The 2nd Attack!! 9
私の通った後には多分砂埃がもうもうとたっていただろう。私は、私の出せる全速力で食堂を飛び出し、全力疾走した。飛び込んだのは、第二エリアのジュノの執務室……という名の、簡素なテントだ。後からは、何故かついてきたミュゼとベルも一緒だ。多分面白がってるんだろう。
「……げふっ」
しかし、私はテントに入るなり、むせた。テントの中は、金色の粉が霧のように濃くたちこめていたからだ。別に小麦粉みたいに煙たいものじゃなかったけど、考えてもみてほしい、何の気なしにテントの中に入ったら、目の前全部が金色の粉でぴかぴか光っていた時のことを。
テントの中には、机について山のように積み上がった書類をばっさばっさと切り回している(比喩表現だよ)ジュノと、それとほとんど同じぐらいの速さで決裁済みらしい書類を、なんていうか……板状の不思議な機械で不思議な処理をしているクラージュがいた。金の粉はクラージュの不思議な装置から吐き出されているらしい。
不思議な板は透明で、かつ、てらてらした金属光沢を放つという謎の素材で出来ていた。形は円。厚みは多分1センチ程度にも無い。大きさはちょうど横一メートル幅くらい、縦幅はその半分くらいで、クラージュの胸の高さあたりでぷかぷか浮いている。
何が不思議かっていうと、金の粉よりも素材よりも何よりも、一体何を目的にした装置なのか見当もつかない所だ。
私が知っているものの中でこの装置に一番似ているのは星座早見盤だろうか。というか星座早見盤と全く同じ構造のようだ。外側の板の内側にほとんど同じ大きさの板がはめこまれていて、それが回転するのを外側の板に何カ所か空いた窓から覗けるようになっている。……うん、星座早見盤だ。円周には細かい目盛りもついていることだし。
ただしこの星座早見盤は星座ではない何か他の文様が表面で光っている。文様はナスカの地上絵とミステリーサークルを足して、さらにもう一つ何か足したような幾何学的な形をしていた。
それらの文様は………鳥や、羊や、仔馬や剣、月やら蜘蛛やら、色んなシンボルがクラージュの手の動きに合わせてそれぞれ入り組んで乱れ、浮かび上がっては消えていく。葉介がボールペンで火を付けて見せてくれた時の、あの電子回路にちょっと似ているけど、あれよりももっとずっと複雑な動きだ。
クラージュがその星座早見盤の上を撫でるような仕草をするだけで、早見盤はくるくる回転し、ぴたりと止まる。その指し示されたシンボルをクラージュの繊手がそっと弾くと、シンボルは光りながら空中に浮かび上がる。
たとえば、現れた羊のシンボルをクラージュが撫でたなら、羊は命を吹き込まれたように動き出す。羊であることくらいしか分からないほど象徴化されたされた羊は、その姿のままのびのびと星座盤の表面を駆け回った後、星座盤から浮き上がり、どこか遠いところへ駆け去っていく。鈴でも打ち振るっているような涼やかな音と、金色の粉と一緒に。
その金の粉が空中をゆったりと漂ってまだ消えないうちから次の文様がぶっとんで行くので、結果、テント中がまっきんきんになるという事らしい。風通しの良いところでやれよ。
言いたいことは山ほどあったんだけど、正直、この光景には怯んだ。
私が顔をひきつらせている間に、クラージュがふと早見盤から顔を上げて、これ以上は無いってほどの笑みを浮かべる。
「こんにちは、花奈さん。先ほどぶりですね」
「あ……こんにちは」
私はうっかりつられて返事した。……いや、違う違う。そんなんじゃなくてだ……。
クラージュは何とか言ってやろうとした私を押しとどめるように、自分の目の前に浮かべている不思議装置を指し示した。
「不思議ですか? これも花奈さんにお渡しした、計算尺の仲間ですよ。熟練すれば花奈さんもこのくらいのものも操れるようになりますから、頑張ってくださいね」
「え? 計算尺!? これが!?」
これが計算尺って……まさかだろ!! 私の使ってるのとは電卓とスパコンほどの差がある。ていうかこれは計算尺じゃなくて、どう見ても星座早見盤……
って、そんな事はどうでも良い!!
