The 3rd Attack!! 9
「どうしたんだろう……様子がおかしいよね?」
ざわざわしているのは、第二、第一エリアの方だけだ。まるで、またすぐ出かけるみたいに。
私はこっそりテントから顔を出す。やっぱり、この第三エリアにはいつになく人気が少ない。
「どうなってんのかな、外……」
「見てきますね」
アジュは軽く請け負って、私の頭越しにひょっこりテントの外をのぞき込む。
「あ! だめ、アジュストップ!!」
横をすり抜けて行こうとしたアジュを、私はとっさに肘うちして止めた。運悪く鳩尾にヒットしちゃったらしいアジュはくふ、と吸い損ねたらしい息を吐き出しながらしばらくそのまま動かない。
「…………こういう時は意地でも痛いって言いたくないもんですよね」
「しっ! 誰か来た!!」
別に声を潜ませる必要は、よく考えたら無かったけど、このときはなんとなく、そうしなくちゃいけない気がした。
遠くの方から騎馬がやってくるのが見えてくる。鞍にはしゃんと胸を張り、すっくと背をのばしたかっこうの騎手の姿も見える。
ゴルベーザみたいな鎧をつけた男の人だ。よく分かんないけど、偉そうだから多分ジュノだろう。周りを騎馬隊に囲まれ、ゆったりとこちらへ進んでくるように見える。騎馬隊の一人には、葉介も混じっている。
しばらくテントから顔を出してそれを眺めていたけど、ふと私はあることに気づいた。
「………!!」
私はスニーカーを履くのももどかしく、かかとを踏んづけて馬へ駆け寄っていく。
「…!? 花奈さん! 待って! 外に出ては…」
あわててアジュも後を追ってくる気配がある。私は待たなかった。
靴がすっぽ抜けそうになりながらも騎馬の群れへ全速力で走る。あれは、あの鎧の男の人は、ジュノだ。なにか様子がおかしい。
「ジュノ!!」
私は馬の間をすり抜けるようにして駆け寄っていく。周りを取り囲んでいたのは葉介たちだ。ナルドやミュゼ、ベルがいる。皆の表情は一様に固い。ナルドだけはいつも通りだったけど。ジュノは軽く俯きがちにしていて、私が走り寄りながら名前を呼んだとき、ようやく私がいることに気づいたようだった。
「………お前の謹慎はまだ解いていないぞ」
馬を並足で進ませ続けるジュノは吐息混じりに私を叱責した。しかし、いつものラスボスオーラはまるでない。相当疲労が蓄積しているみたいだ。
「ジュノ……!!」
私はジュノの名前を呼んだきり、絶句した。
ジュノの鎧の腹部は大きく抉れ、下の胴衣は血でどろどろだった。どう考えても返り血じゃない。ジュノの血だ。ジュノの顔は青ざめて、今にもぶっ倒れそうに見える。
「へ、へーちょ………!! へーちょ呼ばなきゃ! ちょっと…」
アジュに、『ちょっとへーちょとお医者さん呼んできて!』って頼もうと私は振り返ったけど、アジュはもういない。代わりに既にもう衛生兵をたくさんつれたへーちょと、黒い髪を刈り込んでいる知らない誰かが…多分軍医さんだろうけど、険しい顔をして駆けてくるのが見える。
「……大袈裟な」
ジュノもそれに気づいたらしい。彼は軽く舌打ちして、また視線を前に戻す。そんな、ツバつけとけば治るレベルの傷じゃ絶対ないのに。
「鎧を交換しに戻っただけだ。すぐにまた発つ。ベル、供を」
「わかった」
馬にまたがったままのベルがそれぞれ返事する。何のためらいもない、きっぱりといさぎよい言葉だ。
「駄目だよ! こんなひどい怪我してるのに! 一体なにがあったの!?」
私は悲鳴を上げたけど、誰も教えてくれなかった。ベルはいつものぼんやりした眼のまま、刃こぼれした剣や折れたナイフなんかを無造作にぼろぼろ落として捨てている。後を追っかけてる主計兵たちが道々、ヘンゼルとグレーテルが落としたパンみたいになってるそれを拾っては、新しい剣とナイフをベルに渡してあげていた。ベルの真っ赤に濡れた手に水をかけて、汚れを流している人もいる。
