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The 4th Attack!! 6

 アジュの正体は、人畜無害の主計兵改め、スパイ改め、お花の妖精さんだったらしい……。いや、こんなうざい妖精なんて私は認めたくない。

 私は思わずアジュの結った髪に手を伸ばし、パンジーの花がついている髪を一本選んで引っこ抜く。

 ………ためつすがめつ見てみても、残念ながら、本物の髪から本物の花が咲いている。造花やファッションじゃない、こういう生態だ。しかし抜けた(抜いた)髪の毛とはいえ、花がついてるとなるとゴミ箱に捨てるのもなんかいたたまれない。私はさりげなくアジュの頭に抜いた髪の毛を返した。

 

 アジュは黒曜軍の軍服を脱いで、白地に青のワンポイントの入った、かっちりした服に着替えている。

 髪の引っこ抜かれたところが痛むのか、森ガールっぽいサイドテールの根本を…つまり左耳の後ろのあたりをさすりながら、アジュは軽く首をかしげた。

「いてて…花奈さん? どうしてずっと黙っているんです? どこか怪我をしましたか?」

 私は喉を押さえながら口をぱくぱく開閉してみせる。それで言いたいことはちゃんと伝わったようで、アジュは、

「……分かりました、声が出ないんですね」

と沈痛な顔をした。別にアジュがそんな顔をする必要はない。十中八九、クラージュの仕業だから。

「待っていてください、今治せそうな人を……」


 多分私を落ち着かせようとしたんだろう、アジュはいつも通りの曖昧な微笑を浮かべて立ち上がった。いや、別に話せなくても困らないから、この変態と二人っきりにしないでほしい。

 声が出ないなりにアジュを引き留めようと私が膝をたてた時、

「だいじょぶだいじょぶ、今来たよー」

 外から場にそぐわない、声変わり前の男の子の声が聞こえてきて、テントの幕が跳ね上がった。


 入ってきたのは二人だった。

 まず先に入ってきたのが、十一、二くらいの男の子だ。銀色の髪の毛、アイスブルーの目をしていて、クラージュのと同じようなデザインの、かさばる白いローブの布地にもこもこと埋もれている。その首には麻のひもがかかっていて、そのひもの先っぽにくっついている陶器の白いお皿が両肩に下がっていた。ちょっとダサいよりの格好をしていても、それがチャームポイントになるタイプの得な顔立ちだ。

 彼は自分の背よりも長い木製の杖を持っていて、狭い入り口からテントに入れるのに苦労している。なんかこう……小型犬っぽいタイプのショタだ。多分、さっきの声はこの子のだろう。

 男の子の後ろには、鋼色のくせっ毛を短く刈った、筋骨隆々の男の人がついてくる。四十歳はすぎているように見えるけど、身長は2メートルってとこだろうか。へーちょよりは小さいかもしれないけど、どんぐりの背比べならぬ巨木の背比べで、比べるだけばかばかしい。左目に黒の眼帯をつけているのは海賊リスペクトだろうか。残っている方の右目の色は焦げ茶っぽい。彼は薔薇色の髪の変態の肌よりずっと濃い色に日焼けしていて、その体を鉄の鎧で覆っていた。

 二人並べてみると、どうもそぐわない二人組だった。

 

「こんにちは。君がカナちゃんだよねー」

 男の子は自分の杖を床に倒して置きながら、私の手をとって甲に口をくっつけながら自己紹介する。別にいやらしくない、さわやかな所作だ。いやらしいショタなんて心底から嫌だけど。

「初めまして。僕はプラネタ。後ろの大きいのはバルバト。アジュールのことは知ってるでしょ? そこのヘタレはサビアンね。ほらーサビアン、さっさとどきなよ」

 サビアンと呼ばれた薔薇色の髪の男は私の上から慌ててどきながらぶつぶつ言った。

「いや俺は思いとどまったのだぞ」 

「私が踏み込んで来たからでは?」

「……サビアン」

 バルバトって人がぼそっと呟くと、サビアンは真っ青になった。

「思いとどまっていた! そうだろうカナ!!」

 いや私に振られても。私が首を傾げるとサビアンはがっかりした顔をしたけど、どうしようもない。というか、気にしているのはサビアン一人だ。私ですらもう喉元過ぎて熱さを忘れつつある。まあ二人きりになるのは絶対にごめんこうむるけど。

