The 4th Attack!! 10
方針が決まった後、幹也の行動は早かった。というか、幹也はこの世界の事情を知った時点で、これからどうするかも決めてあったんだろう。
「どおおおおおしても必要なものだけ、この中に入れな」
どおおおおおしても、と思い切り強調しながら幹也が差し出したのは、
「……ランドセル……」
私は目の前の赤いランドセルを前にして、ぐったりした。
幹也が差し出したのは、こともあろうに小学校の時の私のランドセルだ。……埃をかぶっているし、ミッキーマウスのシールも貼ってある。もっとかわいい鞄、どっかにあったでしょ……。ていうかちょっと、これは犯罪でしょ……。もう後が無くなってて、衣装を選べないグラビアイドルみたいになっちゃう。
いや……ランドセルのことは、まあいい。スルーだ。だって考えたってランドセルのことはどうにもならないし。
私はふう、と一息ついてから、幹也の旅行鞄を開けた。とってとキャスターがついてて、がらがら引きずるタイプの旅行鞄だ。正式名称は知らないけど。
これは幹也が改めて持ってきた荷物だ。
勢いだけでこっちに飛び込んできてしまった私とは違って、幹也は万端準備を整えてこっちに来たはずだから、何か役に立つものが入ってるはずなんだけど…。
わくわくしながら中を確認すると、鞄の一番上側には、『葉介君、花奈ちゃんへ』と宛名されているハローキティの封筒が入っていた。お母さんの字だ。
「さすが幹也だ……」
本当に幹也は、的確に必要なものだけを選んでグラナアーデに持ち込んだらしい。私は神妙に、その手紙を開く。
中にはこうあった。
『花奈ちゃん、葉介君へ
二人とも元気にしてるかな? 幹也君が拾いに行ってくれるから、お母さんは心配してません(*^ー゜)
お母さんも行きたかったけど、ダメって言われちゃいました(T^T)残念!
一緒にいる大人の人の言うことをよく聞いて、三人仲良く、元気に帰ってきてください(^.^)/~~~
あなた達のお母さん、英恵より(^▽^)』
「……………」
「バカにしてんのか!!」
私は思わずキティちゃんの便せんをすっぱーん、と足下にたたきつけていた。
幹也も結構天然だけど、うちのお母さんときたら天然通り越してお花畑だ。なにが『(^.^)/~~~』だ。なにが『ダメって言われちゃった(T^T)』だ。子供が誘拐されてるんだからもうちょっとシリアスになれ。
「………」
しかし私は改めてお母さんからの手紙を拾い上げ、埃を払い、丁寧に机に置いた。内容がどうあれ、お母さんの手紙っていうのは心強いものだ。葉介にも後で読ませてあげないと。
私は気を取り直して、改めて鞄の中身を確認にかかった。
するとどうだろう、私の下着類が入っているじゃないか! 下着だけじゃない、ちゃんとふつうの、パンツに挟む型の、生理用品まで薬屋さんの濃い色のレジ袋に包まれて収まっていた。
さすがお母さんだ。歯ブラシも、動きやすい普段着も、裁縫セットも、必要になりそうなものは全部入っている。
それらをさらに厳選してランドセルに詰めると、空きスペースにはペットボトルを敷き詰めた。これから行くのは荒野だ。飲料水は要る。特に、これから駐屯地を離れたらもう、私たちでも飲める水を作って冷やしといてくれるナルドはいないんだから。
「……よし、行くか!!」
三人そろって、家に帰ろう。お母さんに手紙のことを突っ込もう。
私はぺちぺちと両方のほっぺたを叩いて気合いを入れると、最後にランドセルの肩紐を伸ばすことに専念した。
私たちは、誰にもお別れは言わなかったけど、堂々と正面から駐屯地を出ていった。こそこそ隠れると逆に目立つ、って幹也は言っていたし、実際その通りだった。
地球での普段着に着替えた上にランドセルをしょって、ランドセルと背中の間に布で巻いたアジュの剣を挟みこみ、さらにジュノの上着を羽織ってランドセルを隠す。
そういう、ちょっと観察すれば明らかに不審とわかる私が、葉介の原付を引きながらとことこ歩いてても、そして私と幹也が試運転として(燃料計では完全にメーターが空っぽに振り切れていたし、私も幹也も免許がないから運転に自信がなくて、念のため)二人乗りして駐屯地を十周もしてても、そして十一周目に、さりげなーくそのまま出ていっても、誰もとがめなかった。謹慎処分がもはやうやむやになってしまっていることと、クラージュが大人しくなっちゃってることが原因かもしれない。
原付は冷蔵庫と同じく魔改造がほどこされてたらしく、燃料なしでもよく動いた。信号も道路標識も法定速度もないけど、道路舗装もされてないため、時速30キロを保ちながらそーっと運転していると、やがて日が暮れかかった頃、サングリア側の国境地域『ラプラリア』、その地の軍隊の駐屯地のすぐそばたどり着いた。
そのサングリアの軍隊が、アジュ達のいる『花菱』か、それとも屍人兵の『澪標』かは、駐屯地からもくもくとのぼるお料理の煙で区別できた。屍人兵はご飯なんか食べるはずないからだ。
