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The 5th Attack!! 5


「助けてくれてほんとにありがとう。幹也君、花奈ちゃん、ソワレちゃん、ラグル君。それにサビアンさん、バルバトさん、プラネタ君」


 はにかみながら私たちの名前を一人一人呼んで丁寧に挨拶してくれたのは、鎖骨くらいまでの灰色の髪を行儀よく巻いていて、濃い菫色の瞳を持っていて、すっげかわいくて今まで会えなくて名前も言えなくて、もしかして想像上の存在にすぎないかもしれなかったアジュの彼女こと、メイロゥだ。


 歳は23歳だそうだけど、メイロゥにはほっぺたにかかっている髪の両方を、くるくる指でいじる癖があって、その幼い仕草がメイロゥを若く見せている。髪と目の色さえなんとかしたら、うちの高校の在学生って言っても十分通じるくらいだ。

 手には小さな刃のパーツを何枚も組み合わせた、鞭みたいにしなる不思議な剣。ついたばかりの血しぶきが目にまぶしい、真っ白の全身鎧。

 もじもじしている仕草があまりにも初々しいせいで、余計に、変な形の武器や血しぶきがガチなものだと伝わってくる。



 幹也の話によれば、メイロゥは神殿のある一室で死んだように眠っていたそうだ。仰向けのお腹に乗せたアメジストのボウルからは、小粒の同じ貴石が、ゆっくりとした速度で湧き出ていたという。


 目を覚まして、適正な装備を身につけたメイロゥに敵はなかった。もしかしてメイロゥに『鉱の姫の従者』がいたんなら話はややこしくなっていたかもしれないけど、『紫晶鉱脈』の従者は、歴史の中で絶えてしまっていたそうだ。

 彼女は起き抜けとは思えないほどの大活躍で、ソワレと同じように刺墨の神官を見つけ、悠々と拉致ってきたんだそうだ。ちなみにその拉致ってきた神官は二人とも、顔面にずだ袋をかぶせて簀巻きにし、刺墨を隠した状態で捕虜部屋に転がされている。



「えへへ、アジュさん。アジュさんアジュさんアジュさん。アジュさんアジュさん。私のアジュさん? ……私のアジュさん! うへへ」

 アジュは意味もなくアジュの名前を呼んでは幸せそうにしているメイロゥの手をにぎにぎしてあげて落ち着かせながら言った。

「メイロゥさん、まず着替えましょう。プラネタさんがお湯を用意してくれています。積もる話はそれからでも」

 ときどきメイロゥが血染めの戦装束のまますり寄って甘えているせいで、最初は血がついていなかった彼の聖衣もうっすら赤く染められてしまっている。いやな光景だ。

「ソワレは積もる話より山積みのメシがほしいぞ! あったかいスープ! ふかふかの白いパン! 冷たいレタスのサラダ! 絞めたてのコンビーフ!」

 絞めたてのコンビーフって表現がよくわからないけど。必要以上に赤そうでイヤだそれ。


「ソワレさん、食事は服を着替えて手を洗ってからです。

 女性は隣のテントで服を着替えてきてください。…ソワレさん、着替えは持っていますか? メイロゥさんの着替えは用意がありますから…」

「私はアジュさんのシャツを着るから平気だよ! アジュさんのシャツくんかくんかえへへへいやん照れちゃう」

「あの、メイロゥさん? お願いですからそういうの、二人きりのときにしてもらっていいですか? 発言内容もどうかちょっと控えめにしてもらって」

「ソワレ知ってるぞ。こういうのをダメな大人って言うんだ」


 勝手気ままにやり始めた鉱の姫たちは、水びたしの装備を解くためにテントを出ていく。私も二回に渡る潜水で水びたしで、生臭い。着替えるついでにお湯を使わせてもらうことにし、二人の後を追おうとすると、アジュはふと私を呼び止める。

