表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/75

The 5th Attack!! 1


 海に浮かぶマングローブの密林に、日が昇るより前にソワレは目を覚ます。

 夜の暗闇にほんのり白みが射してきたころ、突然ぱっちりと目を開けた、ヒトの女の子ソワレは、マングローブの木の上で自分をくるみながら休む、黒い狼の柔らかい毛の間から抜け出す。この二週間、この相棒の毛の中がソワレのベッド代わりだ。


 木から降りないまま、器用に眠っていた間に凝った体をストレッチしていると、その気配で大狼も大あくびをしながら目をさます。

「ふわああ、おはよう、ソワレ」

「おそようラグル」

 狼の名はラグルリンガという。

 あのいけすかない迷宮の、一等いけすかなかった神官の一人と同じ名前の気がするが、この地方ではよくある名前なのかもしれない。舌をかみそうなので、ソワレはラグルと呼んでいる。


 ストレッチをすませるとソワレは下着や火付けの道具など、旅の道具がつまったリュックサックを背負い、ラグルと共に川に向かった。いさぎよく革鎧などの装備を外し、すっぽんぽんになったソワレはきれいでも汚くもない川へ裸の体をどぶんとつけ、すぐに上がる。その後、ラグルの体に全身をなすりつけるようにして水滴を拭う。清潔なタオルを温存するためだ。

 そして服を身につけた後、肌の露出しやすい部分に、臭いのきつい香草を口でくちゃくちゃと噛んでペースト状にしたものを、あたりの土の粘土質なところと混ぜ、全身に塗りたくる。虫除けと日除けのためだ。そうした後にようやく衣服を身につけ、ソワレの身支度は終わる。


 そうしたら腹ごしらえだ。追っ手を避けるために目立ちやすい川のそばから場所を移した後、ソワレがマングローブの木の上で小さな小さな火を起こし、金属カップ一杯分の少ない水を沸かして飲んだり、毒のない熱帯植物の葉や実をかじったり、マングローブの根本に棲む小エビを掬って炙ったりなどしている間に、ラグルは狩りに出る。

 ラグルの持ってくる獲物が、小鳥などであればごちそうだが、クモなどの昆虫であることもある。そういうものであっても貴重な栄養源だから、ソワレは軽く火で焦がしてありがたく食べる。エビと、葉と実だけの食事では、腹の底から力を出すことができないのだ。


 食事が終われば、さらに追っ手を避けるために場所を移す。その繰り返しだ。この地域はマングローブ林がだだっぴろく広がり、入り江も岩場も多いくせ、目印になるものはほとんどない、とても複雑な地形をしているので、マッピングは困難を極めている。



 ソワレは元々、ラクシアという世界に住んでいて、六面ダイスを二つ持つ、ぼさぼさ頭のフェンサー(軽戦士)兼スカウト(斥候)だった。まだ十歳にしかならない女の子だが、いっぱしに大人たちとパーティを組み、そしてパーティの火力として頼りにされていた。セッション帰りに仲間達と浴びるほど飲むエールが、ソワレの何よりの楽しみだった。


 彼女の生きざまは大変シンプルである。分かるか、分からないかが彼女の行動原理であった。

 いつものように仲間たちと依頼をこなしていたところ、何かのトラップにはまったのか、突然彼女一人、妙な石造りの建物にワープした。そして、そこにいた妙な神官に、妙なことをまくし立てられ、妙にかしずかれた。よく分からなかったので、たった一人で逃げ出した。

 飛び出した先はマングローブの密林だった。彼女の持つ地図とはまるで一致しない。


 元々、ソワレが住むのとはまた別の世界というものが存在することは知っていたが、飛ばされたときの対処の方法までは知らない。

 さすがに困ったソワレの元に、逃げ出した翌日に現れたのがこの狼だ。この狼のおかげで生きるのには苦労しなくなったが、しかし元いたところへはまだ帰れそうにない。ソワレは困ったままだった。


 しかし、今朝は一つ事件があった。

 支度がすんで一番に振ったサイコロが、6のゾロ目を出したのだ。6のゾロ目は自動成功といって、この上ない吉兆の証である。

 それからほどなくして、この世界に来て以来初めての、まともそうな人間の姿を目撃したのである。



 まともそうなというのは、頭のいかれた神官連中でもなく、髭面の海賊たちでもない人間という意味だ。

 人間たちは、若い男が一人、それよりまだ若い男…少年が一人、更にそれと同じ年頃の少女が一人、の三人連れだった。カヌーのような木彫りの細長い舟に乗っている。

 しばらく隠れて観察した結果、三人とも、あまり旅慣れてはいないようだということが分かった。

 若い男は、火の熾し方などは知っていたようだが、ぞろっとした魔法使い風の装備のせいで湿気と蒸し暑さにだいぶ参っていたようだった。脱げばいいのにとは思わない。装備品とはえてしてそういうものである。

 若い男と少年はそれぞれ地図を一冊ずつ持っていたが、少年の方は、読めないのか、ほとんど地図を取り出さなかった。その上、船酔いしているらしく、たまに胃液を海へげろげろ吐き出している。その背中をさすってやっている少女も、不相応に大きな黒いマントをかぶっているせいで体力の消耗が激しいようだった。



