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The 2nd Attack!! 5

「……………!?」

 私は呆気にとられて口をあんぐり開けたけど、私の様子なんか目に入らない様子で葉介はぺーん、とカシミアの手袋をベッドの上に放り出した。いらっときた時の仕草が私と似ている。どうでもいいか。ほんとどうでもいい。今の私のびっくり加減に比べたら。

「やっぱここじゃねぇな。じゃあ俺ナルドのテントも探してくるから! 花奈、悪いけどもーちょい探して! で、グローブ見つけたら厩舎まで持ってきてくれる?」

「………え? え?」

「返事!」

「う、うん?」

「よし!」

 私に無理やり返事をさせて、葉介はまたテントを飛び出していった。せわしないやつだ。もうちょっと細かく説明してくれたっていいのに。一瞬呼び止めようかと思ったけど、多分葉介は帰ってこないだろう。葉介は私達三つ子の中でも、テンションの浮き沈みが一番激しい。やる気のない時は何をさせようとしたって駄目、やる気に満ちあふれてる時は止めたって無駄だ。


 しかし、何をして良いのか分からない。とりあえず私は枕の下から魔導書を引っ張り出して、またそれをぱらぱらめくった。さっきまで読んだはずのところさえ、全く読んだ気がしない。これは、また最初の演算から始めるしかなさそうだ。でも、何回読んでも頭に入ってこない。とうとう魔導書はぱたんと閉じて、葉介の机に戻す。ちょっとぬるくなったレモン水もぐいっと干して空のグラスを隣に置く。ちょっと落ち着いた。


「つまり…え? どういう事だ…?」

 つまり……つまりつまりつまり!? あの時泣いて縋ったあの手が、葉介の手じゃなかったって事か!?

 まさかまさか! それはまずい! 何がどうまずいって、あの手は葉介とはぐれた私がどんなに焦って、怖がったかを知ってる!! 私が兄弟無しじゃどうしようもない甘ったれの泣き虫だと知っている!

 それは何というか、恥ずかしすぎる。ただでさえそろそろ兄弟離れしなくちゃいけない年なのに。

 いやそれより、もしあの手の主がジュノか誰かにあの事を告げ口したら、やっぱりそんな甘ったれは家に帰れって追い出されるかもしれない。

 そうなるとほぼ最悪の事態だ。私は言い訳出来ないし、食い下がることも出来ない。何しろ今の私は評判が悪いらしいからな!!

 そういうわけだから何が何でも是が非でも白が黒でもあの手の主を見つけ出して、口止めしとくなり1・2のポカンできれいさっぱり忘れてもらうなりしなくっちゃいけない。


 もうグローブを探すどころじゃない。私はぐちゃぐちゃに放り出された葉介の荷物を避けながら、おろおろテントの中を歩き回った。

 どうしよう。どうやって口止めしよう。しかもよくよく考えてみると、あの手の手がかりがまるで無い。どうしよう。ほんと、どうしよう。

 

 おろおろしながら、手持ち無沙汰のために魔導書を前から後ろまでばらばらめくる。あー読んだ気がしない。この挿絵すら初めて見た気がする。

 ………ん? 私は表紙まで戻って、タイトルを見直した。『初級魔法 二』。…二? 

「…うわあ」

 どうも読んだ覚えが無いなあと思ったら、ほんとに読んでなかった。さっきまでやってた魔導書とは違う本だ。うっかりだ。テンパってたにも程があるな。そういえば魔導書は、ナルドのテントの方で読んでいたんだった!

 私は葉介を追いかけて、ナルドのテントへ移動する事に決めた。ここでやれる事なんか一個も無いって事が分かったからだ。葉介はまだナルドのテントの方でグローブを探してるんだろうから、もっと何か細かく話が聞けるかもしれないし。

 とにかく足下の葉介の着替えを蹴散らして、ベッドから道を作りながらテントを出ようとする私に立ちふさがって突然ぬりかべのように現れた人がいる。

「うひゃっ」

「おっと。大丈夫ですか?」

「……………」

 クラージュだった。片手に何か黒い荷物を抱えている。

 正直、またかよって感じだ。どうしてクラージュは私の行く先々に現れるんだろう。ストーカーか。軽くよろめいた私の腕を片手で支えながら、クラージュは首を傾げた。普段なら絶対、この程度の事で転んだりしないのに。散らかっていて足下が悪いせいだ。

