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The 1st Attack!! 4



 デカい奴はわざわざ机の上の写真立てを手に持って、あからさまに中の写真と私とを見比べた。

「ふーん。へー。写真の方が可愛いな」

 そりゃあ今がすっぴんだからである。写真撮る用のメイクしてる顔とすっぴんを比べられてもどうしようもない。にしても、初対面にもかかわらずあのボスキャラといいこのウドの大木と言い失礼きわまりない。

「……ナルド。誰こいつ」

 そういうわけだから、私も負けじとこいつ呼ばわりしてやった。デカい野郎は目をすがめて不快そうな顔をする。

「ミュゼです。後ろの人はベル」

 ナルドに紹介されて、緑の髪の…ベルは首を前にかくんと倒した。ぎこちないけど、これは多分おじぎだろう。ベルには私も会釈を返した。でも、金髪三つ編みのウドの大木…ミュゼの方は、一言の挨拶もなくべらべらしゃべり始めた。意地悪そうな目つきだ。

「…で? 花奈だっけ? お前何で来たの?」

「…………」

「お前が投げるゴミのせいで俺達けっっこー迷惑してんだけど」

「…………」

「お前の荷物がかさばるせいで葉介のこのテントだってこのありさまだし、上からぼろぼろぼろぼろ唐突によくわかんねー物が降ってくるせいで司令官の機嫌も最悪だし、この上お前本人? この忙しい時に、いい加減にしろよ。邪魔をするにも程があるだろ。つーかお前なんかが来て何か出来ると思ってたわけ?」

「………………」

 うんたらかんたら。まだまだ続きそうだったので、私はささくれをいじり回す事で暇を潰した。親指の左横はすぐ剥けてくる。ひどいと、剥いて治りかけたところがまた剥けて、三重のささくれが出来てしまう事もある。

 ところで私達三兄弟には、それぞれ尊敬されるべき美徳がある。幹也は賢明さと判断力、葉介は適応力と決断力、そして私は度胸とスルースキルである。

 ……である、なんて偉そうに言ったけど、要は聞き流すって事だ。わざとではないのだけど、私の集中力にはかなりムラがある。この話長くなりそうだなとか聞かないほうが良さそうな話だなと感じたり、更に言えば悲しすぎたり辛すぎたりすると、不可抗力でがらがらと無意識のシャッターが降りていって、ぼーっとしてしまうのだ。葉介達は私のこの癖の事を『花奈が遠い目をする』と言っている。

 私は今も、その遠い目をしていたんだろう。ミュゼは、私の肩を乱暴にゆすぶった。

「―――おい……おい!?」

「ん」

 ちょっとぼーっとし過ぎたらしい。私はさりげなく口元を触ってみてよだれは垂れてない事を確認した。のに、ミュゼは何だか気味悪そうな顔をして私から少し距離を取る。

「ごめん最初のとこしか聞いてなかった」

「聞けよ折角言ってたんだから」

 ミュゼは変な事を言った。人の悪口を言っといて、話は聞いて欲しいとは甘えた男だ。

 親指のひりつき加減からして、結構長い間ぼーっとしてたようだった。目がしぱしぱする。まばたきするのも忘れていたらしい。目をごしごしこすって瞳が潤うのを待ちながら、私はミュゼに言った。

