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The 6th Attack!! 2



 私とクラージュはいま、五人がけの大きなソファに二人で腰掛け、ソファテーブルに屈み込んで一生懸命アンケートに答えているところだ。

 クラージュは私と二人でいるのが気詰まりなようなので、私はクラージュのためにテレビをつけてあげた。これで多少はマシだろう。流しているのは、デッキに入れっぱなしになっていたDVDだ。


 私はちょっぴり後悔している。流しているDVDの内容にだ。

 このDVDは世界で一番有名なスパイ映画。マッチョでニヒルなスパイが、困難なミッションをハードボイルドに決めていく、アクション映画だ。ただしアクション映画だからと言って、家族で楽しく観られるかというと、ちょっと微妙になる。

 毎回、ストーリーがちょっと濃いのだ。


 ーーー『エリザ。もうよせ、奴は犯罪者だ。何故君はあの男の傍を離れない?』

 ーーー『愛してるからよ、ジェームス』


「……次。『地球とは違う大きな法則はありましたか。 例を挙げて説明してください』。どうしよ、これ?」

「…………これは幹也君と相談してからにしましょう。地球の現在の状況に合わせて回答した方が良さそうです」


 ーーー『なら何故、君は俺に抱かれる?』

 ーーー『それも、答えは同じよ、ジェームス』


「………………」

「…? 花奈さん? ……どうかしましたか?」

 クラージュは全然気にしていないらしい。むしろクラージュは上手にテレビをちらちら見ていて、DVDのストーリーもきちんと追っているようだ。勧められたものだからだろうか。マメな男だ。

「い、いい。オッケー。次。『地球と比べて進んでいると感じた点はありますか?』。 これ私書いて良い? 一瞬でお湯が沸かせるところ! あと、 転移門!」

「そのくらいなら、まあ良いかな…。移動手段については書かないでくださいね」


 ーーー『女の肌はバターのようなもの。温められさえすれば、相手が誰でもとろけるわ』


 うわああああああ。そんなことない!! バターなんかじゃない!

 私は声をことさら大きくした。

「よ、よし、次!『地球と比べて遅れていると感じた点はありますか?』。これはねー、あれだなー!センスがなんとなく、古い! ダサいとかじゃなくて、なんか古い! コルセットとか、ファッション小物含めて、いろいろ! アンティークって言うの?」

「文化発展の辿った道の違いでしょうね。毒にも薬にもならない意見でなかなか良いと思いますよ」

「よし、それで書いちゃお。……あ、これはクラージュやってよ。『世界地図を分かる範囲で描いてください』だって」



 ーーー『温めてちょうだい。あの人よりももっと熱く出来るなら』


 うわあああああ。

「……………」

 私はとうとうソファテーブルに突っ伏した。地球人はわいせつだって、クラージュが誤解したりしないだろうか。

「……花奈さん?」

 対してクラージュは全然気にしてないようだ。動けない私とテレビを見比べてようやく、軽く声をひそめて聞いてくる。

「………止めましょうか?」

「いいよ!! クラージュが観たいならつき合うよ! 言っとくけどこれ、AVじゃないから! 地球人はわいせつじゃないんだから!!」


 私はやけくそだ。



 今回のDVDは、そのシリーズ内では異色だった。

 そのスパイはいつも、ミッションごとにミステリアスな美女とロマンスを繰り広げるのだけど、たいていはきっちりその美女をモノにするか、ニヒルに笑ってお別れするかどっちかのエンディングと決まっている。

 でも今回のシリーズは違うみたいだった。今回の美女は敵役の愛人で、いつもの美女より数段おしとやかで、自分でばんばん銃を撃ったりはしない。その代わりみたいに、スパイとのベッドシーンが多い。何が代わりなのかはよく分かんないけど。

 その美女は、結局敵役の愛人をやめない。制止するスパイを振りきって、敵役と運命を共にすることを決めてしまった。スパイは敵役にとどめを刺し、美女は炎上する豪華客船から海へ身を投げる。慟哭するスパイにサブヒロインが寄り添い、映画は終わった。



「………どうだった?」

 二時間のDVDを観終わると、時刻は六時過ぎ、あたりは薄暗くなっていた。スタッフロールが始まったところで、もらい泣きした目をこっそり拭き、私はクラージュに感想を求める。ベッドシーンにはちょっぴり困ったけど、終わってみるとなかなか面白い映画だった、と私は思う。


 でもクラージュは浮かない顔だ。やけに饒舌にスパイを批判する。

「殺すことはなかった……、と、考えます。泣くくらいなら、あの敵の男も殺すべきではなかった。あれでは、あの女性の事も主人公が殺したも同然です。その程度の覚悟で、悲劇ぶってはならない。主人公は不実です」


 このシリーズでは毎回ヒロインが代わり、その度にスパイはヒロインと寝る。浮気がどうとか、そういうレベルを超越してるのだ、このスパイは。それに、彼は主人公だ。主人公の悲しみがクローズアップされるのは映画として当然だった。

