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The 4th Attack!! 7

 ジュノは結局、駐屯地にとって返すことはしなかった。


 花奈には『常にゲルダガンドが優勢であった』と伝えさせていたが、これは、クラージュとは正反対にできる限り花奈に偽ることをしなかったジュノの、たった一つのうそである。

 実際の戦況は、ほとんど五分と五分、拮抗している。戦場に立たせるつもりのなかった花奈に対してのみ常勝を騙ったのは、家族思いの彼女を落ち着かせる以上の意味はない。

 花奈以外のすべてのものが分かっている。

 この戦は長引く。そして、どちらかが勝つことも負けることもないだろうと。

 だからこそ、反古になった和平が惜しまれた。もしゲルダガンドに花奈に騙ったような力があれば、この戦はそもそも長引かなかったろう、とジュノは一人、黙想する。



 尋常の戦争では敵軍の三割も殺せばほぼ潰走と言われるが、屍人の群は恐れも撤退も知らない。せめて五割は削らなければ戦果が得られないこの状況で、元々の数で劣る手勢を更に分かつのは下策中の下策であるし、ジュノには、サングリアは駐屯地を落とせないという確信があった。


 そも、魔法というものは複雑な術式を用いれば用いるほど防御や解呪も難しくなる。ジュノらは知らぬことであったが、花奈を縛った『人魚の呪』をプラネタが解きたがらなかったのも、人魚の呪が人間一人の細胞内に作用するのみの、ごく小規模かつ複雑な魔法だったからに他ならない。

 しかし城や地域、国といったものを攻撃できるような大魔法となれば話は別だ。大きなエネルギーを操作する際に複雑な術式を経れば、むろん制御は困難を極め、暴走の危険も大いに高まる。

 よって大エネルギーを操る際の術式は、考えられる限り簡略化されるのが常だ。そして、そういった簡易な魔法は、同じく防衛も容易である。

 なにより駐屯地にはクラージュを残してきている。クラージュは数多の魔導士の中でも指折りの頭脳と精神をあわせ持つ希代の大魔導士だ。その彼を出し抜き、重力魔法あるいは電磁気力魔法で駐屯地をどうこうすることは、現実的にほぼ不可能であるはずだ。


 更に仮説を一歩進め、クラージュが既に何らかの方法で(それもまた、通常想像し得る方法では困難であるが)暗殺されていたとする。しかしこの場合も、駐屯地は落とせない。

 駐屯地からは少し離れた高台に、彼の頭上に空いている時空の穴と同質の『虚』である『転移門』があるからだ。

 転移門はゲルダガンド国内の各所に設置された巨大な建造物だ。だがその実体は門とは名ばかりである。

 転移門には、通常の門が擁する内部も、隔絶する外部もない。ただ二次元的にそびえ立つその門をくぐり抜けるだけで、人は遠く離れた他の地の門へ瞬時に移動できるのだ。



 『ものごとのマクロな構造を支配する力』である重力魔法をかけられた特殊な門は、各地からこのシュツルクへ兵員を集める際にも大いに役立ったが、逆に言えばこのシュツルクから兵員を撤退させることも容易にしている。

 本来駐屯地など、あってもなくても変わらない。戦いのその都度軍を転移門から送り出せばいいものを、あえて駐屯地などという面倒なものを置き、維持しているのは単に示威的存在に他ならない。

 今駐屯地を落とそうと、兵員のほとんどは出払っているのだから、戦力を殺ぐことにすらならない。


 更に、更に仮説に重ねてみて、サングリアが転移門そのものを落とそうしたとする。しかし、そうしようとするならば、一が全と繋がっている転移門の性質上、すべての転移門を同時に落とさねばならない。

