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The 3rd Attack!! 5

 もう一回トイレに行ってから、私は与えられたテントに戻った。脱いでみるとズボンはどろどろで、しょうがないから、下だけまた、薄汚いと大不評のジャージにはきかえる。パンツはテントの隅に隠して、新しいのを出してくる。ティッシュも交換して、このパンツが汚れないうちにクラージュが来てくれるのを祈った。だってこれ、ナルドから借りたパンツだもん。

 不幸中の幸いというか何というか、ジュノの長衣はほとんど汚れていなかった。ジュノは汚れるのも覚悟して貸してくれたはずだけど、やっぱりね。これ、高そうだからね。


 タイミングを測っていたわけじゃないだろうけど、クラージュは服を履き換えたのとほぼ同時くらいに来てくれた。クラージュはテントの外からそっと私に声をかける。

「花奈さん、お湯を持ってきました。手だけ出せますか?」

「うん」

 私が言われたとおりテントの隙間から手だけ出すと、その手にガラスのでっかいポットと洗面器が握らされる。ポットは食事の時、テーブルごとに設置されてるのと同じやつだ。へーちょのところにも寄ってきたんだろう。たったの五分で、すばやい仕事だ。

「落ち着いたら教えてくださいね。ゆっくりで良いですよ」

 ゆっくりって言われても、血はKYにもだくだく出続けているんである。それにクラージュをテントの外にたちっぱなしにさせとくわけにもいかない。

 私はそのお湯を洗面器にあけて、急いで足のあたりを拭いた。汚れた布と洗面器は、パンツとズボンと一緒にしてまた隠す。これでちょっとすっきりできた。

「クラージュ…さん、もう入っても大丈夫」

「では、失礼します」

 クラージュは音もなくテントに滑り込み、またぴったりと隙間なく入り口をふさいだ。手には救急箱がある。彼はそれを私に渡して、促した。

「開けてみてください」


 救急箱の中には、マキロンも正露丸もバンドエイドも入っていなかった。あるのは、ひし形の布が二枚と、痛み止めらしい粉の包み、そして謎の物体が三つ。謎の物体は三つ合った。みんな同じ形で、大きくても七センチくらい、小さいのは四センチくらい。半透明の袋に小分けされていて、袋は指で強く摘むとシャボン玉みたいにはじけて消えた。袋の中にはなんか……指ぬきみたいな形の、ぺにょっとしたものが入っている。………すっごいいやな予感がする。

「取り寄せていたものです。使い方はわかりますか?」

 クラージュの口振りから察するに、この謎物体は生理用品らしい。私は首を左右に振った。形状からして、たぶん使用方法としてはタンポンに近い。女子高生の感覚として、入れる型の生理用品はちょっと、遠慮したいところだ。しかし、救急箱の中にはこれとひし形の布、それから薬のほか、何も入ってない。ひし形の布は肌触りは良いけど、薄い。明らかに血を受け止める用にはできてない。うわーいやな予感だ。この謎物体を使わなきゃいけない予感がするぞ。


 しょうがないからこのぺにょっとしたものの形状を、きちんと説明しよう。保健体育の授業で気持ち悪くなっちゃった人はちょっと、よしといた方が良いよ。

 形はさっきも言ったように、指ぬきみたいな形をしている。お寺の鐘の形にも似ている。いやな予感マックスだ。手触りはゴムとかシリコンみたいにつるつるで、猫の肉球を1ぷにとしたら0.7ぷにくらいの固さ。ちょっとつまむとすぐゆがみ、力を抜くとすぐ元の形に戻る。薄ピンク色のファンシーな色合いが逆に衛生用品っぽさを醸し出してて、なんだか怖い。

