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The 4th Attack!! 8

「花奈さんは、紅玉鉱脈ではないのではありませんか?」


「………!?おい、アジュ!! どういうことだ!?」

 その質問のあと、ずーっと唖然としていたサビアンがやっと我に返ったようにアジュに食ってかかった。アジュはただ静かな口調で話し続ける。

「……気になっていました。クラージュは、花奈さんに口封じと処女を奪われないための細工を施したとはいえ、結局は私に花奈さんを奪わせました。

 クラージュは有能な軍師です。癪ではありますが。本当の紅玉鉱脈であれば、クラージュたった一人であなたを守るような手を打つでしょうか。この世界には存在しない力で襲われ、隙をつかれたとしてもです」


 ………確かに、葉介にはナルドがいる。ナルドは絶対に、葉介に敵を近づけさせない。だから、そういう意味ではクラージュも油断したんだろう。私の身の安全まで念を入れるほど、暇じゃなかったのかも。

 しかし、そこんところを突っつかれて、見捨てられたって再確認するの、私まだちょっと辛いんだけど。


「何より、今日の花奈さんの装飾品にはやけにルビーが多く使われている。我々の狙いにクラージュが気づいていたとは思えませんが、念には念を入れていたようにも見えます。花奈さん、あなたは、誰かの身代わりを務めていたのでは」

「………………」


 そうか、身代わりにされていたのか………。

 アジュの言葉でようやく気づかされ、私はちょっぴり落ち込んだ。


 別に葉介の身代わりになろうと思ってなったわけじゃないけど、確かにアジュの言うとおり、クラージュはいざという時の目くらましにするために私にあの、ルビーをたっぷり使った魔具を纏わせたんだろう。そう思えば、全部説明がつく。

 あの時クラージュのポケットから出てきた『刃返し』のチョーカーは二つだった。カエルのデザインのと、鳳仙花のデザインのと。

 一つは葉介の。もう一つは?


 私に魔具をまとわせたとき、クラージュはわざわざ自分の首からウサギのチョーカーをはずして、私につけさせた。

 同じ刃返しの力を持っているんだから、わざわざ自分のを使わせる必要なんてなかったのに。


 たぶん元々は、葉介にルビーが一つもついていないカエルのチョーカー、私にルビーがたくさんついた鳳仙花のチョーカーをつけさせるつもりだったんじゃないのかな。そう考えれば、つじつまが合う。


 葉介が『私の魔具にはルビーが多い』って不思議がった時、クラージュはわざわざ自分のチョーカーを私につけさせて私にべたべたして、しかも私の髪にキスなんかして、葉介の注意を無理にそらした。


 私を、もしもの時の葉介の身代わりに使うつもりだったから。そしてそれを、葉介に悟らせるわけにはいかなかったから。


 私に危険が迫るかもしれないって思ってたから、あの『刃返し』のチョーカーを絶対にはずすなってあんなに念を押した。


 

 ……身代わりか。

 あのルビーの魔具、かわいくて、紅玉鉱脈の葉介とおそろいで、気に入ってたのに。

 私はしゅんとなった。

 あの時のうきうきした気持ちも、クラージュのことを信じてた気持ちも、全部踏みつけられたような気分だった。

 クラージュがあの時、ちゃんと葉介のために身代わりをお願いしますって、正面から言ってくれてたなら、私だって絶対、拒まなかったのに。

 葉介を思う気持ち。そして、それよりは弱いとしても、ゲルダガンドのみんなを思う気持ち。そういう私の真心をクラージュは信じてなかったんだ。


 「…………」

 ……いやそれよりも。私の気持ちよりももっと具体的で、優先されるべき、差し迫った問題がある。

 私は自分の首に手をやって、チョーカーの形を確かめた。ウサギがぴょーんと身をのばして跳ねているデザインのチョーカーで、いつもはクラージュがつけていたものだ。

 クラージュも、ちゃんと他の『刃返し』の力を持つ魔具をつけていただろうか。クラージュの喉元には、少なくとも鳳仙花のチョーカーは下がっていなかった。

 ああしてアジュに動けなくされたところを、ひどいことされたりしてないだろうか。



「……………」

 辛いことと心配ごとが多すぎる。私はじんわり浮かんでくる涙を両手でこすった。唇がとんがってるのが自分でも分かる。


 しかし、アジュは私の涙がひくのを待ってはくれなかった。私の両手首を握って無理矢理顔からどかさせると、アジュはその体勢のまま私の目をひたと見据える。


「花奈さん、『うなずいてくださいね』。紅玉鉱脈の正体は、花奈さんではなく、あなたのお姉さんなのでは」

「………………」



 ………な、なんだって……?



