The 5th Attack!! 3
大変お待たせしました。再開します。
交渉は成立した。
ソワレは神殿への道を私たちに教える。
アジュはソワレが元の世界に帰れるように手助けする。
ソワレが知ってる神殿が、アジュの彼女が捕まってる神殿じゃなくっても、文句は言わない。
条件はこんな感じだ。
私たちは舟をそのへんにくくりつけていったん捨て、ソワレたちと同じようにマングローブの木をよじのぼった。
というのも、ソワレが独自に作っていた地図というのが、樹上専用のものだったのだ。
元々ソワレが、木登りが得意じゃないラグルでも通れるような、太くてがっしりした枝ばかりを使っていたから何とかなったけど、そうじゃなかったらたぶんアジュや幹也は体重オーバーで使えない道だっただろう。
ソワレは身軽に前へ後ろへ飛び回り、私やアジュに道を教えたり、運動神経がぷっつん切れてる幹也が、最後尾でもたもたするのを助けたりと大活躍だ。ソワレの目はきらきら輝いていて、めちゃくちゃ生き生きしている。
「ソワレ、なんか生まれたときからここに住んでたみたいだね」
私がしみじみそう言うと、ソワレはにこっとしてこっちを見た。
「そうかもなー」
自分の膝を枝から枝へ渡し、ラグルの足場として使わせながらソワレは、んーと、と何事か思い返すそぶりを見せた。
「ソワレ、山で育ったんだ。だからサバイバルはなれてるぞー」
「……山で育ったからサバイバルに慣れてるってすごい理屈……」
幹也が息をぜえぜえさせながら、もの言いたげにソワレを見つめる。小学生くらいの女の子の方が元気いっぱいにしているので、なかなか弱音が吐けないんだろう。
ソワレはくるっとこちらを振り返って、きょとんとした表情を見せる。
「だって、誰かがいつも食わせてくれるわけじゃないだろ、山じゃ。
二日にいっぺん、牛乳を届けてくれるオババがいたけど、ほかは全部自分一人でしてたぞ。猪を狩ったり、野草摘んで食ったり、盗賊と、それを討伐しにきた冒険者をもろともに罠にかけたり」
「……それ、私の知ってる山と違う……」
「ソワレがちいさーーい頃は、村のやつらが何度も連れ戻して村で育てようとしてくれたらしいんだけど、ぜんぜん記憶にないんだ。ちょっと目を離したすきにすぐ山に戻ってるもんだから、あきらめたって言ってたなー」
「…サバイバルに慣れてるってレベルじゃないだろ…」
「……帰りたいなー」
隙間隙間でぶつぶつ入れた私と幹也のつっこみなんか物ともせずに、ソワレはふと遠い目をした。
「ソワレ、きほん一人で生きてたけど、一人じゃつまんないぞってことを教えてくれたやつらが、元の世界にいるんだ。あいつら、ソワレがいなくて絶対困ってる。早く戻らないと……」
戻らないと、と言いかけたソワレは、突然下を見下ろして、しっ、と小さな息を歯の隙間から押し出す警戒音を発した。
どきっとした私が思わず身を固くしていると、ソワレ一人がするするとマングローブの木から降りていき、音もなく着水した。水かさはいつのまにか減っていて、今はソワレの膝の少し下程度だ。
「ソワレ?」
「到着だぞ」
アジュがソワレの後を追って、水面に足を浸す。ソワレはすっと手を伸ばし、ひときわ大きいマングローブの根本を指し示した。私も木を降りてのぞき込む。
一見、大きさ以外、他のマングローブとどこも変わらないように見える。だけど、じっと見つめていないと分からないくらいの流れが、根本の奥のよく見えない方へ滑り込んでいた。
「まず、ソワレから行くぞ。一人ずつ順番に来い」
ソワレは言うが早いか、まず自分のマントを肩から外して小さくまるめて抱え込むと、素早く根本へ滑り込む。するとすぐ、小さな水音と同時に姿が見えなくなった。ラグルも当然のように根本に身を沈め、消える。
そして、戻ってこない。
「………どうする?」
まだもたもたして木の上にいる幹也が、ちらっとこっちを見る。私は一瞬だけ考えて、決めた。
