのは、黙りこくっていたジュノだ。私を見下ろして、ジュノはその、半分を真っ黒なタトゥーで覆った、不吉の化身みたいな無表情のままで言う。


「………言い伝えられているところによるなら、『鉱の姫の従者』は、大地の神が自ら千々に裂き、鉱の姫へ鉱脈の力と共に与えた神の肉体そのものとされている。

 ………しかるにグラナアーデの大地から離れては生きてはいられない、と。

 そのラグルリンガという狼は、人知れず自死したのだ。おそらく、そのソワレという百銅鉱脈にも知られずに」



「…………………」


 頭のてっぺんからつまさきまで、血の気が引いて、氷付けになったみたいに感じた後の、私の記憶はない。







 ―――昔々、まだ大地が静かでなかった頃。

 ―――両性具有の大地の神が、まだ自分だけの姿を持っていた頃。

 ―――両性具有の大地の神は数え切れないほどの恋人を囲い、皆等しく愛でていました。


 ―――情熱的な、ルビーの似合う美女。

 ―――大人しく控えめな、真珠のような少女。

 ―――伸びやかで献身的で気分屋の、赤銅色の肌の娘。

 ―――穏やかで心優しい、アメジストを愛した老婆。

 ―――欲望をかきたてる、黄金のような肌触りのいい乙女。

 ―――誰よりも気高く、ダイヤモンドより輝かしい壮年の女。


 ―――皆それぞれに美しく、両性具有の大地の神を愛していましたが、彼女らは皆、人でした。神とは生きる時間が違うもの。


 ―――最初に死んだのは一番年かさだった女です。

 ―――嘆いた大地の神は、自分の小指をもぎ取って、女の魂に与えました。旅立った女の魂がまたいつかこの大地に戻ったとき、きっと出会って愛し合えるように。

 ―――小指の半分は女の愛したアメジストに姿を変えて、女の魂にとけ込みました。もう半分は、小さな人間の姿をとって、女が戻るのを待ちました。


 ―――それからも、一人、また一人と死ぬたびに、大地の神は自分の体の一部をもぎとって、恋人の魂に与え続けました。与えた体は宝石の加護になって恋人の魂に焼き付き、また小さな人間の姿となり、やがて大地の神は姿を消しました。


 ―――今はもういない大地の神の名は、ゲルダガンドといいます。







『……………おい、どうする? 花奈のやつ、なかなか目が覚めないけど。起きたらなんて言えばいいんだ?』

『どうするったってね…。……一応、気休めになるものはあるんだよ』

『…なにこれ?』

『『ソードワールド2.0』のっていうTRPGのルールブック。ソワレの世界は多分これだ。『ダイス』『ラクシア』でヤフったらあっと言う間にヒットした』

『今度はヤフーかよ』

『まあまあ。ここ見てよ』

『なに? ………『蘇りを行うと魂は”穢れ”てしまいます』?』

『そう。このルールブックによれば、『ラクシア』では死者蘇生の技術があって、そのデメリットとして魂が『穢れ』るとされている。

 で、女の子が処女を失うことを『穢れ』るとも言うよね』

『……すげーやな予感がするが?』

『良い勘だね。その通り。俺の計画は花奈に、

 『ソワレは犯されたわけじゃなくて、一回死んだだけかもしれない。あんまり気にしなくていいよ!』

 ………って教えてあげることだ』

『慰める気あんのか! よけい具合悪くなるわ!』

「…………」

「…あ、ねえ、花奈が起きた」



 葉介の怒鳴り声が聞こえて、私はうっすら目を開けた。幹也が優しく私のほっぺたをつつく。

「…………会いに行かなきゃ」


 私は今の今まで転がされていたらしい応接間の畳からゆっくり起きあがる。

 ソワレに会いに行かなくちゃ。会いに行って、助けてあげなくちゃ。ソワレは十歳の女の子なのに。『ラクシア』でのソワレの友達は、いったい何をしてたんだろう。ラグルの様子も知りたい。本当に死んじゃったならせめてお墓参りしなくちゃいけないし、それとも何とかしてラグルが生命をつないでいるなら、引きずってでもゲルダガンドに連れ帰らなくちゃいけない。

 二人に会いに行かなくちゃ。



 でも、立ち上がろうとした私を、葉介でも幹也でもない男の子の声が引き留める。

「行くってどうやってだよ。ちょっとは落ち着けば?」

「!?」

 私は振り返った。今まで全然視界に入ってなかった床の間に腰掛けて、長い手足をもてあましてるのと、こぢんまりと膝を抱えているのと、幹也たちと同じくらいの年の男の子が二人。ミュゼと、ベルだ。

