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The 5th Attack!! 4



 幹也と、アジュ。私と、ソワレと、ラグル。

 これが二つのグループの組み合わせだった。


 アジュとソワレ、それぞれゲットしなきゃいけないアイテムも目的地も違うから、二手に分かれるのは、戦力は分散しちゃうけど仕方ないことだ。

 運動神経の切れてる幹也は、それをフォローできるアジュに。鉱の姫について多少知識のある私は、何にも分かってないソワレとラグルについた、ということになる。


 アジュは、アジュの彼女と器、それに異世界への出入りを司る神官をゲットしなくちゃいけない。ソワレは、器と神官だけでいいけど、アジュはちょっと大変だ。生きてるはずの人間を、生きたまま奪還しなくちゃいけない。

 それを思えば、私たちのミッションはまあまあポッシブルってとこだろうか。メンバーの脳味噌の皺が、揃いもそろって少なめなのが不安だけど。



 なぜか……というか、たぶん鉱の姫の従者が持つ特技なんだろうけど、進むべき方向がばっちり分かってるラグルの案内に従って、アジュチームとソワレチームは別々の道を行った。

 私たちが進むのは石造りの神殿だ。とはいえ、たとえばパルテノン神殿みたいな綺麗な神殿じゃない。

 右も左も上も下も、ぜーんぶ灰色の石造り。壁に彫られている女の人のレリーフが、かろうじてちょっぴり神々しさを演出してるだろうか。天井は低くてせいぜい2メートルちょっとしかないし、道幅はせいぜい私とソワレが並んで歩くのに支障がない程度。灯りも壁がぼんやり光っているだけで暗いし、じとじと湿っぽいし、とにかくやな感じだ。ソワレやアジュが神殿だって言うから、私たちも神殿と呼んでいるだけで、神殿っぽさはほとんどない。アジュが『女性を閉じこめておくだけの施設』なんて言ってたのは、もしかしてこのせいだったんだろうか。



 何もかも、ラグルの言うとおりにすればよかった。

 ラグルは今神官がどこにいるかも、器がどこに保管されているかも全て分かっていた。たぶん狼に変身したおかげで、嗅覚が発達しているからだろうと思う。元々住んでいただけあって、良い隠れ場所も知り尽くしていたし、人の足音にも敏感だ。一応スニーキングミッションだけど、はっきり言ってかくれんぼより緊張感はない。すっごく楽ちんだ。



 だからこそ、怪しかった。

 ラグルは鉱の姫の従者にしては、あまりにも物わかりが良くソワレをサポートしている。こんなに私たちをナビしても、ラグルにとってはまるでメリットがないにも関わらずだ。


 だって、仮にここで捕まってしまえば、私やソワレは困るけど、ラグルにとっては願ったりのことのはずだ。ソワレは自分の世界に帰らずに、ラグルと一緒にいることになるんだから。

 葉介に対するナルドの様子を見ていると、どうもそこらへんがしっくりこない。鉱の姫の従者は……少なくともナルドは、自分の鉱の姫のことをとっても大切に思っていて、一分一秒も離れたくないって思ってるはずだ。それは、他の鉱の姫の従者も同じなんじゃないかな。

 元々は人間の姿をしていたらしいラグルが、狼の姿になってまでソワレのそばにいたのに、どうしてソワレを元の世界に帰す手伝いをしてるんだろう。



 それがどうにも怪しく思えてならなくて、私は結局ラグルに直接聞くことにした。まさかとは思うけど、ソワレもろともに罠にかけているという可能性も、なくはないからだ。

「ねえラグル、ほんとにいいの? 神官と器を見つけたら、ソワレは自分の世界に帰っちゃうんだよ?」

 廊下の先頭を歩くラグルに、ひそひそ声で話しかける。


 でも、返事したのはソワレだった。

「ラグルはソワレと一緒にラクシアへついてくるんだもんなー」

「なー」

 ラグルも軽く振り返って、犬歯をむき出しにした。………こわいんだけど、これって笑ってんのかな。

「ついてくるって………大丈夫なの?」

 私はますます心配になって、今度はソワレにひそひそ聞いた。


 確かに私も、ナルドと知り合ったばっかりの頃は、ナルドが葉介のお嫁さんになってくれれば、かわいい義妹ができて良いな、って思ってた。でも、今の考えは少し違う。


 鉱の姫の従者は、人間とは根本的にどこかが違う。千変万化の変身能力を持っていて、男にも女にもなれるし、人間でも竜でも、狼の姿だって、たくさんある形態の一つにすぎない。従者は、その姿を変えることに何のこだわりも持っていない。

 そういう生き物である鉱の姫の従者を別の世界に連れて行ったとして、その世界に従者の生きる場所はあるんだろうか。


 少なくとも、私はもうナルドを日本に連れていこうっていう気持ちは無い。ナルドと葉介が結婚するとしたら、葉介の方がゲルダガンドへお婿に行くしかないと思っている。

 だって日本には、ナルドの考え方を理解している、ジュノみたいな存在はない。

 ただでさえ自分の見目形すらかなぐり捨てられる従者を自分の世界に引き連れてなんて行ったりしたら、それこそ鉱の姫は、従者に対してお返しできるものがなくなってしまう。従者の気持ちは重すぎる。

 葉介にナルドの愛情を受け止める度量があったか。答えはノーだ。ソワレにラグルの愛情を受け止める度量がありそうか? この答えもノーだ。

 ただでさえソワレは、ラグルを一度拒絶している。ラグルはソワレを愛してるのに、幼女のソワレはラグルを全く意識していない。このままラグルだけが我慢し続けたら、ソワレもラグルも不幸になる。



