The 1st Attack!! 3
「葉介! まだ見て回りたい!!」
「後でな、後で」
めんどくさそうに葉介は言って、テントの群れの、一番端っこのテントに引きずり込んだ。キャンディも一緒にするんとテントに滑り込む。
ここは、葉介一人に与えられたテントらしい。テントにしてはけっこう広かったけど、何故か傷だらけになってる原付やマウンテンバイクやリヤカー、冷蔵庫、扇風機、釣り竿なんかがかなり場所をとっていたし、こっちで調達したらしいベッドと机があるから、もうほとんど立っていられる場所はなかった。
「まあ適当に座れ」
私は遠慮無く靴と靴下と汚れたジャージの上着を脱いで、ベッドの上にあぐらをかいた。脱いだ物はリヤカーの手すりにひっかけておく。葉介は私に半分背を向けるみたいな格好で机についた。キャンディは優しい微笑みを浮かべたまま突っ立っている。なんだか一人だけハブってるようでかわいそうだ。
「キャンディは? 立ってないでこっち来なよ」
私が座っている隣をぼすぼす叩くと、キャンディはきょとんとした。しまった、ついうっかりキャンディって呼んでしまった。
「キャンディってこいつの事?」
葉介がボールペンの先でキャンディを指した。多分私が投げたペンケースに入っていたのだろう。役立っているようで良かった。葉介は呆れた顔をして、肩を竦めた。
「何勝手にあだ名付けてんの」
「紹介してくれないからじゃん。ねえ、この子って葉介の彼女?」
「何でそうなる……」
葉介は呆れた顔のまま、机に伏せかかるようにぐったりする。キャンディはにこにこしてその場に立ったままお辞儀した。
「葉介の妹君の、花奈様でいらっしゃいますね。私はナルド。葉介のしもべ、ナルドリンガでございます」
「ぐ」
「何でそうなるっ!!」
葉介のしもべ…だと? こんな可愛い子が? 聞き捨てならない言葉に私が思わず絶句しているのを尻目に、葉介が思いっきり突っ込んだ。キャンディもといナルドは、申し訳ございませんと呟いてますます頭を下げる。
「葉介……こっちに来てそういう趣味が開花…」
「してねぇ!!」
良かった。葉介も不必要な大人の階段は上ってないらしい。葉介は疲れた顔で黄色っぽい紙の便せんを取り出した。……そういえば、ペンケースは投げたけどノートを投げてあげるのを忘れた。失敗した。まあ何とかなってるみたいだから良いだろう。
「まあ……話せば色々長くなるから、先にこっちの用済ませるからな。ジュノが怒るとマジこえーの」
「ジュノって、あのラスボス?」
ナルドを私の隣に座らせてあげながら、私は葉介の背中を見つめた。
「あの刺青の奴だよ。見かけほど悪い奴じゃないけど、花奈はほとぼりが冷めるまで近づかない方が良いぜ」
「ほとぼり?」
「後で全部話すから」
そう言って葉介は、ジュノとやら言うラスボスに言われた通り、私の投げてあげた物をリストに起こし始めた。
「出来るだけ投げ込んだ順番通りに言えよ」
私は肩をすくめた。
「順番通りって…難しい事言わないでよ」
「何でだよ! お前にとってはついさっきの話なんだろ!!」
何だか葉介、いつもよりツッコミに勢いがあるようだ。こっちに来てから修行したんだろうか。私は出来るだけ正確になるように、さっきの事を思い出した。
「まず食べ物入れた。カップ麺と、バームクーヘンと、飴と、柿の種と、牛乳と、なっちゃん。ぶどうパンとー、鮭フレークとー、ソーセージとー、バナナとー、後はアレだ、ふえるワカメ。他は、カボチャとトマトくらいかな。あ、お醤油と味の素も入れたわ。サランラップとアルミホイルと、塩コショウと。食べる系はそのくらいかな」
「…………卵も投げただろ?」
「あ、投げたわそういえば。賞味期限大丈夫だった?」
「賞味出来てねー……。他は?」
「次ねー、武器入れた! 葉介の剣道用具一式! クワと、高枝切りバサミも! 役に立った、武器?」
「ほとんど立ってねーよ。ていうかまず高枝切りバサミがなんで武器になると思ったんだよ!」
「リーチのある刃物、そのくらいしかないじゃん。それからー……」