「私が行くよ。で、次が幹也で最後がアジュ。これでいい?」
別に危険はないはずだ。この奥が少しでも危ないんだったら、ラグルがソワレを止めていただろうから。でも念のため、運動系がダメダメの幹也を真ん中にする。アジュは大人だから、精神的に一番しんどいところを負ってもらおう。
「………まあ、妥当かな」
幹也は小さくため息をついた。ここで、俺が先に行くって駄々をこねちゃよくないって、幹也はちゃんと分かってるのだ。アジュも文句を言わずにうなずいた。
「ソワレさん達が先に行きましたから何事もないと思いますが、どうかお気をつけて」
私はマングローブの根本へずるずる這いずり込んだ。ジュノから借りたマントが、べしゃべしゃに汚れていく。舟に置いてくればよかった、と思っても後の祭りだけど。
ちなみに、黒曜軍の駐屯地から持ってきたランドセルは、サングリアの花菱の駐屯地へ置いてきてある。花菱へ繋がる携帯用の転移門をアジュが持ってきているから、身軽なものだ。何か必要になったら、取りに戻ればいいんだから。
だから元々、野宿するつもりすらなかったのだ。こんなところで、塩水まみれになるなんて思いもしていなかった。
ソワレとラグルがどこに消えたかは、その後すぐに分かった。
木の根っこの奥は、落とし穴があったのだ。はいはいしていた私の手がすこんと滑り落ち、続けて私自身も、悲鳴をあげる間もなくどぼんと穴へ落ちる。
一瞬パニクりそうになった私を穴の中から引っ張ったのは、ラグルの大きな口だ。ラグルはにごった水の向こうでさらに私をぐいぐい引っ張って、穴のさらに深い方へ誘導する。もしかして、このまま水死させるつもりなんじゃないかと疑いながらも、私はなす術なく穴の奥へ引きずり込まれていった。
水中移動にはものすごく邪魔なマントに妨害されながら、やっとのことで息が通ったのは、それから三十秒後くらいのことだろうか。
ラグルはにわかに浮上して、私をぐいぐいと水面へ押し上げた。
「………ぷはっ」
生臭い空気が胸一杯に吸い込まれる。せき込みながら見回した世界は、もうマングローブ林じゃなかった。真っ暗い、なにも見えない世界だ。ただ、私の足下……今通ってきたばかりの落とし穴のトンネルの方から、かすかに光は漏れてきているけど。
ちょうどそのとき、マッチを擦る音がして、ぽうっと小さな明かりが灯った。その明かりが、ソワレの顔とその手元のランタン、そして周囲をほんの少しだけ照らす。ここは、泥と、岩に囲まれた、暗い地下洞窟だ。私はその洞窟の小さな池にぷかぷか浮いていた。
小さなランタンに火をつけ終わると、私と同じようにびしょぬれの姿をしたソワレは私を見て、一言つぶやいた。
「だからマントはしまっとけって言ったのに」
「言ってないっ!!」
私は間髪入れずにつっこんだ。そこは厳重に抗議しとかなきゃいけない。
濡れたマントはのけぞるほど重かったけど、私は苦労して水たまりから洞窟へ這い上がる。
ラグルは既に、もう一度水たまりの向こうへ潜水している。次の人を迎えに行ったのだろう。狼の姿だけあって、肺活量は人とは比にならないようだ。
池の上でぎゅうぎゅうマントを絞っていると、下からぷくぷくあぶくが浮いてきて、その後すぐに幹也とラグルが浮かび上がってきた。
「………ぶはあっ、げほっ、ぐほっ」
「大丈夫? 幹也」
私は幹也のベルトをつかんで、幹也が水から上がってくるのを手伝った。少し水を飲んだらしい。きっと、私と同じように不意をつかれて、なす術なくラグルに引きずり込まれたんだろう。どんくさいとはとても言えない。ラグルはほんの少し息を吸い直しただけで、また水中トンネルへ戻っていく。
ひとしきりぜえぜえ息を荒らげ終わると、幹也はちょっと困った顔をソワレに向けた。
「ねえ、何でラグルは落とし穴の中に潜んでたの? まるで理解できないんだけど」