「ちょっと診察させてねー」


 おろおろしているサビアンに一瞥もくれず、プラネタは私の前にひざまずいて、にこっと笑った。そして瞼を引っ張ったり喉の奥を覗いたり、膝をこんこん叩いたりふくらはぎをつねったり、ズボンを脱がそうとしたりと色々やった。まあ、どういう意味があるのかはわかんないけど。


 ついでにさっき鍋の蓋で挟んじゃった右手の打ち身のところに包帯を巻いてくれた後、プラネタは私の目の下をつんとつついた。

「他の魔具もざっと調べたけど、多分これのせいかなー」

私もそこに手を触れて確かめてみると、そこにはクラージュから渡された魔具が…つけぼくろが残っているのが分かった。

「これに『人魚の呪』がかけられていたんだねっ。発動すると、水中をかなり自由に動けるようになる代わり、両足が一本のヒレのようによじり合い、声が出なくなる。電磁気力で脳に強い暗示をかけ、太古のDNAを一部呼び覚ます、強力な魔法なんだよ」

 ブローチとかチョーカーとか、アクセサリー系の魔具は全部外されていたけど、これは外し忘れていたらしい。私も今まで存在を忘れていた。

 しかし、そういうことなら剥がしちゃえば解決なんじゃないだろうか。目の下のつけぼくろをぺりぺりひっかきはじめた私に、しかしプラネタはにべもない。

「残念だけど、剥がしても意味ないんだ。もう発動済みだからねー。脳のほうをなんとかしないと。まあ、それはおしゃれだと思ってつけておいたら良いんじゃないかなっ。カナちゃん、そのほくろとっても似合ってる。かわいいよ。ちゅってしたいくらい」


 ………この子と私って、初対面だよな…。なんか妙になれなれしい態度をとるプラネタの様子を意に介さず、アジュは聞いた。

「暗示を解く方法は?」

「やれなくはないだろうけど、僕はやだなー。脳神経だもん。細かいとこいじるの苦手なの。カナちゃんがやれっていうならやるけどさあ」

 四人の視線が一気に集中する。私はぷるぷる勢いよくかぶりを振った。自信ないなーって言ってる人に脳味噌を預けるつもりには絶対なれない。


 やっぱり私の声が出ないのも動けないのもクラージュの仕業ってことで確定だ。

 でもこの呪いとやらを解かないままじゃあ、私はずっとクラージュに口封じされたままだ。アジュのことを助けてあげることはできないし、私の元々の目標も…つまり、アジュから色々聞き出すこともままならない。

 どうすんのさ、という表情でアジュを見てやると、アジュは魔具が乗ってるデスクから、こまかーい砂の敷かれたお盆と、DSのタッチペンみたいな木製の先の丸いペン、それから消しゴム代わりに刷毛を出してきて私に渡してくる。


「右手の具合はいかがですか? 筆談させていただきたいと思うのですが…」

「………」

 私は首を傾げた。

 右手のコンディション的なことだけなら、砂に文字を書くくらい、筆圧もいらないし何とかなると思う。

 でも問題は文字だ。私が書けるのはもちろん日本語だけだ。英語だって怪しい。グラナアーデの文字は、読めるだけで書けない。

 どうしようもないぞ、という意味で肩をすくめてみせると、アジュは突然、ぽつりとつぶやいた。

「……あの絵のタイトル……『わたしのかんがえたさいきょうのタチコマ』……でしたよね、確か」

 私は口をぽかんと開けた。………確かにどっかで書いたぞ、そのフレーズ。

「ね。日本語、読めてますから大丈夫ですよ」

 アジュはウインクして不敵に言った。






 アジュから聞いた事情はこうだ。

 アジュはグラナアーデの人間ではない。

 私や葉介みたいに、地球でもグラナアーデでもない、もっと別の世界からやってきた。髪にお花が咲いているのはそのせいだ。アジュの世界に名前はついてないけれど、アジュは『同盟』というところの元冒険者で、その元冒険者の力…アビリティを駆使して、私たちのところでスパイをやってたらしい。