 しかしクラージュにかまっている暇は無い。

「ごめん! 私ちょっと用事が出来たからっ!」

 私はクラージュを押しのけて外に出ようとしたけれど、クラージュの手が私の腕から離れない。

「待って! 逃げないでください。意地悪したことは謝ります。お願いですから話を聞いてください」

「……………」 

 マジでか。急いでるんだけどな。まあ、冥土のみやげに話くらい聞いてやってもいいかな。

 私はじれじれしながら頷いて、もう一度テントの中へ戻る。

 まるで空き巣に入られた後のようなテントの惨状については何もコメントしないまま、クラージュは私をベッドのへりに座らせて、自分は片手に抱えていた謎の黒い布を、机の上に置く。

 …さりげなく、出口をふさがれたようなかっこうだ。まあいいけど。いざとなったらどうとでもやりようはある。


 まずクラージュは、クラージュは私の手をとって、ひんやりした紙包みを握らせた。

「これを召し上がってください。火傷の薬です」

「……お薬?」

 私、薬嫌いなんだけど。病気と同じくらい。嫌な顔をした私が何か言うより前に先回りしてクラージュは言う。

「苦くはありません」

「うーん……」

 気乗りしないながらも包みをほどくと、ほのかに甘い香りがする。中には飴が入っていた。見た目はハイチュウに似てるけど、普通のハイチュウの五倍はあるし、薄黄色をした表面に白い霜がついている。霜は、指でつついても溶けない。不思議だ。

 それを言われた通り口の中に放り込むと、私は目を白黒させた。まずかったからじゃない。今まで食べたどんな食べ物とも違った味と食感だったからだ。


 近いのは、ガムとアイスキャンディーだろうか。味はハチミツで、アイスみたいにひんやり冷たいそのキャンディーを噛むと、しゃりしゃり歯の間で音を立てるのに、そのくせガムみたいにねばっこくて、なかなか砕けないし、溶けない。舌に乗せているとやけどでひりひりしていたところの痛みが和らぐ。

 思わずほころんだ私の表情をクラージュはじっと見ていて、まるでお母さんのように注意した。

「あんまり噛まないでください。口の中で、舌で溶かすようにして」

「あい」

 言われた通り口の中でゆっくり転がしていると、クラージュはやっとほっとしたような表情を浮かべた。

「あなたがあのとき、火傷するなんて思ってもみなくて。これで許してくれるでしょうか?」

 一体クラージュが何を言っているのか分からなくて、私は軽く首を傾げた。

 すまなそうに笑っているクラージュの顔を見ていてやっと思い出す。

 つまり、クラージュが言っているのは多分あれの事だ。さっきの熱いんだかぬるいんだか分かんないコンソメスープの謎。


 クラージュは私とサシで話をしたかった。でも私はほとんどいつも葉介達と一緒にいるから、まずは引き離す必要がある。それで、まずは小食のナルドにスープを飲ませた。そうすると葉介達は腹ごなしに散歩に行く。で、私のスープだけ何かの魔法で熱くして、なかなか飲み終わらないように細工しておいたんだろう。まさか私が勢いであんな煮えたぎったスープをぐいっと飲むとは思わなかったから。


 頭良い奴は策を弄しすぎて失敗する、のお手本だ。ざまあみろって言いたいところだけど、今回痛い目を見たのは私だ。でも私はこっくり頷いた。もちろん許してあげる、の意味で。

 そのくらい、謎のキャンディはおいしかった。溶けたキャンディの滴をちゅっと口の中で吸っていると、クラージュは姿勢と表情を、いつものリラックスしたものに変えて、椅子に座った。椅子を引くのにも困るような散らかり具合だったから、私が足下の色々を片付けてあげる。クラージュは短くお礼を言った。そして、話し始める。


「花奈さんとは、一度ゆっくりお話をしたいと思っていたんです」

「あい」

 ゆっくりしてる心の余裕は、残念ながら今の私には無いんだけど。

「花奈さんには、小細工が通用しない事がこの前の事と今日の事とでよく分かりましたから、率直に申し上げますね」

「あい」

「何か困った事があるなら、一人で何とかしようとせず、誰かに一声かけてほしいんです」

「……………」

 私は首を傾げた。別に、困った事なんて無い。いや、今はあるけど、少なくとも三日前までは無かった。

 よく分かんないって顔をしていたらしい私に、クラージュは机の黒い布を差し出した。

「あなたの服です。あなたがみすぼらしいかっこうをしていると、主計兵長から相談を受けました。実はシチューが遅れたのも、本当は僕にその事を談判していたからなんです。あなたに予備の軍服を支給させてくれと」

