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Single Attack of Y 4"心情はそれ自身の道理を持っている"

 『澪標』とかいう屍人の兵に挽き潰されるように敗北し、黒曜軍全体の士気は落ちている。ジュノは怪我を隠して今まで通り振る舞っているが、いつまでも続けられるものではない。クラージュも、腹に剣を刺されたというなら、普通の人間とは別の意味で心配だ。


 俺は幹也みたいに詰め将棋みたいに人間を動かすことも出来ないし、花奈みたいに流れに任せとくだけで何とかなるみたいな、要領の良さもないが、少なくとも幹也よりは人間に興味があるし、花奈よりは注意力がある。地道にやることも、まあまあ厭わない。

 サングリアだけでなく、ゲルダガンド側にも和平のために心の準備が必要だ。それが出来るのは……というか、する気があるのは、多分この駐屯地中でも俺くらいのもののはずだ。


 これ以上ここをずたずたにするわけにはいかない。





 ジュノのテントを出ると、人の視線が突き刺さるようだった。

 皆、花奈と幹也が出ていったことを既に承知しているらしい。物言いたげな顔をしている。さっきまであまり気にならなかったのは、それだけ周りが見えていなかったということか。

 生憎、エキセントリックな兄妹のおかげで、周りの視線が痛いのには慣れている。俺はさっさと気持ちを切り替えて、まず今後どうするか計画した。



 クラージュに会いに行かなくては。俺の考えたのはそれだった。

 勢いに乗せられて安請け合いしてしまったが、駐屯地中を回って一人一人説得して回るのは相当骨が折れるだろう。

 だからまずは、特に思い詰めてそうな奴から片づけていくべきだ。そういうやつはどんどん暗いほうへ物を考えるから、時間の経過ごとに刻一刻と手に負えなくなっていく。

 ぶっちゃけ一番ヤバそうなのは黒曜軍のベルセルクことベルだが、ベルは現在謹慎中だ。混乱しているだろうベルに言葉が通じるかはわからない。ベルだけは後回しにするのが賢いやり方だろう。


 噂によれば、クラージュは今まで何度もうちの軍医に、診察を受けろ診察を受けろという呪言にも等しく諭されていたらしいが、それがうっとうしくなったのか、それともさすがに具合が悪くなったのか、とうとう今日、医務室には顔を出さないまでも、軍医が自分のテントへ往診にくることを認めたらしい。

 うちの軍医なら……タランテラなら、やっと診察を受ける気になったクラージュをすぐに解放することはないだろうが、急ぐに越したことはない。俺は足早にクラージュのテントへ向かった。




 クラージュのテントは第三エリア、高官の寝起きに使われるエリアにある。

 俺がクラージュのテントの垂れ幕を跳ね上げて中に入ると、クラージュは、薄手で白い療養服からいつもの軍服に着替えているところだった。

 俺たちや一般の兵士が使っているものとさして変わりない、小さなベッドに腰掛けたクラージュは、裸の腕にシャツの袖を通しかけたところで俺に気づき、凍り付いたように動かなくなる。その反応で、やっぱり俺たちを避けていやがったな、と分かる。


「……葉介。久しぶりですね」

 動かなくなっていたのは、ほんの3、4秒のことだった。真っ青な顔をしたクラージュが唇の端をほんの少しあげるだけの笑みとも呼べないような曖昧な表情を俺へと浮かべて見せ、また着替えを再開する。


 驚いたことにクラージュは、あの襲撃の日、刺された剣を抜いた後すぐに医務室から姿をくらまして仕事に戻ったらしい。それも、夜明け前から深夜過ぎまで、一体いつ休んでいるのかも定かでないほどの勤勉さを発揮してだ。

 俺はジュノのテントを出てすぐ、そこらへんを歩いていたいろんな奴にクラージュが今どこにいるか知らないか聞き回ったが、クラージュの行方を知ってる奴も知らない奴も、口をそろえて言ったのはこう言った。『あれは、異常だ』。『自分を追いつめたがっているみたいだ』。『死に支度をしているみたいだ』とまで言ったやつもいた。


「待て。まあ待て。葉介もこいつ止めろ。ぶん殴ってもかまわん俺が許す」

 クラージュが軍服を着込むのを止めようとしているのは、軍医タランテラだ。黒い髪を短く刈り込んだ、この黒曜軍で一番オーソドックスな髪型に倣っており、ほどよく高い背、白衣で包んだほどよくがっしりした体格、ほどよく日に焼けた腕など、前線には出ないくせ、この黒曜軍でおそらく一番軍人らしい格好の男だ。ごつい体型のわりに目がとろんと垂れているから人相悪く見える。腕は良いらしい。

 酒量のことなどいちいち細かいことを言うというので煙たがられている面もあるが、今回の場合、明らかに細かいことを言っているとか、タランテラが大げさだとかいうレベルの話ではない。なにせ相手は腹に剣が刺さってた男だからな。


