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The 3rd Attack!! 6

 クラージュに付き添ってもらいながら、へーちょに軍服を用意してくれたお礼と速攻で汚しちゃったお詫びを言いに行った後、私はまた第二エリアのジュノのテントに戻ってきていた。

 だって、気まずかろうと何だろうと時空の穴は待ってくれない。生理だから見張るのやめます、なんて言ってたら、ジュノの無言の重圧に耐えながら時空の穴を見張り続けてた今までの苦労が全否定だ。


 ジュノの長衣でジャージのズボンを隠しながら帰ってきた私に気づくと、ジュノは眉をひそめた。

 何でだ。私まだ何もやってないのに。……と、最初は思ったけど、もしかしたらクラージュと一緒だったからかもしれない。

 執務用の机から石化の瞳で私達を睨んでくるジュノを涼しげに見下ろしてクラージュはほほえんだ。

「相変わらず、花奈さんに椅子の一つも用意して差し上げていないんですね、ジュノ」

「…………」

 それは今に始まったことじゃない。そんなどうでも良いことを今更あげつらって、ジュノの機嫌を悪くするのは避けてほしい。この後私はジュノと、この密室に二人っきりにならなくちゃいけないのだ。私はおろおろとジュノとクラージュの二人の顔色をうかがった。

 ジュノは案の定眉間に皺を深く刻んで、こう言う。

「……居着かれては迷惑だ」

「そんな、心にも無いことを言うのですね」

「………単なるお前の願望を、事実であるかのように口にするな」

「いえいえ、あなたの心のことは、あなた以上に詳しいつもりですよ」

「…話にならん」

 ジュノはそれきりむっつりとおし黙った。

「………」

 今ここで『私のために争わないでー』って叫んだらどうなるだろう。好奇心はうずいたけど、あいにく私はマゾでも破滅主義者でもないので、やめといた。葉介が見てたらきっと成長したなあって褒めてくれただろう。


 私は神妙な態度でジュノに近づき、肩にかけてた長衣を差し出した。これが無かったら、ナルドを探すのもままならなかった。

「ありがと、ジュノ。ほんとに助かった」

 でも、ジュノはちらっと私を見るとすげなく言った。

「いらん。着ていろ」

「え、でも」

 敷いて座ったり巻き付けたりしてないから、汚れてはいないはずだけど。私が困っていると、ジュノはもう一言付け足す。

「見るに堪えん」

「…………」

 もしかして、軍服の下がジャージになっていることを言ってるんだろうか。そこんところは、不可抗力だと思ってもらわないと困る。だって、汚れたズボンは今洗って干してるところなんだもの。

ちょっといやな雰囲気になった私とジュノとを見かねた感じで、クラージュが口を挟んだ。

「いけませんね、ジュノ。そういう時は見るに堪えないじゃなくて、見ていると心配ですって言うんですよ」

「………」

 黙ったままのジュノを軽くたしなめて、クラージュは私にまた、ジュノの長衣を巻き付け直す。

「花奈さん、そのまま使っていていいそうですよ。お腹を冷やすといけませんから。何か花奈さんにも、外套になるようなものをあつらえましょうね」

 クラージュがジュノの沈黙を勝手に超訳してるけど良いのか。確かに、下だけジャージってものすごくダサいから貸してくれるのはありがたいけど。

 私はジュノの顔色をうかがったけど、彼は表情筋一本動かすのももったいないって感じでかりかり執務に励んでいる。どうすんのこれ。

 …いや、口元がちょっとだけ動いた。

「勲章だけ返せ」

「あ、うん」

 返すのは勲章だけで良いのか。私はちょっと拍子抜けしたような気持ちになった。クラージュが言ってたとおりになったから。

 しかし、勲章か。そりゃ確かに私がつけっぱなしにしてるのはまずい。私は丹念に長衣の胸や、肩のあたりを探った。結構数が多い。

 古代風の細い房飾りのついたのや羽を広げた猛禽なんかの派手かつ大きいのから、弁護士バッジにちょっと似てる、小指の爪くらいに小さいのまで、一個一個はずしていくうちに、長衣はどんどん軽くなっていった。ついてた勲章が、金めっきじゃなくて全部本物だったかららしい。

