The 3rd Attack!! 1
読みたくない人もいるだろうなあというネタがしばらく続きます
以後やべっと思われたら読むのを中止してください
3-6くらいから描写が柔らかめになります
あれからどうなったかというと、だ。
私の居場所は、ナルドと葉介のテントから、ジュノのテントに移った。いつ、幹也から連絡があるか分からないからだ。
今更だけどよくよく考えてみれば、おかしい点はいくつもあった。PSPでモンハンやって遊んだけど、私が投げ込んだのはDSとiPodだけだった気がするし、20キロ入りのお米の袋なんて、私には持ち上げられない。いくら火事場のバカ力が働いていたとしても、あんな重たいものを投げていたら記憶に残ってたはずだ。きっとPSPもお米も幹也がしてくれた仕送りだったんだろう。なににせよ、これで幹也も向こうで色々考えてくれているということが証明されたわけだ。私も心おきなく葉介を地球に連れ戻す作戦を練れるってもんだ。
そうそう、いつまでもナルドのテントで寝ているのもいい加減不便だということで、一応私のためのテントも新しく張られたけど、そこにはほとんど寝るときぐらいにしか戻らない。
ジュノは私がテントの隅っこで魔導書を読んでいるのがたまらなくうっとうしいらしく、たまに私を物言いたげに見る。けど、知るもんか。その程度のことが我慢できないなら、私は今すぐ葉介を引っ張ってあの時空の穴から帰っていくまでだ。
私が魔導書を読んでいるのは、ジュノのテントでゲームをするわけにもいかず、しかしなにもせずにいるのは空気が重々しすぎて耐えられないからという、何もしてないよりはマシ程度に選んだ苦肉の策だ。
ではあるものの、継続は力なりというのか(私はこの言葉嫌いだけど)なんとか、とりつくしまもなかったこの世界の魔法についても、ちょっとずつ分かるようになってきた。
インコ並の集中力しかない私が必死こいて理解したところによれば、自然界の四つの力…あのいまわしい、電磁気力、重力、強い力、弱い力の中のうち、強い力と弱い力はほとんど無視して良いらしい。
というのも、この世界の魔法のほとんどは電磁気力と重力で出来ているかららしいのだ。というか、私たちの身の回りの運動や事物、現象は、ほとんど全部、電磁気力と重力が仕事をした結果、と言って良いらしい。よくわかってない私が、よくわかんないなりに説明しよう。
まず重力。重力はいわずもがな、重力だ。以上。
……じゃあちょっと味気ないから付け加えるけど、ミジンコから光、ついでに時間まで、ありとあらゆるすべてのものを引っ張りつける力で、『ものごとのマクロな構造を支えている』。太陽の周りを星が回るのも、私が空へ果てしなく落っこちていかずにすんでいるのも、全部この重力のおかげだ。一番理解しやすいのはこれなような気がするけど、残念、ゲルダガンドの魔法は電磁気力を操る物が多い。
電磁気力は、電気の力と磁石の力をさす。一見違うこの二つの力は、実のところまったく同一の物、らしい。
この電磁気力は、レンジでチンするのを司るのにくわえ、原子の中の陽子と電子をくっつけている力だ。というか、私が知ってる重力以外の力は、全部この電磁気力らしい。……おいおい嘘でしょ、って私も思うけど、そうらしい。物を燃やしたときのエネルギーも何かをぶん殴ったときのエネルギーも、表面張力も電磁気力。…ほんとかな。どうも納得いかないから、家に帰ったら幹也に聞いてみよう。
幹也は一時期、永久機関に凝っていたから私も聞いているんだけど、かの有名なマクスウェルの悪魔はこの電磁気力が操っている電子を好きに仕分けすることによって、無限のエネルギーを生み出せる。つまりグラナアーデは(というかゲルダガンドは)エネルギー問題からはほぼ完全に解放された場所らしい。じゃあ宝石くらい自分たちで作れよ、と言いたいところだけど、これがそうもいかない。その理由が、次に紹介する強い力だ。
強い力は、陽子と中性子同士をくっつけあっている力。これがほんとに、名前からして強い力というだけにものすごい力で、電磁気力のだいたい百倍は強い。核爆弾みたいなものを想像しとけばだいたいあってるらしい。こんなものを自由自在に操るというわけにはいかないのは当たり前だ。
たとえば金を作り出そうとしたとする。そのためには金の原子とよく似た原子をつれてきて、そこから陽子や電子、中性子を足したり引いたりしなくちゃならないけど、この足したり引いたりには莫大なエネルギーが必要になる。金のネックレスを一つ作ろうとするなら、たぶん、世界がそっくり焦土に変わるぐらいのエネルギーが。はっきり言って、現実的じゃない。そんなのを現実にする技術を開発する暇があるなら、異世界から葉介みたいなのを拉致ってきた方がまだ楽だ、ってことになるらしい。理屈は分かるけど、まったく身勝手な話だ。
