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The 6th Attack!! 3


 お母さん、幹也、葉介がなかなか帰ってこないので、クラージュが夕方のニュースや新聞を見ながらアンケートに目を通している間に、私が夕ご飯の支度をした。

 タイピーエンはK県名物のお手軽料理だ。キャベツや豚肉や、アワビを除く魚介類を刻んで炒めて、ゆでた春雨と合わせてスープと共に一煮立ち。あとはごはんを炊いて適当にサラダと桃缶でも添えとけばまあまあごちそうだ。準備してなかったわりにはまあまあ歓迎会っぽくなるだろう。


「ただいまー……」

 炊き終わったご飯をかき回していると、ちょうど玄関からお母さんの声が聞こえてくる。私はほっとしてため息をついた。

 とんとんとんと三人分の足音が近づいてくる。心なし、いつもよりテンポが遅めだ。疲れているのだろう。



「ただいま、花奈ちゃん。……あらっ! 花奈ちゃんが夕ご飯の支度してくれたの? お母さん、ちょっと寄り道してお寿司買って来ちゃった……あらら? お客さん?」

「お帰り、お母さん。この人はクラージュ。私が忘れた靴を届けに来てくれた友達」

 たった今ほっこりさせたこのお米をどうしよう。私はしゃもじを所在なくぷらんぷらんさせながら、お母さんたちを迎えた。とりあえず、炊飯器の蓋を閉める。


 クラージュはびっくりした顔だ。三人が帰ってくるってことを忘れてたのかもしれない。

 クラージュは心構えが出来てない顔のままソファから立ち上がって、片足を引いて右手を胸に添え、左手を真横に挙げるおじぎをした。表情はともかく、動きだけは流れるように優雅で、スペースのかさばる、古めかしい仕草だ。多分ゲルダガンド風のおじぎだろう。

「初めまして。三人のお母様ですね。クラージュ・コフュ・グラジットと申します」

「……まあ」


 お母さんは手に持っていたお寿司の袋をダイニングテーブルに放り出すと、きゅっと両手を握り合わせる。

 お母さんは宝塚ファンだ。芝居がかった仕草をすぐ目の前で決められたので目がうっとりしちゃっている。


「葉介に加え、花奈さん、幹也さんまでもをご家族からお借りし、真に申し訳ございませんでした。今後はご家族ともよい関係を築き、皆さんのご希望に添う形で交流が続いていくことを、ゲルダガンドは望んでいます」

「借りるだって。ずいぶん自分に甘い物の見方してるんだね」

 幹也は肩をすくめたけど、私はまあまあの答えだと思った。変に反省されても、居心地悪いし、何よりもクラージュの言うことだ。優しい言葉ほど、逆になんか裏がありそうな感じがする。


「で、どうだったの? 四者面談」

 やり場のないしゃもじを握りしめたまま、私は首を傾げた。そのしゃもじを奪い取って水につけたのは葉介だ。少し乱暴な仕草なのは、葉介も疲れているからだろう。

「四者面談じゃなくて、八者面談。俺と幹也と母さんと、担任二人と校長と学年主任と剣道部の顧問」

「うへー」

 聞くだけで肩が凝りそうだ。私は軽く身震いした。ようやくうっとりするのをやめたお母さんが、私とクラージュに向けてにこっと笑う。

「クラージュさんも、夕飯食べて行ってください。花奈ちゃんが夕飯を作っておいてくれたから、一人くらい人数が増えても平気よ。クラージュさん、生魚平気?」

「え? いえ、僕は……」

 クラージュはきょとんとしたけど、もはやクラージュ以外の全員がそのつもりで準備を進めている。




 会社から帰ってきたお父さんも交えて、お寿司とタイピーエンの楽しい夕ご飯の時間だ。

 テーブルいっぱいに広げられたお料理に思い思いに手を伸ばす。クラージュはお箸が使えないからフォークだ。


「クラージュお醤油…」

「あ」

 皆がそれぞれ小皿に醤油を垂らしているのに気づいているのかいないのか、クラージュが何もつけずにかっぱ巻きを口に運ぼうとしているので、私が慌ててお醤油さしへ手を伸ばす。