「二人ともこんなところで何してるの!?」

 私は呆れて一瞬悲しいのも忘れる。クラージュに引き続いて、ミュゼとベルまでこんなところに来るなんて。

「モンハン。こっち来れば日本語読めるようになるから、いっぺん、どんなものかやらせてもらおうと」

 ミュゼが手に握りしめたPSPを軽く持ち上げて見せてくる。

「ちょっとは遠慮してよ……」

 私は眉をしかめた。何もこんなときに来なくたっていいのに。


 でも、反論があった。ミュゼじゃなくてベルの方からだ。

「百銅鉱脈が消えたら、またきなくさくなるよ。あぶないから、俺たちひさしぶりに葉介の護衛。ジュノさまが門番してるから問題ないだろうけど、いちおう」

「………軍拡?」

 私の隣で、私と同じように眉をひそめたのは葉介だ。



「つまりさ。今まで銅の供給量って多少制限されてたわけ。鉱の姫の出す鉱物って、こんだけの」

 ミュゼはこんだけの、と言いながら、両手の平を合わせて器みたいな形をつくって見せた。

「……こんだけの大きさの器から出るわけだろ。どんなに鉱の姫の心を震わせようと、採れる量には限界が生まれる。

 『鉱の姫』は鉱床を発掘しなくてもいいのと、比較的大きな原石が手に入るっていうメリットがあるけど、デメリットもある。それが、供給量の制限ってわけ。

 今回失われた『百銅鉱脈』のせいで、南海のリューナに銅鉱床が出現した。もちろん大がかりに採掘するには人足の手配やなんか、いろいろ調えなくちゃいけないけど、それさえ済めば銅の供給量は大幅アップだ。

 そして、それはサングリアにとって、ゲルダガンドの軍拡に他ならないね。サングリアを刺激したくないなら銅鉱床をそっくりそのまま放置しとくしかないけど、あのへん海賊が多いからそれもままならないし」


「………………」

「…………マジ?」

 私も葉介も絶句するしかない。

「こら。キリンのくせに花奈と葉介にショック与えないでくれる? また倒れちゃったらどうすんの」

「キリンって俺のことかよ……」

 幹也とミュゼが軽口をたたき合ってるのが信じられないくらいだ。特に、幹也。幹也はショックじゃないんだろうか。


 私にはできることがあったのに。

 私がもっとちゃんと止めていれば、もしかしたらこんなことにはならなかったかもしれないのに。

 ソワレとラグル、二人でいても幸せにはなれないって、もっとちゃんと説得していれば。

 ソワレはかわいい子だったのに。ラグルもいい子だったのに。


 頭がくらくらして震えが止まらない私の様子に気づいたらしい幹也が、ふ、と小さなため息をついてこっちに向き直る。


「……あのね、花奈。ラグルのことだけは残念だったと思うけど、ソワレを見ただろ。ソワレは戦士だった。

 ソワレは自分を呼び出した神官を、自分の手でぶちのめしたんだろ。

 大人顔負けに大人をぶちのめしたんだから、ソワレは十歳でも大人だったんだ。殺されることも、傷つけられることも、ソワレは覚悟してたはずだよね?

 花奈はちゃんと、ラグルは行っちゃだめって止めたんだよね?」

「…………」

「そもそもソワレの『ラクシア』行きの時空の穴を持ってる神官は、ソワレがぶちのめしちゃって、まだサングリアで簀巻きにされてるままなんだよね? どうするの? サングリアに戻って、一度ぶちのめした神官を改めてぶちのめしてラクシアへ通してもらうの? それとも拝み倒して泣き落とす?」

「………」

「……ね? どうしようもないんだよ」


 幹也は私の頭をぽんぽんする。そのぽんぽんの衝撃で、私の両目からまつ毛にかろうじて留まっていた涙がぼろぼろこぼれた。


「花奈はよく頑張りました。あとは全部、他の奴の責任。花奈は責任感じる必要なんてないの」

「………そんなの」

「…花奈?」


 葉介と幹也が私の顔を覗き込む。私はきっと二人をにらみつけた。

「……そんなの、嘘だ。お天道様が許しても私が許さない」

「許さないって……花奈、いったい何する気?」

 首をかしげた幹也を放り出して、私はギリギリ歯ぎしりしながら立ち上がる。


「心をこめて、お手紙を書く」







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