The 4th Attack!! 3
私は一人、へーちょのところを目指すことにした。
何しろ生存率がmaybeの私だ。どうにも分の良い賭けじゃない。瞬殺じゃなくても見逃してはもらえないだろうし、捕まったら死んだも同じって目に遭う気がする。それはイヤだ。死ぬのの次にイヤだ。
自分が緊急事態でも冷静な判断が下せるようなタイプじゃないことはよーく分かっている。ここは勝手な判断をくだすより、クラージュの指示に従うのが得策なはずだ。
メタルギアばりにこそこそ隠れまくり、危ない橋を何度も渡りながらやっとの思いでたどり着いた調理場は、しかし、まったくいつも通りだった。
……いや、いつも通りとまではいかなかったかもしれない。調理場には、お昼の後かたづけをすませた、一日で一番暇な時間帯の調理場とはいえ、へーちょともう一人、顔をよくしらない男の人のたった二人しかいない。きっとジュノがみんな連れていったんだろう。
でも、それにしたっておかしい。外じゃあんな大騒ぎになってるのに、なんでへーちょたちはまるで気づいてないんだろう?
へーちょはファイルやなんかを前にして、食事用のテーブルで似合わないデスクワークをしてるところだった。へーちょは血相を変えて飛び込んできた私に気づくなり、広げていたものをぱたんと閉じて、その三角の目をさらに凶悪にすがめる。
「あ? 花奈じゃねぇか。お前ら、謹慎中だろ。昼飯食ったか?」
「昼飯食った! そんなこと言ってる場合じゃない!! 攻めてきた! なんか誰かきた!!」
「……待て、落ち着いて話さなきゃわかんねえだろうが」
「多分サングリアが、うちんとこ来て、なんか攻めてきて、今クラージュが止めてるけど…!」
「うちんとこって……お前達のテントか?」
へーちょがゆっくりしゃべってる。私のことを落ち着かそうとしてくれてるみたいだ。私もへーちょの三角の目をじっと見ながら叫ぶ。
「そう!! あのね、私と葉介とナルドで三人で寝てたら、突然テントに押し入ろうとしてきた人がいたみたいでね? 葉介さらわれちゃうかと思ったんだけど、でもクラージュが止めててくれたから、なんとか三人で逃げようとして……」
逃げようとして、その後………その後のこと、なんて言って説明したらいいんだろう。まさかナルドが紅玉鉱脈の従者の特殊能力で翼竜に変身して、葉介を連れてここを離れたって言っていいんだろうか? 『紅玉鉱脈』に関することはトップシークレットなのに?
思わず答えに詰まった私を、へーちょと一緒にいたお兄さんが険しい顔でにらんだ。
「第三エリアに、サングリアが突然ですか? 主計兵長、そいつ寝ぼけてるんですよ」
「寝ぼけてないよ!! 葉介はもう逃げたんだから!」
「葉介が逃げたって、どこへ? お前を置いてか?」
「起きなかったんだからしょうがないじゃん! なんか昼ご飯に眠り薬が入ってたみた……」
「馬鹿言うんじゃねえぞ!!」
口げんかみたいになってた私とお兄さんの間に、雷みたいな怒声が割って入る。
「俺の作った飯にそんなものが混ざるか!!!」
「だってほんとに葉介起きなかったんだもん!!」
ただでさえ怖い顔のへーちょがすごむもんだから、もう私の方だって半泣きだ。
「…………」
突然へーちょは、私の倍近くありそうな手を私のおでこの前へ持っていく。
叩かれるのかと思って私はとっさに肩をすくめたけど、へーちょはそんなことしなかった。へーちょはその指にはまっていた、やくざのおっさんがつけてそうな金色のぶっとい指輪を指から引き抜く。そして、抜いた指輪を私の額の前にかざして手をぱっと離す。
金の指輪は、へーちょが指を離すなり、私の額にすこんと張り付いた。
「………なにこれ?」
ちょっとなにをされてるのか分かんない。私はおでこに張り付いた指輪をひっぺがしながら眉間にしわを寄せる。
張り付けられた指輪にいったいどういう効果があったのかは分からないけど、しかし、へーちょの反応はすさまじかった。
