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クラージュの悪人生活

突然ですが、番外編です。






( 1st attack 8 )



 口からでまかせに、耳触りのいいことを言うのは慣れている。

 おためごかしの言葉を連ねて、人を惑わすのも。

 親切らしく心遣いしてみせて、身動きを封じるのも。

 誠実なふりで偽るのも、詭弁を操るのも、人を傷つけるのも。

 嘘とつくことならなにもかも僕の領分だ。



 だが、本当に人に優しくしてやるのは苦手だ。

 相手のためを思って、敢えて厳しいことを言うこと。そう見せかけることはよくあるけれど、本当にそうしたのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。


 家に帰れと諭した相手、花奈さんから返ってきたのは涙混じりの罵倒だった。

「うるさい! あんた達のやり口は卑怯だ! ばかやろう、死んじまえ!」

 年齢不相応に幼い語彙に呆れる暇もなく、花奈さんは僕から駆け去った。花奈さんは、この世界に、行く当てなんてどこもないのに。


「…変だな。痛む良心がまだ残ってたなんて」

 僕はそっと服の上から胸を押さえる。

 なぜ胸が痛むのだろう。慣れないことをして緊張しただけ? それとも、柄にもなくせっかく差し出した好意を受け取られなかったから? ………まさか、花奈さんの………他人の真心を踏みにじったから?


 試合を中止して近寄ってくる葉介とベルが、僕を問いつめる。

「おいクラージュ、花奈は?」

「クラージュ様。花奈に何言ったの?」

「……本当のことを、少し脚色して」

 僕も葉介が来て以来の半年間で、随分ほだされたらしい。

 葉介とベルに詰め寄られながら、僕は少し苦笑した。






( 2nd attack 6)



 考えの分かりやすいタイプは好きだ。必要以上に傷つけずにすむ。……そう、思っていたのだが。

 幸せそうに冷たい飴を口の中で転がす花奈さんを見つめながら、僕の内心は複雑だった。

 花奈さんにやけどをさせてしまったのだ。花奈さんのカップのスープだけ煮えたぎらせたのは、熱いスープが冷めるまで二人で話をしようと思っただけだったのに、花奈さんはそれを一息に飲んでしまった。

 ごく小さな小細工であろうとも、計算外に思いもかけなかった結果に及ぶのは気分のよくないことだ。

 しかもわざわざ僕が追いかけた花奈さんは、さっきまでの僕との話など何もかも忘れてしまったかのような様子でおたついている。


 考えていることは分かりやすいのに、行動が読めない。花奈さんは僕が初めて出会う、天敵なのかもしれなかった。

 これでは、切れるカードも限られてくる。仕方なく単刀直入な言葉を使い、手の内をほんの少し晒すと、花奈さんは随分素直に頭を下げる。

 あまりの手ごたえのなさに、僕は少し笑った。いつもこうして素直にしていれば、僕も花奈さんにひどいことをしようなんて思わないのに。……などと思うのは詮無いことだろうか。


 いったいどうして花奈さんがテントを出ようとしていたのかの理由も聞き出すと、僕はとうとうこみ上げてくる笑いを抑えるのに一生懸命にならなくてはならなかった。

 花奈さんは、日本側から時空の穴へ手を突っ込み、その手を握られたことをずいぶん気にしているのだ。

 花奈さんの手はきっと、ジュノが握ったに違いない。

 花奈さんは、ここに来るときあの時空の穴を通ってきたのに、穴のほぼ真下にジュノがいたことには全く気づいていないようだ。


 ジュノらしくない真似を思いがけなく知ったこともそうだが、花奈さんがこんな些細なことに右往左往しているのが楽しくて仕方ない。

 火傷を負わせたことへの罪悪感はもう、ほとんど残っていなかった。僕はこほんと軽く、咳払いをする。芝居がかった仕草は花奈さんの興味を引くためだ。僕はこう言った。

「ならば、僕に一つ策があります」

「マジでですか」

「はい。きっとお役に立てると思いますよ」


 花奈さんはうろんげな表情を浮かべているが、僕はひるまない。

 花奈さんのくせに、僕を振り回したのだ。せいぜい楽しませてもらおう。






( 3rd attack 3 )