 クラージュもつられたように醤油さしへ手を伸ばした。醤油さしの上で私とクラージュの手が触れ合うと、クラージュは慌てて手を引っ込める。…失礼な反応だ。


「……てめえラジオネーム恋するウサギちゃんも大概にしとけよマジで」

「…何故人を好きーになーるとこんーなにもー? 苦しいのでしょう?」

 葉介がどろっとした目つきを使ってクラージュをにらみつけると、その隣の幹也がおっとりとした口調で歌う。ポルノのミュージックアワーだ。

 二人だけで通じあって、クラージュにはわからないネタでからかって、大人げない。私は眉間に皺を寄せて困った顔をしているクラージュの脇をつっついた。


「クラージュ、醤油使ってね。見た目は黒くてヤバげかもしれないけど、ちゃんとおいしいから。ドレッシングは何にする? ピエトロ、ごまだれ、青じそ」

「あ……では、花奈さんのおすすめを」

「ピエトロね」

 私はクラージュと自分のサラダにピエトロをかける。葉介と幹也はごまだれ、青じそをそれぞれかけた。ドレッシングの好みはバラバラだ。

「クラージュさん、ウニも食べて良いのよ、ウニ。おいしいわよ、ウニ」

 母さんが甲斐甲斐しくクラージュの世話をする。呆れた顔をするのは葉介だ。

「ウニは寿司初めての奴に勧めちゃだめだろ。見た目が悪すぎ。味もクセあるし」

「ねぇクラージュ、俺のイカとウニ交換しない?」

 ちゃっかりしたことを言うのは幹也だ。私は慌てて声を挙げる。

「ダメだよクラージュ、不等価交換だよ、それ! イカと交換するくらいだったら私の赤身と交換しよ!」

「花奈も幹也もきたねー……」

「葉介うるさい! ねえクラージュ、タイピーエンおいしい?」

「え? ああ……おいしいですよ。魚介の風味がスープによく溶けていて……」

「花奈は取り柄少ねーからなー。料理ぐらい誉めといてやらねーと」

 葉介は相づちを打ちつつ、タイピーエンのスープをすする。

 自慢じゃないけど、葉介の言うとおり、料理は私の数少ない特技だ。花嫁修業らしいことは幼稚園からしてたけど、料理の他はほとんど身についていない。






 八者面談では結局、結論は出なかったらしい。幹也と葉介は頑なに転クラスと退部を要求し、やんわりとそれを諫めるのがお母さん、青ざめているのが先生たち、という感じで、それぞれ妥協点が見つからなかったらしい。

 ただ剣道部の先生だけは、葉介のやりたいようにやりなさい、と言ってくれたらしい。私にはずいぶん無責任に聞こえるけど、葉介はそれでずいぶん救われたようだ。

 今葉介は、私がお風呂に入ってた間、幹也とお父さんとクラージュで、何故か楽しそうにマリオカートで対戦をやっている。


 うちのお父さんは無口だ。おはようとおやすみと、いただきますとごちそうさまと、行ってきますとただいまくらいしか喋らない。お説教されたことなんてないし、言葉で誉めてもらったこともない。たぶん古いタイプのお父さんなんだろう。

 ただし、幹也と葉介にとってはなかなか乗り越えられない、でっかいお父さんだ。マリオカートももちろん上手い。ウィリーやジャンプアクションも駆使して、葉介と白熱したレースを繰り広げている。

 それをずいぶん後ろから追いかけているのが幹也とクラージュだ。私は先にお風呂に入っていて不参加だったけど、多分私も、幹也とクラージュとコンピュータと。レベルの低いところで競り合うのが精一杯だろう。


「手加減ゼロだね、二人とも」

 まだときどきぽたぽた滴の垂れる髪をごしごし拭きながら、私はぼそっとつぶやいた。

「……はいはーい、キラーが通りますよーっと」

 キラーに変身した幹也のヨッシーが、クラージュのテレサを吹き飛ばす。私は言い直す。

「………手加減ゼロだね、三人とも」

「そういえばさ」


 頭をがしゃがしゃ拭きながら呆れて見ている私に、幹也が四分割されたゲーム画面を見つめたまま話し出す。

「チュウ先生に帰り際会ってさ。ちらっと聞いたけど、花奈、素粒子物理学やることにしたんだって?」

「うげ」

 私の喉から小さい呻きが漏れた。結局チュウ先生は黙っておいてくれたわけじゃなかったらしい。見方を変えれば、天才の幹也が特進クラスをやめるのと、剣道の有名選手の葉介が剣道部をやめるのと同じレベルで、チュウ先生は私の進路のことを考えてくれたとも取れるけど。