 ちなみに『元』冒険者なのは、何かの理由で引退したとかじゃなく、その世界はいろんな争いごととかが全て解決されちゃったからだそうだ。

 脱線ついでにアジュから説明されたアジュの特殊能力を、とりあえず列挙してまとめてみよう。


1、細かいニュアンスは別として、あらゆる文字が読めるし、書ける。

2、もし森に住み着いた場合、自分の意志とは関係なくその森を迷いの森にする。

3、髪の毛にお花が咲いている。

4、精神年齢=肉体年齢で、寿命がない。


 しかし髪の毛にお花が咲いてるって物理的におかしい。私はお盆の縁をペンでカンカン叩いて突っ込みたいっていう気持ちを表す。アジュは肩をすくめた。

「これが、紋章術士という冒険者クラスを選択した、ドリアッドという種族の特徴なんですよ。……まあ、直接関係のないことについて詳しく話しても仕方ありませんから」

 不完全燃焼の私を放って、アジュは続きを話し出す。


「私は元の世界で、恋人と楽しく暮らしていたのですが、ある日私たちがデートに出かけた先で、恋人はゲルダガンドの神官に召還されてしまったのです。ある鉱物を生み出す『鉱の姫』として」


 そうだ。アジュがさっき、『私の恋人も紅玉鉱脈と同じように閉じこめているのか』なんて言ったから、私も思わず我を忘れてしまったのだったな。だって、それってアジュと私が、同じ立場だって意味だから。


「私は恋人と手をつないで離しませんでしたから、一緒に召還されました。神官達は、どちらが目的の人物か分からなくて、一時混乱したようでした。何しろその時、私は女装していたので」


 カンカンカンカンカンカン!

 私はまた砂盆を激しく叩いて突っ込みの意を示す。

 なんでだよ。さらっと言ったけど、なんで女装なんだよ。確かにアジュはわりと女顔の方だから女装しても全く違和感なさそうだけど、アジュってそういう趣味の人なんだろうか。

 私の言いたいことを表情で感じ取ったのか、アジュは答えた。


「いえ、私の趣味じゃありませんよ。彼女のリクエストだったんです。女装は同盟の文化とはよく言ったものでして」

 どういう文化だよ。

「他にも同盟の冒険者には色々と独自の風習があるんですよ。死亡フラグを思いつく限りありったけ立てて、逆に生存フラグに変えることが一時大流行だったとか、その一環で出陣前後にはパインサラダを皆で食べるとか……あの、もういいですか?」

 ………悪ふざけの固まりみたいな世界だ。絶対住みたくない。


 しかし、これが変に話がややこしくなっている原因だったってことは想像に難くない。

 アジュは、アジュ達を呼んだ神官が『アジュとその恋人のどちらが鉱の姫か分からなかった理由』を、自分が女装していたからだと思っているんだ。

 つまりアジュは、鉱の姫は姫という名の通り、女しかいないと思っている。


 だから『紅の鉱の姫』の正体に近いところまで探り当てたのに、葉介じゃなくて私が紅の鉱の姫だと勘違いした。たぶん、葉介から渡されてたルビーの文鎮が良い仕事したんだろうな。使い道がないと思ってたけど、何がどこでどう役に立つか分かんないものだ。

 

「私達を召還した神官達になにか良からぬ思惑がある事は歴然としていましたから、私はそのまま女の振りをして脱出の機会を待ったのですが……神官達は、何らかの方法で、目的の人物が私の恋人の方だと断じたようです。

 私が男であることもその後ばれてしまいました。鉱の姫は、処女でなくてはならないのですね。鉱の姫に恋人は邪魔だ、と私は命を狙われました」


 なるほど。それで、暫定『紅の鉱の姫』である私の処女を取りに来たってことらしい。

 まったく、ひどい話だ。私がじろっとサビアンを睨むと、サビアンは小さくなる。

 ………関係ないけど、葉介がコンドームを使えないのも同じ理由かもしれない。男は後ろの処女ですよーとかそういうことだったら私は遠慮なく大爆笑する。


「恋人と二人で応戦したのですが、私は女装していたせいで本来の力が発揮できず、結局私達は敗北し、恋人とは別れ別れになってしまいました。全く、あの時はもう一生ネタ装備はやらないと決意しましたね!」

 ……ネタ装備ってあんた。お盆をたたくのはやめといたけど、本当に悪ふざけの固まりのような世界だ。


「その後、半死半生の状態で打ち捨てられていた私を拾い上げたのがサングリアです。サングリアは、ゲルダガンドの国力を殺ぐため鉱の姫の……ひいては私の恋人らの解放に助力することを約束してくれ、私は恋人に関しての情報収集もかねて、まずはルビーの出所である荒野シュツルクを探っていたのですよ」


