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The 2nd Attack!! 4


 ほとんど全力疾走なみの早歩きですったかすったか歩いていった先は、水飲み場じゃなくて葉介のテントだ。

 実は私が口に入れても良い水は限られている。普通の人たちは調練場のそばの水飲み場の水をがぶがぶ飲んでいるけど、あれは日本人には飲めたもんじゃないクオリティの水らしい。葉介がくどくどと飲むな飲むなと言うから、多分葉介は一度痛い目にあったんだろう。まったく、浄水設備くらいなんとかしとけよ! と思うけど、現地民に影響が無いんならことさら必要を感じないっていう事情もまあ、分からないでもない。


 だから私は、水が飲みたくなったらちゃんと葉介のテントまで戻る。テントまで戻れば電源不要の魔改造施工済みの冷蔵庫があるから、そこから、よく漉して煮立ててある水を出して飲んでいる。

 ちなみに湯冷ましは葉介や私が寝静まった真夜中にナルドがそっと用意しているらしい。やまとなでしこか。

「それにしてもほんっっとに感じ悪いやつだな!」

 あの熱さはわざとか。そうとしか思えない熱さだった。それにチャーハンだ! さっき作ったばっかりなのに、たった一時間で噂になるってすごいな! どいつもこいつも暇だな! ついでにそんな噂をそっこーで報告してくるクラージュも相当暇だな!!

 胸の中でぶつぶつ文句を言いながら、きーんと冷たく冷えた湯冷ましを舌に乗せ、ゆっくり口の中で転がす。あー、気持ちいい。ほんと、死ぬかと思った。

 

 ナルドが水にレモンを絞ってくれていたらしく、柑橘系の爽やかな香りが喉を抜けていく。私は大きく深呼吸して、その香りを楽しんだ。そして、人心地ついた私はこっくり首を傾げた。

 ………葉介がさっぱり分からないのだ。こんなに気の利くナルドを、ああも邪険にする理由が。


 例えばこの前みたいにベルにぼっこぼこにされた後帰ってきた時、こんなにおいしい水が用意されていて、あんなに可愛い女の子にあんなに優しく差し出されちゃったりしたら、石や木でなければ間違いなく恋に落ちると思うんだけど。

 ついつい飲み過ぎてしまうおいしい水をコップにもう一杯注いでからベッドにごろんと寝そべって、それを片手にさっきの魔導書を読む。別にクラージュに勉強してないって言われたのが悔しかったわけじゃない。ただ単にやる気が復活しただけだ。


 でもさして時間が経たないうちに、誰かがこのテントへ駆け寄ってくる気配を感じる。私は慌ててエロ本を隠す中学生よろしく、魔導書を枕の下に突っ込んだ。繰り返すけど別に何かやましいところがあったわけじゃない。クラージュに言われて勉強再開したんだなあ、と人に思われるのが嫌なだけだ。

 結果的には隠して正解だった。入ってきたのは葉介だ。ナルドも遅れて入ってくる。


「うわっ。こぼすなよ」

 葉介はお行儀の悪い私を一言注意したけど、私に注意を向けていたのは入ってきたその一瞬だけだった。葉介とナルドはすぐに私から目を放して、テント中ひっくり返し始める。何を探してるんだろう。

「……あ! 葉介!! ねえ、さっきのスープめっちゃ熱かったよね?」

「別に? 普通だけど!」

「そんなあほな」

「うそじゃねーよ。むしろちょっと冷めかかってた」

 一体どういう舌してるんだよ…。呆れて絶句した私の様子にかまわず、葉介は大声で聞いた。


「それより花奈!! 俺の風防ゴーグルとグローブしらね!?」

「ゴーグルとグローブ?」

「今日は翼竜に乗せて貰えんだよ! 今日はクラージュが飛行訓練出ない日だからチャンスなんだ!! だからゴーグルとグローブ!」

「え、何、翼竜!?」

「良いからゴーグルとグローブ!」

 さっきからゴーグルとグローブとしか言ってない。今の葉介は翼竜がどんなのかも教えてくれる気が無いらしい。けちだ。確かプテラノドンみたいなのがいるって言ってたのは覚えてるけど。私はくちびるをとがらせて不満の意を表したけど、葉介は全く堪えた様子が無い。私は仕方なく教えてあげた。

