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The 2nd Attack!! 3



「……あーびっくりした」

 まさかあんなおいしそうなお肉がケモノの餌だなんて思ってもみなかった。うらやましい。出来たてのチャーハンをお皿に盛りつけながら、私は首をひねった。

 補給線の維持が大変だって誰かが…確かクラージュが言ってたような気がするけど、あれは嘘だったんだろうか。汚い嘘をつきやがるものだ。

 汚れた中華鍋に水を張りながら、私はあたりをきょろきょろ見回して、誰にともなく問いかけた。

「ねえ、葉介どこにいるか知ってる?」

「葉介さんですか? 多分この時間ならちょうど訓練にキリがついた頃でしょうから、第二訓練場の近くにいると思いますよ」

 答えてくれたのは、傍でフライパンを洗っていた、柔和な感じのお兄さんだ。顔立ちは二十四…いや、二十三歳くらいに見えるけど、口元に浮かべたアルカイックスマイルが妙に落ち着いた雰囲気を醸し出していて、彼を年齢不詳にしている。髪を一筋残らずターバンで覆い隠しているのが奇妙と言えば奇妙だけど、砂埃避けだろうか。それともハゲてるんだろうか。ハゲだとしたら、折角綺麗な顔をしているのに気の毒だ。額には緑色の宝石が貼り付いているけど、色白だからインドっぽくはない。

「ありがと」

「どういたしまして」

 短くお礼を言うと、彼からも微笑みと短い返事が返ってきた。お盆に載せたチャーハンは三人分だ。私と葉介、それにナルドの分。


 行く道々で色んな人からチャーハンをものすごく不審そうに見下ろされながらも、言われた方へ歩いていくと、ナルドの真っ赤な髪が遠くに見えてくる。葉介は、ターバンのお兄さんの言っていた通り、駐屯地の一番外側のエリア、南西側の第二訓練場にいた。人気の少ない日よけのテントを選んで、ナルドの膝枕でうとうと昼寝している。訓練は朝早くから始まるから、どうしても眠くなってしまうんだろう。私が近寄っていくと、ナルドがやんわり葉介の頬に指で触れて、葉介を優しく起こす。……私的には、ナルドをいますぐ妹にしても全然かまわないのに、葉介はどうしてナルドを口説かないんだろう。不思議だ。あんなに可愛くて優しくて尽くしてくれるのに。

 葉介は浅い眠りから目を覚まし、とろんとした眼で私を見る。私が二人の隣にぺたんと腰を下ろすと、葉介は腹筋で身体を起こして、お盆の中身を見下ろした。

「あ! チャーハンじゃねーか!! 花奈が作ったの!?」

「もち。お昼ご飯までまだ時間かかるらしいから、これでも食べてつなぎなよ」

 そう答えると、葉介は満面の笑みでお皿の中身を見下ろして、嬉しそうに言った。

「やっぱ中華鍋で作ったチャーハンが一番うめーよな!」

「普通のフライパンだと気兼ねして熱く出来ないもんね」

 それに葉介じゃお米を炊くところからつまづくもんね。とはさすがに言わないでおこう。ナルドの前で葉介をバカにするとどうなるか分からない。


 しょせん残り物だから二人前程度しかない。葉介に1.5人前、私に0.4人前、ナルドに一口、というぱっと見イジメに見える配分のお皿を回して、私達は黙々とスプーンを動かした。いや、ナルドは優しい微笑みを浮かべたまま、がつがつ食べてる葉介の様子を見ている。この分だと、葉介が食べ終わった後に自分の一口分も葉介にあげてしまうつもりだろう。

 ナルドは文字通り小鳥の餌くらいしか食べないし、あのでっかいおっさんが作ってくれるお昼ご飯もあるから大丈夫っちゃあ大丈夫だけど、折角だからナルドにもチャーハンを食べて欲しい。ついでに、お米の味を覚えて葉介においしいご飯を炊いてあげて欲しい。ついでに私にもお味噌汁を作って欲しい。葉介とナルドのお皿の具合を見ながら、私もお皿の隅に一口分残しておく。このへんが未来の小姑の気遣いってやつである。



 結局葉介はナルドの分まで食べちゃう事はせず、ナルドも私も冷めたチャーハンを一口ずつ食べた。

 相変わらず埃っぽいけど、それを除けば良い日だった。葉介が眠くなっちゃったのも分かる気がする。からっぽになったお皿をお盆に重ねておいて、私達はさっきまでやってた勉強の話とか、ミュゼがスプーン曲げを会得している話とか、つまりどうでも良い話ばっかりをして過ごした。

