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The 4th Attack!! 2

 私たちはクラージュが足止めしてくれてる間に『へーちょ』のところ……つまり第二エリアの調理場をひとまず目指したわけだけど、駐屯値の一番奥である第三エリア……私たちのテントにまで人が侵入してきてるって、どえらいことだ。本当なら非常時にはエリアごとに結界で区切られるはずなのにそんな様子もない。

 厩舎は一棟残らず開け放たれ、翼竜や馬は一頭も房に残っていない。残っているのは家畜は鶏と牛くらいのものだ。なにが牛はのんびり飼い葉をもぐもぐやっている。



「よく分かんないけど、これ怖いことになってるよね!? ここまでぐちゃぐちゃにされてるって、怖いよね!?」

 剣と剣とがぶつかり合う音はそこかしこでするけど、これってかなり劣勢にたたされてるんじゃないだろうか。ジュノがいったいどのくらいの兵隊と翼竜と馬とを引き連れて戦場に出ていったのかはわからないけど。


 と、突然正面からいつも見慣れてる黒曜軍の鎧じゃない……つまり、敵側っぽいやつらの鎧が目の前をよぎった。

「うわっ、うわっ、うわああっ」

 あんまり意表を突かれ続けると、人間って原始に戻るらしい。言葉が出ない。

 遠いところにいるからこっちには来なかったけど、なんかさっき目があったような気がする。あってないと思うけど、あったような気がする。

 五十メートルは離れてるから、今から全力疾走すれば十分逃げきれると思うけど……でも、初志貫徹してへーちょのところに逃げるのが良いのか、とにかく目の前の敵から逃げるのを最優先すべきなのか、判断がつかない。

「……花奈ちゃん、こっち!」

 思わず足が止まった私の背に向けてナルドは鋭く叫ぶ。そして、さっとそばのテントとテントの隙間を縫うように駆け抜け、そのうちの一つの陰に隠れた。私もあわててそれを追っかけると、間一髪で、私たちの脇を敵兵が駆け抜けていく。

 テントの中に逃げ込まないのは、そうすると逃げ場がなくなるし、最悪火をかけられるかもしれないからだろう。

 できる限り人目につかないようにその場にしゃがみ込みながら、私はうなされてる顔をしてる葉介の手を握った。薬で眠らされているところをめちゃくちゃに動かされているからか、葉介の唇は真っ白で、具合が悪そうだ。


「どうしよう……どうしよう、ナルド!?」

 私やナルドは女だし、明らかに兵員じゃないから、サーチアンドデストロイされることは無いかもしれない。probablyかmaybeかperhapsかで言ったらmaybe。つまり五割くらいの確率で助かる『かもしれない』。でも葉介は別だ。葉介は男だし見た目も暴れ盛りって感じだから、手加減も交渉も無くぶっ殺されてしまう気がする。葉介が見逃してもらえる確率はperhapsより悪い。『ひょっとしたら』以下ってことだ。

「やっぱへーちょのとこを目指すべき? それともここに隠れ続ける? ジュノたちが早くこっちの状態に気づいてくれればいいんだけど、それもいつになるか分かんないし!! なんかこの感じだと、へーちょのところまで逃げ切れそうもないし、そもそもへーちょのところが安全かどうかも…」


 葉介を守るためにはどうしたらいいんだろう。考えれば考えるほど分かんなくなる。ナルドの肩に担がれたままの葉介はぐったりして動かないし……

 もしかして打つ手無しなんじゃないか、という考えが頭をよぎったそのとき、ナルドは突然葉介を肩からおろした。

「花奈ちゃん……葉介を頼みます」

 葉介をおろした後のナルドの肩は、文字通り『広く』なっていた。肩胛骨の上のあたりに大きなこぶが二つできていて、まるで屈強な戦士の肩だ。ほんの五分前までの、ナルドの細く華奢な肩は見る影もない。

 ………『鉱の姫の従者は、主のためならばどのようにも姿を変える』って、言ってたのはジュノだっただろうか。

「ちょっとナルド、その肩……」

 軽く怯んだ私をガン無視の上、ナルドは深呼吸を一度して、うつむいた。

 そして、『それ』は唐突に始まった。


 ナルドの鼻と顎が伸びていく。リアルでカイジだ……とかふざける余裕もない。実際目の当たりにするとハンパなく怖いからだ。頬骨も大きく、目も大きく、背も高く、首も伸び……っておいおい。