 ソワレは傍らの狼へ囁いた。

「ラグル。あいつら地図を二冊持ってる。一冊いただいちゃってもいいよっていう神様のお告げだよな?」

「うん、ソワレ。早速『キャスト』だ」


 キャストとは、ソワレの世界の人間が誰しも持つサイコロを振る行為をいう。

 サイコロはだいたい、いついかなる時でも振ることができる。たとえ戦闘中でも、平らな場所が確保できなくても。そのサイコロの出目によって、行動の成果が決まる。この特別なサイコロが導きだすものは、占いなどではない。文字通り、成功と失敗が決まるのだ。


 シンプルにいえば、二つのサイコロの出目を足しあわせた数が12に近ければ近いほどよい結果が出る。6のゾロ目、つまり合計が12ならば自動成功、絶対に失敗することはない。逆に1のゾロ目なら自動失敗、結果は推して知るべしだ。こうして振り出した数に、固定値と呼ばれるステータス値のボーナス点が更に加算される。



 今回のキャストは『知識判定』だ。ソワレは、舟の上の三人組にじっと目を凝らしながらダイスを振る。彼ら三人が、どの程度の能力を持っているのかを確かめるのだ。

 出目は、少年が4・6の10、少女が6・3の9、そしてちょっと年上の男が2・2の4というものだった。年上の男の判定は、まず通らないだろう。ソワレはバカだから、知力ボーナスが一点しかないのだ。これはけっこうすごいことだ。もちろん逆の意味で。



「えーとなになに、あのちっこい男がセージ(学者)レベル5、女はセージレベル2のグラップラー(拳闘士)レベル1か。レベルとステータス的にはわりとゴミだな。

 で、ちょっと年寄りがよく分かんないぞ。見た目からすると魔法使いだけど」

「がぶっ、ずきっ、ばたーんでいけるかな?」

「数で負けてるからなー。セージ5は無視してもいいだろうけど、それでも2対2か。ちょっと年寄りは判定通らなかったしなー…」


 結局ソワレとラグルは、もうしばらく様子を見ることに決めた。寝込みを襲ってセージ5から地図をこっそりとスリとる方が危険が少ないと判断したのである。

 ソワレは胸に取り付けられたバッヂをマントごとにぎりしめ、ラグルに囁いた。

「神は、乗り越えられない試練を課すことはしない。それがお約束だぞ」



 ソワレの『隠密判定』のキャストはまあまあうまくいった。4・6の合計10点、スカウト技能のボーナスが4点、更に敏捷度ボーナス点が4点あるから、合計18点。足場が悪いためにマイナス2点されて、正味16点。まあまあうまく隠れられた方だろう。


 セージ5は、船酔いしていたが、グラップラー1は、虫さされに悩まされているようだった。あたりを飛び回る蚊や蠅や、もう少しタチの悪い虫から肌を守るため、真っ黒いマントの内側で蒸し焼きにされながらもマントをとることができないようなのだった。



 露出しているところに泥を塗ればそれですむのに。泥はひんやりとしていて気持ちがいいし、虫もよってこなくなるのに。

 グラップラーがあまり辛そうにしているので、仕方なくソワレは助けてやることにした。自分が使っているのと同じ泥団子を作って、グラップラーの顔面をねらってぶつけてやることにしたのである。

 

 再度隠密判定を行った上、マングローブの木立を避けて、ソワレは作った泥団子をグラップラーに投げる。ソワレのサイコロは勝手に転がって判定を行った。2・3の微妙な出目だったが、相手はレベルが高くない。

 狙い過たずソワレの泥だんごは、グラップラー1の顔面に吸い込まれていった。

「むぎゃっ」

 グラップラー1が濁った悲鳴をあげると同時に、判定の通らなかった男がグラップラー1とセージ5をカヌーの底へ突き倒して覆い被さった。

「伏せなさい!」

「花奈!? 無事っ!? 顔面無事っ!!?」


 3人が混乱している間に、ソワレとラグルは急いで、マングローブを飛び移り、しかし音をできるかぎり立てないようにその場を離れた。そういったことのコツは、ここ数日で十分得ている。

 十分離れたところで再度隠密判定を行い、ソワレはこっそりと3人の様子をうかがった。男があたりの様子をうかがっているのがなんとなく分かったが、ソワレの隠密判定が勝ったらしい。


 しばらく3人は警戒の体勢を崩さなかったが、もちろん、それ以上の危険はなく、時間は過ぎていく。

 やがて、拍子抜けしたようにゆっくりと警戒の体勢をゆるめていく3人に、ソワレはふふんと鼻を鳴らした。

「このくらいはサービスだぞ!」

「ソワレはやさしいなー」

 ラグルが追従した。

 グラップラー1は、泥のついた自分の顔を手のひらでぬぐっている。グラップラー1は、自分の顔より泥しぶきのかかったマントのことを気にしているようだった。


「うわー! どうしよこれ! ジュノからの借り物なんだけど! えっ、この泥だんご、どっかから飛んできたよね!?」

 グラップラー1はきょろきょろと周りを見回すが、ソワレとラグルは抜かりなくマングローブの林に、巧みに身を隠している。見つかるようなマヌケはしない。

 セージ5は、ソワレの気遣いも知らず、周りの水でグラップラー1の顔にぴちゃぴちゃとよけいなことをやりながら言った。

「動物園のゴリラは気が立ってるとうんちを投げてくるらしいよ」

「えー!!」

 グラップラー1はあわてて更にあたりを見回したが、やはりソワレとラグルが見つかることはなかった。


「ゴリラって怖い生き物だなー」

「ほんとだなー」

 ソワレが腕組みしてうんうんうなずいていると、隣で狼も真似してうんうんうなずいた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