「もう私達、二人で帰るから。荷物も引き上げればそれで良いでしょ?」

 ミュゼはほんの一瞬苦しそうな顔をした。でもまたすぐに、意地悪そうな顔になって、猫背のまま私を見下ろした。

「……いや、葉介は帰せない。帰るならお前一人で帰れ」





 呼びに行かせたナルドから、私が決闘する事になった、とちゃんと聞いたらしく、葉介が血相変えて駆け寄ってくるのを私はのんびり迎えた。

「おい花奈!! 何…」

「大丈夫大丈夫。私に有利なルールいっぱいつけたし、相手はこのでっかい猫背じゃなくてベルだから」

 葉介は何か言おうとしたけど、私は無理やり口を挟んだ。何しろ口では葉介に勝てない。

「そういう問題じゃないだろ!! つーかミュゼよりベルの方が危ねーし!! それにお前が得意なの合気道じゃねーか! …じゃなくてだな、何で決闘なんか…」

「ベルの方が? ベルの方が小柄なのに?」

 私はわざと話をそらした。私の正面の方向、少し離れて、何を考えているのかよく分からない顔のベルが立っている。眉の辺りでベルの前髪が風に吹き乱されていて、ちらちらと白い額が覗いた。さっき葉介の着ている服がほこりっぽいと感じたのは、この荒野の風のせいだろう。周りで私達のどちらが勝つか賭けている男達の多くが、頭を刈り上げにしているのも砂埃対策のはずだ。葉介はしかめつらしく言った。

「まず言っとくけど、ベルを甘く見ねー方が良いぞ。ベルはベルでもティンカーベルじゃなくてベルセルクのベルだからな」

 ……ベルセルクってどういう意味だったっけ。マンガのタイトルだっけか。私は首を傾げたけど、葉介はそんな事どうでも良い、と言って話を元に戻した。

「で、何で決闘って話になったんだ? しかもミュゼなら分かるけど、よりによってベル!?」

「――だって、ミュゼが葉介は俺のだから帰さないって言うから……」

 話を逸らしきれなかったふてくされて私が言うと、人垣の中にまぎれていたミュゼが悲鳴を上げる。

「そこまでは言ってねえ!」

 そうか、そこまでは言ってないか。ミュゼには悪い事をした。でもとにかく、趣旨としてはそういう事だ。

「だから、決闘で話つけようと思って」

「………花奈…そうか、お前、俺の事連れ戻しに…?」

 葉介は何故かきょとんとした顔のままこう言った。私は唇をとがらせて答える。

「さっきからそう言ってるのに、なに、その反応は。当たり前でしょ」

「いや……なんか勢いで来ちゃったものかと…」

 気まずそうに葉介は言った。気持ちは分からないでもないけど、失礼してしまう。ラスボスとデカブツから悪い影響を受けたに違いない。


 ちなみに、決闘の相手にミュゼじゃなくてベルを指名したのは…正直、このでっかいの相手に、怪我させないで技をかけられるか、自信がないからだ。

 葉介がやってるのは剣道だけど、私がやってるのは合気道。合気道は相手の動きを読んで受け流す武道だから、投げが基本になるけど、足下はもちろん畳じゃない。目立つ石は拾ったけど、こんなところで身体を地面に叩きつけたら大けがするかもしれない。

「でもな花奈、俺はまだ……」

 葉介は、言いにくそうにしながらも何か言いかけた。でも、聞かなくて良い事のような気がすごくする。私はぎゅっと握った拳を突き出して、葉介を押しやった。

「いーいーのー!! 良いから葉介は見てて! お姉ちゃん絶対勝つから!!」

「妹。…じゃなくてだな、ほら、いや、でも…。…つーかお前、実戦どころか試合すらやった事ねーのに……平気かよ?」

「お姉ちゃん。…大丈夫、落ち着いてやれば何とかなる…はず!」

 確かに自信はなかった。けど、声に強く出すと、それだけで元気が湧くものだ。私は更に葉介を人垣の方に押しやって、ベルとまっすぐ向き合った。確かに、無造作に見えるけれど隙の無い立ち姿をしている。すとんと肩を落として、軽く首を傾げて、こちらの様子をぼーっとした目で眺めている。右手にはバターナイフ。これが、使っても良い事にした唯一の武器だ。私はバターナイフなんか持ってても邪魔にしかならないから、素手のまま。

