The 3rd Attack!! 8
無事、葉介たちを送り出して後、私はこころゆくまでタチコマを強そうにカスタマイズし続けた。タチコマを好きな人が見たら怒られそうなぐらい、原型をとどめなくなってもひたすら全力で描き込んだ。暇だったからである。
さらにはDSで脳トレし、アイルーを連れて採掘に勤しみ、魔法の練習をし、おやつをちょっとつまみ、ヨガのポーズをいくつかとった。とにかく暇だった。
「………」
思ってたよりも早く暇になっちゃって、私は途方に暮れた。さすがにお昼寝する気にはなれない。葉介たちは今戦場にいるのだ。
仕方ないから、私はWii-Fitで練習したのを思い出しながら肩立ちのポーズをとって遊ぶことにした。肩立ちのポーズというのは、Wii-Fitの中でも一、二を争うぐらい過激なヨガのポーズだ。
まずベッドの上に仰向けに寝転がる。で、心の準備が済んだら、手でベッドに踏ん張りながら足を勢いよく跳ね上げ、頭の上までもっていく。つまり身体で直角三角形を作るわけだ。頭と首が底辺、背中とお尻が高さ、斜めの部分が足。つま先がまくらに当たったら、腕を『気をつけ』する時みたいにまっすぐにし、両手の平を組み合わせる。そしたら、踵で枕を踏みながら、太腿がまっすぐになるように踏ん張る。ここでしばらく休憩だ。
この時点で既にもう相当アグレッシブなことになってるわけだけど、まだ完成じゃない。踏ん切りがついたら、組んでいた両手の平を解いて、背中を支える。で、三角になってる身体をお尻からぐいっと、天井に向けてまっすぐにする。これが肩立ちのポーズが完成だ。形としては、途中でくじけちゃった逆立ち、っていうのが近いだろうか。戻るときは、上の順序の反対で戻らなくちゃいけない。
無理な体勢をとってるわけだから当然だけど、苦しい。実はこれ、けっこう危ないポーズだ。うかつにやると頭の血管とか首の骨とかがやばいらしい。私も出来るだけ息を止めないように気をつけながら、深呼吸を繰り返す。
「……………」
しかし、あのクラージュがくれたぷにぷにしてるやつ、けっこういける感じだ。こんな風にかなり暴れてもびくともしないらしい。もしかしたら、むしろ日本でいつも使ってるのより安心できる設計になってるのかもしれない。見た目のグロさにさえ目をつぶれば。今日みたいに誘われた時、次は断らないで葉介たちと行こうかな。
そろそろ戻ろうかどうしようか、逆立ちしたまま悩んでいると、ふとテントの外から声がする。
「花奈さん、アジュです。失礼します」
「あ! ちょっ、待っ…」
制止する暇もなかった。外から声をかけるのと同時に、アジュがテントの幕を跳ね上げて姿を現す。アジュの手には、ほこりよけの布巾をかけたバスケットがあった。
「……………」
「……………」
肩立ちのポーズをとったまま何となく動けない私と、テントの入り口のところで立ちすくむアジュはしばし見つめあった。砂埃がちょっと眼に入る。
正直反応に困っていると、やがてアジュは軽く視線を逸らし、静かに呟く。
「……女性の部屋には入り慣れていませんから、入る時は緊張するのですが……」
「ですが?」
「ここはそうでもないです」
「帰れ!」
突然入って来といて、なんて言いざまだ。憤懣やるかたない私をよそに、アジュはにこにこしている。
「そんなに暇なんですか?」
「暇だよ。枝毛でも探す以外にもうすることがないよ」
もう人が来ちゃったからにはヨガもやれない。邪魔だ、とさりげなく嫌みを言ったつもりだけど、アジュは私の冷たい視線もものともせず、何か小さいものをポケットから取り出す。
「じゃあこれをお貸ししましょう」
見せられたのはちっちゃなハサミだった。しかし、アジュが裁縫道具を持ち歩くようなマメなタイプにはどうしても見えない。私はおそるおそる聞いた。
「……これ、もしかして枝毛専用」
「ええ。ここではなかなか入浴できませんから、私もけっこう苦労してまして」
私はアジュの顔をじーっと見つめた。正確にはアジュの頭を。アジュは相変わらず、ハリポタのクィレル先生並にがちがちにターバンを巻いている。私は思わず呟いた。
「……アジュってハゲじゃなかったのか……」
「前から思ってましたけど、花奈さんってけっこうひどいですよね」