 さすが宝石の国の勲章だけあって、豪勢だ。出来てる材料が、葉介みたいな人たちの献身の上に成り立ってるのに目をつぶれば。

「……あ!」

 私はようやく思い当たった。長衣についてる勲章そのものが素材として価値が高いから、それであのおっさんも私が何か盗んだんじゃないかって心配したんだ、と。

 私は勲章をだいたい外し終わると、ごそごそ自分のジャージのポケットを探った。ポケットには、記章がそのまま入ってるはずだ。

 親指サイズで、色とりどりの宝石が埋め込まれたあの記章。庭で池の底をつつき回している時、誰かからぶんどったものだ。ジュノの頭上とうちの庭がつながってるって言うんなら、この記章もきっとジュノのだろう。デザインは単なる長方形でわりとそっけないけど、宝石が山ほどついていて高そうなものだし、何よりどんなものであれ借りパクはよくない。

「これ、返す。ジュノのだよね、これ」

 今まできれいさっぱり忘れてて悪いことをした。なくて困ったりしなかったろうか。


 ともあれ私が差し出した記章を見ると、しかしジュノはものすごく苦々しい顔をした。なんか思い出したくないことを思い出したらしい顔だ。私は首を傾げた。

「なんかあったの?」

「いいえ、何も」

 くつっと、誰かの喉が鳴った。その後、輝くような笑顔で返事をしたのはジュノじゃなくてクラージュだ。さすがにこれは私にもわかる。これはごまかそうとしてる時の態度だ。 

「なんかあったんでしょ?」

「詮索は無用だ」

 笑いをかみ殺すクラージュをジュノはじろっとにらみ付ける。

「クラージュ。用が済んだなら出て行け」

「はいはい。それでは、花奈さん。また、後ほど」

 ……あの記章が一体どういう謂われを持ってるのか、気にならないでもないけど、命は惜しい。ジュノと二人きりになった状態で深く突っ込むのは、無理だ。最低でもリレイズをかけてからでないと。


「………」

 しばらく沈黙の時間が続く。クラージュが一人でテントを出ていき、その気配も消えた頃、ジュノはようやく口を開いた。

「なぜ、クラージュと来た。ナルドリンガはどうした」

「へ、ナルド?」

 突然のことすぎて、一瞬何を言われてるかわからなかった。ジュノは静かに続ける。

「ナルドリンガにお前を任せた。ナルドリンガが葉介恋しさにお前の世話を放棄したなら罰する必要がある」

「は…!?」

 放棄? 罰する? 一体何言ってるんだろうこの人は。私は目を丸くした。ジュノは当然のように続ける。

「正規の兵士でないとはいえ、お前もナルドリンガもこの駐屯地に暮らす以上、俺が下した命令を無視する事は許されん」

「………」

 さすがの私も一瞬絶句した。言いたい事はわかる。わかるけど、お役所仕事にもほどがある。私はあわててナルドをかばった。

「ナルドのせいじゃないよ!! ナルドね、まだ生理が来てなかったの。それどころかね、あの………ええと」

 うっ。私は口ごもった。やばい、ちゃんと言わないと私もナルドもこのラスボス野郎にスーパーノヴァ食らわされる。

 しかし、おちんちんが近いうちに生えてくるんだって! とはとても言えない。さすがに言えない。今日のこいつ下ネタばっかだな!って思われるのはつらい。終わる気がする。女子高生として。


 さんざんごにょごにょ口ごもって、出てきた台詞はこれである。

「………お、男の娘になってきてるらしいよ……」

「………」

「………」

 ………ジュノに萌え用語が分かってもらえるだろうか。いや、分かってもらわなくっちゃならない。ジュノと私の間に緊迫した空気が流れる。私のすがる目を真正面から受け止めながら、ジュノは一言つぶやいた。

「………ユウセイカしているのか」

 一瞬漢字変換出来なかった。郵政化。優勢化? 優性化……雄性化!!

