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The 3rd Attack!! 10

 その日、結局クラージュとジュノ、そしてベルは夜遅くまで帰らなかった。つまり、いかにおバカ状態の屍人兵といえど、その大半を『使いものにならない』状態にするにはそれだけの時間を要したってわけだ。その数、ベルに聞いたところによれば(ベルが正確にものを数えることができるなら)およそ一万。

 正規の兵隊も足したら、概算でも一万二千対六千……これで勝てって言われたら、私だったら泣いてるかもしれない。しかしジュノたちはやり遂げた。……らしい。私は実際の戦況をまるで知らない。葉介もきっとそうだろう。

 

 ジュノの怪我、ひどくないと良いんだけど。私はあの日以来、ジュノに会っていない。



 あれから一週間。あの屍人兵との戦闘以降、一週間かけてこの黒曜軍の兵員は大幅に補充された。私がこっちに来てすぐの頃は三千、あの惨敗の直前には六千、現在は更に三千増やして、九千人。増強が済んだらサングリアの残党をまるごと一掃することに決まってるらしい。

 気心の知れてない人が増えて危ないし、そもそもスパイもまだ見つかってない。ってことで私と葉介とナルドの謹慎処分は解かれないままだ。この一週間というもの、ずーーーっと、私たちはテントの中に缶詰である。


 缶詰はどうしようもないけどすし詰めにされるのだけはまっぴらだと試しに言ったら、クラージュの号令一下、テントが更にもう一つ建て増しされた。

 私たちのテントは、ナルド、葉介、そして私と三つ仲良く並んでいるのだけど、真ん中に位置する葉介のテントの真裏に新しいテントは建てられている。つまり、T字型を成している。更に四つのテントは接続され、外に出ることなしに互いのテントを行き来出来るようにも改良された。わあ便利。外に出られたらもっと便利なのに。矛盾である。


 そういうわけなので、四つ目のテントはもっぱらベルと私と葉介とが、合気道をやったり剣道やったり、組み手をやったりする運動室として使った。

 最初は、葉介とナルドの部屋から荷物を移してここを倉庫にでもしようかと思ったんだけど、やっぱり外出が禁じられている以上、バタバタ暴れられるスペースが無いとしんどいってことで、謹慎が解けるまではこの部屋には何もおかないことに決まったのだ。

 そういう風に運動できる工夫をしないと、ほんっとうに辛かった。いや、工夫しても辛い。運動不足で足はむくむわ何時間眠ってもねむたいままだわ、本当につらい。いたれりつくせりの監禁生活だけど、つらい。



「もう我慢できないぞーー!!」

「そこを何とか、我慢してください」

 八日目の朝、とうとうキレた私が会うなり詰め寄ると、クラージュはにっこり笑った。

「花奈さんたちの身の安全のためですよ」

 しかし私はクラージュをうろんな目で見つめた。一見私たちを気遣ってるような台詞だけど、クラージュはこの前見たのと同じ、きんきらきんの魔具をたっぷり身につけていた。つまりクラージュはまた戦争やる気満々で、私たちを置き去りにする気も満々で、すなわち抜け駆けする気満々ってことだ。


「俺たちも出て良いんだろ?」

 怒りにふるえる私のすぐ隣で、葉介が首を傾げる。

「その格好からするにお前らもう出陣するんだろ? 『スパイがいる駐屯地に俺たちだけで残せない』って理屈で、前回俺が出てったんだろうが」

 そうだそうだ。正直もうここに閉じこめられ続けるのは私のメンタリティ的に限界だ。じっとりした私たち姉弟の視線がクラージュに突き刺さる。

「そこはジュノとも意見の分かれたところで」

 私たちの二人の表情がすっごく似てたからか、面白そうな顔をしたあと、クラージュはため息をついた。ちょっと芝居がかった感じだ。

「ジュノは最初、お二人を連れていくと決めていたようでした。ナルドと僕、更にジュノ自身が、葉介と花奈さんのお二人の護衛に当たると言って聞かなくて。

 しかしジュノの怪我は重篤です。本来なら動けるような状態ではありません。彼が今立って歩いていることも驚嘆に値することなのに、人の護衛など出来ようはずもない。むしろ彼自身が護衛を必要としている立場なのです」

