表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/75

The 4th Attack!! 4

 『花奈さん?』と『花奈さん!』の二人は、お互いに気づくとすぐ言い換えた。


「花奈さん、隠れて!! 危険です!」

「花奈さん、出てきてください。逃げましょう!」

「………」

 どっちだよ。

 …って、文句を言うわけにもいかない。どっちの声に従えば良いのか分かんなくて動けないせいで、結果的に私は『隠れて』の方の指示に従うことになった。その後しばらく経っても『早く出てこい』という催促はない。


 その後、しばらく調理場には沈黙が漂った。完全にしん、として、調理場の外からの喧噪が遠くの方のふわふわした雑音として聞こえてくるばかりになる。

「…………」

 お互いの動きを、牽制し合っているような沈黙だ。

 今は、さっき『隠れて』って叫んだ方が、『出てこい』の方よりは、今私が隠れてるお鍋のそばに立ってるらしい。ただしさっきも言ったけど、誰の声かは分からない。


「………」

 ちょっと状況を整理してみよう。

 ここに、お鍋に隠れてる私と、私を助けようと思ってる『天使』と、私を殺そうと思っている『悪魔』の三人がいる。天使と悪魔はそれぞれ一回ずつ、『隠れて』『出てこい』と言っている。お鍋の中からは、どちらが天使の指示なのかは判別できない。

 さて、お鍋の中の私はどうすれば生き残れるだろう?


「………」

 だめだ、全然分からん。自分の頭の回転の悪さを実感するのはこういう時だ。幹也ならすぱっと結論を出してくれるんだろうけど。

 止まってしまったかのような状況に、最初にじれたのは私だった。

 私はそろーっと右手でお鍋の蓋を持ち上げて、外の様子をのぞこうとした。真っ暗闇じゃ分かるものも分からないからだ。


 でも、ほんの少し作った隙間に右手を差し込んでのぞき込もうとした瞬間、 がんっ!! とすごい勢いでお鍋の蓋が上から押さえつけられる。

「………~~~~っ!!!」

 何か上から重いものでも乗せられたみたいだ。当然、隙間に強く指を挟んだし頭も打った。辛うじて悲鳴はあげずにすんだ…というか、痛すぎて声も出なかった。

 私がお鍋の中で悶え狂っていると、ちょっと離れたところから穏やかな声がした。………アジュの声だ。

「ああ……そんなところにいたんですね、花奈さん。良かった、無事で」

「………」

 無事じゃない。特に指が。主に指が。

 ちょっと隙間が出来たおかげで、外の音は聞き取れるようになったけど、それどころじゃないくらい痛い。

 やばい、脂汗が出てきた。指が折れたかもしれない。心が折れるのも間近だ。

「たった一人で、一体何をなさるつもりです? 羽虫一匹とらえられないほど、こちらも間抜けではありませんよ」

 もう一人……クラージュの声は、鍋のすぐ真上で聞こえてくる。アジュはそれに、こう返事した。

「まさか私が勝算無く動いたと思ってるんですか? 私も、道化を演じるのはもううんざりなんです」

 ……状況は相変わらず見えてこないけど、会話の内容からして、スパイの正体はアジュだった、ってことで良いんだろうか。間違いだと思いたいけど……アジュもなんか、認めてるみたいだ。

 とにかく、何かが起こってるってことは確かだ。これで、全部私の妄想でしたオチは回避されたことになる。でも、アジュが……。


 私がお鍋の底でひそかに大きなショックを受けている間にも、状況はどんどん進行しているらしい。

「……まさか電磁気力魔法に重力魔法で対抗できるとは思っていないのでしょう? よほど命がいらないと見える」

「……」

「投降しますか? 今なら人道的な扱いをお約束しますよ」

「………いいえ。……ふふふ、今のあなたこそ、『鴉』の二つ名が見る影もありませんね」

「……試してみますか? 羽虫をついばむのに、鴉の嘴も爪も必要ないんですよ」


 人の言葉が聞こえたのはここまでだった。

 至近距離で雷が落ちたみたいな、耳をつんざく轟音を皮切りに、(何故か)しゅるしゅるリボンを引き抜くような音、金属と金属とがぶつかり合う音。クラージュとアジュが戦ってるんだろう。頭がおかしくなりそうだ。

 蓋の重みはかかったままだ。いや、現状維持どころか増してきている。多分、クラージュが上から蓋を踏んづけているんだろう。戦争するならよそでやれと声を大にして言いたい。

 空いてる左手で鍋の蓋をばんばん叩く。とにかく指を何とかしてもらわなくちゃ、本当に折れてしまう。頭がおかしくなりそうな痛みを必死に我慢していると、ようやくかかっていた重みが緩む。私は指をひっこめた。ごつっと乱暴な音がして、鍋の蓋は閉まった。

 ………そのタイミングを見計らってたんだろう。アジュは突然、声を張り上げた。



「その手口で『紅玉鉱脈』を閉じこめていたのですね。私の恋人もそうやって暗がりの冷たいところに押し込めているのでしょうか?」


 !

