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The 5th Attack!! 9

 私の小さい頃の夢はお嫁さんだった。それも、ただのお嫁さんではない。お色直しは三回やって、リカちゃんハウスみたいなかわいい洋風の家に住んでいて、ダックスフンドを飼っていて、アイスクリームとプリンが食べ放題で、ここが一番肝心なのだけど、家の両隣には葉介と幹也が住んでいるのだ。

 私は葉介と幹也が大好きだ。出来たら死ぬまで、一緒にいたいと思っている。



 だからナルドの計画に乗れば、私の夢はすべて希望通り叶うことになる。ナルドと暮らすなら、私たちが今暮らしているような、古くて広いのだけが取り柄の平屋じゃなくて洋風の家に住むことになるんだろうし、アイスクリームとプリンも食べ放題にしてくれるだろう。ダックスフンドはリクエスト次第だろうか。幹也は犬に吠えられるのが苦手だから。


 だから、とっさに悲鳴はあげてしまったけど、ふと我に返った私はこう呟いた。

「………あ、あれ!? これってめっちゃいい話なんじゃ…!?」

「待てコラ!」

 葉介がすぺっ、と素早く私の後頭部をはたいた。隣では超展開についていけなくなりつつあるらしい幹也が、ゆっくりとした口調でぶつぶつ呟いている。


「えーと、ナルドは葉介が好きで、でも子供を葉介と作ることはできないから、代わりに花奈に産んでもらうつもりなんでしょ。ということは、ナルドは男のままでいることになる……。

 ……第三者視点で見ると、ナルドと花奈が夫婦になってるけど、ナルドは葉介っていう男の愛人を連れ込んでいて、しかも甲斐性なしの俺っていう兄貴まで転がり込んでいる、ってことになるね」

「え!」

 それを聞くなり私は再度正気に返った

「や、やっぱまずいか!」


 改めて聞くと昼メロも真っ青である。やっと頭が回転してきたらしい幹也が困ったように首を傾げた。

「うーん……俺は人からどう思われるか、あんまり気にしない方だけど……さすがにこれはまずいんじゃないかなー、って思うなぁ」

「まずいんじゃないかなー、じゃねーよバカ! まずいどころで済むか!!」


 葉介がまた、ぺぺんっ、と私と幹也の頭をはたいていく。私はとんだとばっちりだ。

「……ほらね? 俺は人からどう思われてもいいけど、葉介がダメそう」

「ほんとだ」

 私は唸った。幹也はさらに続ける。

「それに花奈に愛のない結婚をさせるわけにいかないもんね。花奈、ナルドの子供産める?」

「………あっ、無理だ!」

 私は直感的に叫んでいた。確かに無理だ。ナルドのことは好きだけど、それはお友達に対する『好き』であって、子供を産んであげられる『好き』じゃない。

 葉介のたってのお願いだったら考えちゃうかもしれないけど、そういうわけでもないし。

 そもそも子供を産むとか産まないとか、今まで考えたことすらないのだ。突然言われたってお断りするしかない、っていうのが本音だ。



 ところで、私にはふと思い出したことがある。

「……ねえナルド。そういえばずーっと前にお願いがあるって言ってたでしょ? もしかしてさあ、そのお願いってこのことだったの?」

 ずーっと前というのは、こっちに来てすぐの頃のことだ。私に突然生理が来ちゃって、ナルドにこっそり助けを求めたときのこと。

 あのときの私は、自分のことで精一杯になっちゃっていて、ナルドの方にも話したいことがあったみたいだったのに、今までとうとう聞けずじまいになってしまっていた。


 ナルドはにこっとした。私たち三つ子の動揺なんか、まるで目に入っていないかのような落ち着きぶりだ。

「はい。花奈ちゃんが来てすぐの頃から、お願いしようと決めていました。花奈ちゃんが葉介を強く思っていることは、花奈ちゃんのいない半年間も感じていましたから、私の子供を産んでもらうのなら花奈ちゃんしかいない、と」

「そ、そっか……」

 そんなに以前からの計画なら、なかなか脊髄反射的にはお断りしづらいものがある。


(………どうする?)

 私はちらっと葉介に視線をやった。葉介はほんの少しだけ首を振る。

(どうしようもないだろ)

(とにかく帰ろう。父さんたちとも相談しないと。俺は反対だけど)


 幹也がちょっと肩をすくめたのが合図だった。

 私たち三人はすくっと立ち上がった。突然私たちがいっせいに立ち上がったので、ナルドはびっくりしたようだった。男の娘になっても長いままのまつげをぱちぱちさせて、葉介をじっと見つめている。

 言っとくけどこれは逃げじゃなくて戦略的撤退だ。ただちょっと、考える時間をちょうだいねってことだ。


 葉介はナルドの巻き毛をくしゃくしゃやって、ナルドをなだめにかかる。

「悪いなナルド。お前にもお前なりの考えがあるんだろうけど、俺たちとしてはちょっと受け入れがたいわ。……悪いようにはしねーから、この話はいったん俺たちに預けてくれるか?」

「ごめんね、前はナルドのこと後回しにしちゃったけど、今回はちゃんとするから。だからほんのちょっとだけ待ってて!」

「……はい、葉介」

 私も後ろに一つ言葉を添えて、ようやくナルドはうなずいた。いつも、葉介の言うことならほとんど素直に聞くはずのナルドだけど、今回はやっぱり、ちょっと不満そうだ。でも仕方ない。結婚には祝福が必要だ。ナルドと私とじゃ、祝福される結婚にはならないんだもの。