 ……べちょっとかごきっとか、かなりグロい音がナルドの全身から絶え間なく聞こえてくる。

 これ、止めなくて大丈夫なんだろうか。……いや、それより、ナルドはいったいなんで変身してるんだろう。ていうかそもそも、根本的にこういうのアリなの? プリキュアとか仮面ライダーとかだってもうちょっとはお子さまに配慮した感じで光に包まれながらスマートに変身するのに。私、この世界で起こることにまるでついていけない。


 完全に引きまくってる私をよそに、ナルドは体をきしませながら変身し続ける。

 着ている服を裂きながら巨大化していくのと同時に、腕からは細かな赤い鱗が生え、ふわふわしてた髪の毛は全部抜けてしまい、代わりにトゲトゲした角が何本も生えてくる。五本の指は四本に、桜色の爪は大きく堅い鉤爪に、靴を突き破って踵とつま先から蹴爪が、最後に肩胛骨のところからはとがったものがつきだしてきて、薄い膜が張る。


 これでやっと、変身は打ちやめらしかった。ポニーくらいの大きさの異形に変じたナルドはゆっくりとうつむけていた顔をあげる。


 ……おめでとう! ナルドは翼竜に進化した!


 ……とか言ってる場合じゃないのに、あまりにもあんまりなことが目の前で起こったせいで、私は完全にパニックを起こしていた。

 ………ナルド!! せっかく美少女だったのに! 肩胛骨は翼の名残ってか!! あんな変身の仕方しといて元に戻れるのか!!? 

「………えええー」

 いったいどこからつっこめばいいのか分からない。ナルドが男の娘って聞いた時以来の衝撃だ。

「………これで…葉介だけでもなんとか逃げられると思います」

 私の驚きなんかまるでよそ事みたいに、ナルドの声はいつも聞いてるのと変わりない。その、どこから聞こえてきてるのか分からない声は静かで落ち着いているけど、元気がない。さっきの変身がものすごくつらかったんだろう。だって肉を突き破って羽根が生えてきてるんだもの。

「花奈ちゃん……葉介を」

 ナルドは……赤い鱗の小さな竜は、おろおろしてばっかりの私から、ぐったりして動かない葉介を受け取る。葉介のことをお姫様だっこできるぐらいにナルドは大きくなっていた。


 そうだ、ここから逃げなくちゃいけないんだ。少なくとも、葉介だけでも逃がさなくちゃ。

「すみません、花奈ちゃん。見捨てることになって」

「そんなの良いから早く行って!! ジュノ呼んできて!!」

 私が叫ぶのと同時ぐらいに、ナルドは羽ばたきを始めた。しかし、なかなか飛び立てない。そもそもナルドは変身に体力を使っちゃったらしく、既にヘロヘロだ。

 更に言うと、ナルドの羽根は、普通の翼竜と比べてどう見ても小さかった。

 私は翼竜が実際に飛んでるところを見たことがないから、どのくらい立派な翼があれば飛べるのか知らないけど、はっきり言って今のナルドじゃあ自分一人ででも飛べるのか怪しい。葉介もまだ寝てるまんまだから抱えていてあげなきゃいけない。

 私は羽ばたくナルドのお腹の下にもぐりこんで、しょいこむみたいな格好でナルドを押した。早く飛び立てるようにだ。

「ナルド……はやくうううううっ」

「もう少しです……もう少し」

 ナルドも懸命に羽ばたいては地面を蹴るけど、ほんの少し体が浮くだけで、すぐに私の背中に重みが戻ってくる。多分葉介を抱えてるせいで、飛び立ちやすい体勢がとれないんだろう。私は半泣きで叫んだ。

「いやっ 来る! あいつらがこっちに来るぅううっ」

「翼竜は風を受けて飛ぶ生き物です。風さえ吹けば……」

 ナルドは悔しそうにつぶやいた。私は音高く舌打ちした。ガンガンに頭に血が上ってるのを、自分でも感じる。

 風。風が吹かなきゃ、ナルドが飛べない。じゃあ、吹かせなくちゃ。

 お湯も沸かせない駄目魔法使いだけど、今はやるしかない。



 風は何で出来てる? 大気の流れ。

 大気の流れはどうやって出来る? 気圧の差で。

 気圧の差はどうやって作る?