 

 

「なんだとおおおおお!!」

「花奈さん!」

 勢いよく立ち上がったら、クラージュの体が、視界の隅っこのほうで軽く傾ぐ。…多分、今まで私のいたお鍋に足を乗っけていたところに、私が蓋を吹き飛ばして立ち上がったから、転びかかったんだろう。

 しかし、私に転ばされるようなどんくさいクラージュでは無かったらしい。クラージュは体勢を崩しつつも、私の背後から手を伸ばす。

 私は、立ち上がったとほとんど同時に間髪入れずに引きずり倒された。引きずり倒される直前にいたすぐそばを、緑色の細かい弾丸のようなもの……いや、葉っぱだ。何故か葉っぱが飛んでいく。

 私はクラージュと一緒に床に叩きつけられたけど、また間髪入れずに引きずり上げられて、無理矢理立たされる。

 立ち上がる時に頭のてっぺんを、引きずり倒された時に向こう臑を、それぞれぶつけていたらしい。もはや満身創痍と言っても過言じゃない私を抱えあげるように背後から羽交い締めにして、クラージュは…………

 

 クラージュは、そこまでだった。

 クラージュは私を羽交い締めにしたまま、その場に崩れ落ちる。巻き添えを食らう格好で、私の再度地面に叩きつけられた。

 様子がおかしい。私はもがいて、クラージュの腕から無理矢理逃れ、クラージュを助け起こす。クラージュの体は、ぎちぎちに縛り上げられ、ほとんど身動き出来ない状態にされている。

 クラージュを縛する鎖は、さっき私のすぐそばを通り抜けていった葉っぱだ。葉っぱ同士、お互いに結びつき合って、鎖の姿をなしている。それを全身にからみつかせ、クラージュは拘束されていた。

 ……重力魔法って、こういうものなんだろうか。『世の中のマクロな仕組みを司る魔法』?

 これが魔法だってことは分かるけど、話に聞いてる重力魔法とも電磁気力魔法とも、雰囲気が違う。はっきり言って、グラナアーデの魔法っぽくない。


「……アジュ、クラージュに一体何したの」

 葉っぱの鎖は、引っ張っても引っ張っても、ほんの一時的にたわいなくちぎれてはまた元通り結合してしまう。ほどくことが出来ない。

 私が床にへたりこんだままきっと睨みつけても、アジュはまるっきりいつも通りのすました顔だ。 

「……予想通りの素敵な反応ありがとうございました、花奈さん」

 言って、私に優しく微笑みかけた後、私の背後のクラージュに向け、アジュは拭い去ったように表情を消した。

「…花奈さんを無理に押し込めるような真似をしなければ…あるいは、体重をかけるのをやめて差し上げなければ……。もう二三分は、にらみ合う羽目になっていたでしょうね。優しさが仇になったということでしょうか。薄っぺらい行動には、必ず報いがあるものですよ」

「……ご高説痛み入りますね」

 クラージュは縛り上げられたまま不敵な態度だ。でも、クラージュが全身にまとっていた魔具は、もともとは金色に輝いていたのに、今はほとんど全てが褐色に曇っている。多分オーバーヒートを示しているんだろう。

 クラージュはもう戦えない。


 せめて盾になろう。私は、クラージュに覆い被さってぎゅっと抱きしめた。

「花奈さん。葉介さんとナルドさんはどこですか?」

「………………」

 絶対に言わない。ていうか私が言うと思って聞いてるんだろうか。

「……まあいいでしょう」

 思ってなかったらしい。アジュは私の背中に手をかける。

「……花奈さん、混乱は重々承知ですが、時間がありません。これから、落ち着いたところで本当の事をお話しましょう。あなた自身のためにも、あなたのごきょうだいのためにも、ご同行願えませんか」

