The 3rd Attack!! 4
そろそろ心細さも頂点に達しそうだったけど、まさかナルドやアジュにつれションよろしく『クラージュのところまでついてきて』なんて言えたもんじゃない。私はまた一人になって、クラージュを探す羽目になった。
クラージュはほんとに尻の軽い…失礼、バイタリティに溢れてる人で、ほとんど一カ所にとどまっているということがない。
クラージュは、彼のたった一人の上官であるジュノがほとんど第二エリアの執務室から出てこない代わりに、駐屯地中を駆け回って(ほんとに走ってるわけじゃないけど)いるらしい。
朝は太陽が昇るより早く起きてへーちょとお茶を飲んでるらしいし、夜は私がぐうぐう寝てる間にもナルドがレモン水を用意するのを手伝ったり厩舎の動物たちの様子を見たりするらしい。私は太陽が地面の下にいる間は、自分のテントから出ちゃいけないって言われてるから知らないけど。
もちろんそういうのどかな仕事のほかにも、物資の搬出入や戦闘訓練の指導もそう、人事のことも偉い人と連絡を取り合うのも、国内外とのネゴシエーションも、果ては駐屯地内で禁じられてる賭博行為の捜査まで、なんでそこまでするの? ってことまでやってるらしい。ありとあらゆる雑務を、クラージュは一手に引き受けているのだ。
そういうわけだから、駐屯地の中でクラージュの目の届かない場所、足の及ばない場所はないと言って良い。裏を返せば、
『クラージュ今どこにいるか知ってる?』
って聞いても、
『さあ、どっかにいるんじゃない?』
という返事しか期待できないってことでもある。今の私は長い距離を出歩けないのに、まったく弱った。
変な格好をしてる私は、やっぱりめちゃくちゃ目立つらしい。どろっとした感触がしたので思わずぎくっと立ち止まると、そのへんにいたおっさんが…もっと具体的に言うと、四十目前ぐらいで、髭成分多めの…たぶん警備のおっさんだけど、その人が私を不審そうに見下ろした。
「あんたさっきからなにしてる?」
「………」
知らない人が私の名前を知ってることにももう慣れた。おっさんは、私がうろうろうろうろしてることに気づいて声をかけてくれたらしいけど、はっきり言って今はありがた迷惑ってやつだ。私はおっさんの顔をまっすぐ見るだけの元気もなく、おっさんの足下を見ながらつぶやいた。
「悪いけどほっといて……」
あーあんまり立ち止まってたくないんだけどな。私は思わずジュノから借りた長衣の前を、片手でかきあわせた。
しかし、その仕草がいけなかったらしい。おっさんはますます不審そうに目をすがめて言った。
「……あんた、何か隠し持ってるんじゃないだろうな?」
「え!?」
なにこのおっさん鋭い。私はひるんだ。
そういえば、私は寝坊やら魔法の勉強をぶん投げたやらクラージュに平気で楯突くやらで、あんまりここの人たちから信用されてない。葉介が実家から持ってきた(という設定の)稀少な魔具(冷蔵庫とかPSPとか)を我が物顔で濫用してるって噂が流れてるから、おっさんは私が何か盗もうとしてると勘違いしてるんだろう。こんなところから何か盗むほど私不自由してないのに。ていうかどこへ何を持ちだそうっていうんだ。
「なにも持ってないよ…!!」
嘘は言ってない。隠してはいるけど。あわてて私はおっさんから距離をとり、長衣の合わせをますます強く握りしめる。おっさんが、今にも長衣をひっぺがしかねない目の色をしてたからだ。ひっぺがされたら色々終わる。
しかし、おっさんの目にはそれがますます不審に映ったらしい。
「じゃあその服を開けて見せてみろ」
「やだよ!!」
「やましいところがないなら見せられるはずだろう。だいたい、その長衣はジュノ様のものじゃないのか」
「やだったらやだ!!」
「……話にならんな」
おっさんはため息をついた。話になんないのはこのおっさんのほうだ。くらくらしてきた。
服がどのくらい汚れちゃってるか、自分の目では確認してない。黒の軍服だから目立たないはずだけど、仕事の合間にちらっと見ただけのはずのジュノが気づいたくらいだから、注視されたらすぐばれちゃうだろう。走って逃げたい。すぐ捕まるだろうけど。
「………」
うわー、うわー、これは万事休したかもしれない。私はぎゅっと目をつぶった。
助けてお母さん。助けて葉介。助けて幹也。ついでにジュノ。もうやだ。もうやだ。私がいったい何したって言うんだ。なんでこんな時にこんなところでこんなことになるの。やだって言ってるのになんで分かってくれないのこのおっさん。