へーちょは私の手の中から指輪をもぎ取るように取り返すと、その場にたった一人残っていたお兄さんを顎でしゃくった。
「おい、周りと結界装置の様子見てこい。哨戒にも連絡。重力魔法の反応を洗え」
はい、と返事したお兄さんは、私に対する態度はいったい何だったかのかっていうぐらい従順に、慌ただしく出ていった。
それを見送ることもしないで、へーちょは私の両肩をつかんで、でっかい体を屈めて私に視線を合わせてくる。な、なんだなんだ。
「良いか嬢ちゃん、とにかく落ち着け。あんたはサングリアの重力魔法をどこかで食らったんだ。俺が様子は見て来てやるから、鍋でもかぶって隠れてろ。良いな」
言うが早いか、へーちょは自分自身も身を翻し、でっかい姿からは想像もつかないくらいの機敏な動きで調理場から出ていく。私は一人取り残された。
…………よくわかんないけど、これはただごとじゃない。私は誰もいなくなった静かな調理場を見渡して、ごくりと唾を飲みこんだ。
考えるのは得意じゃない。私はきっぱり決めた。
ここに隠れていよう。幹也や葉介がここにいたなら、きっと、とにかくここでじっとしてろって言うだろうから。
ナルド達がジュノのところにたどりつきさえしたなら、絶対に助けに戻ってきてくれる。細かいことはよく分からなくても、これ以上悪くなることはないはずだ。
早速お鍋でもかぶって隠れようと、私はそのへんを見回した。鉄の鍋は私が近寄っていくだけで、自分から勝手にずるずると動いて避けていく。クラージュが私にくれたウサギのチョーカーの『刃返し』の力が、私から鉄製品を遠ざけているのだ。
確か、鉄じゃなくて銅のがあったはずだ。私一人くらいならすっぽり入れそうなくらいの大きさの。私はそれを床の上から探し当て、それの中に体育座りをして、蓋をした。
お鍋の中は案外快適だったけど、体中に金属製の魔具を身につけているせいでちょっとでも身動きするとかちかち鳴った。これじゃあ相当気をつけてないと、すぐ音でばれてしまいそうだ。私は体中をこわばらせて、ただただ息を潜める。
外の喧噪がお鍋の中で反響して、わんわんくぐもって聞こえる。私は今更、自分が今靴下しか履いてないことに今更気づいた。昼寝から飛び起きたあとそれっきりだったから、靴なんか履いてる余裕がなかったのだ。走ってる途中で石にでも引っかけたのか、泥で汚れたつま先から血が出ている。靴下を脱いで傷の具合を確かめたいけど、また走って逃げなきゃいけなくなった時困ってしまう。
傷を見るのは、命が助かってから。私は膝小僧の間に顔を埋めて、ただただ息を潜めた。
へーちょ達の様子は一体どういうことだろう。あれじゃ、まるで私の話を信じてないみたいだった。ゲルダガンドじゃ『お前ちょっと頭おかしいんじゃね?』っていうのを『お前は重力魔法を食らったんだ』って表現するんだろうか。
…そういえば、あの指輪で検査をされたけど、へーちょの反応からしてあれは『陽性』って感じだった。重力魔法食らってますか検査で陽性。……あれ、じゃあやっぱり私の頭がおかしいのかな。ナルドも葉介も私も、みんなまとめて重力魔法で頭おかしくされちゃってたのかな。
…まさかね。まさか。だって、へーちょはちゃんと様子を見に行ってくれたし。
クラージュだってそうだ。クラージュ本人が、ここから逃げろ、へーちょのところに行けって私達に指示したんだもの。私たちだけが見た幻覚じゃない。そのはずだ。
「………………」
嫌な予感がする。嫌だな。私の予感って、けっこう当たる。
嫌だな。ジュノたち、早く帰って来ないかな。勘違いなら勘違いでそれで良いから。
お鍋の中で身をちぢこめる私に、外から声がかかったのはその時だった。
「花奈さん!」
「花奈さん?」
お鍋の中で音がくぐもってしまって声音まではよく聞き取れないけど、誰かがここに来た。それも、二人、私を捜しに。