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The 6th Attack!! 1



 出ていた数学の宿題をやる気にもなれず、かと言ってあの分厚いアンケートに答える気にもなれず、制服からTシャツとショートパンツの部屋着に着替えた私は居間の障子を開け放った濡れ縁にごろんと寝そべって、ぎゅっと目をつぶっていた。


 今、家には私以外誰もいない。

 学校から電話があった。

 葉介が剣道部に退部届けを出したことと、幹也が特進クラスから普通クラスへの転クラスを希望していて、既に今日の七時間目の授業をばっくれていることがお母さんにばれてしまったのである。


 そのせいでお母さんは相澤さんを追い出してほっと一息つく間もなく、幹也と葉介を連れて学校へ直行、保護者面談をすることになってしまった。ちなみに私は一人でお留守番。面談に呼ばれなかったのだ。

 一応私も、担任のチュウ先生は『保護者面談の必要がある』みたいなことを言っていたけど、天才幹也が特進クラスを辞めるのも、有名選手の葉介が剣道をやめるのも、いわば台弐高校全体を揺るがす大事件。私の進路変更の話は、そのうやむやで無いことになっているのかもしれない。あるいは、チュウ先生が内緒にしておいてくれているか。


 なににせよ気楽なお留守番だ。案外お母さんも、葉介と幹也のことで体力を消耗して、私の進路のことはあんまり口出しせず、自由にさせてくれるかもしれない。


 しかし、今なんとなく、一人きりにはなりたくない気分だった。

 私一人だけ呼び出されなかったと知ったとき、最初こそやっかいごとを一人だけ免れたような気分だったけど、今はただなんとなく、言いしれなく心細い。私はぎゅーっと目をつぶって、なんとか夢の世界に逃げ込もうとしているけど、全然うまくいかなかった。いっそグラナアーデに戻ろうとも思うけど、ナルドのことがある。今、一人でグラナアーデには行けない。


「………花奈さん?」


 だから、庭の方からクラージュの声がしたとき、最初幻聴かと思って目を開けなかった。心細さのあまり、聞こえるはずのない人の声が聞こえただけだろうと。

「花奈さん…?」

 でも、二度目に呼ばれてやっと目を開けると、鎖骨よりも少し延びた金茶色の髪、それより少し淡い色の金茶の目。重たそうなローブをまとったクラージュだった。ゲルダガンドにいるはずの。

「………あれ、クラージュ! どうしたのこんなとこで!!」

 私が慌てて起きあがると、クラージュは少しうつむいて視線を斜め下へ逃がす。

「……あなたが…靴を、お忘れだったので。きっと、困っているだろうと………」

 確かにクラージュは左手に、私のローファーを下げていた。私がジュノのところに忘れてきたローファーだ。ジュノが届けに来てくれるわけがないから、代わりにクラージュが持ってきてくれたんだろう。相変わらずマメな男だ。


「ありがとクラージュ! ようこそ日本へ! お茶飲んでってよ!!」

 クラージュがローファーをそっと縁側の下に置いてくれる。私は屈みこんでいたクラージュが体を起こすのに合わせて、クラージュの袖を引っ張る。

「……それより、葉介はどこにいるんです? 僕はすぐおいとまします」


 クラージュはまるで私と二人きりになりたくないみたいだった。私とは決して目を合わせないと決めているみたいに、ずっとうつむきがちにしている。私がサングリアに誘拐されて以来、ずっとそうだ。どっこい私は、今一人きりになりたくない。私はクラージュの袖を離さなかった。

「お願いお願いお願い!! 夕飯もお寿司とってごちそうするから! お寿司がイヤなら具だくさんのタイピーエンでもいいよ!!」

 タイピーエンは私の好物だ。

「いえ…………あの」

「なんならアワビも乗っけたげるよ!! あ、靴脱いで上がってね!!」

 たぶんアワビは冷蔵庫に入ってないし乗せる予定もないけど、このへんは方便だ。私はクラージュを縁側へ引っ張り上げた。私に引きずられながらもクラージュはかろうじて靴を脱ぐ。ちゃんと私の言うことを聞いてくれたところを見ると、クラージュも、どうしても絶対帰らなくちゃいけないってわけじゃないんだろう。


「………僕は、君を強くは拒めないのだから、君の方で気をつけてくれないと困ります」

「何言ってるんだかちょっとわかんないです」

 クラージュはまだ私の方をまっすぐ見ない上、よくわかんないことを言う。正直にその通り申告して、私はリビングにクラージュを引っ張り込み、ソファの方に突き飛ばす。クラージュは戸惑いがちにしながらも、そこに座った。私自身は台所に行って、飲み物とおやつを物色する。

「クラージュ、何飲む? なっちゃん、午後の紅茶ミルク、麦茶、緑茶、牛乳! ただの水もおいしいよ!」

 K県は水がおいしいのでも有名だ。

「お茶受けは? 今あるのはね、固焼きせんべい、柿の種、キスチョコ、ポテチ、ちょっとよそ行きのクッキー! コンビニ行ってなんか買ってきてもいいし」


 少し離れたところから矢継ぎ早に聞きまくる私に、クラージュもちょっとあせった様子で声を張り上げた。

「あ……あの! 長居はできないんです。すみません。……葉介も幹也君も、今いらっしゃらないんですか?