 現実的困難および戦略的妥当性の無さから見て、駐屯地は安全だ。しかし、妙と言えば妙でもあった。

 現実に、ナルドリンガは竜の姿に変じてまで、葉介を駐屯地から逃がしてきているのだ。


 ジュノはここで、ちらとだけ(手段はともかくとして)駐屯地が落ちている可能性を考慮した。だがジュノはやはり、軍を割ることはしない。


 紅玉鉱脈である葉介と、その従者ナルドリンガは生き延びている。

 たとえ副官であるクラージュが死のうと、紅玉鉱脈の妹である花奈が傷つこうと、そして留守居を任せた兵たちが散り散りになろうとも、紅玉鉱脈である葉介を、億万が一にも危険に晒すことはできない。たとえ、葉介から憎まれたとしても。


 とはいえ、葉介はいまだぐったりとしたまま、背の高いミュゼにつり上げられるようにして肩を貸されている。

 そも葉介が状況を理解できるようになるまでは、少し時間がかかりそうだった。






 色々と支度をすませて池に飛び込んだ時、ある程度高さのあるところに放り出されるだろうということは予想していたから(花奈が投げ返してきたミカンの角度と勢いからして)地上2メートル以上のところで投げ出されても、俺はちっともビビっていなかった。

 別にやせ我慢じゃない。俺はそのへん、図太く出来ている。ビビらされると逆ギレするクセのある葉介や、『遠い目』になって現実逃避し始める花奈とは違う。

 その証拠に着地にはミスったが、心臓は通常運転だ、息も切れてない。おみやのミカンも無事だ。誰も受け取らなかったが。田中さんがくれるミカンはうまいのに。


 異世界は想像してたより荒れたところだった。地球で例えるなら、温暖化の影響をモロに受けたモンゴルの元草原地帯に中世ヨーロッパの軍隊がごちゃごちゃ…ってところか。葉介も花奈も、ちゃんとメシ食わせてもらえてるのかな。危ない目に遭わされてたら許さない。


 と、そこでやっと俺は葉介の顔をまじまじと見た。葉介は、キリンによく似た同い年くらいのやつに肩を貸されて、しんどそうにしている。

 俺が食おうって言ったミカンを全力で拒否してたところからして、具合が悪そうにしていても、話せないわけじゃないらしい。

  

「ねえ葉介、花奈はどこ?」

「…………あれ。なんでいないんだ」

 葉介は顔をしかめて周りを見回した。

「一緒じゃないの?」

「そりゃさっきまで一緒だったよ。……気絶してる間に、ここまで運ばれてきたみたいだ」

「軟弱だな。一年の時みたいだ」

「あれは剣道部のしごきだから根本的にちげえんだよ!」

 懐かしい。葉介は一年の時、家に帰るなり飯も食わずにばったんばったん気絶していた。気絶した葉介を布団まで引きずっていくのも、夜中に起きてきて一人で飯を食う葉介の世話をしてやるのも、俺と花奈の仕事だった。

「もうやらないの、気絶」

「やらねーよ」

 じゃあいいや。

「そんなことより花奈はどこにいるのか探さないと」

「そんなことよりも何も話逸らしてきたのは幹也のほうじゃねーか」

「で、花奈は?」

「……さあ」

「さあじゃないでしょ」

 俺がちょっとイラっとし始めたのを感じたのか、葉介は調子悪そうに、キリンに担がれてない方の手でこめかみをぐりぐり刺激している。こめかみのツボはあんまり強く刺激しすぎると逆によくないと、葉介は知らないようだ。

「……いるとしたら、駐屯地。……だと思いたい」

「駐屯地?」

「今住んでるとこ」

「じゃあなんで葉介だけここにいんの?」

「だから知らねーってば」

「じゃあ花奈がどこにいるかわかんないじゃん」

「だからわかんねーんだってば」

 ………てば、じゃないでしょ。軽く眉間に皺が寄ったのが分かる。

「だめじゃん」

「だめだな」

 駄目に決まってる。俺はとげとげしく葉介を見上げる。キリンの肩から葉介の腕をはずさせ、俺は葉介をまっすぐ立たせた。そんなタラタラした姿勢でするべき話じゃなかったからだ。断じて別に見上げる姿勢が癪だったからじゃない。葉介は運動部のくせにそのへんの礼儀ってものが理解できてない。