「……そう! それなの! たぶんそれなの!!」

 たぶんそれだ!!! 私は感動のあまりジュノの両手を握ってぶんぶん振った。

 それだよ、雄性化!! クマノミみたいに元々メスだった個体が環境によってオスになっちゃうことを生物用語では雄性化といいます!! そういうわけでファインディングニモのパパは実を言うと元々はママだったんだよ!! 勉強になったね!!

「で、どうしよう!? ていうかどういうこと!?」

「騒ぐな。……驚くべきほどのことではない」

 ジュノは私の手を軽く振り払い、静かに言う。

「言ったはずだ。ナルドリンガは『紅玉鉱脈の九十八番目の従者』と名の付いた、我々とは別種の生き物だと。鉱の姫の為ならば、従者はどのようにも自らを変える。性別を変える程度のことも、たやすく行うはずだ」

「………………………」

「…………」

「…ええと、ちょっと待ってね……」

 ………もうだめだ、世界観についていけない。私は途方に暮れた。

 順応力のある葉介ならもっとこう、きぱっと気持ちが切り替わるんだろうけど、私には無理だ。紅玉鉱脈とか、その従者とか、その従者がメタモンのように姿を変えるとか、そのメタモンの一人は私の友達兼葉介の彼女候補であるナルドであるとか。もういい加減、ついていける範疇を超えている。

 しょうがないので私は私の美徳を生かすことにした。つまり、スルースキルを発揮したんである。

「………で、私はどうしたらナルドのことを助けてあげられるの?」

 肝心のことって結局、これだけだ。

 あんなに葉介のことを好きでいてくれてるのに、どうしてナルドが男になるなんてことになっちゃうんだろう。

 おちんちんが後から生えてくるなんて聞いたことも無いけど、せめて女性ホルモンを注射するとか、そのおちんちんの元になるものを切除するとかの方法で、それをくい止めてあげることは出来ないんだろうか。

 私はじっとジュノを見た。でも、ジュノは私をちらりとも見ない。ずっと手元の難しそうな書類に目を落としたままだ。

「何もする必要はない。ナルドリンガはあれで幸福なのだ」

「あれでって……でも」

 唇をとがらせた私を、この時やっとジュノは見上げる。口からこぼれた言葉は、とても冷たい。

「放っておけと言っている。ナルドリンガが葉介の為にしている事に横から手を出されることほど、ナルドリンガの気に障ることはない」

「……変」

 私が短くつぶやくと、ジュノが言い返す。

「歪みも世界の一部だ」

 私も言い返した。

「誰が何と言おうと、変」


 葉介のために、女のナルドが男に変わる。

 理屈も理由も分からないけど、そんなの、葉介の姉として、ナルドの友達として、見過ごせるわけがない。

 だって、ナルドは葉介のことが大好きなのに。あんなに恋する乙女してるのに。

 ナルドが男になるってことは、ナルドが葉介の恋人になる可能性を、完全に捨てるってことだ。自分の恋を諦めて、ただただ葉介に身を捨てて尽くしきるってことだ。

 ナルドが、そうまでして果たしたいことって、一体なんだ? その何かをナルドは私に手伝えって言っていた。


 考えるのは苦手だけど、考えなくちゃいけない。何を考えれば良いのか分からないけど、考えてればいつか何か閃くかもしれない。

 集中力の足りない私なりに、ぼーっと頭の中にかかる霞を追い払いながら必死で考えてると、ふと手元の書類を読み終わったらしいジュノが顔を上げる。

 そして本当にふと、なんとなくって感じの態度でこう言い放つ。

「お前には明日から謹慎を命じる。俺が許すまでここにも来るな。テントから一歩でも外に出ればお前の命は無いと思え。期限は特に設けない。」


 ………そんな突然、ごむたいな。



リレイズ…ファイナルファンタジーシリーズの中での魔法の一つです。対象一体が戦闘不能状態になった際、自動で復活させます。

スーパーノヴァ…同じくFFシリーズの中で、1997年、スクウェア(現スクウェア・エニックス)より発売された『ファイナルファンタジーVII』のラスボスの必殺技の一つです。

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