「葉介と幹也とお母さんは学校で保護者面談。置いてきぼりなの」

「……お父様は?」

「会社。今誰もいないから、気、使わないで」

「………!!」


 クラージュを安心させるために言った台詞だった。でもクラージュは、今まで座ってたソファが、実は熱いフライパンだったと気づいたみたいな様子で立ち上がり、決然と言う。

「それは、いけません。僕は帰らせてもらいます」

「ええー!!」

 私は悲鳴を上げた。せっかく二人分なっちゃん出したのに。

「二人きりはいけません」

 私はもう一回クラージュの傍まで駆け寄っていって、クラージュの手首を捕まえた。

「やだ! クラージュお願い、今一人になりたくないの!!」

「……………!!」

 するとどうだろう。クラージュは本当に久しぶりに私の顔を正面から見た。眉尻を下げて、本当に困り果てちゃってる顔をしている。

 こうなるとさすがの私も怯む。私も困り果てた表情になる。

「……そんなに迷惑?」

「迷惑では……ないのですけど」

 クラージュの手から力が抜ける。私ももう、クラージュの手首を握る手にはそんなに力を入れていないけど、クラージュは振り払わなかった。


 たぶんもう一押しだ。私が無理矢理引っ張ったら、もうクラージュは抵抗しないだろう。でも、クラージュは最近変だ。無理矢理なことはしたくない。そんなことしたら、もう二度とクラージュは私のことを友達だとは思わなくなる。結局私はこう言った。


「お願い、クラージュ。助けてくれなくていいから、ここにいて。私もう、頭パンクしそうで、心細くて、何していいか分かんなくて、一人になりたくないの」

「………………」

 クラージュはしばらく黙って、考え込んでいるようだった。沈黙はそんなに長くない。クラージュはこう言った。

「………助けてくれなくていいって言うのは、やめてください」

「……クラージュ?」

「それも、辛い」

「………辛いの? クラージュが? どうして?」

「………僕があなたにしてあげられることが、たった一つしかないと思い知らされるから」

 クラージュはどこかたどたどしい口調で呟く。また視線は私から外れた。自信なさそうで、寂しそうで、何かを一生懸命我慢しているような、そんな感じの様子だ。あんまり意味深なことを言われても私にはさっぱり理解できない。私がアホだからだ。でも、今はなんだか、私がアホなのがクラージュに悪い気がする。

「……なんだか、ごめん」

 私はわけもわからないまま謝った。

「謝らないで」

 クラージュは、薄く笑う。そして彼は、リビングテーブルから、置いてあった冊子を取り上げた。さっき相澤さんが置いていったアンケートだ。クラージュはぱらぱらそれをめくる。

「………これは?」

「グラナアーデについてのアンケートだって。幹也と葉介はうかつに答えちゃだめって言うの。

 ……グラナアーデ的にもほかの国には言いたくないことあるだろうし、これ、どうしたらいい?」


 もう、『葉介はジュノに誘拐されたんです』なんて、他の人に言い触らしたくない。被害者然として安い同情を買うことが、今更何になるだろう。

 それどころか、私の知らないところで相澤さんがジュノ達を脅迫するかもしれないと思ったら怖くて仕方ない。例えば、『葉介は日本人なんだから、葉介の作ったルビーを渡せ』とか、『葉介を誘拐したことを、他の国にバラさない代わりに、不平等な取り決めを呑め』とか。

 自分のことを可哀想がるのは気持ちいいことだ。それに、可哀想な誰かに同情を寄せるのも。気持ちいいことがしたい人はしたいだけすればいい。でも、そのせいで誰かがひどい目に遭うのはいけない。無意味だ。無意味だし、後味が悪い。もう誰も困っていないなら、可哀想な人は増えなくて良い。



 「花奈さん、代筆をお願いできますか? 僕が答えましょう」

 結局クラージュはそう言ってくれた。私はふうっとため息をつく。心配ごとが一個だけ減った。

「ありがと、クラージュ。助かった。いったいどこまで正直に答えていいのか、分かんなかったの」


「いいのですか? 僕は自分に都合のいいように答えを決めますよ。『葉介達は日本からゲルダガンドに迷い込んできただけ、ゲルダガンドは葉介を真綿にくるむように保護していただけ』と」

「いいよ」

 クラージュが何を言いたいのか分からないけど、私はうなずいた。

「もうそんなこと、どうでもいい。言わなくていいことだもん。 だって、相澤さんは鉱の姫を助けようとしてるわけじゃないんだから」

 相澤さんは、捜索願いが取り消されてやっと、私たちのところに来た人だ。今更私たちや他の鉱の姫を何とかしてくれるとは思えない。もし仮に、助けてあげなくちゃいけない鉱の姫がいるんだとしたら、それは私がすればいいことだ。ソワレやメイロゥと会えたみたいに、私と、信頼できる誰かの手を借りてすればいいこと。


 それに、無理して鉱の姫を捕まえておく必要がないってことは、私たちが証明したことだ。世界と世界で行き来ができるんだから。まだ問題は多いだろうけど、それなら相澤さんの手を借りたとして、何か変わるだろうか? いや変わらない。



 私が守ってあげたい人はたくさんいる。

 紅玉鉱脈の葉介、私がいないとまるでダメな幹也。自分をめちゃくちゃにして、それでも笑っているナルド。

 私たちを心配してくれているお父さん、お母さん。学校の先生。

 多分もう二度と会えないソワレ、一生二人でやってろって感じのアジュとメイロゥもそう。

 最近元気がないクラージュのことも、辛抱強く時空の穴とつきあっているジュノもそうだ。


「クラージュ、お母さんはね、『三人とも、おもしろいところに行けて、すてきなお友達が増えて良かったね』って言ってるんだよ。うちのお母さん、すごくない? 私、お母さんみたいになれたらなって思う」

 私が不安で仕方ないなりににっこり笑うと、クラージュもやっとほんの少し表情を和らげて笑った。



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