「あのね葉介。これ、言っとくけどヤバい状況だよ。分かってる?」


 どういう戦いを繰り広げてるところかは知らないが、葉介本人も自力で立っていられないほど体に不調をきたし、向こうで俺には既にもう一瞥もくれずに軍を指揮してる黒い男は手負いのようで、あそこでぐったりして動かないのは赤い竜だ。

 こんな世界で行方が知れなくなってる花奈の無事を、一体どこのどいつなら保証してくれるっていうんだ?

 しかし、葉介は打っても打っても響かない。西郷隆盛を見習えと言いたい。葉介はしんどそうに(というか眠そうに)目を細めながら、かろうじて座り込まないで立っているという感じだ。葉介はガリガリ頭をかきむしって歯ぎしりした。


「分かってるよ。確かにヤバい。何で俺はこんなところにいるんだ?」

 それはこっちが聞きたいよ。イライラピリピリし始めた俺たち二人の家族の会話に、突然、さっきまで葉介に肩を貸していたキリンみたいなのがおずおずといった感じで口を挟んでくる。


「あのさ……花奈なら今どこにいようと自力で何とかすると思うぜ」

「どこにいようともクソも今まさにここで戦争やってんじゃん。そこのキリンは戦闘地域で邦人誘拐のニュースにも心を痛めないクズ野郎なの?」

「…………」

 葉介は、目を開けている幅をほんの少し広げて、俺をまじまじと見る。

 ………いかん、口調が崩れた。本来俺は、あんまり悪い言葉は使わないことにしている。花奈が周りにものすごく影響されやすいからだ。影響元は基本的にマンガとかゲームとかだけど。


 キリンみたいなのはさらに言い募る。

「誘拐されたって決まったわけでもねぇだろうが。駐屯地に戻ってみたら案外一人で昼寝してるかも。ていうかその可能性の方が高くね?」

「じゃあ何で花奈をおいてきてるのさ。誘拐されたのは葉介の方ってこと?」

「だーかーら! 誘拐っていう考えをまず捨てろって。葉介が寝ぼけてここまで来ただけかもしれないじゃん」

 誘拐という考えを捨てろとは恐れ入る。葉介と花奈が家に帰ってこない時点で、既にこいつらは誘拐犯ってことになるって自覚がない。


 無為を承知でキリンに似てる奴に噛みついてやろうかどうしようか考えていると、葉介が口を開いた。

「分かってるよ、ミュゼ。花奈はたいていのことは自力で『帳尻を合わせる』。でも、俺たちが花奈を心配するのも勝手だろ?」

 葉介はそう言いながら、ふらふらと赤い竜の方へ歩み寄っていく。

 葉介は、根本的には花奈なら無事だって信じてるみたいだ。俺の見解は違う。

 俺とキリン男は何となくそれについて行った。整地されてるわけじゃないから、キャリーバッグが転がりにくくて荷物だ。


「葉介は見解が甘いね。花奈がゴジラなら自力で何とか出来るだろうけど」

 あいにく花奈はゴジラじゃない。東京タワーもぽっきり折っちゃうような、そういう破壊的パワーが花奈にあるなら俺だって多分心配しないけど、ここは戦場で、花奈は普通の(しかもちょっとバカ寄りの)女子高生だ。こんな舗装されてない荒れ地を歩いたら一時間もしないうちに靴擦れしちゃうだろうし、寂しくなったら泣いちゃうかもしれない。



