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The 1st Attack!! 5

 葉介は私を自分のテントへ引きずって行って、また元通りベッドにあぐらをかかせた。さっきと違うのは、今度は葉介自身もベッドの上に私の真っ正面であぐらをかいて、私との間に大きな地図を広げた事だ。ナルドは椅子に腰掛けた。

 葉介は私に、この世界の事をそれはもう懇切丁寧に説明してくれた。


 この世界の名はグラナアーデ。この国の名前はゲルダガンド。もっと細かく言うと、ここは西の雄フォーステア公の治める領土の中でも最西端の国境付近、荒野シュツルク。

 葉介はこっちに来た後、あのラスボス野郎の下について隣国サングリアとの戦争をやっていたそうだ。戦いは概ねゲルダガンドの優勢で進んでいたけれど、占領してもうまみの少ない土地でもある事もあって、そろそろ和平条約を結んで戦争を終わらせるため、皆で下準備に奔走している、というところらしい。

 じゃあ戦争が終わるなら帰れるね、と私は言ったのだけど、葉介はやっぱり首を振った。

 別の世界から迷い込んでくる人はたまにいるけれど、葉介には葉介だけの役割があって、特別にこのゲルダガンドへ召還されたらしい。


 葉介に与えられた称号は、『紅玉鉱脈』。この国では葉介は、なんと心の動きに応じてルビーを生み出せるという、特別な人間なんだそうだ。実際葉介が出したっていうルビーを見せてくれたけど、現実味なんかまるでない。でもせっかくだから一個貰っておいた。やったね。…いや違う、ルビー一個で喜んでる場合じゃない。

 葉介ににこにこしながらついて回ってる女の子、ナルドの本名は、ナルドリンガ。ナルドリンガっていうのは、そのまま『紅玉鉱脈の九十八番目の従者』っていう意味で、紅玉鉱脈に…つまり葉介にお仕えするためだけに産まれてきて、生きているんだそうだ。……ディープだ。葉介がこっちに来るまでナルドは何をやって暇を潰していたんだろうか。

 私が何てコメントしようか迷ってる間に、葉介はベッドの上の地図を指さしながら、これがゲルダガンド、と更に説明する。ゲルダガンドという国の形は、羽根を広げて佇む大鷲の姿によく似ていた。

「良いか花奈、バカのお前には難しいかもしれないけどよく聞けよ」

「その前置きいらないんだけど」

 私の文句を、葉介はまるっと無視した。

「今のゲルダガンドには即戦力として使えるような資源があんまりないんだ。東のワムージャ大森林は聖地で木材その他の採取が御法度、南の海のリューナはほら、リアス式海岸になってるだろ? 良い港になるんだけどさ、ほんとに、小さな入り江が多すぎるんだ。その入り江一つ一つが海賊の温床になってて、漁や貿易がなかなか育たない。北のマナーナはほんの十年前までは大穀倉地帯で豊かな土地だったらしいんだけど、サングリアとの戦争であらかた焼けた。西のここ、シュツルクは見ての通りの荒れ地だ。石材は良いのが採れるけど、ほんの二、三ヶ月前まで紛争地域で採掘どころじゃなかったし」

「…………………」

 私が口をへの字にして、話聞くのやめちゃおっかどうしようかと悩んでいるのに気付いたらしく、葉介は私の尖った唇をむぎゅっとつまんだ。

「むぐむ」

 やめれ、と言いたいところだけど、つままれているのでしゃべれない。仕方なく目で語る私に、葉介は真顔で言った。

「こっからが大事だから、ちゃんと聞け。あのな、ゲルダガンドは戦争が長引いたせいでどこもかしこもヘロヘロなんだ。戦死者の遺族には補償をしてやらなきゃならないし、壊された建築物の再建、傷病兵の社会復帰支援、孤児もいっぱい出た。マナーナの復興、リューナの海賊退治、ワムージャの神官どもともそろそろ一度きちんと話をしなきゃだし、ここへの補給線も維持するだけでかなりコストがかかる。首都の『黄金鉱脈』も……黄金鉱脈って分かるか? 紅玉鉱脈の俺と同じ要領で砂金をじゃらじゃら出す最終兵器だぞ?――その黄金鉱脈も頑張ってるらしいけど、それこそお金はいくらあっても足りない。コストゼロで出てくる俺のルビーが無きゃ、ゲルダガンドは潰れちまうんだ」