 クラージュの体はちょっと特殊だ。内臓を一部、金属と置き換えている。サイボーグみたいなものだ。

 『鵲』と呼ばれる電磁気力魔法使いは(クラージュは特に『鴉』と呼ばれているそうだが)、金属製のアクセサリーを山ほど身につけて武装するが、それだけでは飽き足らないマッドな野郎だとそういうことをやるという。

 今回クラージュが刺されたのがまさにその部分だったおかげで、傷そのものは大事には至らず、刺された直後もちょっと動けなくなったぐらいでぴんぴんしていられたそうだが、逆に金属部分が血液に触れたせいで、ショートの危険が発生している。それで、検査をやれとか、この際摘出してしまえとか、タランテラが騒いでいるのだ。


 クラージュは着替える手を止め、タランテラをうっとうしそうに見やる。

「血もほとんど出ていないし、結局ショートもしないで済んだんですから。まったく支障ありません。僕なんかよりジュノのこと、ほっといていいんですか? 彼は一応生身ですよ」

「バカ言えジュノもご同様だ。お前を医務室のベッドに乗っけたらすぐさまジュノも隣に並べてまとめて子守歌を歌ってやる」

「それはとびっきりの悪夢が見られそうですね」



 ほっとけばいつまでも、良い大人が二人でぎゃーぎゃー騒いでいそうだった。俺はさっさと割って入った。

「俺、クラージュの見舞いに来たんだけど」

「それはどうもありがとう。ごらんの通り、元気ですよ」

 クラージュはすげなく言い返した。……明らかに様子がおかしい。性格はともかく、愛想はいいはずなのに。俺は様子を見ながらさらに言い添えた。

「………花奈からも、伝言。『クラージュに『人魚の呪』をありがとうって言っといて』だと」


 この伝言は嘘だ。実際に花奈が言っていたことを要約すれば、『クラージュの『人魚の呪』でひどい目に遭った。『人魚の呪』のおかげで助けられたのは確かだけど、一言詫びが欲しい』となる。もちろん伝言も頼まれてなんかいない。ここらへんは駆け引きというやつだ。実際に花奈の言っていたことを知れば、クラージュは一言の弁解も説明もしないまま、うわべだけ謝って見せてはぐらかしてしまうだろう。


「花奈さんが………ありがとうと…?」

 クラージュは一瞬目を丸くしたが、すぐにひきつった笑みを浮かべる。俺に向けられたものではないようだ。視線が俺の胸のあたりをさまよって、そのままずるずる下の方へ下がっていき、とうとう床まで落ちる。



 俺が確かめたかったのは、『俺が眠っている間に一体何があったのか』だ。

 クラージュはいつ、何をきっかけにして、花奈を避けるようになったのか。少なくとも、花奈がクラージュに何かやらかしたのか、それともクラージュが花奈に何かしたのか、そこがはっきりしなければ何の対策もとれない。


 …………本当は、薄々ながら察しがついている。

 花奈は紅玉鉱脈としてサングリアの駐屯地へ浚われたのだ。男の俺はどうだか知らないが、少なくとも女の『鉱の姫』は、処女でなければならないとされている。そして、『足が閉じ合わされて開かなくする魔法が役に立つ状況』なんて、俺の思いつく限り一つしかない。


 この俺の推測が正しいなら、俺はクラージュに感謝してもしきれない。花奈だって同様のはずだ。あいつはバカだけど、物の道理が分からない奴じゃない。

 その花奈が、それでも『一言詫びが欲しい』と言うような何かを、きっとクラージュはしたのだ。それは何か。そして、それの何が、クラージュを傷つけているのか。そこは、是非ともつまびらかにしておかなくちゃならない。



 沈黙は短かった。全く関係ないはずのタランテラが脇から口を挟んだためだ。

「……ちょっと来い葉介」

「は?」

 俺はぎょっとしてタランテラに向き直る。花奈とタランテラに面識はほとんどなかったはずだ。そのタランテラから、何かネタが絞れるとは思っていなかったのだが………。

「葉介は俺と楽しい二者面談のお時間だ! クラージュ、お前はここで昼寝でもして待ってろ! いいか、出るなよ! 絶対出るなよ! 絶対だぞ!!」

 タランテラは俺の二の腕をひっつかむと、クラージュを空いてる方の手で指さした。

「…それ完全に振りだろ」

 思わず俺は呟いていたが、この世界にダチョウ倶楽部を知ってる奴はいない。

「……勘弁してください」

 クラージュはかすかに苦笑めいたものを浮かべ、ボタンをぷつぷつと留め直す作業を再開する。タランテラは舌打ちしたが、やはり俺をテントから引きずり出す。


「おいなんだよ……タランテラ! うぜーから手ぇ離せ!」

 テントから出てすぐ5メートルほど歩いたところで俺はやっとタランテラの手を振り払う。俺は他人にべたべた触られるのが嫌いだ。

 タランテラは俺の怒りなどどこ吹く風という風で、着ていた白衣のポケットから金属製の小箱を出して、俺に向かって突き出す。受け取ると、手のひらに乗る程度の重さのくせ、ずしりと重い。鉛で出来ているらしい。