 言われてそれを広げると、確かに服だった。葉介達が着ているのと同じ、黒い軍服の上下だ。さすがにブラジャーとパンツは無かったけど、下に着るカットソーみたいなものもちゃんと添えてある。クラージュは続けた。


「あなたはよく工夫してここで過ごす術を身に着けているようですけれど、僕らに一言言ってくれれば服くらいきちんと差し上げます。気付いて差し上げられなかった事はこちらの落ち度ですが、花奈さんにも、これから我々と暮らす以上、何でも相談して欲しいんです。

 この前の決闘の事もそうですし、そもそもの始まり、あなたが幹也さんを残して、ここへと一人で飛び込んできた事もそうです。あなた一人で為した事が、果たして良い結果を産んだでしょうか?」

「……っ」

 私は慌てて反論しようとしたけれど、口の中の飴が邪魔で口が開けられない。クラージュは口元を押さえて俯く私を制止して、更に続けた。

「大丈夫ですよ。帰れという話をするつもりではないんです。ここに留まると決まったからには、もう花奈さんも僕たちの仲間です。でも、だからこそ起床時間も守って欲しいし、勉強も出来ればもう少しだけ頑張って欲しい。何か困った事があるなら頼っても欲しい。分かっていただけませんか」

「………………」


 確かに、クラージュの言うとおりだった。学校だって遅刻したら怒られるし、勉強もおろそかにしちゃいけない。制服が無いからって自分勝手な私服で登校したら、周りの人がびっくりするのは当たり前だ。

 私は靴を脱いで、ベッドの上に正座した。そして両手を揃えて頭を下げる。

「はいへんよくわかいまひた。いままれふみまへんえしあ」

「顔を上げてください。それに、食べていて良いんですよ。お話を聞いていてくださるだけで」


「あの、すみません」

 クラージュが私の顔を上げさせたちょうどその時、タイミングを見計らったようにナルドがテントの垂れ幕をくぐって入ってくる。

 多分本当に見計らっていたんだろう。テントは防音がなってないから。

「ナルド。どひた?」

 私は口を押さえてテントの出入り口に立つナルドを見上げる。

「すみません、花奈ちゃん。お騒がせしました。私の指輪、ちゃんと見つかりました」

「ふみわ?」

「はい」

 ナルドはそう言いながらほんのり微笑んで、手首をさする仕草をした。多分葉介のグローブが見つかった、という符丁なんだろう。私も慌てて頷いた。

「あ…あ、ほーなの。良かっはね」

「はい。それだけ伝えに来たのです。では私、葉介のところに戻りますね。クラージュ様も、失礼いたします」

「ええ。…ご苦労様、ナルド」

 しかしナルドのとっさの機転もむなしく、ご苦労様と言ったクラージュの様子からして全部バレてるんだろう。クラージュもほんのり苦笑っぽい笑顔で深々と頭を下げて去っていくナルドの背中を見送った。


 ナルドの気配が十分遠ざかった頃、クラージュはまた話し始めた。

「僕がここに来た用件はこれで以上です。ここからは、話の続きとして聞いてくださいね」

「あい」

 まだあるのか。

「ね、花奈さん。さっき、どこへ行こうとしていらっしゃったのですか?」

「へ?」

 そういえば、どこに行こうとしてたんだっけ………ああ、ナルドのテントに行こうとしてたんだ。あの手の主を捜すために。

 急ぎの用事を思い出してそわそわし始めた私を、クラージュは笑顔度を三割増しくらいにしてじっと見据える。

「何か、困っていらっしゃるようにお見受けしましたよ。あなたの困っていらっしゃる顔も可愛らしいのだけど、あなたを助けて差し上げる役目も下さると、今、お約束しましたよね」

 ………卑怯だ。たった今説教されて、反省してしまった以上、私に黙秘権は無いも同然。しかし、質問されても、口の中が片付かない以上返事が出来ない。という建前で、もうしばらく黙っている事は出来る。


 その間に何か良い言い訳を考えようと、私は目を泳がせたけど、クラージュの笑顔が今度は五割り増しになった。まぶしい。ひたすら眩しい。まっくろくろすけくらいなら一匹残らず消し飛ばす勢いの笑顔だ。

「きっと僕は、花奈さんのお役に立つと思いますよ。そろそろその口の中の物、噛んでしまっても結構です」

 怯む私にも動じず、クラージュは駄目を押した。

1・2のポカン!… ポケットモンスターシリーズで、ポケモンに技を忘れさせる時、この言葉が出てきます。

まっくろくろすけ…宮崎アニメに度々出てくる、煤の妖怪です。となりのトトロでは、明るいところが苦手に見える描写があります。

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