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The 3rd Attack!! 7

 突然の謹慎処分の真相はこうだ。さっきジュノが見てた書類は、駐屯兵の増員要請が通りましたよ、っていうお知らせの紙だったらしい。ただし、シンプルに『要望が通ってよかったね』で済ませるわけにはいかない。

 だって、増員規模がハンパない。その数なんと、三千人である。つまり今のちょうど倍だ。素人の私の目からしてもこれは異常すぎる。これは完全に戦争の下準備だ。もう一回戦争やる気満々だ。

 葉介の大活躍のおかげでせっかく和平が結べる寸前まで行ってたって聞いてたのに何でこんな事になっちゃったのか。


 実はこの駐屯地には、007とマタハリに共通する職業の人がサングリアから潜り込んでいるらしい。

 ……言っとくけど、これは極秘である。スで始まってイで終わってパが間に入る言葉なんか使ってるのを誰かに聞かれでもしたら、そいつは完全に身を隠して…あるいは逃げ出して、もう二度としっぽをつかませることは無いだろう。

 はっきり言ってゲルダガンドの圧倒的軍事力の前ではスパイの一人や二人、屁でも無いらしいんだけど、重要なのは、紅玉鉱脈である葉介とそのコードネーム『すだこ』が、同じ釜の飯を食べてる状態だってことだ。


 『ゲルダガンドが産出する豊富な宝石のでどころ』については、ゲルダンガンド国内の有力者にすらその存在が秘匿されている。

 だから今まで、ゲルダガンドの国力の源である、超重要人物である葉介がこんな駐屯地なんかでふらふら翼竜の世話なんか出来てたんだけど、スパイがいるとなったら別である。ゲルダガンドの秘密の鉱脈の正体に、何かの拍子にサングリアが気付かないとも限らない。


 それに、その『すだこ』が一体どういう情報を流してるんだか分からないけど、和平を取り結ぼうという方向でこれまで進んでいた雰囲気を完全破壊で、突如サングリアは軍備を強化し、この荒野シュツルクに兵隊を集め直しているらしい。

 こりゃもうのんびりしてる場合じゃない。ジュノやクラージュが首都のお偉いさんとも相談した結果、これ以上サングリアが調子づかないようにここで一発ボコっとこうという事になったらしい。そりゃもう、スパイが意味をなさないくらい、ボッコボコに。


 そういうわけで葉介はすだこが何とかなるまで謹慎措置という名の避難、ナルドはそのお守り、私もそれに付き合って謹慎である。

 ただし交戦中は謹慎を解かれ、クラージュ達と行動を共にする事になるらしい。だってスパイがいる駐屯地に葉介を置き去りにする方がよっぽど問題だからね。

 何にせよ謹慎の間は時空の穴も見張れないけど仕方ない。テントから外に出られないのも仕方ない。 

 でも、また戦争が始まるとなれば葉介の帰宅が遠のく。

 そう思うと、私はひたすら憂鬱になっちゃうんである。



「花奈!! お前また寝坊したのかよ! 早く支度しろって! そろそろ行く時間だぞ!!」

「行ってらっしゃい」

 翌朝、葉介は私のテントに飛び込んでくるなり元気よく叫んでくる。それを私はすげなくあしらった。葉介は朝っぱらから元気だなあ。日本での無気力さが嘘みたいだ。

 私はちょうど、ベッドに寝っ転がって、質の悪い紙にひたすら『タチコマ』を描いて遊んでるところだった。

 葉介はそれが不満らしく、葉介は私からペンを取り上げて眉をひそめた。ナルドはその後ろで大人しやかに佇んでいる。

「なんでだよ。今日外出とかねーと次いつ出られるか分かんないんだぞ」

「今日は外出たくない気分」

 私はペンを取り返そうとしたけど、葉介は高いところにペンを持ち上げてしまった。寝っ転がったままでは取り返せない。起きあがるのが面倒だったので、私はそのままにして、葉介が自分から返してくれるのを待つことにした。

「前から言ってるけど何で異世界に来てまで絵描いてるんだよ…出ろよ外に。ていうかお前が描いてるそれなに?」

「書いてあるじゃん」

 私はあんまり絵がうまくない。ちゃんと分かってもらえるように、タチコマの脇にちゃんと『わたしのかんがえたさいきょうのタチコマ』って書いてある。その説明を読むと葉介はちょっと青ざめた。

「……悪い冗談にも程度ってもんがあるだろ」

「…まあ、確かにちょっとグロいかもしれない」

 私も素直に認めた。タチコマは上手に描かないと横死したエチゼンクラゲみたいになってしまう。このタチコマは私が独自にアレンジを加えてるからなおさらだ。

「そんなひでー絵描いてないで俺と来いって」

「また今度ね」

 葉介は『つまんねー奴だな』って顔をした。けど、私にも私なりに理由がある。何しろ二日目だ。あの生理用品の能力が未知数なのに、元気よく運動しに行けるわけがない。というかむしろ1ミリたりとも動きたくないと言うのが本音だ。私はため息を付いた。

