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The 2nd Attack!! 1

「あーもう避けるとか考えなくて良いから! 突撃しろ! 食らわせろ! △! △連打! 右手の上のボタンだよ! よしおっけい! もいっぱつ! もいっぱつ! あ、避けて! ああっ、避けてって言ったじゃん!」

「避けなくて言いっつったのお前じゃねーか!」

「ギアノスくらい倒しなよバカ! 今時小学生でももうちょっと上手くやるよ!」

「小学生がなんなのかはわかんねーけどバカにされてる事は伝わったぞコラ!」

「いいよもうボタン連打してれば倒せるから! 突撃!」

「突撃!? 冗談きついぜこれもうヤバいだろ!? 上の長い棒どんどん短くなってくじゃねーか! これ短くなるとヤバいんだよな!?」

「そうだよ命だよ! もう二回死んじゃってるからこれゼロになったらもう最後なんだよ!」

「何だこれ呪いの道具だったのか!! よくもやってくれたな!!」

「よくもって何言ってんの!? 何その勘違い! 死ぬのミュゼ本人じゃなくてMyuzeってキャラだから! このかわいそうなマッチョだから!」

「俺が殺すのか!? さっき俺が髪の色まで決めてやったこの妖精を、俺が殺すのか!?」

「妖精じゃないよ! ていうかこんな妖精やだよ!」

「どーすんだよ! こいつ死なすのやだぞ俺!」


 ミュゼが私が貸してあげたPSPを握りしめたまま青ざめる。ずっと黙りこくったままだったベルがどこからともなく針を一本取り出して、PSPの中のギアノスに突きつけ、平坦な声で言った。

「花奈、これつぶすよ」

「やめて、潰さないで! 高かったんだからこれ!!」

 ……どっから突っ込んで良いか分かんなくなってきた。グラナアーデにモンハンはまだ早かったんだろうか。私はベルの針からPSPを庇いながら首を傾げた。


 モンハンっていうのはモンスターハンターの略で、慣れるまで操作がややこしくて苦労する事と、1000時間プレイする人もザラだという大変中毒性の高い事で知られるゲームシリーズだ。男の子を相手にするなら多分これをプレイすれば友情が育まれると思ったのだけど、さすがにゲーム画面の中のキャラクターを妖精と勘違いする人がいるとは思わなかった。ファンタジーの世界恐るべし。


 とにかくマッチョな妖精Myuzeを助けてやらなくちゃいけないので、とにかくまずはマップの隅っこに行かせて、私はミュゼに応急薬の飲み方を教える。アイテムを使うのにもコツがいるのだ、このゲームは。具体的に言うと、まずLボタンを長押ししつつ、何故か視点キーを兼ねている方向キーを左右に入れ、ぺこぺこという効果音と一緒に流れてくるアイテムを一個ずつ確認しながら、よっこいしょと武器をしまって、やっと見つけた応急薬をおもむろに□ボタンで飲まなくちゃいけない。この説明に30秒かかった。えらいこっちゃだ。


 そういうめんどくさい作業を幾度も経て、ザコ筆頭であるギアノスを三匹なんとか倒させると、マップの中で動くものはMyuzeだけだ。つまり、窮地は脱したということになる。私はミュゼの背中をばんばん叩いた。

「ミュゼおめでとう! おめでとう! マジおめでとう!」

「おう! なんかコツ分かったわ俺!」


 ミュゼは素直に私に背中を叩かれながら、ギアノスの上でセレクトボタンを連打した。セレクトボタンを押すとキック出来るのだ。ギアノスに限らずモンスターは死ぬと当たり判定が無くなるから、すかすか空振ってるだけなんだけど。そんな暇があるならギアノスから素材を剥ぎ取ってて欲しいけど、さすがにそれを言うのは贅沢だろう。

「あんだけ苦戦しといてよく言うわー」


 よく言うわーと言いつつ、私はにやついた。

 どういう理屈かは知らないけど、私がこっちに来るなりこの世界の文字を読めるようになったのとは裏腹に、ミュゼ達は日本語が読めない。

 しかしそのせいで教官クエのチュートリアルも理解できないし、アイテムを選ぶのに失敗して視点をぐるぐる回してた事や、剥ぎ取らせようとしたら代わりに肉を焼き始めた事、そもそもPSPを握るところからダメダメだった事、色んな事が走馬燈のように蘇った…っていうのは大げさだけど、子供がやっと歩き始めたようなそんな気分でいたからだ。何より、ギアノスごときを倒した程度で自信満々になっているミュゼが微笑ましくて仕方ない。

