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The 1st Attack!! 2

 私は憮然とした。とにかくお行儀が悪いので、何はともあれテーブルを飛び降りると、私が今まで立っていた足元から地図や書類らしきものが色々広げてあったのが出てきた。でも、私のスニーカーについていた泥でぐちゃぐちゃになってしまっている。不可抗力という事で許して欲しい。

 ここはテントの中のようだ。テントと言ってもよくあるピラミッド型のじゃなくて、地面を四角く布で囲ったテント。テント地は幌布みたいなごわごわして目の粗い生地で、それをつやつやした照りの、透明な塗料で塗り固めてある。質感が瞬間接着剤を塗った跡に似ているから、多分防水のためだろう。四隅を支えるのはアルミっぽい金属だ。広さはだいたい十畳くらい。天井全体が白く光っていて、テントの中は薄明るい。

 葉介は、私が今まで立っていた足の細いテーブルを囲むようにして、テーブルと揃いの椅子に腰掛けていた。葉介の隣にはくりくりっとした目で赤の猫っ毛の女の子が寄り添っている。十八、九くらいだろうか、非の打ち所のない顔立ちをしてるけどやっぱり一番のチャームポイントはふっかふかふわっふわの髪の毛だろう。まるでキャンディキャンディのようだ。とにかく、撫で回したくなるような魅力的な髪の毛をした美少女だった。

 もしかして葉介の彼女だろうか。たった今吸い込まれたばかりだったはずの葉介は随分、この異世界に馴染んでいるようだ。まるで、葉介はもうかなり長い事ここで暮らしている風に。私は葉介にこそっと耳打ちする。

「今って何かの会議中だった? ていうかもしかして、もしかしなくても、うちの庭とこっちとで時間の流れ違ってるよね?」

 葉介は気まずそうに、一緒に席に着いていた人達を気にしながら私に返事した。でも何故か美少女の方は全く見ない。紹介してくれてもいいのに。

「まあな…それより花奈、よりによって何で今来たの?」

「今って言われても…私、葉介が落ちてからほとんどすぐ来たよ」

「お前が葉介の妹か」

 ひそひそ姉弟同士話していると、地響きみたいな低い声がそれを止めた。テーブルの中で一番偉そうな人だった。何か顔の右側全体に蔦みたいなタトゥーが入ってるけど。葉介が着ているのとよく似た軍服を着ているけど、葉介のよりも数段豪華な感じだ。肩や胸にたくさん飾りがついている所をみると、かなり偉い人らしい。そして理由はよく分からないけど、この人は今、ものすごく怒っているように見える。すごい迫力だ。現実逃避したくなるくらい怖い。

「妹じゃなくて姉です」

 一応訂正だけはしたけど、葉介はそんな事には全然かまってないらしい。葉介はがたーん、と椅子を蹴って立ち上がり、テーブルに手をついて思いっきり頭を下げた。

「悪い!! 昔俺がこたつに閉じこめたせいでこいつの脳味噌はタルタルソース並にゆるいんだ!! 見逃してやってくれ!!」

「ちょっと!」

 いくらなんでもタルタルソースは言い過ぎだ。私は葉介の背中をどついた。それにまだ何もしていないのに見逃すも何もないじゃないか。どついたついでに、私は葉介が頭を下げてる相手をじっと見つめた。葉介が一体どんな人に世話になってるのか見定めてやろうと思ったのだ。

 まず最初に目に付くのは、さっきも言ったけど顔のタトゥーだ。最初は蔦だと思ったけれど、ただの蔦じゃない。だまし絵のように鳥や、百合の花や、杯なんかが紛れ込んでいるというかなり手の込んだタトゥーで、黒一色でこめかみから眉、ほっぺた、鎖骨、喉仏の更にその下までびっしり入っている。この分だと多分瞼にも入っているだろう。間違いなくかたぎの人ではない。まあ、軍服を着ているから軍人なんだろうけど。

 タトゥーのせいで年齢はよく分からない。目鼻立ちは端正と言っていいし、肌も左半分の方は張りがあるようだけど、全体的な若々しさとか目の輝きとかは無いから、だいたい二十七、八、と見た。表情のこもらない冷たい目は藍色で、私を値踏みしているように見える。それにうちの葉介の髪は埃塗れなのに、後ろで一つくくりにされた目と同じ色の髪はつやつやして、エンジェルリングまで浮かんでいる。きっと奴隷か何かに椿油でマッサージさせているのだろう。なんて奴だ。