「あ、花奈さんは少し待ってください」

 私はうんざりして立ち止まる。パンツまでじとじと湿っているのに、それを無視しても解決すべき問題が、今ここにあるとは思えなかった。

 と、口で言っても分かってもらえるかどうか微妙だったので、私はただ黙って、ソワレたちの方を指さす。隣のテントへ入っていくソワレ、メイロゥの後ろを、ラグルが当然のような顔をしてついていくところだ。

「うわ。……ラグルさんやめてください。うちのメイロゥさんもいるので」

「わー! やめろーはなせー! ……うわーんソワレー! アジュがいじめるー!!」



 アジュが慌ててラグルを、あの葉っぱの拘束魔法で取り押さえている隙に、私は隣のテントへ滑り込んだ。テントの中には清潔そうな白いシャツの着替えが畳んで置いてあって、隣に私の古いランドセルが転がしてあった。部屋の中央には薄青い陶器のたらいが重ねて積み上げられ、白いタオルがたくさんと、石鹸。その側には大きなポットが五つ。どれも口から湯気を細く吹き上げている。


 私は、まずたらいを山から一つとり、どんどん水浸しの服を脱いで積み上げていった。べたべた肌に張り付いて脱ぎにくいことこの上ない。ブラをはずすと、その隙間から藻がまざった水がだばーと落ちる。万事そんな感じだった。

 そのうちメイロゥとソワレも、ラグルのさみしげな泣き声をBGMに、テントへ入ってくる。

 メイロゥは入ってくるなりまっさきに着替えを確認してつぶやいた。


「あっ、これアジュさんのシャツじゃない! ……わーん期待してたのにー」

「………………」

 私やソワレとは違った意味で、メイロゥもちょっとおかしいらしい。私とソワレは顔を見合わせて、さっさと着替えに戻った。先にすっぽんぽんになってしまった私は、たらいへ三本タオルを広げ、上からお湯をたっぷりかける。熱い湯気を頬に感じたとき、私はやっと、自分の体がすっかり冷えきっていたのに気づいた。