 ジュノが執務に使っている船室へ戻ると、ジュノはやっぱり、さっき見たときと同じように、もしくはまったくいつも通り、執務机に向かって何か仕事をしていた。

 ジュノは私たち四人をちらっとだけ上目遣いで確認すると、また難しそうな書類に目を落とした。そして、興味なさそうに、呟くように聞いた。

「帰るのか」

「うん、クラージュにも挨拶したかったけど、なんかそれどころじゃなくなっちゃった」

「忙しないことだ」


 それきりジュノは、お愛想を果たす義務はすんだとばかり、また元通りむっつり押し黙ってしまった。もう慣れっこだから気にしないけど。

 私はローファーを脱いでジュノの机の上によじのぼり、まず一番に時空の穴へ飛び上がった。

 ジュノの頭の上の、このへんだ、と思えるところへ手を伸ばすと、そこに時空の穴はある。指の先、手首がが滑り込むとずるずると腕が飲み込まれていき、やがて体全部が吸い込まれていく。


 時空の穴は、ぬめぬめした暗闇の広がる不思議な空間だ。無数に枝分かれしたトンネルを思い浮かべてもらえれば、伝わるだろうか。暗闇の中の、上下左右、前後ろ斜め、見渡す限り、いろんなところに穴があいている。真っ暗闇なのに、目を凝らせばどこまででも見ることができたし、反対に、ちょっと焦点をはずしてみるだけで、出口と入り口を表す明かり以外、なにも見えなくなってしまう。

 ほんとは穴って呼ぶのも変なのかもしれない。だって、ドーナツの穴しかり、ふつう周りに何かが存在しないと穴にはならないけど、この空間にはなんにもない。ドーナツはないけど『ドーナツの穴』はある。ここはそういうとこだ。



 入ってきた穴からにょっきり幹也の手が伸びてくる。私はその手を、ぎゅっと引っ張った。60キロくらいはあるだろう幹也の体も、難なく引っ張りあげられるのは、下から葉介が幹也を支えてるからだけじゃなく、この空間にないのが『ドーナツ』だけじゃなく、『重さ』の概念もないからだろう、と幹也は言っていた。よくわかんないけど。

 無事幹也を引っ張りあげると、葉介が後から身軽に追ってくる。三人揃ったら、今度は入り口から出口へ向かうのだ。入り口の明かりから、出口を照らす明かりの方へすいすい進んでいって、私はさっきしたように、まず自分が入って、後から幹也を引っ張りあげる。



 出口は明るい。ぼしゃん、と水であって水でない、不思議なものの満ちている池から私は顔を出し、そこから這い上がった。後から追いかけてきた幹也、葉介も、順番に上がってくるから、その手を引っ張って手伝ってあげる。

 時空の穴の暗闇のしぶきがかかることはあっても、体は一滴も濡れることはない。便利だ。まあ、そうでないとジュノが大変なはずだ。

 そういえば靴をジュノのところに置いて来てしまった、と私は気づいた。さっき机にのぼるとき、無意識に靴を脱いじゃったのだ。また後で取りに行かなくちゃいけないけど、今は仕方ないので、紺のハイソックスで庭の踏み石をたどる。



「三人とも、お帰りなさい」

 私が縁側で汚した靴下を脱いでいると、お母さんの穏やかな声が私たちを迎えてくれた。ずっと、庭の様子を気にしていてくれていたらしい。私たちが口々にただいまを言うと、お母さんは私の制服の袖をつんつん引っ張った。

「三人とも、いらっしゃい。お外から帰ってきたらまず、手洗いうがいでしょ」

「………?」

 私たちはきょとんとした。お外から帰ってきたら、手洗いうがい。こんなことを言われてたのは、もうずいぶん昔のことだったからだ。

 私が洗面所へ引っ張っていかれるので、行きがかり上しかたなく、という感じで幹也と葉介もついてくる。


 狭い濡れ縁をぎちぎちに詰まって歩く私たち家族をよそに、応接間でぽつんと正座しているのは、さっきの外務省の人だ。


「………あれ、まだいたんだ……」

 ぼそっと呟いたのは私じゃない。幹也だ。私はこっそり相づちを打つ。

「なしにしてくださいって、言ったんだよ。でもだめだったみたいだね」

「何もかも全てがめんどくさい…」

 これは葉介だ。いろんな疲労がのしかかっているのか、ぐったりと肩を落として、濡れ縁をどたどたよろよろ歩いている。

「………あの人ね、なんだか怪しいわ」

 お母さんは私たち三人よりさらに声をひそめて、こそこそ言った。

「え?」



 お母さんは洗面所に私たち三つ子を集め、きゅっきゅと幹也と葉介の耳を引っ張り、お母さんの口元まで高さを調節させる。私も少し屈んだ。

 お母さんはことさらに声をひそめる。

「あの人、あなた達がいない間にね、お母さんに、お子さんたちは異世界でなにか偉大なことを成し遂げましたかって根ほり葉ほり聞いたのよ。

 お母さんがね、異世界ですてきなお友達がたくさん出来たみたいですよって答えても、いや何かしたはずだ、って聞かなくて。変でしょ。あなた達、大事なことはあんまり答えちゃだめよ」


「…………?」

 このはてなマークは、私が出したものだ。私は『素直な疑問符』そのままの形に首を傾げたけど、幹也と葉介はだるそうな顔から一転、厳しい顔をする。







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