 まず間違いなく悪い奴だと見定めて、私はぐっと背を伸ばした。

「花奈です! 葉介の姉です! うちの葉介返してもらえますか!!」

「誰が姉だ!」

 葉介は今度はすかさず否定したけど、その一番偉そうかつ悪そうな男は静かに席を立つ。思ったよりも背が高い。百八十は軽く越えている。何だヤキでも入れに来るのか、と私は思った。何度も言うけど、とにかく悪そうだ。一挙手一投足に迫力があって、今にも何かしでかしそうな雰囲気を醸し出している。ゲームで言うなら間違いなくラスボスだ。三段階に分けて変身するに違いない。

 頭を下げたままの葉介がごくりと喉を鳴らすのと同時に、何故かどこかで、からからきん、という金属同士がぶつかり合うような音が聞こえる。

「おいジュノ…俺の妹だからな…なんかしやがったら今度こそマジで亡命するからな………」

「………亡命? 今度こそ?」

 葉介は妹発言以外にも聞き捨てならない事を言っていたけれど、まずは目の前の脅威に立ち向かわなくちゃあならない。

 私は葉介の代わりに背筋を伸ばして、その悪の親玉の視線を真正面から受け止めた。見上げていると首が痛い。

「………………」

「………………」

 よくぞここまで辿り着いた…でも何でも良いから、何か言って欲しい。こちとらわざわざ日本から出向いて来てやっているのだ。ただただ見つめ合う時間を漫然と過ごした後、とうとう親玉は私から目を逸らし、口を開いた。

「………今日の会議は中止だ。今回の件はまた日を改めて検討する。葉介、お前の妹をどこかに連れて行け。こいつが投げた物を全てリストに起こさせろ」

 少し、頭痛をこらえるような仕草を見せて、親玉はふいと背を向ける。……私と睨み合っていたのに台詞が明らかに私向けの物ではなかった。それに挨拶も無しに追い出そうとするなんて失礼すぎやしないか。

 私は唇を尖らせたけど、親玉はもう動かない。葉介は安堵のため息をつきつつ頭を上げて、私をぐいぐい引っ張る。

「ほら花奈、こっちだよ」

 しゃくに障る事は障るけど、葉介が部屋から出たがってるのに無理に残る事もない。葉介に引っ張られて、小走りに私はテントを出た。赤い髪のキャンディもふわふわーっと軽やかに後をついてくる。紹介して欲しいのに、葉介はキャンディを完全に無視したまま私に言った。

「本当にさあ、ちょっとは色々考えろよな…特に原付!! お前さ、人のバイトの成果に何してくれてんの!?」

「役に立たなかった?」

「立ったよ! ムカつくぐらい役に立ったよ!! ありがとな!!」

 悔し紛れだろうか、葉介が私とつないだ手をぎゅうぎゅう握りしめる。痛い。

 テントの外は荒野だった。砂埃を巻き上げて風が渡る。背の低い茂みのようなものはところどころにあるけれど、他は岩と石と砂ばかりだ。その土地に、さっきまでいたテントと同じようなのが大小いくつも整然と並んでいる。今ちょうどお昼時なのだろうか、風に乗ってお肉とタレっぽいおいしそうな匂いがした。そのへんをうろうろしているのは男の人ばっかりで、皆葉介が私達をびっくりした顔で見ている。葉介は一体ここでどんな人間関係を築いているんだろうか。

 ふと、少し遠いところでわっと歓声がが上がる。私は音の出所へ目をやると、そのまま口をあんぐり開けた。

 テントの群れの外れに小さなサーキットのような所があって、そこを三頭のサラブレットが疾走している。騎手達は皆、馬の背中で立ち乗りだ。馬の背中には鞍の代わりに丸い板のようなものがついていて、手綱も私が知るものよりもずっと長い。わあわあと騒ぎ立てる観衆なんか視界の端にも入っていないみたいに、騎手達は躍動する馬の背中で上手くリズムを取って、優雅にサーキットを周回していた。つまり、ものすごくかっこよかった。

「すごい!!」

 思わず私も歓声を上げると、その瞬間ふっと騎手の一人が一瞬だけこちらを見た。……まさかとは思うけど、あの蹄の音と歓声の中で、私の声が聞こえたんだろうか。いやいや、聞こえたわけがない。私は気を取り直して葉介の手を引っ張った。

「ねえあれすごい! 私もやりたい!!」

「あれ? 花奈に出来るわけないだろ。俺だって練習中なのに」

 葉介はちらっとサーキットを見やると、呆れたように肩を竦めた。

「そもそもあれは花形。終戦記念式典の時の出し物の練習だからな。マジにすごい奴だと同じ事を翼竜でやるよ」

「翼竜!?」

「いるんだよ、プテラノドンみたいなのが」

 葉介は事も無げに言って、またずんずん歩き出す。

「…………異世界だぁ……」

 葉介に引きずられながら、私は呟いた。今更だけど、ここは異世界だった。

キャンディ・キャンディ…1975年よりなかよしで連載された少女漫画。活発な孤児キャンディが偏見と戦いながら成長していく物語です。

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