「あー、さむかった」

 タオルをぎゅっと絞りながら私がつぶやくと、ソワレもしみじみと返事する。

「ちゃんとお湯が使えるの、何日ぶりだろうなー」

「ソワレちゃん、背中拭いてあげるよ。花奈ちゃんもこっちおいで」

 ダメな大人モードから戻ってきたらしいメイロゥが、素肌にタオルを巻き付けた姿でソワレを呼んだ。

「髪も洗わないとね。この石鹸、髪の毛洗ってもいいやつかな?」

 お姉さんぶった口調でメイロゥが石鹸のにおいをくんくん嗅いでいる。においじゃ分かんないと思うけど。

「ソワレが試してやるぞー」

 つるつるぺったんこの全裸をいさぎよく晒したソワレが、お湯をたらいにどぶどぶ流し込む。そして、もうもうと湯気をたてるお湯のたらいへ勢いよく頭を突っ込んだ。

「うぎゃっ、熱い! 熱すぎだー!!」

「あ、ちょっと待って待って」

 私は慌ててソワレのたらいの、お湯の電子運動を抑えた。レンジでチンする魔法のときの反対だ。電子の動きが静かになると、熱はどんどん冷めていく。


 軽くやけどして赤くなった顔と首に、今度は注意深くお湯をつけたソワレは、石鹸を直接こすりつける。

「うひゃー、きしきしする! すっごいきしきしするぞ!!」

「でも、洗わないわけにいかないもんね。どうしよう、あとでなにか髪の毛につけるものを貰えると良いんだけど……」

「あ、ゲルダガンドまで行けばシャンプーもトリートメントもあるよ。私、自分の世界から持ってきたの」


 お湯につかれたら最高なのに、と思ったけど、さすがにそこまで贅沢は言えない。

 日本へ戻ったら久しぶりに幹也と葉介と三人で、お風呂に入ってみようかなと思いながら、私は髪をたらいへ垂らし、お湯を髪へ注いだ。





 私たち三人がさっぱりした服を身につけて、靴も借りて、元のテントへ戻ったのは、一時間くらいした後のことだ。そこでは、誰かがこそこそした声で何か話していた。

『………………………?』

『……………』

『絶対にお断りだね!』

 くぐもってよく聞き取れないけど、幹也が珍しく声を荒らげているのはよくわかった。


 前に立っていたソワレを押し退けて慌ててテントに飛び込むと、いつも温厚な幹也が目をらんらんと光らせて、アジュやサビアンを睨みつけていた。怒り狂っているときの幹也だ。幹也は着替えもまだ全部すんでいなくて、新しく着ているシャツのボタンが、一つかけ違えられていた。

「幹也!」

 私はすぐに飛びついて幹也をぎゅっとして、幹也をアジュたちの視線から隠す。そうすると、幹也はほんの少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。

 押し殺した声音で幹也は忌々しげに言った。

「………俺と花奈の仕事はここまでだ。そこまでアジュやサングリアに肩入れしてやるつもりはない」

「なに? 一体どうしたの!?」


 私が幹也を抱きしめたまま肩越しに振り返ると、サビアンが軽く視線を落としているところだった。

「………確かに出すぎた事を言った。今の話は忘れてくれ」

「いやだ、絶対に忘れない。絶対に絶対に死んでも忘れない」

「どうしたの、幹也? 何か言われたの?」

「花奈は知らなくて良い」

 私はそーっと幹也の顔をのぞき込む。何か屈辱的なことを言われたらしい幹也の目には、うっすら涙が浮かんでいた。

 一体なにが起こってるのかわからなかったけど、なによりもまず、幹也をなだめてあげなくちゃいけなかった。幹也が知らなくていいって言うんなら、それはほんとに、知らない方がいいことだ。


 私はもう一回振り返って、アジュやサビアンに言った。

「よく分かんないけど、幹也に謝ってよ」

「申し訳ありません、幹也さん。あつかましいお願いでした」

 すぐ、アジュが頭を下げた。サビアンも、どこか悔しそうな顔をしながらもこう言う。

「………すまない、ミキヤ。どうか怒りを収めてほしい」

「やだ」

 幹也の返事はすげない。

「やめなよ幹也。……ごめん、アジュ、サビアン。幹也ってわりと、こういうところがあって」

 幹也の数多い欠点の一つだ。幹也は賢すぎて、自分の理論で動きすぎるところがある。自分が腹を立てていても、また、自分のせいで他人が腹を立てていても、おかまいなしになって自分の殻に閉じこもってしまう。心が狭いのだ。


 それでも、私が丁寧に幹也のかけ違えたボタンを留めなおしてあげると、幹也は少し落ち着いたみたいだった。

「あんた達がこれ以上むちゃくちゃを言わなければ、これでひと段落ついたってことになる」

 幹也は言った。


 サングリアは、ゲルダガンドの豊富な宝石の在処の秘密と、アジュの彼女……『紫晶鉱脈』を手に入れた。サングリアは戦争のせいで、今まで宝石の輸入に支障があったらしいけど、これからメイロゥ達が自分の世界に帰るまでの間、今までゲルダガンドが握っていたアメジストに関わる利権のすべてを奪い取れたことになる。それにメイロゥが帰った後も、鉱の姫の秘密の対価に、葉介のルビーを含む宝石の何パーセントかを与えられることになるだろう。

 こうしてサビアンは十分な利益をあげ、サングリアの皇太后に対する顔を立てながら、戦争をとりやめることができる。


 ゲルダガンドは、サングリアが使った『屍人兵』のことを、世界中に黙っていてあげることにしたらしい。

 たとえばゲルダガンドの『鉱の姫』云々のことは、異世界人である私たちからしてみれば確かにひどいことだけど、このグラナアーデの国々には少しも迷惑をかけていない、無関係のことだ。ゲルダガンドが、この世界の国々から責め立てされるいわれはない。