 ジュノはほとんど第二エリアにある自分の執務室から出ようとはしない。ジュノのような刺墨だらけの強面が駐屯地中をうろつき回ったのでは、兵が息苦しくて仕方ないから……と、本人が思っているのかどうかは知らないが、駐屯地全体を見て回る役割は僕に与えられている。

 しかし本来、僕に与えられている任務はジュノの副官、及び騎馬隊の管理だ。ジュノは補佐を必要とするようなタイプではないからほとんど放ってあるが、騎馬隊の様子だけは必ず日に何度か見に行かなくてはならない。


 だからそのとき僕は馬と翼竜の様子を見るために、まさに厩舎に足を踏み入れようとしているところだった。

 その僕を、ちょうど行き合ったナルドが、呼び止めたのである。

「クラージュ様。花奈ちゃんが探していました」

「……? 葉介がそう伝えろと言ったのですか?」

「いいえ。花奈ちゃんがクラージュ様を探していたのです」

 ナルドは繰り返す。

 珍しいことだった。人とは全く違う生物である紅玉鉱脈の従者……ナルドリンガは、葉介に関わることにしか興味を持たないからだ。葉介の頼みでもないことを、他人から他人へ伝言するなど、今までの彼女にはなかった行動だ。

 ナルドと花奈さんとの共通点は葉介に無償の愛を抱いていることくらいだが、その共通点はナルドに、彼女が今まで持たなかった『親愛』という気持ちを抱かせているのかもしれない。


 ただし、もちろんナルドの本質は変わっていない。

「花奈ちゃんに月経が訪れました。どうやら一刻の猶予もならないようです」

「…………月経?」

「では」

 ナルドはそう言い残すと、唖然としている僕を残してふらりと厩舎へ滑り込んでいく。葉介の元へ戻っていったのだ。役目は果たしたと言わんばかりに。

「………」

 その場に取り残された僕は、ごく浅いため息をついた。

 一瞬は虚を突かれたが、いつかは僕が世話してやらなくてはならないだろうと思っていたことだった。さほどの驚きはない。既に、十七歳の少女が暮らすのに必要なものは、全て首都ゲルダガンディアから取り寄せてある。その中に生理用品も入っているはずだ。


「………クラージュ様? ずいぶん機嫌良さそうですね」

 通りがかった僕の副官が、軽く眉をひそめて僕を見る。

「……そうでしょうか?」

 僕は曖昧な微笑みを返すに留めておく。そして僕は花奈さんに着せている軍服にインプットした磁気データを追い、早足で歩きだした。






( 3rd attack 5 )



 実際行ってみると、悪くない気分だった。

 あんなに素直でない、僕の思うままにならない花奈さんが、もはや僕しか頼るものもなく、涙をうっすら瞳に浮かべて僕を見るのだ。

 一人の護衛官……名をタンジーというが、彼に強く問いただされて立ち尽くしていた彼女は、助けに入った僕に、確かにすがった。

 花奈さんがぎこちなく僕の名前を呼ぶのも、道具を取りに行くために一度別れた僕を心細げに何度も振り返るのも、使い慣れない道具に怯えているのも、何もかも心地いい。


「クラージュ……さん。……ありがとう。何から何まで……。ごめんね、全部頼っちゃって。迷惑かけたでしょう」

 僕が優しさを装っていじめても、花奈さんはひたすら強がる。ジュノの長衣を引きずる肩が、小さく震えているにも関わらず。


 …………僕はどこか、おかしいのかもしれない。

 花奈さんが、不安そうにすればするほど心地いい。

 思うさま怯えさせたあとはふとからかいたくなって、彼女がとがらせた柔らかそうな唇をつまんでやった。

 花奈さんはきょとんとして抵抗もしないまま、僕を見上げる。






(the 3rd attack 9)