ジュノが自分の寝泊まりに使っているテント……つまり、第三エリアの方のジュノのテントが近づいてきた頃になると、馬が二頭、厩舎から引き出されてくるのも見えた。ミュゼはその姿を確認すると自分一人だけ馬の首にもたれかかって動かなくなる。ほんの少しでも身体を休めようとしているみたいだった。ミュゼたちが乗ってきた馬はみんな例外なく泡を吹いていて、全身にぬるぬるする汗をかいている。ミュゼも馬も、どう見てももう限界って姿だ。
心配な人たちが多すぎて、誰を重点的に心配したらいいのか分からない。ベルやミュゼやジュノの周りをおろおろぐるぐる回ってる以外にできることがない私の様子を見かねたのか、とうとうジュノは吐息混じりにこう言った。
「サングリアの軍を押し戻さねばならない」
「………!?」
教えてくれたは良いけど、まるで状況が分からない。押し戻すってことは、負けたってことだろうか。こっちまで来るんだろうか。
言葉っ足らずのジュノの代わりに、ミュゼがほんの少しだけ頭をあげて私に教えてくれた。ミュゼに怪我はなさそうだ。ただ、気の毒なくらい疲れている。
「今……副司令が一人で残って止めてるから。ここまで来ることはないよ。でも俺たちも……行かないと」
「一人っ!?」
なんかよく分かんないけど一人でなんかやってるってすごいな!! で、副司令って誰だっけ。
私が首を傾げてる間にジュノは自分のテントに入っていってしまって、姿は見えなくなる。へーちょと軍医さんもその後を追ったけど、私には入室許可が出ない。私が追っかけようとする前に、軍医さんがぴしゃっとテントの出入り口を閉じてしまう。
「ちょっとジュノ、入れてよ! 大丈夫なの? 何があったのか教えてよ!!」
「即刻この血を止めろ。手段は問わん」
ジュノは私のことを完全に無視することに決めたみたいだった。テントの中にいる人と何か話しているのは、多少くぐもっているものの聞こえてくる。
「馬鹿言うな。血はドロドロ、肋骨ガタガタ、内蔵のお寝相もひどすぎる。こっちに刺さってるカケラは鎧だろ? 俺は大工じゃないぜ」
「ならば即刻大工を呼べ」
「待て待て待てよ、やらんとは言ってねーだろ。相変わらず冗談通じねーなー。…おい、ペンチよこせペンチ」
「何それギャグで言ってるの!? そんなひどい怪我なの!?」
最後の悲鳴は私のだ。大工にペンチって、なんかもういろいろひどすぎる。
「ちょっとここ開けて良い!? 開けるよ!?」
私は完全に蚊帳の外だ。というかテントの外だ。私はとうとう焦れて天幕に手をかけたけど、知らない人の声が、ジュノの代わりに返事した。
「ジュノは今治療中だって分かるだろ? 覗くつもりか、この痴女が」
………。私は一瞬、状況も忘れてむっとした。幕からは一応手を離し、テントの外から食ってかかろうとした私の肩を誰かが引っぱる。
「おい、やめろよ花奈」
とっさに振り払おうと思ったけど、やめた。引っぱったのが馬に乗ったままの葉介だったからだ。葉介はジュノよりは軽そうだけど、やっぱり頑丈そうな鎧をつけている。
私は葉介の身体を上から下まで視線でなで回すようにして確認した。血の跡はない。あばらも内臓も骨盤も正位置だ。
「葉介!! 葉介は無事なのね!」
「俺はね」
葉介の返事は短い。葉介はひらっと馬から下りると、まずナルドが同じように下馬するのに手を貸してあげ、続いてミュゼを馬から引きずりおろす。ミュゼは着地も失敗して、地面にたたきつけられた鎧ががしゃがしゃと耳障りな音を立てた。
ベルは馬首を返して厩舎のほうへ向けた後、馬を新しいものに乗り換える。そして冷たくも聞こえる口調でミュゼを見下ろし、こう言った。
「花奈、おれたちのことはもういい。葉介についててやって。ミュゼ、お前はのこれ。もうお前はたたかえない」
「……………」
ミュゼは悔しそうに唇をかんだけど、すぐにふっと息を吐き出した。
「悪い。もう奥歯に力が入らない」
「わかってる」
ベルはうなずく。そして、いつも通りの無造作な様子で呟いた。
「……それじゃあ、準備するから」
たったそれだけ言うとベルは馬を駆け出させた。行く先はよく分からない。第一エリアのほうらしいけど。
思わずベルの後ろを追いかけそうになった私を、さっきと同じように葉介が引き留める。