「……何で俺達にまず相談しなかったの?」

 幹也は聞いた。私はうつむく。

「だって、言ったら止められると思ったから……」

「そうだろうね。俺達もそうだよ」

 レースは決着した。一位はお父さん、二位は葉介。七位が幹也で、十位がクラージュだ。ゲームはコース選択画面に移る。


「特進クラスになんかいたら、0時間目から7時間目までずっと学校にいなきゃいけないし、夏休みは補習漬けになるよ。その間にまた花奈と葉介になにかあったら、後悔するだろ。

 葉介だってそうだ。剣道部は朝練があるし、夜も遅くまで練習しなくちゃいけない。休みの日なんてあってないようなものだ。去年、大晦日も部活だったじゃん。ナルドのことも葉介にはほっとけないのにね」

「………」


 私たち三人、考えていることはまるで同じだった。

 私だってそうだ。葉介がゲルダガンドでの居場所が捨てられないなら、私もゲルダガンドでの居場所を作らなくちゃいけない。家政科なんて目指してる場合じゃない。素粒子物理学の勉強を今すぐ始めて、電磁気力魔法使いにでもなんでもなって、ゲルダガンドでも暮らしていけるようになっておかなくちゃいけない。


 私達はもう、本当に、別れ別れになるのがごめんなのだった。



「………花奈さん、どうぞ。交代してください。僕では敵いそうもない」

 そのとき突然、クラージュがコントローラーを私に差し出す。そしてクラージュは、とっさに私が受け取ったコントローラーの代わりに、私が握りしめていたブラシとバスタオルを受け取って、私の背後に回る。

 そうして、私の髪を拭いて、梳いてくれながらクラージュはゆっくりした口調で言った。

「ゲルダガンドとしての答えを、今ここでお伝えするわけにはいきませんし、葉介を『誘拐』した僕らが言うべきことでもないかもしれませんが。

 ……あまり、深く考えないでいただきたいと思います。もはや葉介は役割を十分に果たしてくれた。僕やジュノは、葉介にこれ以上を望むつもりはない。

 ………ちょっと不思議な隣人が増えたのだ、と思ってくれればそれでいい。時々顔を出して、遊びに行ける場所が一つ増えただけだと、考えてくれるなら。あなた方を拘束するつもりは、もうありません」


 レースはもう始まっている。コースはレインボーロード。私の髪は濡れているせいで、ブラシの通りが悪い。クラージュは丁寧に、根気強くくしけずっていった。

「………裏の事情を申し上げれば。……アメジストもそうですが、ルビーは装飾品です。貴い宝物、富の礎ですが、クォーツでも、サファイアでも、替えが無いわけではない。

 しかし、銅は違う。稀少鉱物ではありませんが、銅は安価で優秀な電導体です。いわばゲルダガンドの命綱。ソワレ嬢の帰還により、銅の入手ルートが一つ減ったため、ゲルダガンドは、銅の確保にやっきです。

 この上、今後も地球から度々顔を見せるとしてくれている紅玉鉱脈を地球から無理に取り戻し、敢えて憎しみを買おうとはしないでしょう。

 ………それに、紅玉鉱脈の力が負担になると言うのなら、僕が何とかします」

「…え? なんとかって……」


 私の髪がちゃんとなると、クラージュは立ち上がった。

「……花奈さん、ごちそうさまでした。そろそろお暇しなくては」

「え!」

 私は驚いたけど、ゲーム画面から目が離せないし、コントローラーからも手が放せない。

 クラージュは私の背後で、さっきと同じ優雅でかさばるお辞儀をもう一度したらしい。視界の端に、クラージュが体の横にまっすぐ挙げた左手だけが入る。

「ありがとう、皆さん。あなた方に会えてから、とても楽しかった。お母様にもお礼を言っていたとお伝えください」


 そして、クラージュは踵を返し、縁側から庭へ出ていった。

 そうして、もう戻ってこなかった。





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