「でも、泣けるでしょ、その方が」

 私が端的にそう言うと、クラージュはますますムキになる。


「泣けてくるような恋は、尊い恋ではないと思います。側にいられなくても、ただ、相手がどこかで笑っていると確信できたとき、勝手に笑みこぼれてくるような、そういう恋が尊いのだと思います。僕はね」

 そこでクラージュは息を継いで、薄暗い中私に向かって困ったように笑いかける。

「だって、そうでなくては報われないでしょう?」



 真っ暗なスタッフロールが終わると、画面は切り替わった。おまけシーンらしい。どこまでも続く真っ白い砂浜に、ヒロインがつけていた赤いルビーのチョーカーが打ち上げられている。スパイとヒロインが交わした、唯一の贈り物だ。

「……………」

「……………」

 私はそのシーンを、ナルドを思い出しながら観た。クラージュも、誰かを思い出しながら観たみたいだった。



 私はソファの上で、クラージュが座っているのとはとは反対側にぱたんと倒れ込んだ。

「花奈さ……」

 咎めるような声を出したクラージュは私の方を一瞬見たけど、すぐに慌てた様子で視線を逸らした。多分、私が履いてるショートパンツのせいだろう。律儀な男だ。どうせこんなの、部屋着なのに。

 私はかまわず話しだした。


「……ナルドが、私にナルドの子供を産んでって言うの」

「…………は?」

 クラージュは逸らしていた顔をまた戻し、私を見つめた。あっけにとられた顔をしている。顔色は真っ青だ。

「で、私と葉介と幹也とナルドと子供、五人で暮らそうって言うの。そしたら葉介は紅玉鉱脈のままでいられるし、ナルドも嫌いな人のお嫁さんにならなくても済むからって。これ、心配ごとその2ね」


 心配ごとその3と4は、幹也と葉介の進路変更だ。心配ごとその1はクラージュが助けてくれるけど、私はまだ憂鬱だった。

 私は良い。ただ単純に、やりたい事が変わっただけだ。でも幹也と葉介が進路変更するのと、私が進路変更するのとは訳が違う。


「ナルドも、幹也も葉介も思い詰めちゃってる。

 幹也は将来、ものすごく偉い人になれるはずなのに、特進クラスをやめて私たちと一緒にいる時間を作ろうとしてるんだよ。

 葉介だって、あんなに頑張ってた剣道やめちゃって、これからどうするつもりなんだろう。幹也と葉介は、進路を変えちゃだめなのに。

 だからお母さんも学校も、二人のことすっごく心配してるの」



 だって、このままじゃ幹也と葉介の居場所が、日本になくなってしまう。

 せっかく三人で帰ってきたのに。変なアンケートに下手なことを書いて、もし紅玉鉱脈の秘密がバレたら、もしかして日本っていう国まで、ゲルダガンドと同じように、葉介を利用しようとするかもしれない。

 二人ともそれぞれ、日本で極められそうな道がちゃんとあったのに、それを自ら閉ざそうとしている。


 このまま日本に居場所がなくなってしまったらどうしよう。

 日本から追い出されてしまって、二人がいろんなことを諦めてしまったらどうしよう。

 そしてこのまま、もう二度と日本に帰ってこれなかったらどうしよう。

 一人になるのが怖い。一人になって、そろそろ帰ってくるはずの幹也と葉介とお母さんを、一人で待たなくちゃいけないのが怖い。

 何よりも、離ればなれになることが一番怖い。



 私は気分を辛うじて取り直すことにした。しかし起きあがるのもおっくうで、私はソファから転がり落ちて、そのままテレビの側まで四つん這いでにじって行った。

「……映画、終わっちゃったね。次、何観る? 今度はもっと明るい映画にしよう。……どういうのがいい? 天使にラブソングをとか、シュレックとか……ホームアローン…は悲しいからやめといて……トトロも…やめとこう」

 置いて行かれるとか、迷子とか、離ればなれとか、そういう話は今は観たくない。

「……花奈さん」

 DVDを物色する私の背中に向けて……正確に言えばお尻に向けて、クラージュは呼びかけた。


「花奈さん、安心して。葉介と幹也君のことはともかく、他の二つは僕が何とかします。きっと…いいえ、必ずあなた方三人を日本に戻してあげる。……今更僕を信じてと言っても、無理かもしれないけれど」

「……?」

 一体何が今更なのかも、どうして私がクラージュを信じられないなんて思ってるのかも、クラージュは説明しなかった。

「……僕は電磁気力魔法使いです。本来専門外ですが、少なくとも葉介の紅玉鉱脈の力に関しては、重力魔法と『強い力』の魔法さあれば何とか出来るはずです。

 一旦僕に、預けてくれませんか。悪いようにはしません。あなたの幸福だけを考えて行動すると約束します。あなたが、僕との約束にもし今でも価値を見いだしてくれるなら、どうか」

「……………」


 そういえば幹也も、ナルドの『私の子供を産んでください』発言のとき、考えがあるみたいなことを言っていた。

 何か裏技があるんだろうか。誰も傷つかないで、我慢もしないで、ハッピーエンドに向かっていける、魔法みたいな方法が。

 幹也とクラージュは、その方法を知っている?






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