 そういう私の考えを、ソワレもラグルも全く汲んでくれなかった。

「俺とソワレはずーっといっしょなんだ!」

「なー」

 ラグルのしっぽが、目にも留まらぬ速さでぶん回されている。

「でも……」

 私は言いかけたけど、それをラグルの声が遮った。

「何かを返してほしいわけじゃない。どうなったってかまわない。俺はソワレと一緒にいる」

「………」


 だからそれがまずいんだと、どういう風に説明したらわかってもらえるんだろう。

 これは勘だ。ここしばらく葉介とナルドを見ていて、十七年間女の子として生きてきた私の勘だ。だから確かな言葉にして、説得する術がない。

 今、こんなに無邪気にしているソワレだっていつまでも子供のままじゃない。もう一年、二年もすれば、胸が膨らみ始めるだろう。三年、四年したらもう恋だってする。その相手はきっと、人間の姿を捨ててしまったラグルじゃない。そしたら、ラグルはいったいどうなっちゃうだろう? そのときラグルにはもう、なにも残っていないのに。



 絶句した私をよそに、百銅鉱脈ソワレとその従者ラグルは、目的地にたどり着いてしまったようだった。

 ラグルがあるドアの前で立ち止まり、ソワレを見上げた。心得たソワレはドア側の壁に張り付いて、まずは鍵穴にポケットから取り出した小さな鏡を当てた。鍵はかかっていなかったらしい。ソワレは音も立てずにドアを薄く開く。そして、その隙間にも鏡を差し込み、室内の様子をうかがう。


 鏡の角度を何度か変え、部屋全体を見渡した後、ソワレは一言もしゃべらないまま、私に鏡を顎で示して見せた。そっと私も鏡をのぞき込んでみる。

 ランプの灯りしかない薄暗い室内に、だぶだぶした服を着た男が一人いた。男は机について何か書き物をしているらしい。皮膚の露出は少ないが、彼の右頬を、ジュノと同じように、黒い文様が覆っているのがちらっと見えた。


 私は頷いた。たぶん、これだ。



 ソワレもうなずき返す。そして、喉は使わずに口をぱくぱく動かすだけで私に指示を出す。

『花奈は最後に入ってドアを閉めろ』


 言うが早いか、ソワレの二刀流が火を噴いた。

 先頭のソワレはまずドアを大きく開き、疾風のように室内へ駆け込んだ。

 そして、隙は多いが機敏で力強い動きで、神官に飛びかかる。そのときソワレの小さな体は二倍ほどに膨らんだように見えた。

 遠心力と引力とを加速に使い、ソワレは抜き放った剣で神官の腹を殴りつけた。血しぶきは上がらない。剣って実は鈍器に近いらしい、みたいなことを幹也が言っていたのを、私は思いだしていた。


 ソワレのサイコロが転がる音は、合計四回聞こえた。ソワレの右手で一撃、左手の一撃が立て続けに神官を吹き飛ばし、壁にたたきつける。聞くに耐えない、大きな音と共に神官が崩れ落ちたところへ、ラグルが飛びかかった。唸りもせずに忍び寄った狼は、神官の頭に噛みついて、やっと悲鳴を上げ始めた彼を激しく揺さぶった。


 ここまでが、私が部屋に入ってドアを閉めるよりも早く、行われたことのすべてだ。

 あまりの手際のよさにあっけにとられるしかなかった。ソワレは更に剣を油断なく神官に向けながら、厳しい声音でラグルに問いかける。

「ラグル、もっかい確認だ。ほんとにこいつで合ってるか?」

「うぐ」

 ラグルは頷いた。噛みつかれたままの刺墨の神官がまた悲鳴をあげる。

 ラグルの答えを聞くや否や、ソワレは石の床に突き飛ばされた神官に素早く歩み寄り、神官の唇を上下につまんだ。そして、ポッケから取り出した細いもので、そのつまんだ上下の唇を突き通した。

「うごぉお」

 体を覆う黒の刺墨と、さながらアフリカの方の原住民っぽい感じになっている。痛みのあまり、うめき声すら上げられないようだ。

 痛そうだし暗いしでよく見えないけど、どうも彼の唇にピアスされたのは、長さ7センチ、太さが2ミリくらいの、何の変哲もない、ありふれた釘らしい。意表をつかれる釘の使い方だった。


 床に突き倒されているせいで、唇からあふれた血が込み上がってきたらしい。鼻からも黒いものを少量吹き出させながら、神官は必死に呼吸している。唇はほとんど動かせないようだ。くぐもったうめき声が聞こえる。

 ここらへんで、私はさすがに目を背ける。スルーだ、スルーしよう。


「よぉし、一言もしゃべるんじゃないぞ。ソワレはおまえの刺墨に用があるんだ。ソワレにとっておまえの生き死には、刺墨が自分で歩くか、歩かないか、その違いしかないんだからな。

 いいか? わかったか? ならよし。ソワレが家に帰ったら、おまえは用無しなので解放してやる。いやがった場合は用無しなので殺す。わかったか? 復唱はしなくてよし」


 ソワレのいっそほがらかな言葉が耳に痛い。

「ソワレ、けっこう大きな音がした。もしかしたら人が来るかもしれない」

 ラグルの小さな声に急かされて、ソワレはうなずいた。そしてかわいそうな神官の鳩尾に一撃入れ、とうとう動かなくなった彼を、明らかに自分の体重よりも重たいのに、小さな両肩に担ぐ。

 そして、機敏に私を見上げてソワレは言った。

「よし、このまま巻いてくぞ!」



 この手口でソワレとラグルは手際よく、『百銅鉱脈』の器である赤銅のゴブレットも奪取した。


 彼女を奪還したアジュと幹也が私たちとあのマングローブの根本の洞窟で合流し、サングリアへ転移したのは、神殿に進入してから一時間も経たないうちのことだった。




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