「うーん」

 私は曖昧な相づちを打った。そういうことなら、仕方ないかもしれない。なにしろジュノのお荷物になったら、この世界から放り出されるかもしれないからだ。

「俺の外出が禁止のままってことは、ジュノの護衛はベルで決まったんだな?」

「ええ。ミュゼをベルのそばにつけておけば、二人で問題なくジュノの護衛を果たすでしょう」

 ミュゼは頭はそこそこらしいけど腕っ節が足りない。ベルはめちゃくちゃ強いらしいけど致命的におつむが足りない。でもこの二人をくっつけとけばまあまあ一人前に働く、との読みだろう。割れ鍋に綴じ蓋とはこのことだ。ちなみにベルが割れ鍋で、ミュゼが綴じ蓋。


 しかしいまいち腑に落ちてない私の顔を見て、クラージュは私と葉介に微笑みかけ、さらに続ける。

「とはいえ、花奈さんのお気持ちも十分理解しているつもりです。そこで、僕とナルドが葉介と花奈さんの護衛を務めます。僕がお話相手を務め、花奈さんの無聊をひとときお慰めすれば、少しは埋め合わせになるでしょうか」

 ……………。

 私は唖然とした。一瞬なにを言われてるのか分かんなかったからだ。……まあいいスルーしよう。

「花奈は無聊が分かんないんだろ? 暇つぶしにつきあうって言ってるんだよ」

 しかし私のぼんやりした表情をめざとく見つけると、葉介はさらっと解説してくれた。そうか、暇つぶしか。なら最初からそう言えばいいのに。

 葉介はまだ怪訝そうな顔のまま、話を戻す。

「で、いいのかよそれで。お前一応ここの副司令だろ? 護衛なんてつまんねー仕事で」

 するとクラージュは物憂げに答えて言った。

「副司令って呼ぶの、やめてくださいね。ミュゼの影響ですか? ……まあ、あまりよくありませんが。ジュノを手薄にするか、葉介たちを手薄にするかの二者択一よりはマシです。僕は魔導兵ですから、魔具に力をこめ終わった今は暇なんです。そういうわけですので、なんら問題はありません。花奈さんと葉介には悪いと思いますけれど」

「……」


 ……理屈はわかったような気がする。でも、なんだかちょっと変な感じだ。頭のどこかがもやっとする。どうしてだろう。運動不足がとうとう脳味噌にまで影響を及ぼしているんだろうか。

 私は知らず知らずのうちに唇をとがらせていたらしい。私の顔を見つめてクラージュはくすっと笑った。

「とはいえ確かにここが手薄になることも事実です。そこで、花奈さんにも万一に備えて武装していただきます。どうぞ、これを」

 言いながら彼が差し出したのは、お盆に乗せられたアクセサリーの山だ。私は、今一瞬機嫌が悪かったのも忘れて、そのお盆の中身に見入った。

 クラージュが身につけているのと同じような、金属製のアクセサリー。アクセサリーというかまあ、魔具だろう。お湯を沸かすのすらいまいちうまく行かない私が魔法を使うなら、魔具の助けを借りるしかない。

 しかしクラージュが使っている魔具と比べて、私に渡されたのはもっとかわいらしいデザインだった。ただの金の板だったりコインだったりじゃなくて、ところどころにルビーがあしらわれている。花みたいな形の変わったカッティングのルビーのおかげで、クラージュがつけてるののようなエジプトの副葬品っぽい重々しさはほとんど無い。


「おおー」

 こういうのだったらつけてても恥ずかしくないし、何かあっても対抗出来るだろう。

 私はクラージュからお礼を言ってそれらを受け取り、鏡の前に行った。この耳につけるらしい魔具、ピアスじゃなくてイヤリングだ。私の耳にピアスホールが空いていないのに、クラージュは気づいていたらしい。まったく、軽く引くくらいの観察眼だ。


 ナルドは、私が魔具を装備しやすいようにそばにいてお盆を持っていてくれていた。指輪、イヤリング、てんとう虫のブローチ、腕輪にベルト、髪飾り、つけぼくろみたいな謎シールまで、お盆の中身を端からどんどんつけていく私の姿を鏡越しに眺めながら、葉介は聞いた。

「クラージュのと比べてルビーが多くないか?」

「いーじゃんいーじゃん。葉介とおそろだよ」

 三つ子なだけあって葉介も、私と同じところに気がいったらしい。私は機嫌よく返事した。あの文鎮みたいに原石をぽんと渡されても困るけど、ちゃんと使えるルビーならいくらでも歓迎だ。宝石が嫌いな女子なんていません!