「びっくりさせてやろうと思ったんじゃないか? ラグルってけっこうおちゃめだぞ」
その茶目っ気のせいで、こっちは生きた心地がしなかったんだけど。
ソワレはまるめてあった自分のマントを広げて、軽く水気をきると、いさぎよくパンツ一枚の姿になった。あわてて幹也が背中を向けたのも間に合わないくらいの早業で、ソワレはマントを体に巻き付ける。
「花奈、お前もこーしとけ。体が濡れてるのはよくないぞ」
「そーだね……」
もうつっこむのも面倒になってきた。
アジュも池から飛び出してくる。
「こんなところに、こんなものが………」
地下水路の秘密にじゅうぶん驚き終わった後は、水をぼたぼた滴らせる自分たちの顔を見合わせた。まずは全員服を乾かさなくちゃいけないことに気づいたのだ。
私は幹也にジュノのマントをカーテンみたいに広げておいてもらって、その陰で服を脱いだ。下着も一回絞ってからまた元通りつけ直し、上からマントを羽織る。
もちろんただただ待っていてもなかなか乾くものじゃないので、久々にレンジでチン魔法を披露した。思い出したのはなかなか偉いと思う。ずっと使ってなかったし、勉強もさぼっていたから。水分中の電子をぐるんぐるん動かして対象物を加熱するという、私が唯一使えるあの魔法だ。
水じゃなくて『湿っているもの』を温めたのは初めてだったけど、まあまあうまくいった。まあまあというか、魔法自体はかなりうまくいった。減点だったのは、生乾きの洗濯物をパワーアップさせた臭いと、焦げ臭い臭いがしたこと。この魔法じゃあ雑菌を何とかできるわけじゃないから、これはさすがに仕方ない。焦げ臭いのもまあ、どうしようもないし。
とりあえず自分の着てた服で練習したあと、私は他の人たちの服も乾かしてあげることにした。あいかわらず、生臭いし、焦げ臭い。
私が一生懸命電子の小刻みなダンスを応援している間に、ソワレとアジュ、幹也は作戦会議を始めた。ソワレはいち早く水気を飛ばしたラグルで暖をとりながら、アジュは剣の水気を拭いながら、幹也は濡れた髪をうざったそうに引っ張りながら、の作戦会議だ。
「どうだ、アジュ? お前のいたとこと合ってるか?」
「いえ……今の時点では何とも言えませんね。私の放り出された記憶のある場所からして、だいたいの位置はあっていると思うのですが……」
「でも、こんな地盤の緩そうなところにいくつも作ったりしないでしょ、神殿なんか」
「……確かに。本当に神を祭っているなら別ですが、ここは神殿とは名ばかりの、女性を閉じこめておくための施設です。いくつも作る必要はないでしょうが……」
横で聞いていると、幹也の説はお気楽すぎ、アジュの説は私怨が混じりすぎのように思える。が、実際に私の勘も、ここがビンゴだ、と言っていた。ソワレはにこっとして言う。
「ま、人がいることは確かなんだ。いざとなればそいつをごーもんしてやればいいぞー。こことアジュのとこが別のとこだったとしても、さすがに近所にある神殿の位置と内情くらい、わかってるだろーからなー」
「ゴーモン? ………拷問?」
さすがに私は、疑問符付きで話に割って入った。いくら少年ゲリラ風であるとはいえ、小さな女の子であるソワレの口からあまりにも非日常的で不穏な言葉がでてきたので、聞き流せなくなったのだ。
集中が途切れたせいで、電子のダンスはあっという間に止まってしまった。暴走するよりは遙かにマシだけど。
ソワレはこともなげに頷いた。
「釘があるからなー」
そして、彼女にとってはほんとに何てことない話だったのか、さっさと話を元に戻してしまう。……追及するのはやめておこう。ただの比喩表現かもしれないし。
ソワレとアジュは地面の泥に、内部の地図を描いて互いに見比べてうんうん二人でうなずき合っている。それが終わると、ぱっと私と幹也の方をみてソワレはにやっと笑った。
「ここまでおつかれさんだぞ。じゃ、ここで二手にわかれよーなー」