私は金色の霧をかき分けてクラージュに詰め寄った。
「クラージュ…さん! 私のことからかったでしょ!?」
辛うじて私はクラージュの名前の後ろに『さん』をつけた。正直、外しても良いと思う。クラージュはふふふ、と笑って悪びれない。
「ああ、二人から聞いたんですね?」
「聞いたよ! 全部! 信じてたのに!!」
「すみません。あんなに素直にやってくださるなんて思っても見なかったから」
「なにをー!!」
ここでやっとになるけど、私がベルとミュゼから教えてもらった真相について話そう。
ベルはさっき、食堂のテーブルで気の毒そうに私を見てこう言った。
「花奈。ここには三千人ぴったりいるわけじゃない。おれもくわしくは知らないけど、たしか三千人よりもっといる。ぜんぶさがして回るのは、花奈がおもってるよりずっとたいへん。それに、花奈のいう『手』の人なら、たぶんおれもう分かった」
「へ?」
ベルが言うには、時空の穴は固定されている。うちの池からぼんぼん投げ込んだものが、こっち側の世界の好き勝手なところに飛び出してくるわけではないらしい。穴の反対側から何かが投げ込まれると、パイプのようにぴったり決まったところから吐き出されてくる。
で、その、肝心の、うちの、池の、パイプは!! ことも! あろうに! この! この!!
このジュノの!! 陰険カリスマラスボス野郎の!! ぴったり頭上に繋がってるらしいのだったーー!!
「うわあああああああん!!!!」
回想終了と同時に色々耐えきれなくなった私は頭を抱えて全力で叫んだ。そうでもしないと死んじゃいそうだったからだ。
「あ、取り乱した。大丈夫ですか、花奈さん」
クラージュが全然心配そうじゃなく、むしろにこやかに言った。
「お前のせいだーーーー!! お前と、ジュノのせいだあああああ!!!」
ジュノの真上に繋がってるなら、まず間違いなく、私が伸ばした手はジュノに掴まれたんだろう。
「……うわあああああん!!」
恥ずかしすぎるーーー!!! 弟の敵に! ラスボスに! 手を撫でられていたとか! しかもそれで慰められてたとか! 極めつけには引っ張って家に連れ帰ろうとしたとか! 泣ける! 死ねる! 穴掘って埋まりたい!
私は半泣きになりながらクラージュに食ってかかった。
「だましたな! 知ってたならなんで言ってくれなかったのさーー!!!」
「まあまあ、良いじゃないですか」
「全然よくないわ!! マジゆるさんぞ貴様!!」
「……クラージュ。何事だ?」
ぎゃーぎゃー騒ぐ私とからかって遊ぶクラージュに挟まれて、さっきから嫌そうな顔をしていた人がこの時やっと言葉を発した。さっきまでばりばり書類を裁いていた、渦中の男こと、ジュノだ。
「ぐふうっ!」
正直、今の私にはジュノと真正面から向き合うだけの気力がない。ジュノの声を聞いただけで変な声が出た。動悸もする。ジュノは飛び込んできた私とミュゼとベルを順番に絶対零度の眼差しで見つめると、ばっさり切り捨てた。
「とにかく邪魔だ。失せろ」
「…………くっ、さすがラスボスのプレッシャー…!!」
「………花奈、たしかめなくっていいの? おいだされちゃうよ」
さっきまで黙っていたベルが、私の服の裾を引っ張って首を傾げた。痛いところをついてくる。
しかし、しかしである。周りに人もいる上に、仮に今『この前私の手握った?』なんて聞いたとして、ジュノがなんて返事するのかが恐ろしくてたまらないのである。 うん握ったよ! なんて返事されても反応に困るし、さっさと帰れって言われてもますます困るし。でもジュノに言われたとおり、素直に外に出たとしても、折角勢いをつけて飛び込んできた手前、どうなの? って感じもするし……。