「しかし問題は、どうやってアジュのところまでたどり着くかだね」
「そうだねえ」
原付にまたがったまま疲れた体を曲げ延ばししながら、私たちは首を傾げた。
一応私たちは、ゲルダガンドからやってきた異世界人だ。アジュか、それともサビアンか、私たちの顔や事情が分かってる人たちにすんなり接触できれば良いけど、なーんにも事情を知らない兵隊に見つかった場合、『わーあやしいやつだーころしちゃえー』ぐらいの軽いノリでやられちゃう可能性だってあるのだ。
幹也はのんびりしてるけど、時間的な猶予はあまりない。荒野の夜は厳しい。なにせ寒いし、風と埃もしのげないし、なによりも暗い。このまま駐屯地に入れてもらえないままここで夜を明かすのは心細い。
でも、肩を回し終わった幹也は、こともなげにこう言った。
「ま、正面突破しかないでしょ」
「え?」
「はっしーん」
「うわっちょっと待ってっ」
私はあわてて幹也の背中にしがみついた。葉介の原付は、ぱるぱると気の抜けたエンジン音と一緒に動き出す。
「幹也! どうすんの!? なんか考えてあんの?」
「大丈夫、何とかなるって。小細工弄したっていいことないよ」
「ちょ、ちょっと…!!」
大丈夫だろうか……。あんまり難しいことは考えないたちの私も、さすがに不安になってきた。三人兄妹がこれから一気に一人っ子になるなんてことはないだろうな…。
サングリアの駐屯地は、真っ赤に燃えるようだった夕焼けをすぎた薄暮の中、風の音しかしない荒野の真ん中にずっしりと根を下ろしていた。ゲルダガンドのような威圧感のある壁はなく、飾りのように杭が囲んでいる。埃がすごい吹き込んできそうだ。それとも、重力魔法かなにかがかけてある魔法の杭なんだろうか。防衛上、その可能性の方が高そうだ。
ここから見る限りでは、シュツルクにあるゲルダガンド側の駐屯地とさほど変わらない規模のように感じられる。
ヘッドライトを煌々とつけて走る私たちの乗る原付は、当然駐屯地の方からも見えていたらしく、三人一組で立っていた見張りの人のうち、一人がどこかへ走っていく。人を呼びに行ったらしい。
「…………」
大丈夫かな。
幹也の服の背中を握る手に力が入る。それに気づいた幹也が、あきれた口調で言った。
「あのね。ここの仲間になりにきたんでしょ、花奈」
「そうか……そうだよね…」
言われてみれば確かにその通りだ。アジュやサビアンと直接の面識があるのは私だけで、幹也は私から又聞きの情報しか持ってないのだ。その幹也がこんなに落ち着き払ってるのに、私がおびえてるなんてへんだ。へんだし、無責任だ。
「ほら、停めるからいったん降りて」
幹也は私を促し、原付の後部座席から降ろさせた。そして、原付のエンジンも切り、わざわざヘルメットまで外して、入り口らしきところに立っいてた兵隊さんのところへ寄っていく。
「ほら、花奈。ご挨拶して」
幹也の後ろを追いかけてた私も同じようにヘルメットを脱いで、ぺこりとお辞儀する。
「すみません、アジュという人に会いに来たんですけど、取り次いでもらえませんか?」
……と、お願いしつつも、取り次いではもらえないだろうな、と思っていた。だって怪しさ満点すぎるもの。いったいどうやって私たちを信用してもらえばいいのか、考えても答えが出ないので、私は実際のところ、困っていた。幹也には考えがあるみたいだけど。
しかし、心配は無用だったらしい。
兵隊さんたちは私と幹也を見比べて不思議そうな顔をしただけだった。そして、若いほうの兵隊さんはこう聞き返す。
「ええと…名前を聞かせてください」
「……」
何で、私たちの目的じゃなく、名前を聞いたんだろう? これじゃまるで、『普通に来客の応対をしてる』みたいだ。
幹也は、ゆっくりとこう返事する。
「…花奈と『美樹』です」
「ふむ。……分かりました、こちらへどうぞ」
兵隊さんは二人して顔を見合わせると、そのうち少し年かさの方が私たちをうながして背中を向ける。
……私たちが敵かもしれないのに、この人、こんなに無防備に背中なんか見せちゃって良いんだろうか……それとも、これは『斬るなよ!? 絶対斬るなよ!? 絶対だぞ!』的な前振りなんだろうか……。ちょうど、剣は持っている。アジュのだけど。
私はひそひそと幹也にささやいた。
「すんなり入れちゃったね!」
「うん、そうだね」
幹也はおざなりな相槌しか打たない。幹也には分かってるみたいだけど、私にはさっぱり分からないままだ。
だって、私が今着ている上着はジュノのものだ。黒曜軍を率いている人の、軍服の一部だ。ちっこいランドセルをむき出しにしたくなかったし、幹也も脱げとは言わなかったからそのままにしていたけど。
薄暗いから、よく見えてないだけだろうか。それとも別に、私の着てる上着くらいどうでもいいんだろうか。アジュやサビアンに代表されるように、サングリアは暢気なものの考え方をする天然ボケ国家だとか?
