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The 4th Attack!! 1

 あの後、クラージュは普通に私と葉介とナルドの無聊を慰めてくれた。PSPもDSもiPodも使えなくて不機嫌な私に、なかなか分かりやすく魔法の勉強を教えてくれたし、私の集中力がいよいよ切れてきたと見るや一番奥のテントの床にボードゲームを広げてくれた。

 その上クラージュは昼食を食べ終わるなりひどい睡魔に襲われだした私たちがゲームを投げても文句一つ言わずにお昼寝させてくれる懐の深ささえ見せた。すごい、寛容さが菩薩級の人だ。


 ……つきあってもらっといて、悪いとは思ったんだけどね! この一週間で、お昼ご飯の後はお昼寝、っていうリズムが出来ちゃってるからね!

 私たちが駒を進める時、『葉介、そこで良いんですか?』とか『花奈さん、そこにその駒は置けません』とか、あげくには『ナルド、ルールを分かっていますか?』って何度も確認してたから、私たちの戦略的頭脳がまるで役に立ってないことは分かってたんだろう。クラージュは私たちがここから動くのもおっくうなのを察して、さっさとそれぞれテントから布団を持ってきてくれた。寛容さがオカン級の人だ。


 クラージュは、まるで水揚げされたマグロのようにごろんごろん転がる私たちに布団をかけてくれながら言った。

「少し、お眠りなさい。僕は少しやることがありますから。葉介、君の机を借りますよ」

「……おー」

 葉介も、私とナルドが食べきれなかった分のサンドイッチも引き受けて満腹なせいで、めちゃくちゃ眠そうだ。

「じゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい、三人とも」


 私たちはクラージュがテントを出ていくのも見送ることなく、葉介を真ん中に川の字になってぐっすり寝た。




 ところで、とっさの時に大声を出すのには、日頃の練習が必要だってよく言う。特に怖い思いをしてる時に大きな声を出すのって、案外うまくいかないものなんだとか。

 私はおとなしい性格じゃないし、日頃から葉介たちと騒ぎあってて大声もまあまあ出してる方だから、練習なんかいらないよって思ってたけど、やっぱり、練習って必要だった。心からそう思う。


 そのとき私は何かの拍子で目が覚めた。まだ体は寝足りないって言ってたけど、カンが働いたとしか言いようがない。

 私がなんとなくぼーっとテントの壁を眺めていると、唐突にそこから銀色のとがったものがつきだしてきたのだ。

「………!?」

 夢でも見てるのかと思ったら、銀色のとがったものはじょりじょりっ、と小さいけれどまがまがしい音と共にテントの壁を切り裂き始めた。


 よくわかんないけど、なんかやばそうだ。


 私は慌てて起きあがったけど、寝起き間もないせいで全然動けない。私はふらふらしながら隣で寝てる葉介を呼んだ。

「よ、葉介……ねえ、葉介っ」


 自分ではあらん限りに声を張り上げたつもりだったけど、お腹にも喉にも力が入ってない。駄目だ、こんなへろへろな声じゃ、隣のテントにすら声が届かないだろう。どうしても声が出ないので、私はまだ起きる気配がない葉介を思い切り揺らした。そりゃあもう、むち打ちか脳震盪でも起こしかねないくらい。

「葉介、葉介っ」

 しかし私の手は、うなり声をあげるばっかりの葉介を起こしきれる前に弾き飛ばされた。葉介の手じゃない、もっと細くて柔らかい手だ。具体的に言うと、ナルドの手。


 ナルドは今まで寝ていたとは思えないほど目をぱっちり開けて、横たわる葉介におおいかぶさってかばうような格好をとっていたけど、はらいのけたのが私の手だったと気づくや否や、ぱっと顔を赤らめた。