「………そういやあんたほんとに何しに来たの?」
アジュがごにゃごにゃ言ってたけど、私は聞かなかったことにして、足をおろして起きあがった。アジュにはストレートに聞かないと、あっちのペースに巻き込まれっぱなしになる。アジュもさほど気にしてないみたいで、手に持ってたバスケットを軽く持ち上げてみせる。
「これ主計兵長からです。塩肉とアボカドのサンドイッチですって」
「サンドイッチ!!」
アジュへのイライラは、手みやげのおかげで一気に消えた。私はアジュに飛びついて、バスケットを奪った。
「葉介さんの好物なんですよね?」
「らしいね! わー聞くだけでよだれ出るわ!!」
塩肉とアボカドのサンドイッチといえば、主計兵長が発掘したらしい葉介の好物だ。チャーハンを作りに行った時にへーちょからちらっと聞いたのを、私は思いだした。
「アジュも食べてく!? 食べてくでしょ!!」
「良いんですか?」
「良いよ! 一人で食べるにはどう見ても多いし。これ」
一抱え以上もあるバスケットには、ジブリ映画に出てきそうなぐらい大きなサンドイッチが九つも入っている。もしかしなくても葉介が帰ってきた時に一緒に食べなさいって意味の量なんだろう。葉介とナルドと私で三つずつ。お皿も三枚入っている。
「私とアジュで一個ずつ食べて、後は残しとこう」
私はアジュにサンドイッチを一つ乗せたお皿を渡し、椅子を勧めた。私はベッドに座って食べよう。
「狭いだろうけど、適当にどかして」
机は魔導書の山と紙の束、さっき描いたタチコマの絵やルビーの文鎮、PSPの充電器や放り出してある髪ゴムなんかでごっちゃごちゃだ。ちょっとスペースを空けないと食事はできない。
アジュには自分でスペースを空けてもらうことにして、お皿に自分の分のサンドイッチを取り分けていると、ふとアジュが困ったような声で問いかけてくる。
「………花奈さん…これは?」
「どれ?」
私はアジュの肩越しにのぞき込んだ。アジュの視線の先には、ルビーの原石と一緒に置かれてることでいっそ神々しいオーラすらまとっている私のタチコマがいる。私は胸を張った。
「それ、タチコマっていうの。いいでしょそれ」
「………いえ、このぜんぜん強くなさそうな最強生物のことは心の底からどうでもいいんですけど」
「生物じゃなくて多脚戦車だよ」
「あ、そういう細かい設定はもっとどうでもいいです」
全然細かくないのに。私は軽くむっとしたけど、ここにこだわってるといつまでも話が進まない。
「もしかして、そのルビーのこと?」
「他に何があるって言うんですか?」
「ですよねー」
アジュが言っているのは、私がこっちに来てすぐの時、葉介が『紅玉鉱脈』だって説明された時、その証明のために渡されたルビーの原石だ。ゴルフボールぐらいのサイズがあるから、文鎮に使っている。完全に持ち腐れてるけど。
アジュは眉をひそめ、私の顔色をうかがうようにしながら聞く。
「こんなに大きなルビーは初めて見ました。これは花奈さんのものなのですか?」
「そうだよ。ほしい?」
「いえ、別に」
アジュは答えた。にべもない言い方だ。確かにちょっと大きすぎて使いどころがないけど。うかつに使うと一体どこの王様だよ、っていう惨状になるだろう。
「彼女がいるんでしょ? プレゼントしたら喜ぶんじゃない?」
正直言ってこのルビー、私も持て余している。原石だからアクセサリーにはならないし、なにより大きすぎる。葉介に返しても、多分葉介だって困るだろう。クラージュに渡すのもなんとなく癪だ。
アジュの彼女が使ってくれるならこのルビーも喜ぶだろうと思って言ったけど、アジュはとりつくしまもない。
「彼女の髪と目は、淡い灰色と紫色なんです。濃い赤は似合いません。黒髪の花奈さんの方が、まだ使いこなせると思いますよ」
「へー」
そうか、彼女に赤が似合わないならどうしようもないな。
私はサンドイッチに一口かぶりついた。そして世間話のついでとして、こう聞く。
「アジュの彼女って、名前なんて言うの? かわいい?」
サンドイッチは思っていたとおり、とてもおいしい。脂身の少ない部分を使った塩漬けのお肉のしょっぱさと、アボカドのとろっとした食感がなんとも言えない。
そうして、塩肉とアボカドのサンドイッチをたっぷり味わいながら、私はアジュの返事を待った。
