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The 5th Attack!! 10


「すみません、お待たせしまして」

 お母さんがよそ行きの声で相澤さんに謝る。応接間に戻った私たちを、相澤さんは変わらないぴっちりした正座の姿勢で出迎えた。

 私は敬語があやしいし、幹也は人見知りだ。自然、葉介が三つ子の中での外交担当……になるわけだけど、今回の葉介はとてもぶっきらぼうだった。

「で、なんでした?」

「突然伺ってしまい申し訳ありません。私外務省の………」

 お姉さんは名刺を一枚取り出した。私たちは頭を四つつき合わせて、机に置かれて差し出された名刺をのぞき込む。

 名刺には、『外務省 異世界管理局 邦人課 保護室 相澤 遙』とある。

「……異世界管理局?」

 私は首を傾げた。相澤さんはつまらなそうに解説する。


「異世界にいわゆる『トリップ』をする事例は、多良木さんのお宅以外にも多々あります。我々はそれらの事例を管理し、異世界の状況把握に勤め、その他、各世界との外交、産業支援、輸出入事業、トリッパー達の社会復帰支援などを行っています」

「はあ………」

 私と葉介は揃って生返事をした。あまりにも話がとっぴすぎて、飲み込めないのだ。お母さんはまず、そもそもなんで異世界管理局の相澤さんがここに来てるのかを私たちに説明してくれる。


「葉介くんと花奈ちゃんが池の底に行ったときね、お母さんはまず警察に相談したの」

「ふおお……」

「さすが母さん……常人とはセンスが違う」

 私の口から変な声がもれる。気が変になったんだと思われただろうな。だるそうにしてる葉介から皮肉っぽい感想が漏れると、幹也が肩をすくめた。

「二人のために出来る限りのことをしようって、父さんと母さんが決めたの。警察にはもちろん相手にされなかったよ。だから俺が行ったんだしね」

「そっかぁ! ありがとー!」

 私は元気よくお礼を言った。さすがお父さんとお母さん、それに幹也だ。幹也は私ににっこりし、ついでに机の下で手を握ってきた。

 ………そして、相澤さんへ凍るような冷たい視線を向ける。


「……でも、俺たちが警察にお願いしたのは『花奈と葉介を連れ戻す手伝いをしてほしい』ってことだったのに、なんで何もかも終わった い! ま! さ! ら! 人が来るわけ? 邦人保護課とやらでは帰国支援はやってないんだよね?」

 葉介も同様だ。

「見ての通り俺たちは五体満足でぴんぴんしてるし、行ってきた異世界の人間とも良好な関係を築いてる。今日はいつも通り学校に行ってきたから、社会復帰支援とかいうのも必要ありません。

 ………で、相澤さんは東京からはるばる飛行機に乗って、いったい何しに来たんです?」

「………」

「まあ、幹也君も葉介君もそんな言い方しちゃだめよ。……ごめんなさいね、この年になってもまだ躾が行き届いていなくって。お恥ずかしいわ」

 そうやってたしなめるお母さんも、しかってるのは言い方だけで、内容は訂正させる気がないらしい。



 しかし相澤さんは怯まなかった。相澤さんは眉一つ動かさず、机の向こう側でしゃべり出す。

「保護課はトリッパーの保護だけでなく、聞き取り調査も行っています。同じ世界に、同じ状況に追い込まれたトリッパーがいないかの確認や、その場合の救出計画にも影響いたしますので、ぜひご協力をお願いいたします」