「…………」

 …ティガレックス見たら、どんな顔するんだろこいつ。確か弱体ティガが出てくるクエがあったなあ…。

 私の黒い思惑も知らずに、ミュゼは消えていくギアノスの死体の上で無駄なキックを続けている。

「で、次何やんの?」

「…いったん雪山草集めてクエスト終了しよ。そこのさ、草生えてる所で×押して。そしたらしゃがめるから…」


 また元のように、黒、緑、金色と色の違う頭を三つ付き合わせてPSPを覗き込んだ時、ちょうどテントの幕が勢いよく跳ね上げられた。

「お前ら俺のテントで何やってんの?」

「あ、葉介。ちょっとね、モンハンをね」

 挨拶も無しに入ってきたのは葉介とナルドだった。まあ、ここは葉介のテントだからいつどんな風に入ってきても良いんだけど。私とミュゼとベルは、さっきから全員狭いベッドの上であぐらをかいて、ゲームに興じていたのだ。葉介は呆れたように雪山草をいそいそと摘むMyuzeを覗き込んで言う。

「何で異世界来てまでモンハンやってんの?」

「うんまあ、そうなんだけどね…」

 言葉を濁す私の隣に葉介が座ると、ナルドもミュゼの正面からPSPの画面を興味深そうに覗き込む。人口過密だ。しかも暗い。私はPSPに手を伸ばして、画面の明るさを調節した。

「なに、お前そんなに暇なの? 」

「暇っていうか…うーん、暇だなあ……」

「何かやれよ。俺のために残るってあんなに大見得切っといてニート生活じゃ、幹也が泣くぜ」

「うーん………」

 私は口の中でもごもご言いながら、机の上をちらっと見た。机の上にはハンターハンターと、家族の写真と筆箱、ノートというより帳面と呼んだ方が良さそうな紙の束の他に、分厚い革張りの本が何冊も積んである。

 あの本は全部、私が流し読みすら出来ずに挫折した魔導書だ。


 私も、池の中から拾った読めない文書が、こっちに来た途端読めるようになった時はびっくりしたけど(ちなみに余計な真似をするな、というような事が書いてある手紙だった。大きなお世話だし読めなかったから全く意味がない)多分ミュゼ達が仮に日本に来たなら、日本語が読めるようになるのだろう。異世界人にはそういう力が働くらしい。

 そういうわけでせっかく文字が読めるようになったのだしと、一応、私もグラナアーデに馴染む努力をしなかったわけじゃない。葉介のお守りだけじゃ暇だし。異世界なんだから魔法の勉強でもしようと思って、ジュノに交渉さえしたのだ。ジュノは一言も口を効かないまま視線だけで私を追い払いやがったけど。

 その後、私が魔法を勉強したがっているのを知ったベルがクラージュに交渉してくれて、クラージュから渡されたのがあの本だった。


 本ではまず、基礎の基礎として自然界の四つの力についての話が載っていた。

 四つの力。さもありなんって感じだ。どうせおおかた、『火』『水』『土』『風』とかそういうんだろう。で、隠し球的に『光』とか『闇』とかがあるんだろう。火と水を組み合わせると草とか。土と風を組み合わせると雷とか。全然まったく問題無い、むしろどんと来い。

 …と、私は全部使いこなしてやる気満々でいたのに、出てきたのは次の四つである。


 

 電磁気力

 重力

 強い力

 弱い力



 …………………。ね。無理だよね。

 この中でなんとなく分かるような気がするのは重力だけだ。でも、グラビデとかそういうのじゃあない事は何となくおぼろげに察している。私もKYじゃない。

 ていうか電磁気力って……電磁気力!?  レンジでチンを司る力か!? ピンポイント過ぎる! 無いだろ! それは無しの方向だろ! ていうか強い力と弱い力ってどういう事だ!? 強いとか…弱いとか!? 少なくとも魔法じゃない! 多分これは物理だ!! 私物理取ってないのに!

 日本では読めなかった文字がこっちに来た途端すらすら読めるようになったのはとってもありがたい事だけど、かといって内容まで頭に入ってくるわけじゃない。

 私に読み取れたのは、クォーク、レプトン、ハドロン、ニュートリノとかいうよく意味の分かんない単語ばっかりだ。分かんない単語を調べるために索引を引いているのにまた分かんない単語が出てくるという負のスパイラル。そして意味不明なグラフと図形と数式と専門用語。

 もう、どういう事なの……としか言いようがない。


 ナルドが、魔導書を手にとって恭しく葉介に差し出す。それを受け取った葉介は、ページをぱらぱらめくりながら、軽く眉を顰めた。

「あー、これな。俺もちょっとだけ読んだわ。あんま向いてねーなーって気がしたから、ロウソクに火がつくようになった時点でやめたけど」

「マジで! 葉介チャッカマンになったのか! 良いなー良いなー! 私もさくっと実技から入りたい!!」

「チャッカマンって…お前な。仕組みが頭に入ってないといつまで経っても火ぃ付かねーぞ」


 葉介はポケットからボールペンのような物を…というかどう見てもボールペンだった。ボールペンを取り出して、お尻の部分が上、ペン先が下になるように、私の目の高さに掲げた。本当に、無造作な仕草だった。

「よく見てろよ」

 葉介が言うなりお尻の部分をノックする。

 するとボールペンの表面を電子回路のような編み目が覆ったのと同時に、葉介の指先からばちっと火花が散った。火花はゆっくりと回路を伝わってペン先に到達し、ペン先から小さな火を噴き出させた。火は根本のペン先側は太く、下にゆくにつれて細くなるという逆さまの涙型の形をしている。

「……………」

 それきりだった。火は逆涙滴型を保ちながらゆらゆら揺れ、そしてゆっくりと細くなり、消えていった。

「………こんだけ?」

「こんだけ」

 葉介は頷いた。ミュゼとベルは相変わらずPSPに夢中になっていて、こっちを見向きもしない。

 ………これは何て言うか、これが勉強の成果だとしたら、ライター持ってきた方がなんぼかマシじゃないか…?