「昔の戦争映画で見るようなあのゴーグルでしょ。さっきたまねぎ刻む時に使っちゃった」

「アホか!」

 葉介が目をとんがらせて私を怒鳴る。私は首を竦めて、その降り注ぐ怒声に堪えた。

「だって棚で埃かぶってたし」

「ありゃ隠してあったんだよ!! で、どこ!?」

「洗って干してある。多分洗い場の脇。中華鍋の傍」

「うっわーマジ許さんぞ! もう使うなよ!」

「わかったわかった」

 だって埃だらけだったんだもーん、って言って葉介を挑発するのは簡単だけど、今の葉介はマジに忙しいみたいだから勘弁してあげよう。葉介はリヤカーを探るナルドの背中をつついて合図する。

「ナルド、先に行ってゴーグル取ってきてくれよ! 俺はもうちょっとグローブ探してくから!」

「はい、葉介」

 ナルドはいつもよりも優しい微笑みで葉介を見つめながら、あわただしくテントを出て行く。今のナルドはやまとなでしこって言うよりお母さんっぽい。


 ナルドを送り出した後も相変わらず葉介は引き出しを開けたり閉めたり、閉めたりと言っても半開きのままだったり、床に這いつくばってリヤカーの下まで探ったり大騒ぎしていた。

 こんな状況でまだのんびりしているほど鬼じゃない。私はむっくり起き上がって、ナルドの代わりにリヤカーの中をごそごそやった。底に白い布の固まりがあったので、それを引っ張り出してベッドに置いた。広げてみると、思った通り軍手だった。

「ねえ葉介、軍手は?」

「軍手で竜に乗れるかよ!」

 わがままな。私は肩を竦めて、軍手を葉介のポケットにねじ込む。

「とりあえずこれ持って行きなよ。厩舎にグローブの予備くらいあるでしょ?」

「絶対あれじゃなきゃ駄目!」

 葉介は軍手を放り出し、大声で叫ぶ。なんだかめんどくさくなってきた私は、茶化してやるつもりでこう聞く。

「なに、ナルドの手作りとかそういうのなの?」

「何でナルドが出てくるんだよ!! ちげーよ!!」


 私は一個ため息をついて、今度はベッドの下の収納を漁る。ついでに、かねてからの疑問を葉介に投げかけてみた。疑問というのはもちろん、ナルドのことだ。

 

「ねえ葉介、ナルドの事大事にしてるの?」

「…何だよ急に」

 葉介は眉間にめいっぱい皺を寄せて苛立たしそうにしている。多分もうこれだけ散らかしても見つからないところを見ると、ここには無いんじゃないんだろうか。私はほとんどグローブを諦めながらも葉介のTシャツの山をかき分け、続ける。


「ナルドの事すっごいぞんざいに扱ってるように見えるよ。ナルドは何にも言わないけど、もうちょっと優しくしてあげても良いんじゃない?」

「良いんだよナルドはあれで…」

 葉介は何か思うところがあるような顔でぼそっとつぶやいたけど、もちろんそれで良いわけがない。私は発掘したカシミアの手袋を葉介にぺんと投げつけ、腰に手を当てた。

「ていうか女の子にキツく当たるのってそれだけでちょっとアレだよね!! この前私が池のとこから手伸ばした時もさぁ…」


 この前っていうのは、私がせっかくあのえんがちょな池に腕を突っ込んで葉介を引っ張り上げようとした時だ。その時も葉介はその手をほどいて行ってしまった。お姉ちゃんと手をつなぐのが恥ずかしい年頃なのは分かるけど、空気を読めと思う。切実に思う。あの時葉介が手をふりほどきさえしなければ、こんなややこしい事態にはならなかったはずなのに。

 私は色々言ってやろうと、大きく息を吸い込んだけど続きを言うより早く、葉介は訝しげに肩を竦めた。


「お前と手? 何それ」

「…………は?」



 …………なん…だとぉ!?



なん…だと?…週刊少年ジャンプで2001年から連載されている漫画作品BLEACHで、多用される台詞です。『何……?』『何だそりゃ…!?』など、多くの亜種があります。名物です。


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