 花奈さんは葉介と同じく、戦争を経験したことがないらしい。

 花奈さんには詳しい戦況を知らせずにおこうと申し出たのは僕で、受け入れたのはジュノと葉介だ。

 だから花奈さんがこのタイミングで動けなくなるのは、僕にとって都合の良いことだった。葉介だけを戦場に連れだせる。

 花奈さんは葉介について行きたいなどとは言い出さず、僕の思惑通り、駐屯地で留守居をすると自分から言い出してくれた。


 本当に良かった。おかげで、花奈さんにこの血腥い戦場を見せずにすんだ。

 僕は馬上から、たった一人の殿として残った戦場を見渡した。


 屍人の動きは単調で画一的だ。おそらく各死体の要所を重力魔法で押さえ、更に小隊ごとに制御しているのだろう。

 ただし、いつも雷と熱で神経組織を破壊する戦法をとる僕にとっては、やりにくい相手だ。神経ではなく腱、骨を断たない限り、彼らは死の行進を止めようとはしない。


 副官も帰らせて、たった一人僕だけが殿軍に残ったのは、周りに人がいない方がやりやすいからだ。

 僕はまず袖口から、刃つきのワイヤーを取り出した。このワイヤーは既にある電磁気力魔法の組み合わせを『覚え』させてあるものだ。僕が指先でほんの少しつつくだけでワイヤーは磁気と雷気をまとい、手近の屍人たちを絡め取り、真っ二つにする。ここまでほとんど、オートマティックだ。

 今日初めて使う魔具のわりには、なかなかいい戦果だ。

「……しかし、あまり燃費は良くないな……」

 ワイヤーを細かに震わせて血脂や肉片を振り落とし、僕は一人ごちる。

 このワイヤーの仕組みは単純だ。巻き取られているワイヤーを伸ばす魔法、手近の敵を探し出す魔法、ワイヤーを元通り巻き戻す魔法。たった三つの動きをマクロ化して組み合わせているだけ。振動を与えても切れ味はすぐに鈍ってしまったようで、使い勝手はあまりよくない。


 僕は戦い方を変えることにいた。というより、最初からこうするつもりだったから、僕一人が残ったのだ。



 水期の近づいたシュツルクは、地下いっぱいに石灰水をたたえている。植物の生育を妨げる白濁した死の水だが、ゲルダガンドの伝説では、この石灰水は創世の時代、両性具有の大地の神がその子供たちへ与え、飢えを癒した救いの乳汁であるとされている。


 僕は一度、愛馬の腹を強く蹴り、高々と立ち上がらせた。馬の蹄鉄に纏わせるのは振動、そして下方向へ向かう衝撃のエネルギーだ。

 蹄鉄が再び地につくと、脆弱なシュツルクの地盤にひびが入り、じわりとにごった水が漏れる。馬を素早く避けさせて、僕は十メートルほども離れ、水たまりがみるみる広がり、やがて勢いよく石灰水が噴きあがるのを見届けた。

 離れたところで指揮しているらしい重力魔法の使い手たちは、怯んだらしい。屍人兵はぴたりと動きを止め、じりじりと後退する。

 彼らが知らないはずがない。このシュツルクの不可思議な特性、噴きあがる死の水の本当のおそろしさを。


 さあ敵どもよ、二度死にたいのなら近寄ってくるがいい。全員まとめてあらゆる体組織を焼き切ってやろう。

 石灰水は、水にカルシウムイオンと水酸化物イオンが溶け込んだもの。塩水のように電磁気力魔法と相性がいい。


 周りに味方の兵のいるうちは、決して取れなかった戦法だ。この場に残ったのが、僕ひとり、単騎だからできたこと。

 僕はきっと、誰とも寄り添わない方が強くいられる。


 僕はふと、出がけに花奈さんに言い置いてきた、自分の言葉を思い出していた。

「……冬の花に囲いするように……か」


 『あなたの美しい瞳が涙で潤むところばかり見ている気がするから、僕はここにあなたを置いていくのです。冬の花に囲いするようにね』。


 ………我ながら白々しい台詞だ。冬の花を霜から守るどころか、今僕がシュツルクに降らすのは吹雪に等しい。


 僕は軽く空を見上げた。雪のように白く冷たい水が荒野に注ぎ、僕の敵を屠ろうとしている。






(the 3rd attack 10)



 僕の気も知らないで。花奈さんはルビーを纏い、うれしそうだった。

 花奈さんはルビーがとてもよく似合った。花奈さんの艶のある黒髪と、日本人特有の甘い象牙色の肌は、ルビーを飾るためにあつらえた敷布のようにも見える。

 これならば、『紅玉鉱脈』の身代わりとして申し分ない。今の花奈さんは、誰よりも『紅の鉱の姫』の名にふさわしかった。


 身支度をととのえた花奈さんは期待していた以上の出来映えだったが、しかし僕の心は重かった。

 花奈さんは笑っている。どうしてこんなに鮮やかなルビーばかり使った魔具を与えられたのか、考えもしないで。


 今花奈さんが身につけているルビーをふんだんに使った魔具には、僕の思いつく限りありったけすべての守護を封じてある。

 イヤリングは重力よけ、ネックレスは衝撃緩和。ブローチはそれぞれガスよけ、毒虫よけ、放射線よわいちからよけ。指輪は内部破壊防止、ベルトは防熱。そして、つけぼくろにはレイプ防止の『人魚の呪』。軍服の裾には発信機代わりの磁気が巡っている。