 私は言いにくいのを我慢して、クラージュに聞いた。この人だって聞きにくいのを我慢してくれているんである。

「せっかくなんだけどさ、あの……入れないやつないかな。使い捨てで…ええと、この」

 一緒に入ってた、ひし形の布を引っ張り出す。かなり横に長いひし形で、縦側の角と角には二本ずつ、細いサテンのリボンがくっついている。

「形はこれに似てて、綿かなんかでできてて、使い捨てで

、こう、縦にまるめて捨てられる……」

 クラージュはええ、と相づちをうってくれたけど、返事は芳しいものじゃない。

「ええ、ここが普通の場所ならそれでも良いと思うんですが……」

「だめなの?」

「花奈さんのおっしゃる方法だと、どうしてもゴミが出ますから。これは、使い捨てではないそうです」

「………………………」

 ゴミを漁る変態が存在する可能性を示唆された私は、ますますテンションが下がった。

「……分かった。じゃあこれを使うことにする」

 人間切羽詰まると、細かいことはもうどうでもよくなるらしい。

「ありがとう。手紙を書いてもらいました。それの使い方が書いてあるはずです」

 クラージュは、封筒を一通、救急箱の上においた。その封筒は固くて重くて分厚い紙でできていた。私がいつも勉強に使ってる紙とは根本的に材料から違う気がする。

 その封筒は真っ赤な蝋を丸く垂らして封がしてあった。オペラ座の怪人の映画でやってるのを見たことがある。これは封蝋ってやつだ。蝋には鷲だか鷹だか、猛禽類のはんこが押してある。ひっくり返すと、シェーラ、と封筒の隅っこに署名もしてあった。

 私はその封をぺりぺり剥がして中の手紙を読んだ。これを用意してくれたらしいシェーラという人は無駄を嫌うタイプなのか、それとも突然変なことをクラージュから頼まれて困惑していたのか、手紙は箇条書きで必要なことだけ書いてあった。つまりこうだ。何度も言うけど、保健体育の授業で気持ち悪くなっちゃった人はよした方がいい。私もぶったおれそうだ。



 すぼまっている方を下にし、広がっている方は軽く指でおりたたむ。

 上方を少し入れたら、あとは底面を指で押せば良い。この時必ず、上方が中できちんと広がったのを確認すること。

 ごく浅いところで止めておけば十分。しかし、底まで埋めておくこと。

 難しかったら鏡を床に置いて試すこと。

 小さい方を多い日に使う場合、三時間程度が限界だと思いなさい。大きい方は半日保つが、できるだけこまめに様子を見ること。

 慣れないうちはさらに布を当てると気が楽になると思う。一緒に入れたものがそれだ。布は下着の中に入れ、サイドのひもを下着に結びつけて留める。

 薬は鎮痛剤だ。うちの自慢の薬師の処方だから君の体にもきっと合うだろう。副作用で眠くなることがある。どんなに痛くても、飲むのは食後に一包みずつ、三時間以上時間をあけて、だそうだ。処方箋も書かせたから、薬が切れたらクラージュに取り寄せさせなさい。

 以上、健闘を祈る。落ち着いたら兄妹そろってゲルダガンディアまで遊びにおいで。


        シェーラ・ゲルダガンディア



「……………………」

 文面からは直接的な表現を避けなかったいさぎよさが感じ取れる。わかりやすさを重視したんだろう。いっそ男らしい。私は普通なら書かなくていいことを書かせちゃった申し訳なさでいっぱいになった。

 私はたぶんめちゃくちゃ情けない顔をしてたはずだ。だって、このへんなの、見れば見るほどペットボトルのふたに似ている。さもなければマッキーのふたか、圧力鍋のてっぺんにつける圧力抜き用のふたか……まあなんにせよ、ふたに似ている。ていうかまあ、用途的に言っても、ふただし。


 私は不安なのを我慢してクラージュに言った。

「とりあえず、がんばってみる………」

「はい。また何かあったら呼んでください。この近くにいますから」

 クラージュはすぐにテントを出ていって、私を一人にしてくれた。私はもう一回シェーラって人が書いた手紙を読み返して、使い方を確認する。……鏡を探さなくちゃいけないな。