「花奈。あんまり動き回らない方が良い。お前も俺も、謹慎ってことになってるんだから」
大工でペンチでミュゼがひんし状態なのに! 謹慎なんて言ってる場合じゃないのに! 私は葉介の手を振り払って、腰に手を当てる。
「もうっ、説明してくんなきゃ何っっにも分かんないじゃん!! 一体何があったの!?」
「……」
葉介は一瞬私の顔色をうかがうような表情を見せた後、すぐにむっつりと口を引き結んだ。こういう顔をした葉介は、てこでも動かない。
「……死体だ」
葉介の代わりに返事をしてくれたのは、息も絶え絶えにぐったりしているミュゼだ。
「死体?」
「あいつら、死人の軍でシュツルクを埋め尽くした」
建前上の謹慎だろうとなんだろうと、謹慎は謹慎だ。葉介のことを守ってくれるベルもジュノもクラージュも手が放せないし、ミュゼも戦力外なものだから、私たちは早々にテントに引きこもった。引きこもり先は荷物の少ない私のテントだ。私と葉介とナルド、それにミュゼの四人が入っても窮屈じゃないテントは私のところしかない。
葉介のテントから持ってきた冷えたレモン水を、私は全員に配った後、私はずばっと聞いた。
「で、そういうのこの世界的にはアリなわけ? ゾンビとか死人軍とか、黄泉返りとか」
葉介は机の上に腰掛けていて、ナルドはそばにお行儀よく膝をそろえて座っている。ミュゼは私のベッドを占領している。私以外の全員、武装は解いていない。そのせいか密室にいるとちょっと……いやかなり汗臭い。特にミュゼはベッドを使うなら鎧だけでも脱いでほしいけど。私はミュゼをじろっと睨みながら、ベッドの隅に腰掛けた。
「花奈ちゃんがお聞きになりたいのは、死者が甦るのか、ということでしょうか?」
ナルドはちらちらと葉介を見上げながら、まるで本でも読み上げるように答えた。
「いわゆる『まかるかえし』の術は有史以来盛んに研究されていますが、どの理論、どの説もすぐに反証されてしまいます。実用化なんて、とても」
「まかるかえし……」
まかるかえし。どっかで聞いたんだけど、よく思い出せない。あー、なんだったかな。時代物のゲームだった気がするんだけど。もやもやする。後で誰かに聞かなくちゃ。
話の腰を折っちゃいけないから、私はとりあえず適当にうんうんとうなずいていたけど、私の知ったかぶりに気づいたらしい葉介がすっと口を挟んだ。
「死反と書いてまかるかえし。つまり死者はよみがえらない。そうだな、ナルド?」
「その通りです、葉介」
ナルドはほほえんだ。この場に全く似つかわしくない笑顔だ。
「しかし死反に似た魔術は禁術扱いされてはいるものの、多く開発されています。
たとえば人一人を生き返ったように見せかけることを目的とするなら、電磁気力魔法の領域です。人体は突き詰めれば、電気信号の連鎖で動くものですから。死後まもない身体に丁寧に魔法を重ねがけし続ければ、あたかも生きているかのように動かすことは可能です。巧妙な術士の手にかかれば、故人をよく知る人が行うチューリングテストをも突破するでしょう。そのような繊細な点に関しては、電磁気力魔法は重力魔法からは一歩も二歩も進んでいます。
しかしあのような『人の群』を動かすときに限定すれば、電磁気力魔法は重力魔法の足下にも及びません。重力魔法とは、ものごとの関係性や根本的構造、システムを支配する魔法です。死体ひとつひとつに個別に指令を出すよりも、一塊の軍団として動かすことを何よりも得手としています。死体を兵士とするならば、サングリアほど長けた国は他にありません」
「そうか、重力魔法……それであんな、画一的なキモい動きをしてたんだな」
ミュゼがなるほど、とつぶやいた。葉介もうんうん頷いているけど、私は納得できない。ナルドの説明にはところどころよく分かんない単語が混じってたからだ。
分かるところをつなぎ合わせてみると、つまりさっきジュノたちが戦ってきた敵は重力魔法で操られた死体で、それに手を焼いた結果、ジュノは大けがを負い、クラージュはまだ帰って来てない、ということになる。
………それって、ちょっと間抜けじゃないか?