「………ナルド……息、止めててっ」

 空気は、窒素と、酸素と、二酸化炭素で出来ている。それを全部、周りから追い出す。

「…………」

 ほんとはもっと簡単で効果的な、いい方法があるんだろう。でも今の私の脳味噌じゃ、これが限界だ。


 息が苦しい。耳も痛いし目もなんだか痛い。なんで目も痛いんだろう。お腹から何かがせり上がってくるみたいな感じもするし、さんざんだ。

 軽く意識が飛びかかるくらい空気が薄くなってきたところで、これ以上集中が保てないと感じ取った私は背中のナルドに言った。


「………もうだめ、いくよナルド……いち、にの…さんっ……!」

 私はようやく魔法を解いた。周囲の気圧を下げるために作ってた、気持ちの壁を解いたのだ。

 すると待ってましたとばかりに、周りから大気が流れ込む。

 つまり、風が吹く。私の髪が吹き乱され、ナルドの翼膜が風を受ける。私たちが隠れてたテントの林の奥から、びゅうっと風が吹き込んでくる。


 実際、吹いたのは私が期待してたような突風じゃなかった。扇風機で言うと風量:中くらい。あんなに頑張ったのに、自分が情けなくなるしょぼさだ。次からはサボらないでもうちょっと魔法の勉強を頑張ろう、と私は心に誓った。次があればだけど。

 とにかく私は背中でおもいっきりナルドのお腹を押し上げる。

「ナルド……行って…っ」

 ナルドもつらいはずなのに、両の華奢な翼を懸命に動かす。

 そしたら、ふっと背中から重みが消えた。重みが戻ってくることもない。馬跳びの馬みたいな体勢になったままの私の視界で、ナルドの両足が離れているのが見える。

 私はとっさに叫んだ。

「ナルド、踏んでっ」

「!」

 ナルドの足がぎゅっと私の背中で踏み切った。

 我々の業界ではご褒美です…とか言ってる場合じゃないけど、とにかくナルドの足で突き飛ばされて私は何歩かたたらを踏んだ。しかしそれと同時に、ばさっと大きな羽ばたきの音が聞こえる。

 さすがに人間一人+竜一匹分の重さはハンパない。踵とつま先の蹴爪も背中に容赦なく食い込む。

 衝撃に耐えかねて思わず地面にへたりこんだけど、私はすぐに後ろを振り返った。

 とうとうナルドの体が宙に舞っている。竜と化したナルドは、滑るような動きで前進と後退を繰り返し、更には左右に揺れながら空高く舞い上がっていく。

「よっしゃああっ」

 私は力強くガッツポーズをとった。

 いったいどの魔具が助けてくれたのかは分かんないけど、とにかく魔法が成功したのは初めてだ。ライト兄弟が初めて飛行機を飛ばしたときもこんな気持ちだったんだろう。そう思うくらいの、くせになりそうな達成感がある。


 酸欠できーんと耳鳴りがするのと、電磁気力魔法の副作用か、体が感電したみたいにビリビリしびれるせいで、ナルドたちが見えなくなった後も私はその場にへたりこんだままなかなか動けない。


 しかし良かった……これで、これから先の人生で『私たち三つ子なんですけどそのうち一人は戦争で死んでるんです』ってわけわかんない自己紹介をしなくてもすむ。

 ……と、思ったところではたと気づく。

「………そういえば、やばっ」

 そういえば自分のこともちゃんと一人でどうにかしなくちゃいけないんだった。翼竜が人を乗せて今まさに飛び立ったのは、駐屯地のどこからでも見えただろう。すぐに逃げなくちゃいけない。でないと、自己紹介する機会が消えた上、葉介たちに『俺たち三つ子なんですけどそのうち一人は戦争で死んでるんです』って言わせることになる。

「………」

 つまり、事態はあんまり好転してないのだった。




 カイジ……1996年から講談社のヤングマガジンで連載されている、福本伸行氏の漫画作品です。カイジに限らず、福本氏の作品はアゴと鼻筋の尖ったデフォルメの強い画風で有名です。

 肩胛骨は翼のなごり……日本では2000年に出版されたデイビット・アーモンド氏の児童文学のタイトルです。



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