 これら、全てつけるには重すぎる魔具はみな、これから『紅玉鉱脈』を狙っているかもしれない輩の目をそらし、花奈さんを囮にするためだ。


 これを手配したのは、軍服と生理用品を用意したのと時同じくしてのことだ。使うのは最後まで迷ったけれど……どうしようもないことだ。花奈さんと、葉介。どちらがゲルダガンドにとって重い存在かは、比べるべくもない。


「……クラージュのと比べてルビーが多くないか?」

 一つ一つ装っていく花奈さんを鏡越しに葉介が見て、つぶやく。僕がこのタイミングであえてルビーの多い魔具を持ち出してきた意図をはかり損ねて、怪しんでいるのだ。


 僕は葉介の気をそらすため、素早く自分の首からチョーカーを取った。

「…花奈さん、仕上げです」

 この金のウサギのチョーカーは、僕がいつもつけているものだ。鉄製品をはじき返す、刃返しの力が篭めてある。花奈さんに渡す刃返しのチョーカーは彼女の名にちなんで、鳳仙花のデザインにしようと思って用意していたけれど、葉介の気を逸らすには僕からのお下がりにしておいた方がいい。

 花奈さんのとろけそうな優しい淡い色の肌に、シンプルな男物のウサギのチョーカーは、思いの外よく似合った。モチーフがウサギで、少し可愛らしかったからかもしれない。

「とてもよくお似合いですよ」

 きょとんとしている花奈さんに微笑みかけると、花奈さんは照れくさそうに笑う。


 こんなに美しい花なのに。この花をこの僕が、枯らすかもしれない。


 そう思ったら、たまらなくなって、思わず僕は、いつの間にか花奈さんの髪に唇を押しつけていた。

「………………」

「おいこら!!」

 花奈さんはまだきょとんとしているが、葉介の挑発には十分すぎるほどだ。葉介が険しい顔で、僕の背中を強く叩く。僕がとった暴挙のせいで、葉介の頭からは疑念が消し飛び、怒りだけが残ってくれたようだった。


「………………」

 僕に良心なんか残ってるはず、ないのに。

 今の僕には花奈さんは霜枯れするようなかよわい花ではないことを祈ることしかできない。

 





(愛とは何か、とお前はたずねる。)



 あの子に優しくしたくない。見返りを求めてしまうから。

 あの子に他人が優しくするのも嫌だ。僕のできないことを彼女にするなんて許せない。


 もう彼女の顔なんて二度と見たくない。でも、僕を忘れるなんて許さない。


 意地悪がしたい。僕のせいで泣くのが見たい。

 他の奴に泣かされているところなんて見たら、慰めるのも忘れてもっといじめてしまうかもしれない。それが怖い。

 口からでまかせに、耳触りのいいことを言うのは慣れている。

 おためごかしの言葉を連ねて、人を惑わすのも。

 親切らしく心遣いしてみせて、身動きを封じるのも。

 誠実なふりで偽るのも、詭弁を操るのも、人を傷つけるのも。

 嘘とつくことならなにもかも僕の領分だ。


 もっと僕がましな人間だったら、もっと自信を持って花奈さんに接することができただろうか。

 僕の知る限り、この世で最も唾棄すべき人間、それが僕だ。

 本当に僕が花奈さんのことを思うなら、かかわり合いにならないのが一番なのに。



 僕が、善人だったらいいのに。もしそうだったら、花奈さんのことなんか絶対に好きになんてならなかったのに。











 情緒不安定なクラージュに振り回された読者の方も多いかと存じます。筆力不足で申し訳ありませんでした。彼の内心はそれぞれこんな感じでした。


 全く関係ないですが、作中でクラージュが『日本人特有の象牙色の肌』と言っているのは、クラージュが直接知っている地球人が日本人とインド人だけだからです。

 差別的な(ry わあめんどくさい

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