 確かにこれなら兵隊の人死にも少ないだろうし有効な方法なんだろうけど、そんな理由で被害者でしかない鉱の姫が処女を狙われたんじゃ、たまったもんじゃない。

 特に私は人違いだ。こんな状況でまた襲われたりなんかしても、誰も得しない最悪の結果しか待ってない。アジュが来たからにはもうそんなことは無いだろうけど、後でもっとちゃんと抗議しとかなくちゃいけないな。


 …おっと話が逸れた。今、アジュは重要なことを言ったぞ。私と葉介が無事に家に帰るために大事なことを。

 つまり元々、黒曜軍にまぎれこんだスパイは、戦争を有利に進めるためじゃなく、最初から紅の鉱の姫が目的だったってことになる。

 それなら、鉱の姫うんぬんの秘密がバレないために謹慎してたのに、無駄だったんだな。

 そういう事情なら、超超極秘の『鉱の姫』の秘密がサングリアにだだもれだった理由も納得がいく。だって、鉱の姫召還事件の被害者本人がスパイなんだもの。

 今、私が紅の鉱の姫だと思い込まれている状態でも、アジュは私を助けに来たし、サビアンも無理に抱いたりしなかった。ということは、サングリアという国の方針はまだよく分からないけど、少なくとも鉱の姫たちを狙っている現場の人間は、鉱の姫たちを傷つけるつもりはないってことだ。



 ざっとした説明を終えると、アジュはちょっぴり安心した私をひたと見据えた。

「そこで、花奈さんにお聞きしたいのです。神官達はなぜ、私の恋人が鉱の姫であると断じたのでしょう? もちろん何かそのような目印になるものがあることは間違いないでしょうが……」

 なるほど。私の方も色々教えてもらったし、このくらいなら教えても大丈夫だろう。

 私は砂のお盆にまず、『かんじょうとうつわ』と走り書いた。


『鉱の姫は、みんなそれぞれ器が用意されてる。その器から、鉱の姫の感情に合わせて宝石が出てくる。うちは『熱情』だから、怒ったりすると箱の中からルビーが出る』

 狭いお盆いっぱいに、私は文字を書いていく。書いた文字は、アジュがその通り音読して三人に聞かせてあげている。

 たくさん書くから何度も消し直さなくちゃいけない。さっさと書いてはさっさと消していく私の手元を、アジュ達四人は頭を突き合わせて見守った。私の文字が読めるのはアジュだけだから、覗き込んだって意味ないのに。雰囲気ってやつだろうか。