 不思議と、葉介が今まで何をしていたかの話は出なかった。聞かれたくない出来事もあったんだと思う。私も、無理には聞かなかった。

 ナルドが涼しい顔でスプーンをへし折ったのを真似しようと、私と葉介二人でスプーンを睨んだり親指であっためたりしていると、遠くから何かを両手に抱えた人がやって来る。

「誰だろ、あれ?」

「…クラージュだな。おいナルド、スプーン」

 私が眼を細めても、金茶色の髪が太陽に透けてきらきらしているのしか見えない。でも葉介は素早くスプーンをチャーハンの空き皿に戻し、ナルドはスプーンをまっすぐに戻した。スプーンも軍の備品だから、クラージュにバレたら怒られる。

 


 やって来たのは、葉介の言った通りクラージュだった。抱えていたのは鶏ガラスープの匂いのするお鍋で、カップを重ねて持っている。クラージュは微笑んで、テントに憩う私達に歩み寄る。


「こんにちは、花奈さん。お勉強はやめてしまったんですか?」

 開口一番にそれか。しかめっつらをした私を、クラージュは完璧な造作に完璧な微笑を浮かべたまま見下ろしている。クラージュのなにが怖いって、私に嫌味を言いながらも笑顔が一ミリたりとも崩れないところだ。こういう時のクラージュは、まばたきもしてないんじゃないかと思う。確認する勇気はないけど。

 クラージュは、私が返事をしないつもりだって事をすぐに感じ取ったらしい。顔を3ミリ分歪めて、困り笑顔に一瞬だけ造り替えてから、笑顔を元に戻して葉介に向き直った。


「葉介。それだけでは足りないでしょう? 昼食までにはまだ少し時間がかかるそうですよ。何でも、主計兵長のプライドが誰かさんに刺激されたせいで、シチューがなかなか完成しないんだとか」

 しゅけーへーちょがそもそも分かんないけど、話の流れからすると、多分あのおっさんの事を指すのだろう。…一瞬どきっとしたけど、そりゃ私のせいじゃないな。私は知らんぷりでチャーハンの空き皿を目立たないところに引っ込めた。


「ナルドも、花奈さんもどうぞ。スープですから、いまのうちに、前菜がわりに」

「いえ、私は」

 ナルドは慎ましく目を伏せて見せたけど、クラージュは構わないで私達の傍に腰を下ろし、カップを分ける。葉介はクラージュの脇からナルドの分のカップを取って、お鍋から勝手にスープを注いだ。

「食っとけよ、ナルド。昼飯も余ったら食ってやるから」

「はい、葉介」

 相変わらずナルドは、葉介の言うことは素直に聞く。お腹減ってなければ無理して食べなくても良いのに。多分、ナルドはお昼ご飯も葉介次第なんだろう。葉介がまだ食べ足りなければ、どんなにお腹が減っていても自分の分をあげてしまって、葉介がお腹いっぱいだったらお腹が破裂しそうでも何も言わずに平らげてしまうに違いない。

 ………なんだか痛々しい。本人は何とも思ってないみたいだから、なおさらだ。可憐な仕草でカップの縁に唇をつけるナルドを、葉介も見ている。葉介の口が、への字だ。

 葉介も、葉介なりにナルドのことを考えているんだろう。ナルドがカップの中身を空けてしまうと、葉介はぴょんと身軽に立ち上がって、ナルドの手を引っ張って立たせた。

「よし、ちょっと散歩するか、ナルド! 昼飯までの腹ごなしにな」

「はい、葉介」

 葉介が言うと、ナルドは幸せそうに葉介に寄り添う。葉介はへの字口のまま、さっき自分で握ったナルドの手を振り払って、私を見下ろす。

「花奈も来いよ。ゲームと勉強ばっかでずっと引きこもってただろ。動かないと太るぞ」

「一言と言わず三言くらい多いよ、葉介。あとナルドにちゃんと優しくしなよ」

「あのな花…」

 葉介は何か言いかけたけど、それを遮ったのは隣に座ったままのクラージュだ。

「僕と花奈さんは、もう少し休んでから行きます。ついでですから、お鍋を返してきてくれますか?」

 ……なんで私の予定をクラージュが勝手に決めるんだろう。でもまあ確かに、ナルドの邪魔はしたくない。私は今回だけは抵抗しない事を決めて、手をひらひら振った。

「そうしてよ。ついでにしゅけいへーちょのおっさんにさ、ごちそうさまでしたって伝えといて」

「主計兵長な。それだと大阪のくしゃみだからな」

「はいはい」


 葉介は鶏ガラスープのお鍋とチャーハンの空いたお皿を持って、すたすた歩いて行ってしまった。その後をナルドがしずしずと、かつ小走りで追いかけていく。…歩く速度くらい揃えてあげたって良いのに。