 箱をあけると、中には爪ほどの大きさの金属製の差し歯がころころと二粒、転がっている。真っ黒に錆びきっていて、元々どんな金属で出来ているものだったかは判断できない。一方は茶味がかっていて、もう一方は黒ずんでいるから、別の素材で出来たものだろうと想像できる程度だ。



 ゲルダガンドでは、錆は二種類ある。金属が水に触れたために出てくる通常の錆、そしてチャージされた魔法が使いきられたために一気に腐食して出来た錆。多分これは後者、使用済みの魔具だろう。

 タランテラは錆び付いた差し歯を顎でさした。

「クラージュの隠し武器。『鵲』の中でも特にイカレてるやつらが使うものだ。主な用途は自爆用。

 でも俺は、クラージュは花奈にこれを使ったんじゃないかと思ってる。というか期待している」

「………期待?」

 俺は眉をひそめた。



 タランテラの解説を、日本人向けにまとめるとこうなる。

 虫歯を治した痕を金属で埋めてる奴がアルミホイルなんかを噛むと、ギリっといやな頭痛を感じるだろう。しばらく前にテレビ番組で流行ったやつだ。

 この、口の中で2種類の金属と電解質とが触れ合ったために発生する電流をガルバニック電流という。電気が発生することそのものの仕組みは中学校理科で学習した通りなので、思い出してみてほしい。


 『鵲』と呼ばれる電磁気力魔法使いは、この現象を利用する。電位差の大きい二種類の金属を皮膜で包み、奥歯の上下に仕込むのだ。

 いざとなったら奥歯を強くこすりあわせて金属表面の皮膜を剥がす。そして電解質である唾液をまぶし、金属同士を強く噛み合わせれば電流が発生する。つまりこれは、発電装置なのだ。

 

 しかし、デメリットは大きい。

 皮膜を剥がした後はとても腐食しやすいし、奥歯が触れ合う度にひどい頭痛もする。常用には適さない。

 それにこれは魔具ではない。単なる発電装置だ。

 魔具はそもそも、複雑怪奇な魔法式をあらかじめ金属にインプットしておいたものを言う。そうしておけば、後からわざわざ脳内で魔法式を構築しなくても、電流を流すだけで魔法が発動するというアイテムだ。

 しかし、この差し歯は趣旨として普通、奥の手に用意されているものだ。魔法式などインプットしておくと、用途が限定されてしまうからそれはまずい。結局、魔法発動に必要な発電の助けにだけ用い、肝心の魔法式は用途に合わせて、脳内でいちいち構築しなくちゃならない。それも、ひどい頭痛に耐えながらだ。それが出来る『鵲』は多くない。


 発生するエネルギーそのものもさほど強くないし、唾液を介して発生する電流のため外へは放出できないから、他人相手の攻撃手段にはならない。あくまでも自分の体にしか使えない電気エネルギーだ。タランテラが自爆専用と言ったのはこのへんの事情が多分に影響している。


 タランテラは舌打ちした。


「この発電装置で何の魔法を使ったのかクラージュは白状しないんだ。体内にそれらしき魔法の痕跡もない。

 しかし、クラージュは腹を刺されている。血液と体内金属の接触は一応なかったようだが、この腹を刺された時のショックで奥歯を噛み合わせ、無意識的にこの発電装置を使ってしまっていた場合、他の体内金属とショートを起こしていた危険がある。その場合、クラージュを縛り付けてでも、体内金属の摘出手術を強行しなくちゃならない。というか、強行する予定だった。


 だが、確かにクラージュがおまえの妹に人魚の呪をかけたんなら話は別だ。お前の妹が人魚の呪なんてコアな魔法、使えるはずがない。十中八九、クラージュがこの歯で人魚の呪を発動させたんだろう。つまり意図的に、ってことなら、ショートの危険はないから、摘出手術も必要ないわけだ。

 お前の妹には悪いがな、葉介、戦いが激化するだろうことを予想して、体内金属を摘出されないために空元気で仕事してんのか、それともお前の妹に気兼ねして仕事ばっかしてんのか、どっちなのかを確かめなくちゃならん」


 長い説明を終えると、タランテラは途方に暮れたような顔をした。聞き分けのない患者にほとほと手を焼いているようだ。

「発電装置のショートならさっさと新しいのに入れ替えるところだが、人間の心がショートするのはどうにもならん。……なあ葉介、お前の妹はクラージュに何をしたんだ?」


 ………そんなのこっちが知りたいところだ。




心情は理性の知らないところの、それ自身の道理を持っている 『パンセ』パスカル

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