 それにしても、差出人の名前がなんかすごい。シェーラ・ゲルダガンディア。ゲルダガンディアって確か首都じゃなかったっけ。で、首都を治めている人の名前がシェーラじゃなかったっけ。

 クラージュ、なんて人になんて物を用意させてるんだろう。人脈の無駄遣いだな。しかもこんなものにわざわざ署名が入ってるのもすごいな。なんでだろうな。

「……なんて」

 あんまり長いこと現実逃避しているわけにもいかない。

「…………はあ」

 よし、死ぬか。


 

 

 色々すませて、私はテントを出た。だいたい三十分くらいかかっただろうか。もう疲労困憊である。うんざりである。それにはっきり言ってこんなのじゃ落ち着かない。動きたくない。でもたぶん、クラージュは心配して待ってるんだろうし(ナルドやアジュはぜんぜんそんなことないだろうけど)。肩にはジュノの長衣がかかっている。下がジャージだから隠さなきゃいけないのだ。

 果たしてクラージュは、テントの出口すぐそばに立っていた。まるで見張りみたいにだ。

「クラージュ……さん」

 声をかけると、クラージュはとろけるような優しい顔をして答えた。

「呼び捨てでかまわないんですよ」

 いやいやそういうわけには。

「大丈夫でしたか?」

「なんとか………」

 ほんと、ぎりぎりで、なんとか。歩く姿のぎこちない私をクラージュはいたわしそうに見下ろす。

「こればかりは、慣れていただくほかありませんが……」

「そのうち慣れるから、大丈夫……たぶん」

 私は首を振った。ほんとに、クラージュの言うとおり慣れるっきゃない。

「それより、なんかあの……ありがとう。何から何まで……。ごめんね、全部頼っちゃって。迷惑かけたでしょう」

「いいえ、役得でしたよ。二人だけの内緒のお話ができましたから」

 クラージュは肩をすくめておどけたけど、私は真剣に言っている。あんな丁寧な説明書をわざわざ書いてもらうのなんて、どう考えたって絶対五分じゃ間に合わない。前々から準備してあったはずだ。

 そのことを指摘すると、クラージュは大したことじゃありません、と軽く首を振る。

「届いたのはほんの数日前ですよ。その軍服を用意したのと同じ日に手配しましたから」

「………」

 一を聞いて十を知るとはこのことか。おののく私をよそに、クラージュは悲しげな表情を浮かべる。

「手に入れた後すぐ、渡せば良かったのです。あなたがこちらにもう少し慣れて、気持ちの落ち着くのを待とうと、そういう浅はかなことを考えずに」

 よく回る口だ。悲しそうな顔は演技だな、と私は見当をつけた。しかし、クラージュの思いやりはよくわかる。確かに、生理でもないのにおっそろしいものを渡されていたら、マジにクラージュのことが嫌いになっていたかもしれないからだ。

「女性の体のリズムは、待ってはくれないのにね。あなたには辛い思いをさせてしまった。許してくださるでしょうか」

「リズムっていうか……」

 私は、どう説明したものか迷って、軽く首を傾げた。

私がこうまで生理のことを忘れ去って油断しきっていたのは、まだ来るはずの時期じゃなかったからだ。

「ちょっと、疲れてたみたい。やっぱ環境が変わると変になるみたいだね」

「お察しします」

 クラージュが言葉少なに相づちを打つ。

「ミュゼとかさ、クラージュさんとかがさ、あんなに帰れ帰れって言ったの、こういう事だったんだね。こういう普段だったら全然何でも無いような、くっだらない事でめっちゃくちゃ苦労するよっていう」

 まさか十七歳にもなって、生理で苦労するなんて思ってもみなかった。今日一日だけで、一生分恥ずかしい思いをした気がする。私はますますしおれたけど、クラージュは追い打ちをかけるみたいに言った。