「………………」

 ……ナルドのこと、何とかしてあげたいなあ。私はその二人の後ろ姿を見つめながら思った。

 ジュノは言っていた。ナルドは葉介のためだけに生きている生き物だって。葉介の事しか頭に無い、葉介の事が大好きな生き物だって。葉介がいつか地球に帰った後、ナルドはどうすれば良いんだろう。生き甲斐も存在価値も無くなって、ナルドが辛い思いをするのが目に見えている。

 葉介達の背中が見えなくなってから、私はようやく視線を自分の近くに戻す。と言ってもクラージュを見たわけじゃない。こいつは無視だ、無視。手の中のカップを見下ろしたのだ。

「よく冷ましてから飲んだ方が良いですよ。時間はたっぷりありますから」

「分かってます」

 言われなくてもそうするつもりだった。なかなか冷めなくて、私には飲めたもんじゃない。

 カップを持っている事すら大変で、長袖Tシャツの袖を伸ばして手袋代わりにしたりと苦労していると、隣でクラージュが穏やかな口調で言う。

「…花奈さんは熱いものが苦手なんですね」

「私が猫舌だとクラージュさんはなんか困るんですか」

 ほんと、ひたすら熱い。沸騰直後なのかなこれ。ぶっきらぼうに答えると、クラージュはくすりと笑った。

「いえ、かわいらしいなと思って」

「………………」

 本当に、思ってもいない事をまことしやかに言う奴だ。自分が嫌にならないんだろうか。思わず私の全身から力が抜けてぐったりしてしまうのを見計らったかのようなタイミングで、クラージュはさらりと言った。

「あなたが葉介に、残飯を食べさせたと噂になっています」



「…………は?」


 あんまりにもあんまりの事に、一瞬反応が遅れた。私は意味もなくきょろきょろしたけど当然周りには、何が起こってるのか説明してくれる人は…具体的に言うと幹也は、いない。

「は!? え!? そんな事してないよ!!」

 もしかして残飯って、あれか!? あのおいしそうなドラゴン用の肉の事か!? 慌てて否定する私とは裏腹の落ち着き払った態度でクラージュは小首を傾げる。

「おや、違いましたか。では、馬の餌を」

「違うってば! ちゃんと普通の材料もらったってば!」

「事実はそうでも、噂ではそのように広まっています。残念ながら花奈さんは素行が少し悪すぎるようですね」

 素行ってそんな、ただちょっと決闘やったりゲームやったり起床時間に間に合わなかったりしてるだけなのに!!

「誰なのその変な噂を広めた人は!」

 私はクラージュに食ってかかったけど、クラージュは軽く肩を竦めただけで教えてくれない。

「さあ。でも、もう出所を押さえてもむだでしょう。しばらく大人しくなさっているのが賢明かと」

「………むきー!!!!」

「本当にむきーって言う人、初めてみました」

「……………!!」

 ……一から十までむかつくわー!

 クラージュの口の端は微笑ましそうに上を向いているけど、お腹の中では何を考えているか分かったものじゃない。というか鶏ガラスープもナルドと葉介を散歩に行かせるための小道具だったんじゃないだろうな! なんかありそうな話で嫌だぞ!!

「だからね、花奈さん。あなたは少し人の目を……あ、待って!」

 私はむかつきに任せてカップの中身を煽る。何故か何かを言いかけたクラージュの制止の声がかかるけど、知った事じゃない。

「…あっつ!?」

 ……保温に優れたカップだったのか、まるで冷めてない。あっという間に口の中をたぎったスープが焼き尽くす。焼き肉で言うとタンどころかツラミのところまでひりひり痛い。喉元過ぎればと言うけど、熱さを忘れるどころかお腹の底まで熱い。これ、ほんとに葉介とナルドは平気だったんだろうか。

「………!!」

 言葉にならない悲鳴をあげて口を押さえた私を、クラージュはいかにも心配そうに覗き込む。

「大丈夫ですか? すみません、さすがに熱すぎましたね。唇が腫れてしまうかな。治してあげますからちょっと見せて…」

「だが断る!!」

 さすがに熱かった……って、つまりわざと熱くしたって事だろうか。よく分かんないけど、敵の情けは受けない。クラージュは肩を軽く抱いて私を上向かそうとしたけど、私はその手をふりほどいて勢いよく立ち上がった。唇は片手で覆ったままだ。

「待って花奈さん!」

「待たぬわ!」

「どこに行くんですか?」

「お水飲むの!」

 口の中を冷やすべく、私は大股でクラージュのところから去っていく。


「……完全に避けられてるな…無理もないけど」

 その後一人残されたクラージュが何を呟いたのか、私は知らない。 




へーちょ…1999年から『月刊コミック電撃大王』で連載されたあずまんが大王の人気キャラクター・大阪は、へーちょといってくしゃみをします。

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