 葉介は赤い竜のそばに座り込んで、鱗の流れに沿って撫で始める。竜はそうされると気持ちがいいようで、たまに尻尾やまぶたをぴくりぴくりとさせた。

 二重誘拐の可能性についてまるで検討しようとしない奴らをほっといて、俺は葉介に聞いた。

「で、駐屯地ってどっち?」

「いつの間にかここにいたって言っただろ」

 つまり分からないらしい。俺はキリン男に向き直ってもう一度聞きなおした。

「ね、駐屯地ってどっち?」

「え? え? あ、えーと……あっちだな」

 キリン男が指さした方に向けて、俺はコートのポケットから磁石を取り出した。方角は南南西。正確かどうかは知らないが。葉介が下から口を挟んでくる。


「幹也お前、馬乗れる? なんか足がねーと駐屯地に着くまでに日が暮れるぞ」

「馬? うーん、多分」

 多分、駄目だろう。別に俺は運動神経がいい方じゃない。軍馬にまたがって振り落とされないでいられるか、そもそも俺の行きたい方向へ進んでくれるかはちょっと未知数だ。


 葉介ははあ、とため息をついた。俺と同じ危惧にたどり着いたらしい。葉介は言った。

「……おいミュゼ、悪いけど」

 怪訝そうに答えたのはキリンだ。以後ミュゼと呼ぼう。

「悪いけども何も話が見えねー」

 ミュゼというのは察しの悪いやつだ。葉介は辛抱強く繰り返した。

「花奈の様子を見に駐屯地に戻りたい。幹也のこと送ってってやって」


 するとミュゼは目をむいてあからさまに引いた。

「俺がかよ!」

「やっぱ誰か直接様子を見に行くべきだろ。クラージュからの定時連絡あったのか? ジュノの護衛なら知ってるはずだよな?」

「ないけど……いや、二時間おきのがそろそろある。多分あと十分くらいで」

「……幹也、十分待ってみる?」

「待つわけないじゃん」

 葉介が一応、って感じで聞いてくるけど、俺は即答した。一分くらいなら待たないでもないけど、十分なんて論外だ。葉介もこう返事した。

「だよなー」

「ミュゼ、馬乗れるなら早く連れてって。あと三十秒だけ待つ」

「ちょっ………ちょっと待て!!」


 ミュゼは更に後ずさった後、一目散にかけだした。駆けていった先は黒い鎧の偉そうな奴のところだ。俺はそれ以上ミュゼを見なかった。さっさと話をつけてくれればそれでいい。


「で、葉介はなんでこないの?」

 葉介は俺についてくるつもりがないようだ。手間を省くためにそのことを前提にして俺が聞くと、葉介は赤い竜の首を抱いて暖めてやった。

「この翼竜、ナルドっていうんだ。悪い、幹也。こいつのことほっとけないから」

「オッケー」

 竜なんかより花奈を優先しろよと言いたいところだが、無理強いは出来ない。第一、足手まといになりそうだ。

 ただし色々聞いとかなくちゃいけないことはある。


 俺が持ってきたキャリーバッグを葉介に託し、色々とこの世界について質問責めにしてる間に、ミュゼは栗毛の馬を一頭引っ張ってくる。時間切れだ。残りは花奈と合流してからってことになる。