 私はもう一回拳を作り直し、ゆるめた。それからベルに叫ぶ。


「…よし! ベルが使える武器はバターナイフ一本! お互いに目を狙うのは無し! 私も股間は狙わない! 」

「別に…ねらっても良いけど」

 相当自信があるのか、ベルは顔色を変えずに言った。これが葉介だと、ちょっととっくみあいになった時なんかに股間を狙うだけで本当に怒る。寸止めでも怒る。股間を狙われるだけでこう、ぞわっと来るそうだ。相当痛いんだろう。関係ないけど、私はこの台詞で初めてベルの声を聞いた。寡黙なタイプらしい。

 まあどっちにしろ合気道だから、狙う狙わない以前の問題だ。合気道は、自分から技をしかける事はない。襲ってくる相手のエネルギーを利用して技をかける。それを無視して私から股間を蹴りに行ったら、まず間違いなく負けるのは私だろう。

 葉介は私の得意技についてベルに話をしただろうか。したとすると、戦う前から私の負けは決まっているようなものだ。小さなバターナイフを指先でくるくる回しながら、ベルは何度かまばたきをした。

「……いい?」

 まあ、仕方ない。ここで負けてもなんだかんだ難癖をつけてやればいいだけの話だ。私は両手を前に出して身構えた。

「いつでもオッケー」

「ん……じゃあ、いくね」


 と、言ったが早いか、ベルは動いた。腰を低く落として、びゅんと風を切ってこちらへ向かってくる。相手の姿勢が変だから上手くとれるかは自信がないけど、一瞬が勝負だ。私は決死の覚悟で手を伸ばし、ベルのバターナイフを持った手を取……

「取った!」

 取ったとなればこっちのものだ。技がかけられる。私はベルの手を一度下へ下ろした後、握った手を捻りあげながら上へやる。

 合気道経験者同士でこれをやると、捻り上げられた相手は受け身を取るために、自ずから空中を舞う事になる。もちろんだけど、ベルは捻り上げられたまま苦悶の表情を浮かべた。


「ね! 私の勝ち!」

 宣言してから私はベルの手をほどいた。ベルは辛うじて取り落とさなかったバターナイフをどこかにしまい込んで、捻られた手を軽くさすった。

「………いまの…どうやったの? 葉介の柔道とちょっとだけ似てる……」

 葉介はこっちで、プロレスごっこでもやったんだろう。葉介が段位を持ってるのは剣道だけだけど、受け身くらいはとれるはずだ。私を上目遣いで見つめるベルの目が、前髪の隙間かららんらんと輝いている。負けて悔しい顔というよりは、興味津々、次に生かす気満々、って感じの顔だ。

「ああ…ベルがますますベルセルクに……」

 遠いところから葉介の声が聞こえたかと思ったら、彼は人垣をかき分けて私達の所へ戻ってきた。

「ベル! もう決着着いただろ! 花奈、ベルに同じ手は二度は通用しない。次やったら負けるから、今日はもうやめとけ」

「じゃあ葉介! うちに帰ろう! 幹也も多分心配してるから!」

 私が葉介の手をぎゅっと握ってぶんぶん振る。でも葉介はそっと私の手を握り返して、言いにくそうに言った。

「いや…あのな花奈…。折角で悪いんだけど、俺、もうしばらく家には帰れないんだ……」

 ……たった一人に一度勝っただけでは、葉介の解放は認められないという事だろうか。私はため息をついた。

「……しょうがない、じゃあ次はのど自慢対決で…」

「せんでいいわ!! …じゃなくてだな……」

 間髪入れずに葉介のツッコミが入った。ほんとに、こっちに来てからツッコミのキレがよくなったみたいだ。

 にやっと私は笑ったけど、葉介はますます握る手に力をこめて、吐き出すように言った。



「花奈、ごめん。まだ本当に帰れないんだ。…俺、下手したら一生こっちにいる事になるかも」





ティンカーベル…ピーターパンの相棒である妖精。かなりのやきもちやきで、トラブルを招くことはありますが、根は良い妖精のようです。


ベルセルク…北欧神話に登場する戦士達。英語ではバーサーカーとなります。花奈が言っているのは、1989年から発表されている、三浦健太郎氏の著作のことです。



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