「帰りたくなりましたか?」

「……」

 正直なことを言うと、今この瞬間もめちゃくちゃ帰りたい。せめて生理が終わるまで日本で生理休暇をとりたい。でも、それじゃ葉介と一緒に年を取ってあげられなくなってしまう。

「…まさか。そんなわけないじゃん」

 帰りたいなんて言ったって引き留めてくれる人はここにはいない。私は精一杯強がって見せた。それ以外に出来ることがない。

 するとクラージュはにっこり笑ってたった一言、

「良かった」

 とだけ言った。言葉をむやみと飾りたがるクラージュにしては、率直な物言いだった。ま、お世辞だからだろうけどな。

「…」

「……」

 その後ほんの一瞬、会話に隙間が空いた。外国ではこういうのを天使が通り過ぎた、っていうらしいけど、おしゃべり好きなクラージュはその去り際の天使を蹴り飛ばすみたいな勢いでまた話し始める。

「花奈さんがここにとけ込むための協力は惜しんでいないつもりですよ。ミュゼも僕もね」

「……何それ、いつの話?」

 ミュゼと、クラージュが? 私は本気で首を傾げた。ミュゼとクラージュが、私になんかしただろうか。思い返してみるとミュゼは暇な私のためにけっこう頻繁に遊びに来てくれてたけど、クラージュは何だろう。私の素行が悪いって教えに来た時のことを言ってるのか? まさか、軍服と救急箱を用意したことじゃないと思うけど。

 私のぴんときてない顔を見て、クラージュはくすくす笑った。

「いやだな、僕だってただ意地悪しようだとかからかって遊ぼうだとかだけ思って、皆の手相を見ろなんて言ったわけじゃないんですよ」

「………手相?」

 あれがどうして私への気遣いになるんだろう。あと、『だけ』が超気になる。ちょっとは思ってたってことじゃないか。

 すっとんきょうな声を出した私を見て、クラージュはまだにこにこしている。ほんとによく笑う人だ。

「ほら、花奈さんみたいな可愛い人に手をとられたら、どんな人でも優しい気持ちにならずにはいられないでしょう?」

「……………」


 なんかお腹だけじゃなくて頭も痛くなってきた気がする。こめかみを人差し指でぐにぐにしながら私はかろうじてこう突っ込んだ。

「……そういうのはセクハラに含まれるんじゃないのかな……」

 今日の出来事の後で今更セクハラがどうこう怒るつもりはないけど、そこんとこどうなんだ。しかしクラージュは悪びれるということをしない。

「あのことで花奈さんが可愛らしい女の子なんだと皆に知れ渡りましたから。後は、花奈さんが手料理でも振る舞ってくだされば士気も上がりますし完璧なんですが…」

「ははは、ご冗談を」

 手相見がまるでデビュー直後のアイドルの営業活動みたいに扱われてて、私はちょっと憮然とした。あの時私は私なりに焦ってたし困ってたし、クラージュの言うことを心底から信頼してたんである。それを、まるで関係ないことに利用されて、結果オーライって言われても納得いくわけがない。

 しかしここまで世話になっといて……って気がするし、やっぱ飲み込むしかないようだ。この不満。

「…………」

「…花奈さん?」

 ふとクラージュが私の顔をのぞき込む。視線は私の唇だ。私のいつもの悪い癖が出てたらしい。つまり、不満が唇に出てたらしい。

 クラージュはすっと指を伸ばして、私の唇を縦に挟む。

「……ぎゅむう」

 ………ほんとに、この人何がしたいんだ。

 冷たい目をした私に、クラージュは短く言ってほほえんだ。

「葉介の真似をしてみました」

 ……ほんっっとーに、何がしたいんだろう。




花奈を震撼させたアレの名前は月経カップというものをモデルにしていますが、全然ぐぐらなくて大丈夫です。

読んでてしんどい箇所だったと思います。お疲れ様でした&大変失礼しました

まだもうちょい続きますが描写は相当減ると思います

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