「まったくこの弟ときたら察しが悪いんだから」

「兄。言わなきゃ分かんないだろ」

 私も負けずに言い返す。

「姉。もう良いじゃん! 行ってきなよナルドとさぁ! これでサングリアのことボコボコに出来たらちゃんとまた外出ても良いよってなるんでしょ?」

「そりゃなるだろうけど………」

 葉介は物思わしげにそっと視線を逸らした。

「お前一人で置いてくの、心配だろ」

「…………」

 葉介がデレた。やばいかわいい。不覚にもちょっと萌えた。葉介は私から視線をそらしたままぶつぶつ言う。

「ミュゼもベルも俺と一緒に行動することになってるし、ジュノもクラージュも忙しいし……ナルド、お前花奈といてくれる?」

「葉介のお願いでしたら」

 ナルドは口ではそう言ったけど、明らかに残念そうかつ心配そうだ。戦場に向かう葉介と離ればなれになりたくないんだろう。私は慌てて遠慮した。

「良いって、ほんとに。ここから出なきゃいいことだもん。まさかスパイが私のテントに入ってくるわけないでしょ。行くならジュノのテントでしょ」

「けどさ……」

 まだ言いたいことがありそうだったけど突然テントの入り口の、上から下がってる幕……いつも思うけどこれ、正式には何て言えば良いんだろう。とにかく幕がはねのけられた。また誰かやってきたのだ。

「三人とも、ここにいたんですね」

「お、クラージュ」

「クラージュ……さん」

「呼び捨てでかまいませんよ、花奈さん」

 ほんとに毎回良いタイミングで現れるな、クラージュって。私はちょっと呆れた。変な顔をした私を、クラージュは時価百万円相当の微笑で見下ろす。

 しかし、今回私がクラージュの名前を呼ぶのに苦労したのは、クラージュにさんをつけるかつけまいか迷ったからじゃない。クラージュがものすごい格好をして現れたからだ。


 クラージュは、いつもの軍服の代わりに真っ黒な服をつけている。軍服と共通しているのは色が黒いことだけで、他はまるで違う。

 クラージュが着ているのは通常の三人分は布を使っていそうな、かさばりまくりかつ華美なシルエットの服で、何よりも装身具が多い。服の布地が見えてる部分より装身具がついてる部分の方が多いかもしれないぐらいだ。いやそれはちょっと言い過ぎだ。でも一瞬そう思えるぐらいつけている。

 直径三センチくらいの、シンバルみたいな形の金の板の両端に穴をあけて、それを五つ、鎖骨の下あたりで左右に並べたネックレスが一番目立つ。その他、ネックレスとお揃いのベルトを巻いて、指輪をいくつも指にはめ、おへそのあたりまである長い鎖でつるしたメダル、金糸らしきものを細かく織って作られたバッジ、いろんな合金を組み合わせたアミュレット、ルビーの目を持つうさぎがぴょーんと跳ねているっていうデザインのチョーカーとか、いちいち挙げているとキリがないほどとにかく色とりどり、様々な金属を身につけている。

 服の袖口には薄いコインがぐるっと縫いつけてあって、クラージュが少し身動きするたびにしゃらしゃら鳴った。その袖に隠れている素肌の手首にも、もちろん山のようにブレスレットがついている。たぶんピラミッドの中のものを全部つけたらこうなるんじゃないかな。 

 アクセサリーには下処理がしてあるらしく、少し曇っているものが多かったから目に厳しくないのが救いだろうか。装身具をいかに多くくっつけるかを考え抜いてデザインされたらしいその衣装は、真っ黒く染め抜かれていた。

「すごいね、その服。真っ黒。じゃらじゃら。重たそう」

 悪趣味とは思わないけど、はっきり言ってちょっと悪者っぽい。いやかなり悪者っぽい。

 私の視線を受け止めて、クラージュは困ったような微笑みを浮かべた。

「この軍には『黒曜軍』と名がついているものですから、鎧も黒いものを使っているんです。加えて僕は魔導兵としての役割もあるので、こんな状態に」

 こんな、悪の大魔王みたいな状態に。

 感覚的に何となく察していたのと同じ理由だったので、私は素直に納得した。 

 電磁気力の魔法をより効率的に扱うには、電導率の高いものを多く身につけていた方が得ってことらしい。でもドラクエとかだと魔法使いは基本、金属製品は身につけちゃいけません設定だから、ここでもちょっとカルチャーショックだ。この国の魔法のことを考えれば、すぐ分かる理屈なんだけど。