「…………」

 鏡越しに見える葉介の眉間には、うっすら皺が寄っている。

 なんで機嫌悪いの、と聞こうと口を開けた瞬間、クラージュはかぶせるように声を張り上げた。

「…花奈さん、仕上げです」

 クラージュは私の背中に歩み寄り、自分の首からチョーカーを一つとって、私の首に巻き付ける。クラージュがいつもつけているやつで、ルビーの目のうさぎが、体を大きくのばして走っているかわいらしい金のチョーカーだ。

「とてもよくお似合いですよ」

 チョーカーの留め金をうなじのところで止めてくれながら、鏡越しにクラージュが微笑む。私もへらっと笑い返したら、クラージュは一体何を思ったのか、私の髪の先に自分の唇を触れさせる。……いやいや、おいおい。

「………………」

「おいこら!!」

 あまりのことに私がぽかーんとしてる間に、葉介がなんとなく険しいどころじゃない、ものすごくいやな顔になってクラージュに抗議してくれた。クラージュはにやっと笑った。……いい性格してやがるとはこのことだ。

「ほんの冗談じゃありませんか。……花奈さん、魔具はいかがでしょう?」

 クラージュはあからさまに話題を変えてくる。あんまりこの話を引っ張るのはいやだったので、私もそれに乗っかった。私は正直な感想を口にする。

「全部つけるとちょっと重い」

 めっきじゃない、全部本物で出来てるから当たり前だけど、重い。とくにイヤリングだ。これ、ずっとつけてると耳たぶが伸びるかもしれない。

「……魔具としての相性はどうなの? って話だろ?」

 まだむっとした顔の葉介も乗ってくる。でも、どれがどういう魔具なのかすら聞いてないのに相性もくそもない。

 軽い言い合いになりかける前に、クラージュが口を挟んだ。

「いえ、デザインがお気に召したかどうかをお聞きしたかったんです」

「……」

 二人ともかすってもいなかった。クラージュは一番気になっていたイヤリングをそっと外してくれる。クラージュの指は妙に冷たくて、触られるとくすぐったい。

 外したイヤリングを私の手に握らせると、クラージュはそっと私から離れた。葉介の冷たい視線をいい加減無視しきれなくなったんだろう。

「魔具の重みが負担になるようであれば、状況に合わせて数を減らしてくださってかまいませんが、その兎のチョーカーだけは絶対に外さないでくださいね。それは、刃返しの力を持つ魔具です。鉄製品をほぼ跳ね返します」

「おおすごい」

 ここが地球ならほぼ無敵の性能だ。しかしクラージュはこう付け加える。

「それをつけている間は、PSPやDSを近づけない方が良いですよ。冷蔵庫程度なら大丈夫でしょうが、精密機械ですとどんな故障が起こるかわかりません」

「……丁寧にどうもありがとう」

 多分いの一番にはずしたくなるのがこの兎のチョーカーだろうな、と私は思った。

 しかし私の考えは読み読みだったらしく、クラージュは私の手をとってイヤリングごと握りこみ、熱っぽく言う。

「花奈さん。これからしばらく、このチョーカーだけは外さないとお約束くださいますね。きっと……そうですね、葉介の名にかけてでも」

「………」

「なんで俺の名前を勝手に使うんだよ」

 げっ、と思ったのは葉介も同じだったらしい。さっきからずーっと渋い顔のまま元に戻れない葉介が抗議する。でも、クラージュは撤回しなかった。それどころか、どこからともなく似たような銅色のチョーカーを出してきて葉介に見せる。

「葉介。君も同じものをつけるんですよ。兎は気の毒だと思ったから、蛙にしましたけど」

 クラージュの手の中の蛙は、良く言うととても精巧に作られた、手の込んだものだった。ルビーは入ってないけど、水掻き一つ一つ、両の目玉からむっちりした後ろ足まで几帳面に彫刻されている。つまり、ちょっとグロかった。

「……俺、パス」

 葉介もそう思ったんだろう。葉介はなんだか、笑おうか笑うまいか悩んでいるって感じの、何ともいえない表情でクラージュの手を押し返す。しかし、クラージュはひるまない。もう一つ似たようなのを出してきて葉介に見せる。真っ赤なルビーをたっぷり使った、こぼれるような花のチョーカーだ。

「仕方ありませんね。じゃあ鳳仙花を差し上げます」

「…………蛙にする」

 葉介はとうとう屈服してうなだれる。私はちょっと笑った。葉介だって危ないのだ。私だけ刃返しのチョーカーを使ったってまるで意味がない。





 今思えばこのとき、クラージュは色々おかしかった。今更悔やんでも遅いけど、まだ他に何か出来ることがあったんじゃないのかなって、思わずにはいられないのだ。




ハンパですが、切ります

ちょっとのんびりしすぎました 全セクション10章ずつでキリよく終わるのが目標だったんですが




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