The 5th Attack!! 8
「おいこら待てこら花奈見て見ぬふりすんな!!」
「花奈! 逃げてー花奈ー!!」
「葉介……」
「ナルドは落ち着けぇえええ」
「………なにやってんの?」
私は仕方なくドアを開け直した。幹也がなぜ逃げろと言ったのかが気になったからだった。私には兄弟を置き去りにして逃げるという選択肢は元より無い。
狭い船室の狭いベッドの上で、三人は絡み合ってえらいことになっていた。ナルドの目には葉介しか映ってないけど、シャツからはだけた裸の胸はぺったんこだ。貧乳とかいうレベルじゃない。完全にまな板、つるつる、断崖絶壁。夢も希望もない!
ふつうどんなぺたん胸でも、二次性徴を迎えた後は、おっぱいの芯というか、萌芽くらいのものはできてると思うんだけど、ナルドにはそれすら影も形もない。ナルドの胸は、男の子の胸だ。
ナルドは雄性化している。
ずーーっと前にジュノから聞かされた、あのまがまがしい言葉がすっと脳裏をよぎった。私はわなわな震えながら、戸口に立ったまま口を押さえてつぶやいた。
「よ、葉介がBLルートに突入しちゃった……!」
「御託は良いから助けろぉおおおっ」
私は仕方なく絡み合う三人のところまで近寄って行って、葉介の腰に絡みつけてあるナルドの足をぺしぺしたたいた。
「ナルド、葉介が助けろだって」
「花奈ちゃん。こんにちは」
ナルドは葉介の腰に足を絡めたまま、優しくこっちに視線を向けて微笑んだ。なんだか声も、元々のアルトからテノールへ、少しハスキーになっているみたいだ。
ナルドの気がほんの少しそれたところで、私は葉介からナルドの足を引っぺがした。ナルドは切なそうな顔で離れていく葉介を見つめている。
私がさりげなく葉介とナルドの間に割って入る格好でベッドの上に腰掛ける。
「……ところでなんでこんな大惨事になっちゃったの?」
答えてくれたのは幹也だ。
「なんかね、元々ナルドって、女だったんだって? それが男になっちゃったみたいで。葉介と俺で確かめに来たら、この惨状」
「うわあ…」
今まで知らなかったのか。あんまり驚いたせいで、喉から勝手にいやな声が出た。ナルドとの初対面が竜姿だった幹也はともかく、葉介が今まで気づいていなかったのが引くポイントだ。もしかして葉介って鈍いんだろうか。
自分でも顔筋がひきつっているのがわかったくらいだから、たぶんきっと私はものすごい顔をして葉介を見ていたんだろう。ナルドはそっと私の手と葉介の手にそれぞれ片手ずつ預けてほほえんだ。
「花奈ちゃん、葉介を睨まないで。私が、必要だと思ったからしたことなのです」
「ああ、そう………」
えげつない話だ。葉介はベッドの上を這い蹲って、さらにナルドから離れる。その、私と葉介の間にできた隙間に今度は幹也が座った。
誰もやってあげないので仕方なく、私はナルドのはだけたシャツのボタンを一つ一つ留めてあげた。そうしながら、私は何気なく聞く。
「前から聞こうと思ってたけど、ナルドってどうして男になっちゃったの?」
するとナルドはにこやかに答えた。
「葉介は、私が男でいる方が好みだったようなので」
「うわあああああ」
「うわあああああ」
「やめてほんとやめて」
葉介はドン引きしている私と幹也の頭をぺんぺんっ! とリズムよくはたき倒すと、さりげなくナルドの手を振り払い、そのまま両手で頭を抱える。
「ちげーんだよ……女だとちょっと困るかなーって、最初にちょっと言っちゃっただけだっつーのに……」
「でも言ったんじゃん」
幹也はあきれた口調でつっこみを入れる。ほんとにその通りだ。私は首を傾げた。
「なんでナルドが女だと困るの?」
「………」
葉介は歯切れ悪く答えた。
「……当たり前だろ。だって俺まだ高校生じゃねーか。女から好きとか嫌いとか言われてもさ、実際、どうすりゃいいわけ? 今の俺じゃ何の責任もとれねーんだぜ。曲がりなりにも戦場だし、親にも紹介できねーし、字がダメだから交換日記もできねーし?