最後に残った弱い力、これは中性子が崩壊するときにはたらく力。
どこからかとりだしてきた中性子単体をぽんとおいておくと、軽い食事をとり終わるぐらいの時間で中性子は自ずから壊れる。つまり、中性子は陽子と電子とニュートリノに分解しちゃうのだ。この時中性子をバラバラにするのが弱い力…らしい。おそろしい。
専門用語が多くてこれはまだよくわかんないけど、まあ私は中性子じゃないし、今のところは考えなくても良いだろう。魔導書にこれは使わないって書いてあるものなら、遠慮なく切り捨てるまでである。
まとめると、実用に耐えうる便利さがあるのは電磁気力と重力で、残った強い力と弱い力に関しては目下研究が進められている真っ最中ということらしい。
電磁気力、重力、それに加えて強い力と弱い力が掌握できれば、錬金術も死者蘇生もありとあらゆることが思いのままになる、と言われているけど、それができる人は今のところ、いない。魔導書には今のところと書いてあったけど、いつか本当にできる人が出てくるかもしれない。なにせグラナアーデは電磁気力と重力を、実際に意志の力でねじ伏せているとんでもねー世界なのだから。
もちろん、ありとあらゆる人がそれをやれるわけじゃない。ミュゼみたいな根性無しは意志の力をコントロール出来ないし、ベルみたいなバカは電磁気力をねじ伏せるだけの知力が足りない。まあまあ頭が良い葉介だって、あんな小さな火をつけるだけで精一杯だ。
この前クラージュが金の粉をばらまいて喜んでたけど、あれだけの何か(なにをやってたかは知らない)をやれる人間は世界全体でも少ないとかなんとか。ふつうはほとんど、葉介みたいに何もないところから火種を作るくらいの魔法を覚えた時点で、魔法をあきらめてしまうらしい。あまりにも難解だから。
その気持ち、すっごくよく分かる。死ぬほど努力すれば百メートルを十秒くらいで走れるって分かってても、そんなの試す気になる人は少ないっていうのとたぶん同じだろう。出来たら良いけど、出来なくても別に良いや、っていう。
東京都知事が『地球とコンタクトをとれるほどの高度な文明が滅びていないはずがない』とか何とか、以前言っていたような気がするけど、これだけの力を意のままにする人間がぽこぽこ住んでいるグラナアーデがなぜ滅びていないのか、その答えは簡単、さっき言った『お勉強が大変すぎること』と、相手も同じ力で防衛し、相殺してしまうことらしい。このグラナアーデに大量破壊兵器は存在しない。作れるけど、無意味なのだ。だから、戦争はどこの国でも日本の合戦みたいに兵士が剣と剣で戦う一騎打ちを基本系にしているらしい。ま、さすがに名乗りあったりして相手の名誉を重んじるなんてことはしないらしいけど。それどころか不意打ち闇討ちなんでもありらしい。
いろいろとすごい魔法があるのに、戦争の仕方が原始的なのはそれこそバカみたいだと思う。無意味なんだから、戦争なんてやめればいいのに。
話はそれ続けるけど、そういう状況だから、この世界の外交上でもっとも重要なのは、『バカだと思われないこと』だ。バカだと思われたら…つまり相手の攻撃を防げないと思われたら、速攻で国土が消滅するほどの電磁気力や重力をたたき込まれるかもしれない。
だから、少なくともゲルダガンドには選挙なんてものはない。王族も貴族も存在するけど、昔の中国であった科挙みたいに、みんなひたすら死ぬほど勉強して、治世に励むらしい。
もしここが地球なら、魔法が得意であることと政治が得意であることはイコールにならないから、高卒で大統領、なんて人も出たりするかもしれないけど、なにしろここは電磁気力を掌握することによってエネルギー問題を解決した世界だ。その人個人が有能な魔法の使い手であることは、直接的によりよい政治につながる。だから何よりもまず魔法を自在に操れることが、為政者の絶対条件。そして魔法を自在に操るためには、幼い頃からの英才教育が不可欠となり、更にその英才教育を受けさせるには結果的に高い身分と財力が必要になるんである。
だからデモクラシーとか選挙とかがこのグラナアーデでは必要視されないのも無理らしからぬことなのだ。市民にとっても貴族にとっても気の毒なお話に聞こえるけど。
そういえばこれはミュゼから聞いたけど、ゲルダガンドの伝統として、『ジュ』あるいは『シュ』の音が名前に入る人はほぼ全員、相当に身分が高い人間だと 思って良いらしい。つまり、幼い頃から高度な教育を受けていて魔法の力も相当にある人間だから、社会的にも肉体の安全的にも逆らわない方が良いとかなんとか。平民も『ジュ』や『シュ』を使えない訳じゃないけど、本当に身分が高い人に目を付けられるといけないから、あえて避けることが多いとも。