「おい、幹也! ……幹也だよなお前!?」

「幹也だよ」

 ミュゼがなんで俺の名前を知ってるのかは知らないが、確かに俺の名は幹也だ。

 ミュゼは先にその栗毛の馬にまたがった後、俺を馬上に引っ張りあげる。

「お前さっき多分馬に乗れるって言ったか!? 幹也は馬乗ったことあるのか!?」

「ラクダになら動物園のふれあい広場で一回」

「つまりまるで駄目ってことだな!?」

「まるで駄目かどうかはやってみないと分からない」

「その根拠のない自信はどこからくるんだよ? ……いいか、たてがみをつかんでろ。絶対に離すんじゃねーぞ」

 俺は言われた通りたてがみをつかみ、宣言した。

「よし。じゃ、出発」

「てめーが指図すんじゃねー!! 連れてってもらうっつー謙虚な心を忘れんなよ!」

 そうだ、一つ葉介に言い忘れていたことがある。背中でミュゼがぎゃーぎゃー騒いでいるのを聞き流し、俺は葉介を見下ろした。


「葉介、無事でよかった。後は俺に任しといて」

「………」

 葉介は俺の目をじっと見る。俺もじっと見つめ返す。

 やがて葉介は、俺が安請け合いしたのを承知で、ふっと軽く息をついた。

「……悪い、任した」

「うん」

 俺は軽くうなずいた。


 よし、行くか。






 駐屯地とやら言うところは、高い石垣に囲まれていた。どこかが破損しているという感じはない。

 しかしミュゼは血相を変えていた。馬に乗ってる間に駐屯地からの定時連絡を受け取った葉介から、こっちにもその内容が転送されてきて、駐屯地が襲撃を受けたのはほぼ間違いがないと分かったからだ。何でも、副司令とかいう男が刺されて重傷らしい。花奈については情報が回ってこない。


 騎馬のまま俺たちは石造りの塀の中に飛び込んだ。すると石でできているのは塀だけで、中では生成色のテントを建てて生活していることが分かる。セキュリティ的にどうなんだ。

 訓練施設のようなものを一気に突っ切ったところで、俺たちはやっとねとねとした汗をかいている馬から飛び降りた。ちなみに汗がねとねとしているのは汗の中に馬特有の成分が含まれているからだ。まったくどうでもいい知識を実証してしまった。


 ミュゼは岩のようにでかいおっさんに対して、噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。

「主計兵長! 副司令はどこっすか!! 生きてますか!」

 主計兵長と呼ばれたおっさんもミュゼの倍くらいの声でがなる。

「おお、ミュゼじゃねぇか! クラージュ様は中だ! あっちは無事なのか!?」

「いいわけねーでしょ! まだ押し戻しきれてません!」

 ぎゃーぎゃー騒ぎ合いながら二人はテントの林のうちの一つに飛び込んでいく。俺も着地に失敗したせいで出遅れたが、一足遅れてそれに続く。


 そのテントは、医務室として使われているようだった。得体のしれない茶色や緑の瓶、丈は長いが寝返りが打てるかどうかは不安な細長いベッドなんかがたくさん置いてある。そのベッドの一つに、ゴールデンレトリバーによく似た毛並みの人形めいた顔をした男が青ざめて横たわっていた。

 その男が件の刺された副司令であることはすぐに分かった。別に副司令っぽいオーラが出てたからとかじゃなく、そいつの腹には銀色の長剣が突き刺されたままだったからだ。


「副司令ー!!」

 ミュゼは寝ている男に飛びついていってますます騒ぎ立てる。

「副司令! 副司令! 生きてますか! 息してますか! 副司令が死んだら俺実家になんて報告すればいいんですか!!」

「騒がないでください、ミュゼ。ここは病室ですよ」

 副司令は手首のスナップを利かせてミュゼの額をはたいたが、その仕草には力がこもっていない。剣が刺さったままなんだからそれも当然だ。むしろこれだけぺらぺら喋っていることさえ、驚異的とも思える。早くその剣抜けよ。せめて気絶しとけよ、って感じだ。


 副司令はふっとミュゼの背後に視線をやった。言わずもがなだが、そこには、主計兵長の体に隠れるようにして、俺が立っている。

「君は……もしかして、幹也君でしょうか?」

「まあね」

 知らない奴に幹也君呼ばわりされる筋合いはなかったが、ここを認めとかないと話が進まない。俺は軽くうなずいた。

 すると副司令は、少し苦しそうな顔をした。腹が痛いんだろうか。

「口元が葉介に似ています。花奈さんとは、目元と……耳の形がよく似ているのですね」

「……………」

 口が葉介に、目が花奈に似ているっていうのはわりとよく言われることだが、耳の形まで指摘されたことはなかった。他人に妹の耳の形まで記憶されてるって、いやな気分だ。俺は返事をせず、ただこう聞いた。