 う、うん………? 私は軽く顎を引いて、アジュをまじまじ見つめる。

 なんていうか、うなずいてくださいね、を妙に強調されたな……。迫力に呑まれてうっかり頷いちゃった私を、アジュはほっとした顔で見返した。

「ありがとう、花奈さん。やはり、そうでしたか」

 ……いや、違うけど。こいつ、またなんか勘違いしてやがる……。両手をつかまれてるせいで、いや違うよなんて書けたもんじゃない。


 アジュは唖然としているサビアン達を振り返って、(間違った)推理を披露し始める。


「黒曜軍の駐屯地で情報収集している中、どうも解せなかったのは花奈さん達の家族構成です。お二人がごきょうだいであることはわかっていたのですが、葉介さんが兄であるのか、弟であるのか、どうもはっきりしない」


 それは、葉介と私がしょっちゅう『葉介が弟!』『花奈が妹!』なんてケンカしてたせいだ。


「そこで、こう結論するに至りました。花奈さんと葉介さんには、ここには姿を見せないもう一人のごきょうだいがあるのではないかと。こう仮定すれば、葉介さんは兄であると同時に弟です。噂とも合致し、矛盾はなくなります」


 …あー。これは惜しい。思わず本当のことを教えてあげたくなっちゃいたくなる惜しさだ。クイズ番組だったら絶対『まあ、正解!』ってオマケされる。

 私たちの家族写真があるのは葉介のテントだけ。アジュはその写真を見ていないんだろう。そのせいで、アジュは噂と私たちの言い分を頭の中で整理せざるを得なくなり、結果こんなことになっちゃったんだ。


「花奈さんや葉介さんが異世界人であることは早い段階でわかっていました。異世界人である花奈さんが、ゲルダガンドに与する理由はない。葉介さんと落ち合えた後は、さっさと帰れば良いのですからね。

 それをしないのは、花奈さんや葉介さんと強い関わりを持つ方が、ゲルダガンドに囚われ……いえ、協力しているからでは」

「…………………」


 すごすぎる……肝心なところが惜しいし、仮定の中で私が問答無用で葉介の妹扱いされてるところは気に食わないけど、それ以外はだいたい合っている。

「……」

 しかし、これは、ぶっちゃけ私のチャンスかもしれない。こんな風に動けなくなっちゃって、これからいったいどうなっちゃうか分からない私に与えられた起死回生のチャンスかも……。




「花奈さん?」

「………………」

 この際だ。私はアジュの勘違いにのっかることに決めた。

 私はペンをとり、砂の敷かれたお盆にこう書き記す。

『美樹』

 アジュが私の書いた文字を読み上げると、サビアンは苦々しげに繰り返した。

「……ミキ。それが、そなたの姉の名か」

 とっさに考えたにしては良い名前だなと思った。花奈、葉介、そして美樹。表意文字である漢字をがんがん読んじゃうアジュも、この名前なら不審がることはないだろう。ましてや、サビアン達がこの名前に違和感を持てるはずがない。

 どうせ幹也はグラナアーデにいない。いない人を傷つけることはできない。幹也だってこういう事情なら、名前を使ったことも絶対許してくれるはずだ。


 アジュだって大事なことは私にまだ話してない。

 彼女の名前とか、彼女が一体何を産み出す鉱の姫なのか、とか。彼女を特定するような情報を出して、彼女がどこか自分の手の届かない場所へ隠されてしまうのを恐れているんだろう。


 だったら、私だって大事な情報はちょっとくらいごまかさせてもらったって良いはずだ。

 アジュ達が本当に『紅の鉱の姫』に危害を加えるつもりがないんなら、『紅の鉱の姫』の正体が、実在しない私の姉であろうが、実在する私の弟であろうが、関係ないはずだもの。目の前にいる私が、鉱の姫の血のつながったきょうだいだってことには変わらないんだから。


 だって、サビアンさっき襲ってきたもの。途中でやめたけど。葉介の処女が奪われたら、もしかしたら葉介、立ち直れないかもしれない。BL的な意味で。




 心の中で山のように言い訳を重ねていると、ふうと、プラネタがため息をついた。

「……そっか、カナちゃんは紅玉鉱脈じゃなかったのか。カナちゃんしかいないと思ってたけど、こうなるとちょっと手も足も出ないって感じだね……」

「まったくだ」

 サビアンも渋い顔だ。私は砂地にこう書いた。

『手も足も出ないってどういうこと?』


 アジュは私の書いた文字を読み上げてくれたけど、誰も答えない。

 だから、説明してくれたのもアジュだった。

 