「…………むぎゅー」

「……花奈、分かる? 俺の言いたい事」

 葉介はやっと私の唇を離したけど、私には結局、葉介に言ってやれる言葉を探し出す事が出来なかった。

 ……だって、ディープ過ぎる。せめて葉介が勇者とか魔王とか賢者とか、いっそ龍神の神子とか、そういう分かりやすいのになっててくれれば指さして笑えたのに、こんな、こんな、『なにしろ九十八代も続く慣例ですし、うちも大変な時期ですから、お前の弟は貰っていきましたからね』みたいな、決定事項みたいに扱われても、困る。その事を伝えてきたのが他ならない葉介本人だって事も、私にはしんどい。だって私にとって葉介はゲルダガンドの紅玉鉱脈様じゃなくて、我が家の大事な三兄弟の一人なのだ。大変なのは分かったけど、だからって無関係の葉介を巻き込まないで欲しい。

 お家に帰ろう、と葉介に言いたかった。幹也が待ってる。大掃除だって途中だ。でも葉介は優しいから、少なくともこの国がしゃんとなるまでは帰らないつもりだろう。だってさっき葉介は、一生帰らないかも、って言った。



 黙り込んでしまった私を前に、葉介は途方に暮れた顔をした。涙をこらえてあげたのは私がお姉ちゃんだからに他ならない。泣いたらきっと、葉介は困るだろうから。

 気まずいばかりの時間がしばらく過ぎた頃、テントの外からまた、知らない人の声がした。

「葉介? クラージュです。入っても良いですか?」

「…クラージュ? どうした? 入れよ」

「………」

 正直泣きそうだったから、入ってきて欲しくなかった。勝手に入れないでよ、今家族の大事な話してるんじゃん、とも思った。葉介の視線が逸れた隙に、私は両目をそれぞれぎゅっとこする。

 入ってきたのは、綺麗で優しげなお兄さんだった。歳は、多分二十の半ば頃。背は葉介よりも少しだけ高い感じだから、175前後ってところか。金茶色の淡い色の目が印象的だ。鎖骨あたりへ、髪とほぼ同じ色の髪の房がゆったり落ちかかっている。なんとなく、私の知っている何かに似ていると思ってじっと目を凝らすと、前からちょっと気になっていたスーパードルフィーというお人形によく似ているのに気付いた。綺麗で優しそうな顔ではあるけど、いい人そうな顔じゃないな、と感じるのは多分そのためだろう。

「家族水入らずのところ、すみません」

「あ…」

 まずお兄さんは私に一言断った。マイナスだった好感度がプラス30くらいして、『あ、この人ちょっといい人かも』になった。家族同士大事な話をしてたとこ、っていうのをちゃんと汲んでくれたからだ。まあ、出来たら出直して来てくれた方がもっとありがたかったけど、あんまり贅沢も言えない。お兄さんは葉介に言った。

「ジュノがお呼びですよ。また、異界よりの贈り物だとか」

「また? 今日は多いな…。花奈が来た日だからかな」

 置いて行かないで欲しいな、と思った。今度はけっこう、切実に。でも葉介はベッドから立ち上がって靴を履いている。私はひっそりため息をついた。一応、テンションだだ下がりの私の様子は葉介から見てもほっときがたかったのか、葉介はふと振り返って机からあるものを持ってきて、私に渡してくれた。

「これ、さっき落ちてきた奴。お前のだろ」

「あー……」

 ピンク色のでっかい化粧ポーチだ。でっかすぎるせいで持ち運びはしづらいけど、とってがついていて、蓋の裏に鏡も貼り付いていて、大変重宝なものだ。そういえば、これもさっき投げた気がする。葉介がこっちの世界で、女装しなくちゃならなくなった時に使えると思って。…と、言うと間違いなく葉介は怒るだろうから、私は黙って受け取った。

 葉介はまたどこかに行っちゃって、私はまた、ナルドと取り残された。まあ、ぼーっと暇を持て余していても仕方ない。ミュゼにすっぴんを笑われたのが実はひそかに気になっていたし、それに化粧をフルでしてしまえば何が何でも泣くわけにはいかなくなるから、私はナルドに鏡を貸してくれるように頼んだ。金茶の髪の綺麗なお兄さんは、何故かまだ出て行かない。



龍神の神子…2000年からコーエーからシリーズ発表されている『遙かなる時空の中で』での、主人公の役割です。主人公は、龍神の神子として異世界『京』に召還されます。


スーパードルフィー…ボークス社が1999年から発表している、球体関節人形。儚く妖しい雰囲気が魅力です。

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