『だからその神官達も、アジュだけ怒らせるとか、その彼女だけ悲しませるとか、そういう風に実験したんだと思う』


 こう書いたところで私がいったんペンを置くと、アジュは砂盆を見つめたまま呟いた。

「感情とリンクしているとは……。では、彼女を助ける際にはその器も探し出して奪取するか、最低でも破壊しなくてはならないということになりますね」

 破壊はまずいんじゃないかな。クラージュの見せてくれた紅の小匣、ものすごい値打ちものっぽかったから。

 MOTTAINAIスピリットってものが、日本人どころか地球人ですらないアジュには備わってないのか、アジュはそれきり興味を失ったようにさっさと話題を変えてしまう。


「花奈さんは、他の鉱の姫が皆どこにいるかご存じですか?」

 これは……。うーん。私は首を傾げた。


 本当は、一人だけ知っている。首都に、『黄金鉱脈』っていう人がいるって、前に葉介が言ってたのを覚えてるのだ。

 ただ、金を出す黄金鉱脈が、ゲルダンガンドの財政のかなりの部分を支えてるってことは想像に難くない。

 紅玉鉱脈はそんなにすごくないから処女のままでいさせてやるけど、黄金鉱脈は別。……とか、そういうことになっちゃうかもしれない。

 結局私はこう書いた。


『鉱の姫たちがどこで暮らしているのか、全員分知ってる人なんて誰もいない』

「というのは?」

『隠されている。鉱の姫の誰か一人が危険な目にあったりしても、芋蔓式に鉱の姫全員が危険な目にあったりしないように』

「なるほど。では、花奈さんは他の鉱の姫のどなたかで、居場所をご存じの方はいますか?」

 ………しらばっくれきれなかった…。 

『知らない』

「知っていそうな反応ですね」

 アジュは苦笑した。

『乱暴されると困る』

「返す言葉もありません」

 アジュはちらっとサビアンを見やった。サビアンは小さくなる。

「面目ない。しかし俺も王太后の……」

「サビアン」

 バルバトが名前を呼ぶだけでたしなめると、サビアンはますます小さくなる。この人さっきから「サビアン」としか言ってないけど。アジュは、焦れているだろうに、優しく優しく、私の目をのぞき込んで聞く。

「では、これだけ教えていただけますか。花奈さんが居所を知っている鉱の姫は、何の鉱の姫なのでしょう? 花奈さんの居場所を知っている方が私の恋人なのかどうなのか、それだけは確認したいのです」


 アジュだって必死だ。彼女を見つけださなくちゃいけないんだから。ここが落としどころとして妥当なのかどうか、バカの私にはいまいち判断つかないけど、今ここに葉介も幹也もいない。私が一人で判断するしかない。


 結局私はこう書いた。

『黄金鉱脈』

 アジュが私の書いた四文字を静かに読み上げると三人は同時に息を呑んだ。

「感情に合わせて、金を出す……!?」

「どーいう仕組みなんだろ? 研究してみたいなー、魔法使い的にはー」

「………やはりこの戦、長引かせてはならんか……」

 ほらやっぱりこうなった。後悔の波が打ち寄せてくるのに耐えながら、私は四人の顔をぐるっと見回す。何でもない、って顔をしてくれてるのはアジュだけだ。


「ありがとう、やはり私の恋人ではありませんでした。鉱の姫の処遇についてもう少し聞かせてください。紅玉鉱脈や黄金鉱脈は自らの意志でゲルダガンドに仕えているのでしょうか? 脅されたり傷つけられたりはしていませんか?」


 私は少しほっとした。別に答えても問題なさそうなことを聞いてくれたからだ。

 紅玉鉱脈である葉介はノリノリで、戦後処理までおつきあいする気満々だ。ルビーを出す段階でちらほら擦り傷は作ってるけど、脅されてはいない。葉介の話じゃ、黄金鉱脈も頑張ってるらしいし。

『大丈夫。不自由は多少あるけど平気』

「不自由とは?」

 私は悲しくなってちょっと俯いた。

『家に帰れない。帰りたい』

 葉介と一緒に、家に帰りたい。今でもちゃんと、葉介も私達の家に帰りたいって思ってくれてるだろうか。


 紅玉鉱脈(っていう設定)の私が弱音を吐いたせいで、アジュもなんとか鉱脈をやってる彼女のことが心配になったんだろう。ぎゅっと拳を握りしめた。

「……閉じこめられているだけで傷つけられていない可能性が高いと分かっただけ前進だ。そうだろう、アジュール?」

「そうですね」

 気休めを言うサビアンに、アジュはぎこちなく笑い返した。

 しかし、ある意味ではサビアンの言うとおりだ。なんとか鉱脈であるアジュの彼女は処女でなくてはいけない、なんて理由で、アジュは殺されかけたのだ。残された彼女がひどい目に遭ってないって分かっただけでもちょっとほっと出来るんじゃないかな。



 頃合いを見計らって私はペンを砂盆に滑らした。

『私も聞きたい』

「どうぞ」

『屍人兵のこと』


 アジュを含む三人は顔を見合わせた。なんとなく気まずそうな顔だ。ただ一人ポーカーフェイスを保っている寡黙だったでかい人…バルバトが、しゃがれてかすれた声で言う。

「というのは?」

『ジュノ達は和平するためにいろいろ準備してたのに、なんで屍人兵なんて使ったの?』

 戦いは何も生まない。戦争中は常に劣勢に立たされてたっていうサングリアが、和平する気満々のゲルダガンドにあんなものを持ち出してきた意味が分からない。

「さて、おかしなことを言うものだ。戦とは、どちらか一方のみがするものではない。和平を目前にしても黒曜軍は兵を揃え、進軍した。この事実を無視するのか? 黒曜軍が駒を進ませなければ、衝突は避けられたのだ。屍人兵に関しては、打った策が成就した。それだけのこと。とやかく言われる筋合いはない」