「あっ、花奈ちゃんでしたか。すみません、寝ぼけてしまいました」

 ナルドってすごい。熟睡してても葉介に何かあれば跳び起きるなんて。超能力でも働いてるとしか思えない。

 気まずそうにしているナルドの可憐な仕草はさておき、私はおもいっきりテントの穴を指さした。刃は順調に穴を広げていて、今はもう三十センチくらいになっている。

 ナルドはそれを見てとるや、寝ぼけてたとは思えない、猫のような素早い動きで穴の方へ向き直り、ぐっすり寝たままの葉介の盾になる。


 じわじわと広がり続ける壁の穴がなんだか怖くて、とりあえず私は今までかけてた布団で、穴をとりあえずふたした。

 ………なんの解決にもなってない。私はひそひそナルドに言った。

「ねえナルド、どうしよう!? ていうか、なんで起きないんだろ、葉介!?」

 まるで睡眠薬でも盛られたみたいだ。いや、実際盛られてたのかもしれない。さっきのお昼ご飯に睡眠薬が入ってたとしたら、私たちが食べきれなかった分まで平らげてた葉介が目を覚ませないのも無理はない。

「花奈ちゃん、クラージュ様のところへ」

 ナルドは言うが早いか、全然目を開けない葉介をさっと背中にかつぎ上げた。葉介のおなかの下に首を滑り込ませて……時代劇で、鰯売りがかついでる天秤棒みたいな支え方だ。ナルドみたいな細い肩じゃ、葉介の体、途中でずり落ちてきそうだけど大丈夫だろうか。


 なにはともあれ私も慌ててナルドを先導する。先導って言っても狭いテントの中でのことだから、単にナルドの前に立ってテントの幕を跳ね上げただけだけど。

 テントの向こうに誰がいるのかわからないっていうのはものすごく怖かったけど、葉介が目を覚まさないんじゃ仕方ない。お姉ちゃんには弟を守る義務がある。


 天幕の向こう……つまり葉介のテントには、誰もいなかった。寝る前のぼーっとした頭で聞いた情報が正しければ、確かここでクラージュが何かしていたはずだ。葉介の机の上に散らばっている、書類をちらっと見てみると、『シュツルク』『特産品』『減少』とかの単語が目に入る。仕事してたんだな。ということは、クラージュは眠ってなかったらしい。


 クラージュが無事でいてくれることを祈りながらもう一度、今度は外へつながる幕を跳ね上げ……私は唖然とした。


 私たちのテントの前に、クラージュは立ちはだかっていた。その周りには、見慣れない鎧を身につけた人たち。

 ほとんどの人は地面にぶっ倒れていたけど、その倒れざまがまたひどい。

 落ちてる石に頬ずりしながら引き笑いしてる人、おしっこもらして泣いてる人、白目を剥いて泡を吹いてるくらいの人ならまだ全然かわいいほうで、中には、焦げた臭いをさせながら痙攣してる人、全身からもうもうと湯気をあげながらぴくりともしない人たちすらいる。


 ………いや、ちょっと、これは、ちょっと、なんていうか、さすがに…………………まあいい、スルーしよう。いざというときのスルースキルが私の取り柄だ。


 クラージュはちらっとこちらを振り返って、少し笑った。足下に転がってる人たちには見向きもしない。


「花奈さん。起きてくださったんですね」

「うん……起きちゃった」

 理由なく目が覚めたんだと思っていたけど、実際はこの人たちの悲鳴が聞こえて目が覚めたのかもしれなかった。まあぶっちゃけ、寝てた方が幸福だったのかもしれないけど………これからは、あんまりクラージュに楯突くのやめにしとこう。


 クラージュはさっきちらっと振り返った時、ナルドが葉介を担いでいるのも見つけていたらしい。

「花奈さん、ひとまず『へーちょ』のところに逃げてください」

「! わかった!」


 当然のことだけど、クラージュはいつも、へーちょのことをへーちょって呼ばない。ちゃんと主計兵長って呼ぶ。でもこの人たちは、へーちょが一体何を指すのか知らない。人のあだ名であることすらたぶん分かんないだろう。与える情報は、少なければ少ないほど良い。


 私はナルドの服の裾をつかんで引きずりながら走り出した。そうしながら、絶対に振り返らないと決めた。真後ろでクラージュが短く何かつぶやいているのと、多分私たちを追っかけてテントから出てきた人の、聞くに耐えない絶叫が聞こえちゃったからだ。



 菩薩級・オカン級……2008年、アトラスから発売されたPS2のソフト『ペルソナ4』で、主人公に割り振られる能力値のランクの名前です。主人公には勇気、根気、伝達力などのステータスがあり、そのうち寛容さには『ランク4 菩薩級』『ランク5 オカン級』などのランク名があてられています。


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