「……チーズ蒸しパンになりたい」
「…………あんた今なんつった?」
心底呆気にとられたような声を出したおっさんをよそに、私はしばらくうつむいて黙った。
こうなったらもうどうしようもない。楽しいことを考えよう。どいつもこいつもセクハラ野郎だとか洗いっぱなしのブラジャーとかナルドのちんちんのこととか、そういう辛いことはもう忘れよう。楽しいことを考えよう。
「……………」
「……い、……おい!!」
「んぐ」
修学旅行で行ったディズニーランドのことを思い出していたのに、目の前のおっちゃんが乱暴に私の肩を揺らしてくる。現実逃避も自由にさせてくれないのか。
よだれがたれてないか顎のあたりを確かめながら、私は再度交渉した。
「ごめん、生活態度は改めるから今はほんとに勘弁して」
「悪いがこっちも仕事でな、そういうわけにもいかん」
「それを言うならこっちだって事情ってものが……」
「だからその事情を言えっちゅうのに」
「だからそれが言えんっちゅーのに」
もうらちがあかない。そろそろ一回トイレに行っとかないとたぶんまずい。時間がないのに。おっさんを無理にでも突破しようか。
「何事ですか?」
くらくらしながら私とおっさんはにらみ合ってたけど、突然その私たちに割って入る人がいる。
「クラージュ!……さん!」
「クラージュ様!」
「呼び捨てでかまわないんですよ、花奈さん」
クラージュだった。私がさっきから探してたクラージュ。金茶の髪をなびかせて、彼は少し離れたところから小走りに駆け寄ってくる。そして、目をまん丸にしている私たち二人と一度ずつ目を合わせてからにっこり笑った。
「タンジーも花奈さんも、ひとまず落ち着いてください。こんなところで喧嘩するのは、あまり見た目の良いものではありませんよ」
「だってこのおっさんが!!」
私はすかさず食ってかかった。先に因縁つけてきたのはこのおっさんの方だ。クラージュは、うん、と私にうなずき返す。
「事情は分かりました」
「マジで!?」
かくかくしかじかとすら言ってないのに本当に分かったのか!
おののく私を、クラージュは優しい目で見下ろした。
「大丈夫ですよ、花奈さん。全部、分かっていますから」
「……………」
本当に全部分かったっていうんだろうか。うさんくさいものを見る目をしてる私の視線をものともせず、クラージュはおっさんに向かってこう言った。
「タンジー。職務に忠実で大変結構なことです。ですが、花奈さんのことは少し大目に見てあげてください。天真爛漫なところが、花奈さんのかわいらしいところなのですから」
「……………」
「……………」
タンジーっていう名前らしいおっさんと、私の心は一つになった。聞いてるこっちが恥ずかしいわ、という照れ。私にはそれに、天真爛漫とか言ってる場合じゃないわ、という焦りも加わるけど。
勢いを殺がれたらしいおっさんから、今度は私に向きなおり、私の耳に口を近づける。
「花奈さんは、テントに戻っていてください。僕もすぐ行きます。五分だけ待てますか?」
「………あ…」
「……花奈さん?」
クラージュが心配そうに私の顔を覗き込む。私はこっくり、小さくうなずいた。
「ん…待てる……」
「良かった。かわいそうに、心細かったでしょう。もう、大丈夫ですよ。心配しないで。ね?」
クラージュは私の肩にかかったジュノの長衣ごと、私を一度抱きしめ、すぐ放した。私はもう一度うなずく。
私はそのままおっさんとクラージュから離れ、お腹をかばいながらとことこと第三エリアの自分のテントを目指した。立ち去りながら振り返ると、クラージュはおっさんと一言二言話した後、足早にどこかへ去っていくところだった。おっさんも、私の方をちらっと見て、ばつが悪そうな顔をした後、また警備の仕事へ戻っていく。
なーんだ。クラージュはちゃんと分かってた。助けてって言わなくても。あんな、何度もは言いたくない事情をわざわざ説明しなくても。
私は、不覚にも目にたまってた液体を手の甲でぐいぐい拭いた。
とにかく、助かった。これで何とかなる。
ズボンの下は太股までべたっとしてるけど、とにかくこれで、助かった。
チーズ蒸しパンになりたい…2003年より週刊少年ジャンプで連載されている『銀魂』単行本の作者ページにて、作者が記した謎のコメントです。アニメでもネタにされました。