「……この際ですからはっきり申し上げます。我々は、紅玉鉱脈を人質にとり、私の恋人ととの人質交換を持ちかけようと計画していました」

「!」


 人質交換。それってつまり、紅玉鉱脈自身には特に用がなかったってことだ。つまり、鉱の姫なら誰でもよかったってことか。

 葉介本人が恨まれてるんじゃなくて、ほっとしたような、当て馬扱いでなんだかむかっとくるような、なんとも表現しがたい気持ちだけど。


「おい、アジュール!!」

 サビアンが血相を変えてアジュの言葉を止めようとする。でもアジュの表情は固いままだった。

「隠し立てしても意味がないと思いませんか? この際、花奈さんから紅玉鉱脈へ働きかけてもらうほうが早いと考えます」

「失敗したのはアジュだってのに、よく言うぅー」

 ぷくっとほっぺを膨らました。それをたしなめたのはバルバトだ。

「言うな、プラネタ。カナが紅玉鉱脈であるはずと結論づけたのは我々の総意だったろう」

 さすが、伊達に渋いオーラ出してない。渋いオーラが伊達だったら、伊達メガネなんかメじゃないくらい興冷めだけど。


 でも、なんで紅玉鉱脈……葉介だったんだろう。別に他の誰でもよかったはずだ。

 そのことについて『なんで?』と砂盆に書くと、アジュは一応、という感じでそれを読み上げてから、自分で説明してくれる。

「私の恋人は、我々の手の届かないところに隠されていて、我々独力での奪還は困難が伴います。そのため、我々はゲルダガンド国内の宝石の流通ルートから鉱の姫の居場所をおおまかに割り出しました。そして比較的サングリアからも狙いやすい位置に居住し、しかも価値の高い鉱物を生み出す紅玉鉱脈に目を付けたのです」

「…………」


 ほんっっとに、当て馬扱いだな……。いっそすがすがしいほどだ。

 アジュも、言いながら『あんまりだなー』と思ったのか、更にこう付け加える。

「そのことで花奈さんや紅玉鉱脈ご本人には、ご迷惑をおかけしたと思っています。しかし、もし望みうるならば、私の恋人を取り戻すため、更には戦争を止めるためには、他に方法が考えられなかったという点もどうか斟酌していただきたいのです」

「……………」

 しんしゃくってどういう意味だっけ………。笑って許してみたいな意味だったっけか。

 とにかく問題はそこじゃない。

「いかがでしょう、花奈さん。どうかあなたから、紅玉鉱脈へ働きかけてはもらえないでしょうか。『鉱の姫たちを異世界からさらい集めるのをやめさせて』と」

「…………」

 まさしく。まさしく、そこが私の最初の目標で、最大の目標だった。

 私は『葉介を返せ』ってずーっと思ってたけど、つまり、目的はアジュと同じだ。人を異世界から誘拐してまで、自分の利益を求めようとするなってことだ。


 でも、私にそんな力があるわけじゃない。

 私はただの葉介のお姉ちゃんでしかない。紅玉鉱脈本人がもうやめろって言っても聞いてもらえそうにないのに、私なんかが叫ぶだけで本当に、国一つが動かせるわけなんか、ない。

 だからアジュの言うとおり、誰か手近な鉱の姫を人質に取って、外部勢力から圧力をかけてもらう以外、もう誘拐を止めてくれる方法が無いように思える。

 でもだからって、葉介を人質としてサングリアに渡すのは、本末転倒もいいところだ。


 戦争を止めないと葉介は帰れないのに、戦争を止めるには葉介が必要だっていう。



 砂盆になにも書けないまま、凍り付いてしまって動けない私に痺れを切らしたのか、プラネタがふう、とため息をついた。

「……だいじょぶだよカナちゃん。一般人には無理なお願いだってことは分かってるから。だからこそ、ちょっと無理して紅玉鉱脈にここまでゆーかいされてもらう計画が立ったわけなんだしねっ」