 でも、屍人兵のことは別だ。死人を重力魔法で無理矢理動かして戦わせていたサングリアは、このことが知られたら世界中の国々から大バッシングを受けるだろう。そうなったら、もうゲルダガンドとサングリアの、二国間の争いにはとどまらない。サングリア対グラナアーデの、大戦争に発展する。

 互いの弱みを握りあい、腹の底をさぐり合いながら、血の流し合いは終わり、その後徐々に、何十年もかけて関係がよくなっていく。それが戦争の終わりというものだ。

 …と、いうようなことを、ぐすぐす泣きながら幹也は言った。よっぽど言われたことが悔しかったらしい。






 私たち…というのは、私とソワレ、メイロゥって意味だけど、この三人は別れ別れになる前に、たくさんおしゃべりをした。

 自分達の世界のことの話が、一番楽しかった。

 ソワレの世界では、色とりどりの鱗を持った陽気な竜人が闊歩していて、ソワレのパーティメンバーにも、一人、竜人がいるのだという。『トカゲ先生』というのがそのあだ名で、竜人にしては陰気だけど、賢く、優しく、なによりも『堅い』んだそうだ。ソワレはそのトカゲ先生の体によじのぼって、あたりを見回すのが好きだという。

 メイロゥの世界にも竜人はいる。同じく色とりどりの鱗を持っていて、ほんの数年前はある誤解のせいで彼らとメイロゥ達は戦争をしていたけれど、今ではとても仲良しで、いったいどうして戦争なんかしていたのか、覚えていない人も多いという。

 私も、戦争がそんな風にして終わればいいと思う。

 ちなみに日本には竜人がいないので、私はPSPの自慢をした。実物を見せられないのが残念だ。

 



 ソワレはサビアンから、履くと水の上でも歩けるようになる靴とか、いろいろ面白いものをおみやげにせしめて、一足先にラグルと一緒にソワレの世界へ帰った。ソワレを待っている人がいるのだ。ラグルのことは心配だけど、ラクシアでソワレを待っている『トカゲ先生』達が、ラグルの理解者にもなってくれることを祈るしかない。

「あの神官の皮を、刺墨がついてるとこだけうすーく剥いで、絨毯にしちゃえばいいんだ。そうすれば、ソワレも花奈もメイロゥも、サングリアを中継地点にしていつだって会えるぞ!」

 なんてソワレは言ってたけど、さすがに人間の皮の絨毯はご遠慮だ。いつまでも神官を縛り上げておくわけにはいかないし、ソワレとはこれでずっと、お別れかもしれない。



 アジュとメイロゥは、もう少しの間サングリアに残ると言う。アジュはサングリアに対して返さなくちゃいけない借りがあり、メイロゥはアジュがいるならどこだって天国なんだそうだ。

 アジュ達のいる『同盟』は、仲間を殖やすことに心血を注ぐ国風で、殴りあってでも友達を増やすのが大好き、というところだそうだから、ゲルダガンドとサングリアの仲立ちも、うまいことやってくれるかもしれない。………そうだといいんだけど。



 私たちはゲルダガンドへ帰ることになった。幹也がもう、サングリアにはいたくないって言ったからだ。幹也は言い出したら聞かない。

 ソワレとラグルを見送ると、私と幹也はサングリアの駐屯地、ラプラリアを後にした。

 来た時と同じように原付にまたがって、サビアンの手紙を携え、行きよりはすこしスピードを出して、何の目印もない荒野を何時間もかけて走る。するともう水浸しになり始めたシュツルクが見えてくる。ジュノのマントを風にばたばたはためかせ、メイロゥのアメジスト、ソワレの銅鉱石をポケットに入れて、私は幹也の肩から行く手をじーっと見つめる。

 私たちは葉介のところに帰るんだ!

 

 



花奈はランドセルをラプラリアに忘れて行きました。

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