たとえばゲルダガンドの王太子はオン『ジュ』、その兄はラ『ズ』ゥ。ラズゥという人が王族なのにジュの音が入らないのは、お母さんの身分が低かったので、いずれ生まれてくる弟に遠慮して、あえて『ジュ』の音と似て非なる『ズ』の音を入れたらしい。同じ理由で、このへんを…荒野シュツルクを治めている領主、フォーステア公の名前も『シグ』ルド。ややもすると王にもなれてしまうほどの身分だったフォーステア家は、まだふさわしい世継ぎを持たなかった王家に対して叛意の無いことを示すため、シュの音から少しずらした音を子に名乗らせた。しかしシグルドに妹が生まれた時には既に王太子が立っていたので、後顧の憂い無くエヴァン『ジェ』リンの名を付けた。ゲルダガンドの首都、ゲルダガンディアを治めている女性の名は『シェ』ーラで、彼女もエヴァンジェリンと同じ経緯をたどって名付けられたという。
ええいややこしい。参考になるんだかならないんだかわかんない判断材料だ。つまりミュゼが言いたかったのは、『ジュ』ノにもクラー『ジュ』にも逆らうんじゃないぞということだったのだろう。残念、今更である。
脱線に脱線を重ねたお話もこれで終わりだ。やれやれ。
まあ何にせよ、私がまず何とかすべきなのは電磁気力だってことだ。一番簡単なのはやっぱりレンチン…お湯を沸かすことみたいだから、私はある程度魔導書をおさらいしたあとは、早々にコップに入れた水を全力で睨みつける作業に入った。私は習うより慣れろ派なんである。
レンチンでお湯を沸かす方法は簡単、水分子をひたすらかき回し、水分子同士をこすりあわせるのだ。すると水分子同士の摩擦熱で水全体があったまる。ちょっとでもあったまりだしたらしめたものだ。あったかい分子はすなわちすばやく動いてる分子ってことだから、さらに大きな摩擦熱を生み出す。私はひたすらコップに念じて、すばやく動いている水分子を応援し続けていればいい。
ちなみにクラージュが私だけに煮えたぎったスープを飲ませたからくりはこれだ。クラージュぐらいになるとお湯を沸かす程度のこと、息をするより簡単だっていうから恐れ入る。
しかしクラージュには簡単なことでも、私にとっては大変なさわぎだ。水分子が素早く運動するのを応援する、と一口に言っても、水分子なんてものは肉眼で見えるようなものじゃない。
コップの水面がさざ波みたいにふるえてるうちはまだ良いとして、ちょっと気を抜くとコップの中の水はあっと言う間に洗濯機の中みたいになって、お湯を沸かすどころじゃなくなる。
つまりこういうことだ。コップの水をぐるんぐるんかき回すと水の表面積が増える。すると水はより多く気化する。そして気化熱によってせっかくためた摩擦熱が奪われ、いつまでたってもお湯はわかない。というかむしろ外気温にさらされて冷たくなる。
レンチン式でお湯を沸かすコツは、一気に、しかも水面に異常が出ないほど細かく水分子を振るわせまくるしかないのだ。
何度も言うけど、私の集中力ときたら生まれたての子猫なみなので、これはものすごくキツい。
ずっと勉強しているせいか、下っ腹がずきずき痛む。私の体は根本的に勉強に向いていないと見える。
おなかをさすりさすり魔導書を眺めたりコップの水をかき回したりしていると、ふと目の前に座っていたジュノが顔を上げ、眉間に皺をぎっちぎちに盛り上げつつ言った。
「……花奈」
「ん、なに?」
生返事をした私をじろっとにらんだ後、ジュノはふいっと目をそらした。
「どうしたの?」
ジュノは返事をしなかった。目をそらしたまま、ジュノは肩に掛けていた長衣をぐいっと脱いで、私の頭にぶっかぶせる。
「わぷっ」
コンパクトに体育座りをしていた私をすっぽり包み込むほど、ジュノの長衣は大きかった。生ぬるいコップの水をちょっぴりこぼしながら私がもがくのを長衣の向こう側でジュノは見ていたんだろうか、凍り付くほど冷たい平坦な声音で私に命じた。
「速やかにナルドリンガの元に行き、指示を仰げ。問題が解決されるまで戻ることは許さん」
「前が見えないっ!! 前が………問題?」
ジュノの長衣の中で空気が密閉されたせいで、私もやっときづいた。
血の臭いがする。しかも、自分の体から。
いやな予感がしてちょっと身じろぎすると、案の定というかなんというか、下着の中でどろっとした感触。
「…………!!!」
私はすくみあがり、へっぴり腰ながら勢いよくたちあがった。ズボンの方まで汚れてるんじゃないだろうな。…いや、たぶん汚れてるんだろう。でなきゃ『情けはかけない』宣言をしてたジュノが私に自分の上着を貸してくれるような気遣いをしてくれるわけがない。
「い、いいいいってきます!!!」
私は宣言するなりジュノの上着を頭からかぶってテントを飛び出した。ジュノの顔は恥ずかしくて見られない。
………だれか助けて。
明けましておめでとうございます。
去年のうちにアップしようと思ったんですがうっかりしました。