だって、私や葉介やミュゼだとか、魔法が得意でない人たちは別とするとしても、ジュノやクラージュなんかなら、サングリアが重力魔法で「ものごとの関係性」を操る国だってことがわかってたはずだ。それなら、今日みたいに死体を使って戦争を仕掛けてくることも予想できたはずじゃないだろうか。
私がそう聞くと、今までほとんど口をきかなかった葉介がようやく口を開いた。
「こうなってみたからそういうことが言えるんだよ。考えてみろよ、今日のサングリアを。どう考えても悪役のやり口じゃねーか。死体を辱めるんだぞ。倫理的に認められるわけがない。そういう禁忌をあえて犯すなんて、想像の斜め上ってやつだよ」
葉介は心底からうんざりしてるって口調で更に続ける。
「別に条約結んでたわけじゃねーけど、暗黙の了解っつーものがあるだろうが。ゲルダガンドはもとより他国からの大バッシングは間違いねーし、そもそもゲルダガンドとサングリアは和平交渉が水面下で進められてたんだ。今、世界中を敵に回して禁忌を犯す理由がわからん」
「………」
「確かにさっきはちょっと押されたけど、所詮はしょぼいAIの敵キャラみたいなもんだぞ。無双のモブ敵の方がまだ機敏だ」
「……………」
「まあそれは大げさだとしても、ある程度やりあえば動きはすぐに読める。戦況をひっくり返すほどの力は、あの屍人兵には無いね」
「……」
私はしばらく黙って考えた。
確かに私がサングリアだったら、生理的にゾンビなんて使いたいわけがないし、他の国の目も気になる。ていうかそもそも強くて勝てそうもないってわかってる敵と和平が結べるのに、わざわざかみつく必要もない。私は肩をすくめた。
「……なるほど、そりゃわかんないわ」
「お前頭の回転遅いなー」
ミュゼはいっそ感心したようにつぶやいた。相変わらず私のベッドにぶっ倒れたままだ。百本単位で髪の毛を抜いてやりたくなる態度である。葉介は肩をすくめた。
「とにかく、ジュノとクラージュたちが帰ってくるのを待つしかない。今の俺たちにできることは、せいぜい足手まといにならない程度のことだ」
「葉介は私が守ります。これから先、一体何が起ころうとも」
ナルドはにこやかに言う。けど、その台詞が私を戦慄させた。
そうだ。ここにはスパイがいる。いったいいつ、何かをかぎつけてここに踏み込んで来ないとも限らないのだ。
ゴルベーザ…ファイナルファンタジー4の敵キャラです。ゴルベーザは『毒虫』を意味する言葉らしく、それっぽい感じの鎧をつけています。
ひんし…ポケモンで、HPが0になり戦えなくなったポケモンのステータスがこう表示されます。
チューリングテスト…アラン・チューリングによって考案された『ある機械が知的であるか』を判定するテストで、相手が人間なのか機械なのか分からない状況を作り出した上で、相手に質問をぶつけ、その質問の受け答えによって相手が人間か、機械なのかを推理する、というものです。このチューリングテストに合格した機械は十分に知的であるといえます。
今回ナルドが言っているのは、目の前の相手が死体なのか、それとも生きているのかを推理させた場合、見分けがつかないだろうという事です。