「あはは。聞いた、葉介? 俺たちのこと見捨てといて、ご協力をお願いいたしますだって。よく言えるよね」

「幹也!」

 さすがに私は声を上げてたしなめた。しかし相澤さんはまったく動じない。軽く首を傾げる。

「見捨てたとおっしゃるのは、警察で捜査が行われなかったことをおっしゃっているのですか。

 単なる行方不明者とたちの悪いイタズラ、それらとトリッパーとの区別は、ほとんどつけられません。

 加えて、異世界から日本に帰還するトリッパーは、トリッパーと疑われる行方不明者の全体数に比べ、決して多くは……」

「問題をすり変えるなよ。つまりあんた達は、ぐちゃぐちゃ理屈をこねくり回して俺たちを見捨てたんだ。そういうことだよね」

「しかし、そもそも警察と我々では管轄が違いますので」

「じゃあこっちもそもそもの話をするけど、俺たちが呼んだのは警察だ。外務省にはお引き取り願いたいな」

「うっわー………」



 すごいへりくつだ……。私はぽかーんとした。幹也があまりにも子供っぽいことを言うので、相澤さんもさすがにそろそろ返す言葉がなくなってきたようだった。

「………分かりました。あなた方の意志を尊重いたしましょう。聞き取り調査はとりやめますので、代わりにアンケートにお答えください」

 相澤さんはごく小さいため息をつくと、書類鞄から、B4サイズの分厚い冊子を取り出した。厚みはほとんど一センチ近い。

 中をぱらぱらめくると、『1 あなたが行った世界は何という名前でしたか?』から始まる、100近い設問が並んでいた。世界の名前の欄は小さいけど、『7 あなたはどのような立場におかれましたか?』や、『8 あなたは異世界でなにかを達成しましたか?』なんかは回答欄がめちゃくちゃ大きい。優にページの半分のスペースがそれぞれ割かれている。


「わー。マークシート式にすればいいのに」

 私は思わず呟いていた。もしかして聞き取り調査をいやがった人にはこれを見せて面倒がらせて、聞き取り調査の方がマシですって言わせるために用意されているんじゃないかって思えるくらいだ。


 でも幹也は受け取った。中身をぱらぱらめくって確認した後、鼻で笑う。

「はいはい。回答は外務省異世界管理局御中で郵送するよ。もちろん着払いだけどいいよね?」

 届くのかなその宛先で。ちょっぴり心配になった私に、葉介がため息と一緒に説明する。

「……今のは幹也の嫌み。皮肉。本気にすんなバカ」

 でも本気にしたのは相澤さんも同じだった。というより、受け流しただけだろうか。相澤さんはきまじめに否定する。

「いいえ、それには及びません。しばらくK県に滞在する予定ですから、また日を改めて伺います。……件の池も、そのときにお見せください」

「……池は門番が怖いからやめといた方がいいよー」

 私はジュノの顔を思い出しながら言った。相澤さんがもしジュノと対峙したら、間違いなく大げんかになるだろう。葉介の他にも、鉱の姫に日本人がいるのかどうかは知らないけど、相澤さんの仕事は『邦人保護』、つまり日本人を保護するのがお仕事なのだ。ジュノとは完全に相反してしまう。



 やがてお母さんはおっとりと口を開いた。

「……あのね、相澤さん。私、親切のつもりで言うのよ。……あなた、もうここへはいらっしゃらない方がよろしいわ。時間の無駄だと思わない? お互いに。

 あなたみたいな若くてきれいなお嬢さんが歓迎されるお仕事は、外務省なら他にもたくさんあるはずじゃないかしら」

「母さんの言うとおり。葉介、塩撒いてやれ」

 幹也が尻馬に乗ってはやす。ちょうどいいことに、台所へ行けば撒く塩はたっぷりある。漬け物用だけど。

 しかし相澤さんは、きっぱりと、そして静かに言った。

「いいえ、またきます」

「…………いい加減帰らないと、投げつける塩が味噌に変わりますけど?」

 葉介は冷たく言った。こんなに冷淡な葉介もあまり見られるものじゃない。母さんも幹也も葉介も、みんなそろって機嫌が悪かった。しかし味噌はもったいない。

「………………」

「……………」



 これだけ拒否られると、さすがの外務省も交渉不可能になっちゃうようだった。相澤さんはそそくさと荷物をまとめ、では、また、と言い残し、家を後にした。お母さんだけ見送るために相澤さんと出ていったけど、たぶん帰るふりをして池を見ていったりしないか見張るためだろう。