「知ってるか花奈、クラージュはこんな格好してるから『鴉』っていうのが異名なんだぞ。普通の電磁気力系の魔法使いは『鵲』だからちょっと降格されてるよな」

「ひどいな」

 クラージュは苦笑いしたけど、否定しない。自分でもちょっとはそう思ってるってことだろう。まあ、カラスもカササギも似たようなもんだ。

「それで、どうしたんです? あと三十分で進軍を開始しますよ。僕らはジュノたちとは別行動ですから、多少余裕がありますが」

「あ、そうそう。見てよこれ」

 私は意気揚々と『わたしのかいたさいきょうのタチコマ』の絵をクラージュに見せた。

「これ何に見える?」

「…………ええと、ですね…」

 さすがのクラージュも絶句した。おもしろい。

「……隅に描いてあるのは、文字ですよね? その絵に描かれているものの、体の一部などではなくて…」

「そーだよ、文字だよ。これが読めたらネタバレになっちゃうからね」

「そうですよね…」

 グラナアーデ人は日本語が読めない。私たち被召還者がこっちの文字を読めるようにしてくれてる謎の力が働いていないためだろう。

 絶対わかりっこないのに、けっこう真剣に考えてくれてるクラージュが大変ほほえましい。にやつく私をよそに、葉介が眉をしかめて話を戻した。

「花奈が行かねーって言うんだよ」

 クラージュもなんとか言ってやれよ、ってニュアンスがひしひしとこもっている。私は口をとがらせた。

「だって行きたくねーものは行きたくねーんだもん」

「ああ…」

 事情を知ってるクラージュが、私に頷いて見せてくれた。

「そう言うことなら仕方がないでしょう。花奈さん、ここから絶対に出ないとお約束いただけますね?」

「もち」

 トイレ(っぽい)ものもこのテントの中に用意してもらってあるし、おやつと飲み物もへーちょから貰ってる。PSPとDSの充電も万全、気が向いた時用の魔導書も持ち込んで、三日は余裕で籠城出来る。私は安く請け合った。

「おい、クラージュ!!」

 葉介はものすごく不満そうだけど、クラージュは肩をすくめる。

「花奈さんの首に縄をつけて引きずって行くわけにもいかないでしょう? 本人の意志を尊重しましょう」

 葉介は、私がクラージュのことを苦手に思ってるって知ってるから、クラージュに促されたら私も動くって思ってたんだろう。残念、私の中でのクラージュの株は中の上くらいに上がっている。昨日のことで嘘もガンガンつくけど、わりと気遣いの細やかな人だって分かったのだ。クラージュが無理強いしないってこともちゃんと知っている。


 私のふふん、って顔を葉介は忌々しげに見下ろす。が、次の瞬間には私の首がギリギリと葉介に力いっぱい絞め上げられる。とうとう実力行使に出やがった!

「ちょ、葉介、ギブギブギブっ」

「…誰か来てもぜっったい中に入れちゃだめだからな!? 居留守使えよ!?」

「………」

 葉介がかけてきたのはプロレス技じゃなくて抱擁だった。びっくりだ。

 さすがの私もおちょくりすぎたことをちょっと反省して、葉介の腕をとんとん撫でてやった。お姉さんにはこのくらいの懐のでかさが必要なのだ。

 横たわったまま葉介に絞められて顔が赤黒くなっている私の、そのかたわらにクラージュはひざまずいて視線を合わせる。

「食事は、主計兵長に運んでもらえるよう頼んでおきますから」

「んぎゅ」

 私が頷くのも苦労しているのに気づくと、ナルドが優しく葉介の腕をほどいてくれる。気のつくいい娘だ。ほどいた手を自分の首に回させて、さあどうぞ絞めてくださいって顔さえしなければ。ちょっとほんとにナルドのことどうにかしたいんだけど。

「本当は、主計兵長のところに直接かくまってもらえればそれが一番安心なんですが、僕もちょっと目をつけてる人がいて……」

「目をつけてる人?」

 私は自由になった首を傾げた。スパイが誰なのか、目星がついてるんだろうか。クラージュはしかし、名前を出すことはしない。いつもの微笑を浮かべ、私の赤くなってるほっぺたを撫でる。

「絶対にここから出ないとお約束くださいね」

「分かった」

「本当のことを言うと、とても名残惜しい。ほんの少しだって目を離したくない。でも、あなたの美しい瞳が涙で潤むところばかり見ている気がするから、僕はここにあなたを置いていくのです。冬の花に囲いするようにね」

 ここまで念を押されちゃしょうがない。私は頷いた。私だって命は惜しいし、葉介もナルドも、みーんないなくなるとなったら、さすがにちょっと心細い。

「早く帰ってきてね」

 私が言うと、三人は皆一斉に頷いた。



タチコマ…2002年から日本テレビ系列で放送されていた『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』に登場する、人工知能を備えた戦車です。見た目はクモに似ています。


ドラクエ…1986年よりスクウェアエニックスから発売されている、人気RPGシリーズです。魔法使いが金属製品を装備出来ないという設定は、他のRPGシリーズにも多く見られます。初出は見つかりませんでした。すみません。


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