「花奈はどこ?」

「…………」


 副司令はすぐには答えなかった。副司令は一瞬眉をひそめ、耐えがたい、っていう表情をしたので、俺は何となくその意味を察する。

短い沈黙の後、副司令は言った。

「浚われてしまいました」

 うわー、聞きたくなかった。ミュゼも息を呑む。

「申し訳ありません。すべて僕の責任です」

「そういうの良いから。花奈は、誰に、どこに、連れてかれたの?」

 本当は腸が煮えくり返っていたけど、そういうのを責めてる段階じゃない。俺が内心を抑えてこう聞くと、副司令は答えた。

「花奈さんをさらったのは、サングリア…我々ゲルダガンドが戦っている敵国です。おそらくサングリア側の駐屯地にいるはず」

「だめじゃん」

 戦争中の敵国にさらわれたって、それ、めちゃくちゃ危ないじゃないか。なんでサングリアとかいう国が花奈を狙うのかはさておいて。


「しかし、花奈さんを連れ戻す方法はいくつかあります。転移門をご存じですか?」

 それを最初に言え、と思いながらも俺はうなずいた。もちろん、本当は転移門なんてものを俺はご存じなかったが、それらしきものはミュゼとここに来るまでに見ていた。

「花奈さんには、ジュノという男が魔法的な印をつけています。その他、魔具と呼ばれるものをお渡ししていますので、花奈さんがそれを脱いでさえいなければ転移門を通ってこちらへ無事帰還出来るはず」

 それを聞いても、俺はまだほっとはできなかった。生きた花奈に会うまでは、帰ってこれるなんて聞いてもおためごかしにしか聞こえなかった。


 俺は言った。

「じゃあ、早く帰還させてやってよ。なんでそのままほっといてるの?」

「………」

 俺がこう言うと、副司令の目の色が少し、濃くなった。その様子を見ていて、ふと気づく。そういえば、花奈だけでなくこいつも襲われていたのだと。自分の腹の剣も抜いてないのに、花奈のことを連れ戻しに行けるわけがない。

「……あんたが動けないなら俺が行くけど」

 ちょっとだけ悪いことを言ったなと思った俺がせっかくこう提案してやっても、副司令はまだ、迷っていたようだった。

「………早く」

 だんだんじれてきて、俺はもう一度催促した。

「あのさ。花奈の死体と対面するのなんて絶対ごめんなんだよね」

 さすがに、他人の腹の傷一つと妹の命一つを比べてみる気にはならない。

「………全くその通りです。重ねて謝罪申し上げます」

 ようやく副司令も、俺の言いたいことを分かってくれたらしい。彼は俺に転移門の使い方を教えてくれ、胸から茶色く酸化した記章を一つ取り、俺にくれた。これが印籠みたいな役割を果たすらしい。これさえあれば、この駐屯地で見慣れない顔の俺がうろついていても、しょっぴかれることはないそうだ。



「………えーと……花奈のことはまあ、幹也にまかしとくとして……とりあえず抜きません? それ」 

「…そうしたいのはやまやまなんですが……」

 副司令の腹に刺さった剣を指さしたミュゼと副司令ががやがややってたが、俺はもうそれを聞いていなかった。俺はさっさと医務室を離れ、花奈を捜しに出た。


 


 誰も彼も、花奈や葉介のことなんて気にかけていないみたいだった。

 たぶんさらわれたということすら知らない人も多いんだろう。いったいなにが起こったのか、把握できてないという感じだ。襲撃を受けたというわりにはどこも荒れてないし、それも当然かもしれない。


 どいつもこいつも信用ならない。俺は渡された記章を右手に握りしめ、とにかく一直線に転移門を目指した。



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