The 5th Attack!! 6
次の日、俺と花奈はもう二度と会いたくないアジュ達と別れ、引き返した荒野シュツルクは『水期』に入っていた。
水期の間、荒野シュツルクは水没する。石灰質を多く含んだ地下水が一気に地面のそこかしこから吹き出して、荒野は汚れたミルク色の水をたたえた死の湖となるのだ。今のところ水深はまだ足首がひたるほどだが、この後もっと上がるだろう。これ以上原付に乗り続けることはできない。
しかし花奈は怯まなかった。サングリアで借りた靴には重力魔法がかかっていて、水の上でも歩けるように工夫されている。花奈は水しぶきがかかっても平気なようにズボンの裾をまくりあげ、つないだ俺の手をぐいぐい引っ張った。
「幹也! 行こう! 幹也!!」
花奈の目は興奮できらきらしていた。水の上を歩くのは、いくら魔法がかかっているとはいえ、地面を歩くのと全く同じってわけにはいかなかったが、そのうち慣れた。あまり一歩一歩を踏みしめないようにするのがコツだった。自然、俺は小走りになり、花奈はスキップするみたいに独特の拍子をとって歩いた。
しばらく歩き続けた後、やっと、行く手に見える一艘の小舟に、葉介の姿が見えたときの俺たちの気持ちと言ったら、筆舌にはとうてい尽くしがたい。
一時間以上も小走りで歩かされ、しかも休めるところもないものだから、俺はすでに疲れきっていたが、花奈はまだまだ元気だった。
一生懸命俺の手を引いていた花奈は表情をぱっと、名前の通り花が開いたみたいに明るくして、大きく手を振る。
「葉介だ! 葉介だよ!!」
小舟の方から振り返されて、もっと大きく振る。さらに振り返されて、花奈は水を蹴って何度もぴょんぴょん飛び跳ねた。そして、手をつないだ俺を引きずって駆け出す。
足がもつれて何度も体勢を崩す俺を花奈は支えてくれたが、俺の息がもう続かなかった。
「ごめん、もう無理。先行って」
とてもじゃないが、このままのペースは保てない。自分から手を離した俺を残念そうに振り返ると、花奈はさらにスピードをあげて小舟へ向けて疾走した。俺はその後ろ姿を見つめながらゆっくり歩く。
傾き始めた太陽が照らすミルク色の水柱のあいだを、魔法の靴を履いた花奈が、黒のマントを翻して駆け抜ける。
波を立てる真っ白の水面に、花奈のつま先が放つ波紋が浮かんではすぐに消えた。
葉介が乗っているその小舟の方も、漕ぎもしないのにかなりのスピードで近づいてきている。舟と花奈はみるみる近づき、やがて花奈は水面から小舟の上へ躍り上がった。
花奈と葉介の小さな歓声が聞こえる。二人が固く抱き合って暴れるものだから、小舟は大きく揺れ動き、乗っている他の奴らが慌てて葉介を支えたり、ボートの縁に掴まったりしているのが見えた。
薄オレンジ色の夕暮れに、ミルク色の飛沫が俺の足下でぴかぴか光る。跳ねたままなかなか元に戻らない呼吸と鼓動のせいで、追いかけて行けないのがもどかしい。だが、いい気分でもあった。あの感動的な光景を、絵画でも眺めるように見ることが出来たんだから。
これで俺たちは三人そろって帰れる。葉介は紅玉鉱脈を続けるのかもしれないが、とりあえず一度は家に帰るだろう。その後のことは葉介の決めるべきことだ。
そうまで思ったとき、ふと俺の脳裏にいやな記憶がよみがえった。昨日、花奈たちが隣のテントで服を着替えているとき、アジュとサビアンが切り出した、とんでもない提案のことだ。
『紫晶鉱脈と百銅鉱脈を、メイロゥとソワレから幹也と花奈で肩代わりしてもらいたい』。
思い出しただけでかっと頭に血が上る。
鉱の姫の肩代わりなんてことが可能だなんて思いもしなかったが、何にせよ冗談じゃない。一心同体の三つ子のうち、何人が鉱の姫だろうと同じこと、ということなのだろうか。
まったく、冗談ではない。これ以上グラナアーデの人間に、良いように利用されてたまるものか。俺たちは、帰るのだ。
感動の再会をすませた小舟は、今度は俺を拾うべく、さらにこちらへ直進してきていた。俺もこのくらいならなんとかやれそうだ、という速度まで、ほんの少し足を速める。
「お帰り、幹也!!」
葉介が声を張り上げる。花奈はまた小舟から飛び降りて、俺を迎えて舟へ押し上げた。ああ、やっと座れた。
腰掛けて座り込む俺の背中を葉介がさする。そういえば、どうして迎えがあったのだろう。サングリアからゲルダガンドまで、何か連絡でもよこしてくれたんだろうか。………まあ、些細なことだ。
「ただいま、葉介」
差し出された水筒を口に運びながら、俺はにっと笑った。
俺たちは帰るのだ。