「九割九分九厘、お前が紅玉鉱脈であろうと結論づけたのは我々だ。成らなかった策に固執しても詮無いこと。また、別の策を練らねばならない」

 バルバトも、プラネタに続けて言った。浮かない顔のままなのはサビアンだ。

「………しかし、犠牲は払った。バルバト、ゲルダガンドと屍人たちの戦況はどうだった?」

 サビアンに促されるまま、バルバトは静かに答える。

「屍人兵の軍団……『澪標』は、三割がた削られていた。ゲルダガンドはまだ余力があるように見える。駐屯地で起こした騒ぎも、黒曜軍を攪乱するまでには至っていないようだったな。駐屯地方面から翼竜が一匹舞い込んだが、さて…」


「…………」

 その翼竜って赤かった? って聞きたいとこだけど、さすがに我慢しなくちゃいけない。

 むずむずしてる私をよそに、プラネタはうにゃああ、と変な声をあげてじたばたする。

「やっぱ澪標がダメになるのも早かったなぁ。だから、お手上げなんだよねぇーっ。あのさあ、いっそカナちゃんを媒介にして、そのミキちゃんって子をゲルダガンドから召喚する方法を考えたほうが…」

「………!!」

 子供っぽい動きは計算だろうかと思えるほど、腹黒いことをプラネタは言う。

 やめて。召喚はやめて。私が青ざめたのに気づいたのか、アジュはほんのりほほえんでくれた。


「………いいえ、プラネタ。花奈さんはゲルダガンドへ返して差し上げましょう」

「アジュール!!」

 とがめるような悲鳴をあげたのは、プラネタじゃなくてやっぱりサビアンだ。アジュは取り立ててそれに気を止める風もなく、プラネタに話す体裁をとりながら、私に言った。

「花奈さんからゲルダガンドへ働きかけていただけるにしろ、いただけないにしろ、このサングリアで、紅玉鉱脈ではない花奈さんをお預かりする理由はありませんよ」

「しかしだな…!!」

「だって、大切な人と引き離されるのは辛いでしょう?」

「…………」


 そりゃ、辛い。もちろん辛い。私だって葉介と一緒にいたい。

 でもアジュはそれでいいの? 私が……紅玉鉱脈が、彼女につながるたった一本の蜘蛛の糸だったんじゃなかったの? 私が紅玉鉱脈じゃなくて、がっかりしてるんじゃないの?

 いや、がっかりしてなかったら嘘だ。私だったら絶対がっかりする。勢いに任せてぶん殴ってるかもしれない。なのにサビアンですら、アジュに優しく諭されたくらいのことで黙り込んじゃっている。

 私は唇をとがらせた。


 だって、こんなんでいいのか? この人たち、何をしてでも戦争を止めて、とらわれのお姫様を助け出そうって覚悟で、クラージュに蒸し焼きにされてまで、紅玉鉱脈を誘拐しようって計画立ててたんじゃないのか?

 確かに情報不足だったせいで、クラージュに踊らされてたことが分かったんだから、気落ちするのは分かるけど、でも、だからって私のこと素直に帰しちゃっていいのか? むしろ私のことを(できるかは知らないけど)ガンガン利用してくぐらい、愛と平和のためにがっつかなくちゃいけない立場なんじゃないのか?

 アジュは二重の意味で頭にお花が咲いてちゃってるのか? これじゃこっちの方が心配になってくる。




 でも結局、私にアジュ達をお説教してる時間は残されていなかった。『それ』は突然に訪れる。


 私が何か言おうとして、ペンを握ったり離したりしていた時、突然髪の毛がふわーっと浮き上がった。静電気が発生しているんだ。

「……電磁気力魔法でどこかから、花奈さんの居場所を検索されているようですね。花奈さん、お迎えですよ」

 何故かアジュはほっとしてるように見えた。あわて始めるのはやっぱりサビアンだ。デスクの上のルビーの魔具と、うかつに触るとビリッとくる危険物と化した私とを交互に見比べる。