葉介に請われるままに、私は出来るだけ正確に投げ込んだ物を思い出した。でも、パニック状態だったから既に記憶があちこちあやふやだ。何で冷蔵庫なんかぶちこんだのか、自分でも全く理解出来ないもの。父さんのお古の冷蔵庫がここに鎮座しているのを見てやっと入れた事を思い出せたくらいだ。
最後にコンドームも投げたよ、と言うと(ちょっと恥ずかしかったので言うのを後回しにしたのだ)葉介は目の色を変えて怒り始めた。
「そんなもん入れてたのかよ!! 何でそういうデリカシーのねー事するわけ!?」
「え? え? だって、だって、無いと困ると思ったから」
「無くても困ってねーよ悪かったなくそったれ!!」
葉介の怒りっぷりが尋常じゃないので(やっぱりデリケートな問題らしい)おろおろしながら私が言い訳していると、ナルドは無垢な表情で首を傾げた。
「葉介、コンドームとは何ですか?」
「………………」
葉介はぐったりして、しんどそうにナルドを見つめた。
そうか…ナルドとは使えなかったんだな……。
思わず生暖かい目になってしまった私を葉介がぎっ、と物凄い形相で睨む。葉介は怒るとめちゃくちゃ怖い。私は及び腰になりながらも、一応気になってる事を聞いておく。
「ゴム、届かなかったの?」
「ああ…多分、時空の狭間を彷徨ってるんじゃねーかな」
葉介は一応返事をしてくれたけど、まだいらっとした感じの声音をしていた。
「こうしてリストにしてみて分かったけど、結構まだこっちに届いてない品物がちらほらある。中華鍋とか、テントセットとか。俺は大体半年くらい前にこっちに来たけど、その半年の間でちょっとずつ届いてる感じかな」
「………………」
私は思わずぞっとした。考え無しに飛び込んで来てしまったけど、運が悪ければ私も葉介の元に辿り着けずに時空の狭間とやらを彷徨ってたかもしれないのだ。たった半年のズレだけで無事こうして葉介に会えたのは、ものすごい幸運だったのかもしれない。
私が怯えたのに気付いたんだろう。葉介はキレてた目をちょっと優しくしてくれた。
「それにしてもよく来たよな、花奈。幹也はどうしてる?」
「どうしてるも何も、別れたのついさっきだし」
「あ、そうか…そうだよな」
葉介はふっと遠い目をした。三人同時にスタートしたはずの人生なのに、いつの間にか葉介だけ半年リードしている。私も何だか寂しくて、ちょっと俯いた。
「おーい葉介ぇ。いるーぅ? いるよねぇー」
「…………」
突然、思わず空気読め、とほとんど喉元から出かかるほど、脳天気そうな男の子の声がテントの外からした。と、同時にテントの垂れ幕が勢いよく跳ね上げられる。
「お前の妹、来たってほんと?」
ずかずか入り込んできたのは同い年より少し上、くらいの年頃の男の子二人組だった。
金髪を後ろで五センチくらいの三つ編みにした、つり目気味の男の子がまず入ってくる。顔は良いけど残念なことに、猫背だ。でも、それでも背が高い。猫背でもまだ背が高いって事は、しゃんと立ったら一体どのくらいになるのか想像も……いやあ、気持ち悪いくらいに背が高くなるだけだろう。多分これが外から声をかけてきたKY野郎だ。その後に緑がかった髪を短く切った、タレ目の男の子が続いてきた。この子は逆に童顔気味で、かつ小柄で、百六十センチあるか無いかというところだった。個人的にはチビの方が好感が持てる。私もチビめだからだ。
とにかくただでさえ定員オーバー気味だったテントの中だったから、更に二人も増えたとなると明らかに人口密度が高くなりすぎていた。
私が酸欠で倒れる前に出て行け、という私の心の声が聞こえたのか、それとも普通に用を済ませただけなのか、三つ編みの方が垂れ幕を顎で指す。
「司令官が呼んでる。さっさとリスト持って来いって。なんか、また新しい道具が来たらしいぜ。使い道がわかんねーのが色々鞄に詰まってるって」
「お、まじか」
葉介はリストの紙を二つ折りにして軽やかに立ち上がった。おいおい置いていくつもりか、という私の無言の訴えも、気付いていないはずはないのに完全無視だ。
「ちょっと行ってくるわ! 良いか花奈、俺が戻ってくるまで勝手にうろうろすんじゃねーぞ! ナルド、花奈見張ってろ」
「はい」
「え、ちょっと葉介!」
で、葉介は引き留める間もなく出て行ってしまった。テントには、私とキャ…じゃない、ナルドと、二人組が残された。
……きまずい。