「やっと帰りやがった……」

「ほんと、大変な目に遭わされた」

 気が抜けたように畳にばったり倒れちゃった葉介と幹也に、私はふざけて折り重なってのしかかった。

「めげなかったねー、あの人。また来るって言ってたし」

「花奈はほんと暢気だな。たまにはもうちょっと拒否ることを覚えねーと、将来とんでもねー目に遭うぞ」

 私を振り払う元気もないらしい葉介が、私の下で呟いた。精根尽き果てたみたいに、お腹と喉以外ぴくりとも動かない。

「だって、相澤さんってお仕事で来てるんでしょ? 拒否るよりさっさとレポート書いてあげて、もう二度と会わないですむようにした方が早くない?」

「あはは、花奈のおばか。もうちょっと脳味噌の表面の方も使いなよ。脳幹だけ使って生きててどうすんのさ」

「えっ」

 今なんかひどいことを言われた気がする……。たぶん気のせいだけど。幹也はにこにこと私に押しつぶされながら、携帯をいじっている。


「教えるわけにいかねーだろ。俺が紅玉鉱脈だって。せっかく帰ってきたのに、またグラナアーデに突き落とされるのか? 今度はあの外務省に?」

「グラナアーデの奴らにも利用されてたのは分かってるけど、葉介は納得してやってたことだからね。あの外務省みたいに、ハッピーエンドの後でのこのこやってきて旨い汁だけ吸わせてやるのは癪にさわるな」

「そもそもちゃんと邦人保護してから物を言ってほしいよな。捜索願いが取り消されてからこーゆーこと言われても知るかって感じ」

「ていうかうさんくさいよね。ほんとに異世界を管理してるならそういう風に広報しろよと……………あ、ほら、見てよ。異世界管理局でググってもネット小説くらいしかヒットしない」

「ググんな。……確かにゲルダガンドは疲弊してるけど、異世界管理局とかいう妙な役所の裏帳簿につけられる程度の援助で、恩を着せられちゃたまんねーわ」


 幹也と葉介は口々に言うと、ふと二人で視線を交わした。


「それにグラナアーデの魔法のことも絶対言わない方がいい」

「なんで?」

 私は首を傾げたけど、二人は私のことを蚊帳の外にうっちゃっておくことに決めたみたいだった。


「グラナアーデの魔法は電磁気力、重力に強い力、弱い力の四つの力だろ? グラナアーデじゃ弱い力は掌握できてるわけ?」

「さあな、聞いたことない」

「ジュノやクラージュはなにも言ってなかったの? 戦争中なんだし、兵器として使うなんてことは……」

「いや、弱い力を戦いに使うなんて、案すら出たことない。屍人兵なんか使ってたサングリアすら使ってなかった物だし。だけど、今の日本よりは研究が進んでるのは確実だと思う」

「弱い力ってなーに?」

 私は再度首を傾げた。


「花奈は黙ってて」

「あとそこ下りて」

 私はこんなにこんなに二人のことが好きなのに、幹也も葉介も冷たい返事しかくれなかった。

「むう……」

 仕方ないので、私は一生懸命、ずーっと前に勉強した『四つの力』のことを思いだそうとする。


 電磁気力は、重力以外の、私が感じ取れるすべての力。燃える力、ぶつかり合う力、表面張力。クラージュが操る魔法だ。

 重力は、『ものごとのマクロな構造を支える力』。私と幹也、葉介を、星々を、支え、引きつけ合わせる力。サングリアが得意らしい。

 強い力は、陽子と中性子をくっつけ合う力。つまり、原子を形作る力。

 そして弱い力。弱い力は中性子を崩壊させる、ごくごく短距離間でしか働かない力。


「………………よーしとでんしとにゅーとりの………?」


 思い出すだけでぐったりしちゃった私を押し退けて、葉介が起きあがる。幹也も、私を転がすようにどかして起き上がり、どこか別のところへ行ってしまった。

 相澤さんがバスに乗るまで見送ってきたお母さんが、玄関に塩をばっさばっさまいてるのを見ながら、私はふかーくため息をついた


「あーあ……。これからもなんだか大変そう………」






ここで第一部終了です。

長くなってきたのであらすじと章名かなにかつけてみようと思っています。

もうしばらくお付き合いいただければ嬉しいです。

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