「……」
もう一口かぶりついて、待った。
「…………」
ちょっと固い塩肉とパンをもっきゅもっきゅ食いちぎりながら、かなり気長に待ったつもりだ。
しかし、アジュの返事はなかった。私が口の中のサンドイッチを片づけて、机につくアジュの顔をベッドの縁から見上げたところでようやく、アジュはにこやかにこう答えた。
「…………言えないんです」
「………は?」
「すみません、言えないんです。とても可愛い人なので紹介したいのはやまやまなんですが、彼女今ちょっとさらわれてしまっていて、どこにいるのか分からなくなってるものですから。私の知らないうちに彼女の身が危険にさらされると困りますので」
「………は?」
こういう時、 は? 以外になんかリアクションとれる人がいるだろうか。いやいない。私も無難に、は? って言っといた。
しかし、ボケてるんだかマジなんだか分かんない相手を、そのまま放置しとくわけにもいかない。ボケてるんならそれがどんなにつまんなくても突っ込んどいてあげるのが人付き合いってものだし、仮にマジで言ってるんだとしたらへーちょに報告しなくちゃいけない。砂糖と塩、間違えて味付けしそうなマジのボケがいるよって。
私は順序立ててもう一度アジュに聞いてみた。
「髪の色と目の色が」
「灰色と紫」
「すっげ可愛い」
「すっげ可愛いです」
「名前言えない」
「言えないですねえ」
「会えない」
「会えないですねえ」
「何故かというと、さらわれちゃってるから」
「さらわれちゃってますねえ」
「どこにいるか分かんない」
「分かんないですねえ」
「困った」
「とっても困ってます」
「……………まさかとは思いますが、この彼女とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか……」
「前から思ってましたけど、花奈さんってけっこうひどいですよね」
やばい、判断がつかない。苦悩する私をアジュは苦笑いして見下ろす。彼はいつの間にか食べ終わっていたサンドイッチのくずを指からはらい、食後の紅茶を飲み始めた。
「信じてもらえなくてもいいんです。とにかく花奈さんも、それらしい女性を見つけたら伝えてください。『アジュが探している』と」
「……………」
と、言われても、私は葉介のお守りをするためにここにいるわけだし、葉介はこの駐屯地から離れる素振りは今のところ微塵も見せていない。仮にアジュの彼女が二次元の住人でなかったとしても、会う可能性は限りなく低いのだけど。
「それだけで良いの?」
アジュはにっこりした。
「ええ、それだけで十分です」
…なんか、やっぱ嘘くさいなー。
私は半眼になってアジュの顔をにらむ。アジュはにこにこ笑うだけだ。悪いやつじゃなさそうだけどつかみ所が無いというか、うさんくさいというか……。
まだ何か言ってやろうかどうしようか迷っていたその時ふと、テントの外から、男達のざわめきと、鎧がこすれ合う金属音が風に乗って遠く聞こえてきた。第三エリア側から聞こえてくるようだ。
「………あ、みんな帰ってきたみたい」
「……ずいぶん早いですね」
アジュも同じ音が聞こえてきたらしい。アジュは軽く眉をひそめて呟いた。確かに、戦争やって相手をボコボコにして帰ってきたにしてはずいぶん早い気がする。それにあのざわざわ、戦勝祝いでテンション上がってる、って感じじゃない。
嫌な予感がして、私は軽く身震いした。
ちょっと半端ですが区切ります。ここらの伏線に関しては一ヵ月以内くらいでまとめて回収したいと思いますので今のところはさらっと読み流していただければ嬉しいです。
Wii-Fit……2007年、任天堂から発売されたゲームソフトです。バージョンアップ版『Wii-Fit Plus』と合わせると、国内で約571万本を売り上げた人気ソフトです。
肩立ちのポーズ……本来、生理中にはこのポーズを取るのは避けた方が良いとのことです。花奈はWii-Fitでやっただけなので、このことは知りません。
クィレル先生……日本では1997年に刊行が開始された、J・Kローリング氏の『ハリーポッター』シリーズに登場する教師です。常にターバンを巻き、変な臭いをさせています。