……半端なことするくらいなら、お断りするしかねーだろ」
「……重っ!」
私は思わず呟いていた。重い。ナルドの愛も相当ヘビーだけど、葉介も大概重い。おじいちゃんっ子だった影響だろうか。でも当の葉介も、何故か幹也まで、一緒になって私にあきれた顔をして見せる。
「重くねーだろ。そのくらいの覚悟もねーのによそ様のお嬢さんとどうこうなろうと思うやつの方がどうかしてるって」
「そうだよ。花奈の彼氏もそのくらいは当然する奴じゃないとって思ってるよ、俺たち」
「むむむ……」
二対一では分が悪かった。仕方なく私は口を閉じる。
「…まあとにかく、今の俺じゃ責任とれねーからさ。最初に何もしてやれないって宣言したんだよ。そんときに、まあ、話の流れで……」
語尾を濁す葉介の代わりに、ナルドが後を継いで説明を始めた。
「従者の家系は皆、本来もともと無性です。仕えるべき主人に合わせて、その姿をそろえるのです。
私は、葉介がここにいらっしゃる前から、仕えるべき鉱の姫が男性だということを感じ始めていたので、釣り合いのとれるよう女性の姿をとってお待ちしていたまで。
女性の愛情が葉介の負担になるのなら、私は喜んで男性の姿へと変じます」
「あああ……そこなんだよなあ………」
私は頭を抱えた。
葉介は、ナルドの気持ちを受け入れてあげることができなかった。交換日記ができないから云々はともかくとして、葉介は紅玉鉱脈だ。処女でなくちゃいけない鉱の姫は、男の処女をどうカウントするかはこの際おいておくとして、あれこれできない。
だからナルドは、葉介の気持ちを惑わさないように、女の子の姿をやめてしまった。
でも葉介は、別にナルド本人がいやで、ナルドの気持ちを受け入れないわけじゃない。むしろナルドのことをちゃんと考えてあげたから、今こんなことになっているのだ。ナルドが男の子に変身してしまったのはナルドの勘違いによる不慮の事故であって、葉介の望むところじゃない。
でも葉介は、女の子のナルドとはあれこれできない……
「堂々めぐりじゃーーん!!」
抱えていた頭を放り出した私は、代わりにじたばた暴れた。幹也も疲れた顔をしている。どこからともなく飴を取り出して、私の口と自分の口へ、それぞれ一個ずつ放り込んだ。……イチゴ味だ。
「……ちょっとさ、この話保留にしない? 父さんと母さんにも相談してみないと。……一応、考えがないわけじゃないけど、俺たちだけで決めていい問題じゃないからさ」
「考え?」
私は首を傾げて、隣に座る幹也を見つめた。さすが幹也だ。いつだって何か作戦が考えてあって、私たち三人がどうするべきか教えてくれる。
でも私の賛嘆のまなざしを受けても、幹也はどうも浮かない顔だった。
いったいどうしたって言うんだろう。心配になった私が幹也のほっぺたを暖めてあげようと手を伸ばしたとき、ナルドがそっと口を挟んだ。「案なら、私も一つ、持っています」
私は反対どなりに座るナルドを見た。他の二人も一緒だ。三人の視線を一身に受けながら、ナルドはいつも通りの微笑を浮かべている。
ナルドは私の手をとって、自分の両手で包む。そして、気負いない、何気ない風で言った。
「花奈ちゃん。私の子を産んでいただけませんか。そうすれば葉介と私と花奈ちゃんと幹也様、そしてその子の五人で、一生仲良く暮らしてゆけます」
…………………。私は……いや、私たち兄妹は、それぞれ顔を見合わせる。
「うわあああああ」
「うわあああああ」
「うわあああああ」
今度の悲鳴は三重奏だった。