「探知だと!? 目印になりそうなめぼしい魔具は外して解呪したはずじゃなかったのか!?」

「どれどれ」

 プラネタが首に引っかけてた、ひも付きのお皿をとって、天秤みたいに私の体の上でぶら下げる。

「………あ、多分これだぁ」



 手でぶらさげているだけの簡易的な天秤は、私の足の上……もっと詳しく言うと、くるぶしのあたりで傾いていた。

 ぐぐぐっと何かに押さえつけられたような、あるいは引っ張りつけられているような感じだ。

 もちろんビリビリして気持ち悪いけど、人魚の呪とやらで足がよじりあって戻らないので、脱ぐことはできない。

 プラネタが感心したみたいにうなずく。

「なるほどぉ。人魚の呪は口封じ兼、強姦対策兼、マーキング保護だったわけだねっ。一石三鳥をねらうなんて、芸が細かいなー。見習わないとなー」



 そうか。そういえばこのズボン、私がこっちに来たての頃にクラージュが用意してたものだった……。

 あんな頃からいろいろ画策していやがったのか。もう今更引いたりはしないけど、ただただ呆れる。

 示し合わせたみたいに、よじり合わされた足がばりばりっ、とマジックテープでも剥がしたみたいな大きな音を立てた。

「おいっ、冗談を言っている場合かっ!」

 サビアンがあわてた声を上げたのに応えるように、今までじっと黙っていたバルバトが腰から短刀を抜いた。ぎらっと光る短刀が、私のズボンの裾に当てられる。

「………!!」

 ちょっと、冗談でしょ。そんなことされたら、パンツ見えちゃうじゃないか。

 ぎょっとした私が身をよじる。アジュがあわてたそぶりでバルバトの肩を押さえた。

「いけませんよ、バルバトさん。花奈さんは返してさしあげましょう。元より、花奈さんの身柄と引き替えに『彼女』を帰していただけるとも思えません」

 バルバトは、アジュがせっかく止めたのにへのかっぱ、って感じで涼しげに言った。

「どうする、サビアン。お前はこうしてやりたいのか?」

「……………」

 サビアンはむすっと黙りこくった。私もみんなも、サビアンの顔色をうかがっている。


 しかし、そろそろ静電気のバチバチがほんとに痛くなってきた頃、サビアンはそっぽを向いて私にルビーの魔具を押しつけ、つぶやいた。

「……………カナ、これも忘れずに持って帰れ。もうさらわれたりなんかするんじゃないぞ」

「………………」

 私は呆れてサビアンの顔をじっと見た。さらったのはそっちだっていうのに、よく言う。私はますます呆れた。いろんなことに。


 しかし、これで私の無事の帰宅が決定したってことになりそうだ。

 ねえ、それでいいの? それで世界は平和になるの?

 

 なんとか言ってやろうと思って、私は口を開く。

 でも、やっぱり声は出なかった。口がきけないのって、なんて歯がゆいんだろう。こうやって、もしかしてこの後一生会えなくなるかもしれない友達と挨拶をかわすことも、根性の座らないヘタレ野郎に何か一言言ってやることもできない。



 私が何かに吹っ飛ばされたのは、電気のビリビリが一番強くなったのと同時だった。

 目の前がぐわっと歪んだか歪まないかのうちに、一瞬にして目の前の風景がテントの中から、見慣れたシュツルクの荒れ地に変わり、私の体は空中に放り出された。

「…!」

 テントのベッドの上でゆったりもたれていた体勢から、突然起こった出来事だったものだから、さすがの私も受け身が取りきれない。

 投げ出された時に、無理に体を守ろうとしちゃったものだから、もともと怪我してた右手が突き指したみたいにずきずき痛む。体中も打ちつけて、一瞬息ができなかったくらいだ。



 ……く、くそ………泣くもんか……。

 うずくまったまま必死でこらえていると、突然少し離れたところから誰かが私の名前を呼ぶ。

「花奈!!」

「…?」

 聞きなれた声だ。でも、今ここで聞くことは絶対に無いはずの声だ。私は空耳かと思って、きょろきょろあたりを見回した。

 私がいるのは小高い丘だった。遠くのほうに駐屯地が見えるから、シュツルクであることは間違いないようだけど、具体的な場所はよくわからない。石でできた巨大な枠みたいな、でっかいオブジェ的なものが側に立っているけど、用途は不明だ。


 問題は、その枠の影から飛び出したきたのが聞くはずのない声の主…幹也だったことだ。

「………!?」

 私は息を呑んだ。驚きのあまり声も出ない。いや、もともと出ないんだけど。

 なんで幹也がここにいるんだ!?

「………!! !!!」

 声が出ない私は、上半身をばたつかせながら必死で幹也に口をぱくぱくさせた。それだけで幹也には、私が何を言いたいか分かったはずだけど、幹也は何にも教えてくれなかった。代わりに幹也は、陸揚げされたイルカみたいにのたのたしている私の上半身をぎゅっと抱きよせる。


「お帰り、花奈。よく、がんばったねえ」

 ……………。

 


 私は幹也にぎゅっとされながら、声は出ないけど、わんわん泣いた。



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