相変わらずものすごい圧力をかけてくるジュノに気圧されながらも、取るべき態度を決めかねていると、何故か突然興奮で顔をぽっと赤らめて期待に充ち満ちた笑顔で葉介が飛び込んでくる。後からついてくるのはもちろんナルドだ。
「おいジュノ! クラージュ! 乗ったぞ! ステイルに乗ったぞ! これであのタマゴは俺があっためて良いんだよな!?」
味方だ。味方が来た。やっと、この世界でただ一人頼って良い人が来た。
葉介はなんかよく分かんないことを叫んでいたけど、私はそんな事にはかまわず、弟にすがりついて泣いた。思いっきり遠慮無く力の限り泣いた。
「わああああん! 葉介! 葉介!! もうこの世界やだ! お家帰ろうよおおおお!!」
「うわっ 花奈! どうかしたのかよ!? ていうか離れろ! みんな見てるから!!」
抱きつく私の手をどうにか振りほどこうともがく葉介に絡みつきながら、私はますます泣いた。
「どいつもこいつももー信じらんない! 帰りたい! 幹也! 幹也に会いたい!! 今なら掃除もちゃんとするからあー!!」
「だから何があったんだよ!? あと幹也呼ぶのやめろ! 話がややこしくなる!」
「だってクラージュが! あとジュノが!! みきやーみきやー!!」
「だから呼ぶとマジに来るからやめろ! あいつならやるから! クラージュとジュノがなんだって!?」
私は葉介の軍服の肩のところで遠慮無く涙を拭いた。
もはやカオスである。私は泣いているし、葉介は焦っているし、ナルドは切なそうな顔だ。クラージュは笑っている。ミュゼとベルは困った顔だし、ジュノはものすごい怖い顔だ。
しかし、収拾がつかなくなってきたところに、ふと、ジュノの頭上から、ころんとオレンジ色のものが落ちてきた。
手の平に収まるほどの、小さなものだ。他の人たちには、何の価値も無いものだったろう。でもこれは、私にとって、救いになるものだった。
ジュノは慣れっこなのか、(!)かったるそうにそれを避け、片手でぱしっと受け止める。
「あ、花奈! 来たぞなんか! ほら離れろって!!」
私を引きはがすのに必死の葉介は私の注意をオレンジ色の何かに逸らそうとする。仕方ないので私も片目でちらっと見た。
そして、唖然とした。喉から思わず、泣き声以外の声が漏れる。
「あっ……」
事情が分かったのは私だけだ。葉介は、
「なに? これもお前が投げ込んだ食料?」
なんてとんちんかんな事を言ってる。しかし、それも無理ないことだ。これの事を言ってたのは、葉介がこの世界に引きずり込まれて、いなくなった後だもの。
「貸して!!」
私は葉介から突き飛ばすほどの勢いで離れると、ジュノからそのオレンジ色のものを奪い取った。そして、つぶさに観察する。観察するまでもない。これは、まさしく、
「ミカンだ!!」
私の叫びに、葉介が頷いた。
「ミカンだな。それがどうかしたのか?」
私は間髪入れずに叫ぶ。
「幹也だ!!」
「……は?」
「幹也のミカンだ!!」
「………え? なに? どういうこと? 幹也がそれを投げたってこと? なんで分かんの?」
葉介は呆然として呟く。葉介の台詞は疑問符ばっかりだ。芳しい香りを放つそのミカンを両手で握りしめ、私は思い出した。
あの時。葉介がこの世界に飛び込んだ時、幹也は私達二人から離れて、一人だけお隣さんのところにミカンを取りに行っていた。
そのせいで私は幹也と合流できず、やむなく地面に簡単な書き置きだけ残して、葉介を追って池に飛び込んだのだった。
地球とグラナアーデとの間は時空が歪んでいるから、幹也はたった今、お隣さんからミカンを受け取ってきて、庭に残された私の書き置きに気付いてくれたんだろう。
そして、とりあえず状況を確かめるのに、手近にあったミカンを投げ込んでみたのに違いない!!
必死で呼んだら、幹也が来た!!
唖然とする周囲をよそに、私は全力でジュノの頭上めがけてミカンを投げ返した。