他人事ながら心配になっちゃってる私をよそに、原付を引きずりながら幹也がすったかすったか歩く。私もとぼとぼと隣を歩いた。もう駐屯地の奥の方まで来てしまっていて、引き返すのは無理そうだ。
今謝れば許してもらえるだろうか。それとも逆に、もっとちゃんと警戒しなさいってお説教すべき?
どうやら無防備なのは、案内の兵隊さんだけじゃないようだった。周りの他の兵隊さんたちも、原付や私たちを物珍しそうに見てるけど、敵意のようなものはあまり感じられない。
悶々としてる間に、案内の兵隊さんはあるテントの前で立ち止まった。
外観はゲルダガンドのテントとだいたい同じだ。でも、内装はちょっぴり違うってことを私は知っている。
「お入りください。中にたぶん、どなたかいます」
まったく適当なご案内もあったもんだ。幹也がテントのそばに停めた原付のスタンドを下ろすのに四苦八苦してる間に、私は勢いよくテントの幕を跳ね上げた。
中には、アジュがいた。ついこの前、寝食をともにしていた黒曜軍と決別したばかりとは思えないほど、静かでゆったりとした居住まいで、彼はテーブルについていた。
ハゲ疑惑を醸すほど怪しさ満点だったターバンはもう巻いていない。白っぽい薄緑色の髪から咲いている、パンジーの花を隠していない。
ついている花は、普通のパンジーよりも色が少し淡い。ただの青でも紫色でもない、複雑な色だ。私の語彙の中では、コーンフラワーっていうのが一番近い。
アジュが目の前にしているのは、地図だ。幹也がジュノからパクってきたのと、ほとんど同じ地図に見える。
「お邪魔してます」
なんていって挨拶していいか分からなかったから、結局無難にこう言った。幹也もすぐにテントの中へ私を追って入ってくる。アジュはにっこり笑った。
「いらっしゃい、花奈さん、そして『美樹』さん」
私はきょとんとして、幹也とアジュとを見比べた。幹也もアジュも落ち着き払って、まるでお互いに前々から知り合いだったみたいだ。
幹也はにこっと笑って、テーブルのアジュの向かい側に勝手に座る。
「ほんとは幹也って言うんだ。花奈と葉介の兄だよ」
「なるほど。偽名だったんですね」
「悪いね」
「いえ。むしろ当然のことです。それにしても、ずいぶん早かったですね。ここまで道が悪かったでしょう?」
「まあまあかな。覚悟してた程度だね」
「しかし失礼ながら、『美樹』さんが男性だったとなると、本当の紅玉鉱脈はどなただったのですか? 花奈さんのお身内であることだけは、確信していたのですが……ナルドさんでしたか?」
「あ、あれね。実は葉介だったの。鉱の姫っていうのは名前だけで、男もいるらしいね。ナルドは、ただの鉱の姫の従者」
「……なるほど、それはそれは。思いつきもしませんでした。ところで、鉱の姫の従者とは?」
あげく、ふつうに世間話までし始めた……。ナルドの話で盛り上がる幹也とアジュにとうとう私はたまりかねて、テーブルを握り拳で何度か叩いて自分をアピールした。
「ちょっと、アジュ! なんでびっくりしないの!?」
アジュはきょとんとして、眉を軽くあげる。おどけた顔が憎たらしい。
「これでも十分、驚いてますよ。まさか美樹さん本人までいらっしゃるなんて夢にも思っていませんでしたから」
「幹也だってば」
幹也はまた、同じことを繰り返す。
しかしそれじゃまるで、幹也のことはともかく、私が来るってことは予想済みだったみたいな口振りだ。
……いや。アジュはいつもの、無表情以上微笑未満のアルカイックスマイルを浮かべて、こう言った。
「花奈さんは来てくださると思ってましたよ。きっとね」
アジュが言ったのは、こうだ。
私が紅玉鉱脈でなかった時点で、すでにもうアジュは、私や葉介、『美樹』も含めて、紅玉鉱脈を直接利用することをあきらめていたそうだ。
紅玉鉱脈は、荒野から遠く離れたところに隠されるだろう。戦争のための外交カードにも、アジュの彼女を取り戻すためのカードにもなり得ない。そして、私を拘束していたとしても、人質としての価値がないばかりか、何の恨みもない私の憎悪を、募らせるだけだと気づいたのだ。
むしろ一度私を泳がすことで、私が何らかの手がかりかなにかを握って、自発的にゲルダガンドを離れ、こっちにくることを期待していたらしい。