「や……やだ!!」

 私はますますクラージュを抱く手に力をこめた。確かにさっきのアジュの台詞は全面的に聞き捨てならなかったけど、でも、アジュが私に黙ってられないような言葉をわざと聞かせて、それでクラージュに隙を作らせ、騙し討った事実は変わらない。

 アジュはそういう、悪賢い奴だったんだ。信じちゃいけない。


 しかし、ここから梃子でも動かないつもりだった私の気持ちに一石投じたのは、アジュの次の台詞だった。

「悪いようにはしません。……あなたを、『紅玉鉱脈』の呪縛から解放して差し上げます。いかがでしょう?」

「………私を」


 私を……? ただの言い間違いだろうか。私を『紅玉鉱脈の姉』である呪縛から解放するって意味? ……いや、どう考えてもそうとは取れない。

 アジュは勘違いをしている。

 口に出した言葉の方には辛うじて?マークを語尾につけずにすんだけど、私の頭は私の頭なりに、フル回転を始めた。


 アジュは、紅玉鉱脈について知ってる。

 私の関係者が紅玉鉱脈だってことも掴んでる。

 でも、それが葉介だってことまではわかってない。

「…………」

 …アジュの思惑と秘密を探るなら、今しかないような気がする。


「……いけません、花奈さん」

 私の気持ちが動き出したのを察知してか、私の体の下でクラージュが喘ぐように言った。どういう意味で止めてるんだろう。私には腹芸が出来ないってことだろうか。それとも、私が口を滑らせてアジュに余計な情報を与えることを心配してるんだろうか。

 アジュはそのまま私を熱心にくどく。

「以前の、私の恋人の話を覚えていますよね? あなたの無事は私が保証します。今度は私の恋人の無事を、あなたに保証してほしいんです」

「…………」

「どうか、お願いします。私たちを助けてください」

「花奈さん、許しません。ジュノの救援を待ちなさい。主計兵長もすぐに戻ってきますよ」

「………花奈さん、どうか」

「花奈」


 クラージュが私のことを初めて呼び捨てにした。彼は葉っぱの鎖に呪縛され、私に見下ろされながら、裏切ったら許さないって言わんばかりの厳しい顔をしている。

 でも、アジュだって困ってる。それに葉介の身の安全のためにも、紅玉鉱脈についての情報がどのくらいサングリアに漏れてるのかも探らなくちゃいけない。……別に本当に私が『紅玉鉱脈』だってわけじゃないんだし、葉介のお姉ちゃんである私が、裏切り者であるアジュから詳しい話を聞きに行くくらい、冒して当然、むしろ冒すべきリスクじゃないか?


 私が迷っていると突然、クラージュは厳しかった顔をゆるめてふっと笑った。

「わかりました、仕方ありません。…花奈さん、耳を貸してください」

「! うん」

 私は素早くクラージュの顔の上にかがみ込んだ。アジュには内緒の話があるらしい。クラージュは更に要求する。

「こちらを向いて」

「? …!」

 

 反射的に従ってしまった自分のバカ正直を、これほど呪ったことはない。私とクラージュの顔が近づいたその次の瞬間、

「すみません」

 私の口にクラージュの口がぎゅっと押しつけられた。


「!!!!」

 声もあげられないうちに、唇から、そして目の下につけたつけぼくろから電撃が広がる。頭のてっぺんから背骨を通って、足の爪の先までビリビリしびれる。

 口に口がぶつかったのに気づいた瞬間、絶叫しようとしたけど喉から漏れたのはかすれた空気ばっかりだ。ビリビリのせいで、両足はよじり合わされ、ぴたりと閉じ、びくんびくん痙攣する。

 キスって、こういうものなの? レモンキャンディーの味とかするんじゃないの? いやレモンキャンディーはさすがに嘘だろうけど、それなら電気ショックだって嘘でしょ。

 体中のバチバチは収まるところを知らない。…これはやばい、死んじゃうかもしれない。

「…!! あなたという人は……! 下衆だ下衆だとは思っていましたが、こ…まで最低…だと……思っ…い…せ………!」

「ず…ぶんひど…言い……です…。で………………」

 アジュが私のために怒ってる。……でも、だめだ、もう我慢できない。声がはっきり聞こえない。意識が遠のいていく。

「………」

 私はクラージュの上にばったり倒れ伏した。

 私、クラージュに口封じのために殺されたんだ……。



 二人が調理場に入ってきてから私がファーストキスを奪われて意識を失うまで、時間にしてほんの三分程度のことだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