 バルバトに静かに言われて、うっと私は言葉に詰まる。まったくもって正論だったからだ。とっさに、

『でも、』

 って書いたけど、その後は続かなかった。反論の余地がない。

 屍人兵を使っていなかったら、ジュノ達が生きたサングリアの兵隊をめちゃくちゃに蹴散らしてただろう。

 屍人兵なんて死んだ人を冒涜する行いだってことは分かるけど、だからって打てる手があるのに生きてる人を危険に晒すのはよくない。……っていう考え方があることを、否定しちゃいけない。私の脳味噌じゃ、正しいのか正しくないのか、ちゃんとした判断はくだせない。

 私は『でも』を刷毛で消して書き直した。


『おっしゃるとおり。ごめんなさい』


 ………そしてちょっと考えてから、私はこう書いた。


『それとは別に聞きたい』

「答えるとは限らんぞ」

 多分答えてくれないだろうな、って思いながら私は書いた。アジュは私の書いた通り読み上げてくれる。

『バルバトはさっきの質問、半分しか答えてない。屍人兵の意義は分かった。でも、使った事情が分からない。他の国に嫌われてもよかったの? 和平なんかどうでもよかった?』


 屍人兵は強かった。動きが鈍いとか単調だとかぼろくそに言われていたけど、確かに一度、黒曜軍は敗走した。

 有り余る財力を武器に今まで勝ちまくってたゲルダガンドが、上から目線で和平を取り結んでやろうと思ってた矢先のことだ。そのサングリアに一度でも負けたりなんかしたら、ゲルダガンドは意固地になる。というかゲルダガンドの偉い人たちは皆そう思うだろう。

 『本気を出せば』勝てる相手だ。もう一回痛めつけてやれ。

 ジュノ達は和平を結びたかったとしても、そう思う人がいっぱいいたら、和平は遠のく。


『屍人兵はずっとは通用しないって、ジュノ達は分かってた。サングリア側はもっとよく分かってたと思う』


 サングリアも意地になってんだろうか。終戦間際の日本みたいに、みんな意地になって、戦争をやめるにやめられなかったんだろうか。ずっとは効かないって分かってても、他の国にどん引きされるって分かってても、屍人兵を使いたくなっちゃうくらいに?



 アジュが砂盆の文字を読み上げるのをやめるなり、テントの中はしんとなった。バルバトは、やがて意味ありげにサビアンへ視線をやる。サビアンは口をへの字にしていたけど、彼もやがて口を開く。


「………あれらは、我らの指揮下にある軍ではない。現在サングリアの政治は二つに分かたれている。王弟である俺を慕ってくれる者たちと、お体のお弱い王を擁する王太后に率いられる者たちとにな。

 今までそなたら黒曜軍と交戦していたのは我々『花菱』だが、屍人を率いるのは『澪標』……王太后の軍だ」


 わあそなたとか言い始めたこの変態。……とは、思っただけで書かなかったから、サビアンはむっともせずに説明を続ける。喋れないのも善し悪しだ。

「王太后は王族の誇りとやらを守ることに汲々としておられ、この勝ち目のないいくさにおいても、ゲルダガンドに一矢報いることだけを考えておられるようだ。

 先ほどまでこのバルバトが澪標と黒曜軍との戦場を偵察していたが、澪標が率いる屍人の数はほぼ、倍に……黒曜軍の数も大きく数を増やしたそうだな。

 これでは和平はとうてい不可能だ。我がサングリアも、そなたらゲルダガンドも、落としどころを失った。

 ………悔しいことだが。今の我らには王太后を止めるだけの力はない。いくさはまた、続くだろう。今度は、サングリア全土を焦土に変えるやもしれん」


「……………」


 サビアンが歯ぎしりした耳障りな音も、どこか遠くに聞こえる。

 戦争が終わらない。

 それってつまり、葉介も日本に……私たちの家に帰れないってことだ。




 一気に重苦しくなった雰囲気の中、アジュは追い打ちをかけるようにこう聞いた。

「………花奈さん、もう一つ、聞かせてください」


 なぁに、と聞き返す暇もなかった。

 アジュは、よりにもよって、最後の最後にとんでもない質問を隠し持っていたのだ。


「花奈さんは、紅玉鉱脈ではないのではありませんか?」




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