アジュは、私の良心に賭けてくれたのだ。あの一瞬で、そこまで判断して。
しかし、私の感想はたった一つだった。
「……そんなの、非合理的だし博打すぎるよ。ほんとに私が来たからいいようなものの…バカじゃないのアジュって」
冷たい私の言葉にも、アジュは ひるまない。アルカイックスマイルをふつうの微笑に切り替えた。
「でも、来てくださったじゃありませんか。貴重な情報を携え、幹也さんまで連れて」
「いやだからそれは……結果論じゃん! だめだよそんなに人を信じちゃ!」
「いや」
本格的にお説教に入ろうとした私の服の裾を、つんつんと引っ張って幹也が私を止める。
「別に、それほど分の悪い賭けでもないよ。花奈をゲルダガンドに戻したら、ジュノの性格上、花奈だけ元の世界に戻らされる可能性はきわめて高かった」
「ジュノの……性格…!?」
私は戦慄した。あのカリスマラスボス野郎に性格なんて高等なものが備わっていたとでもいうんだろうか……。
「情の厚い花奈が、自分だけ元の世界に戻るなんて、するわけないじゃん。でも、この世界での居場所は、ゲルダガンド側にはない。自然、アジュを頼ってくるだろうって予想をつけるのは簡単だよね」
「全部、お見通しなんですね」
アジュはまた、にこっとした。幹也も同じように、にこっとした。
「あんたが勝負強いってことは認めるよ。花奈だけじゃなくて、俺のことも確保できたんだからね」
「………………」
そして私は、蚊帳の外だ……。
私はもじもじしながら幹也のそばに寄り添って立つ。
「でも…どうしてアジュは、私がサングリアに来るって期待しててくれたの?
…幹也はともかく、私は頭もよくないし、葉介みたいに機転もきかないし、何か特別なことができるわけじゃないから……」
「そうでしょうか?」
私が最後まで言い終わるのを待たず、アジュは口を挟んだ。
「え?」
「私は、花奈さんこそ、このグラナアーデ中で一番頼れる味方だと思っていますよ」
アジュはにっこり笑った。いつもみたいな、うさんくさくも、力なくも、ムカつきもしない、初めて見るような笑顔だ。
「私は情報収集のため、黒曜軍にいる間、花奈さんをよく観察してきたと思います。それこそ、花奈さんがあそこにやってきた当初から、そして最後まで」
「はあ……」
「花奈さんは、ジュノのことも、クラージュのことも、ベルとミュゼという少年たちのこと、主計兵長のこと、そして私のことも、一度は嫌いだ、と思って敵意をぶつけたことがありますね」
確かにそうだった。
葉介をさらってきたくせに上から目線のジュノ、私一人を帰そうとして悪口をぶつけてきたミュゼ、決闘することになったベル。クラージュは私にお説教までした。へーちょは私のことを薄汚いって言ったし、アジュは人を食ったようなことしか言わないから、見てるとイラっとした。
アジュは続ける。
「でも、花奈さんはそれで終わりにしなかった。敵意を憎悪に変えることも、嫌悪を軽蔑に変えることもしなかった。ぶつけられた敵意やトラブルを受け止めて、上手にいなしてしまった。あとあとまで恨みの気持ちや、禍根として残すことをしなかった。
これから私は、この一生にただ一人と決めた恋人を取り戻しに行きます。
私の恋人はきっと寂しがっていることだと思います。こんな世界にたった一人にされて、心細く思って泣いているかもしれない。
私は、恋人の涙を見てしまったとき、何もかもを憎んでしまわない自信がないのです。
でもたとえば、花奈さんが近くで落ち着いた様子で見ているとしたなら、私は年長者として、取り乱したりは出来ないでしょう?」
私は唖然とした。いや、さっきから唖然としっぱなしだけど。
「そ、そんな理由で……!?」
「いえ、大事なことです。花奈さんのような年下の頼りない女性がちゃんとして立っている以上、私が憎悪に囚われることは絶対にあってはならないことだ、と私のプライドが…いわば、精神の根幹が認識していますから」
それに、とアジュは続けた。いたずらっぽい笑みで、軽くウインクする。
「花奈さんさえ協力してくれるなら、何事も、何とかなってしまうような気がするのです」