 ……ん? ……『逆さまの涙型』?

 確か、上昇気流だか重力だかの影響で、ロウソクの炎って普通上を向くはずだけど、どうしてこの火は下向きに伸びていたんだろう。

 私がその事を指摘すると、葉介は、

「お、観察眼はあるんだな」

と言いながら、火を消したボールペンのペン先で私のほっぺたを突こうとする。

「ひゃっ」

 さっきまで火がついていたペン先だ。火傷を覚悟して私は身を固くしたけど、すぐに目をぱちぱちさせる。ペン先は、全然熱くなかったのだ。葉介は説明してくれた。

「これは普通のボールペン。今のは上昇気流なんかの影響を考慮しない形で火をつけたから、ああいう形になる。空気の循環が無いからすぐ消えるよ。そういう細かい反応まで考慮に入れるとしんどいからしなかったけど。一応こっちにも火打ち石みたいなものはあるから、そっちの方が主流みたいだな。クラージュみてーにすげーやつになると兵器並の魔法も使えるけど、それでもお前が思ってるような魔法はちょっと使えないぜ」

「どういう事?」

「お前がやりたいのは、何も無い所から呪文を唱えるだけで水が出てくるとか、炎が出てくるとかそういう魔法だろ? そういうのは無理だって事。その魔導書に書いてあるのは、魔法っていう仕組みを扱うためのハウトゥー本ってとこだな」

「……………」

 葉介からみて、私はまだいまいち分かってない顔をしていたんだろう。葉介は困った顔で説明を続ける。

「あー…例えばさぁ、『ちょっと今から科学してみろ』って言われても困るだろ?」

「へ?」

「それと同じで、『ちょっと今から魔法使ってみますね』ってわけにはいかないんだよ。魔法っていうのは、いわばこの世界の法則だ。俺達に出来るのは、その法則をよく把握して、その法則を完全な形で頭の中で再現する事だけ。法則を一部の隙も無く把握し、それに矛盾しないものを構築出来れば、その通りの事象が現実に起きる」

「…………それってめちゃくちゃ大変なんじゃない?」


 葉介が言っているのは多分こういう事だ。魔法っていうのはプログラムのようなもの。頭の中で完璧にプログラムを書ききることが出来れば、プログラムは発動して、その通り動き出す。

 でも本当にプログラムに似ているものだとしたら、ごく簡単な事をさせるだけでも何行もプログラム言語を書き連ねて、更にデバッグを重ねなくちゃいけない。だっていうのに、魔法を使うためにはそれを頭の中だけ、しかも一瞬で構築しなくちゃいけないとしたら、相当大変なんじゃないだろうか。


 私がそう聞くと、葉介は事も無げに頷いた。

「うん、めっちゃ大変。お前はバカにしたけど、さっきの火もかなり頑張ってつけた。だから通常、そのプログラムを埋め込んだマジックアイテムを使う。魔具とか何とか言うんだったかな。だから傍目には、あんまり魔法っぽくない。普通に機械いじくってるように見える。よってお前が期待している魔法はほぼ使えないと思って良い。以上」


 想像を絶する悲しみが私を襲った。いやそこまででもないけど。

 あまりの事に私がばったりベッドに倒れ込むと、ミュゼから悲鳴が上がった。

「やめろ揺らすな!」

「やかましい!」

 揺らしてどうにかなるようなモンスターはもう狩り尽くしたわ! ガウシカ一匹残ってないわ!!

 崖から落ちて動揺したらしいミュゼに膝蹴りを食らわしながら私は叫んだ。


「いやだ! どうせならFFかドラクエの世界が良かった! 何ならグランディアでもととモノでもマジバケでも良い! こんなわけわかんないのやだ!」

「無茶言うな」

「私も炎魔法とかやりたい! 水魔法とか! 時間魔法とか! 空間を操るとか! 何か抜け道は無いのか!!」

「…分かりました。じゃあさしあたり電磁気力からお勉強しましょうね」

「ぎゃおおおおん!!?」

 なんだか聞きたくない声を聞かされた気がして、私は思わず絶叫した。今、不穏な声が聞こえた。具体的に言うとクラージュの声だ。

 思わず、跪くナルドに抱きつくように防御態勢を取った私をにっこり見下ろして、たった今声もかけずに入ってきたクラージュがにっこりと凄艶な美貌に笑みを浮かべた。

「夢に出るまでその本を読めば、丸暗記でも何とかなると思います」

「やだー!! そんなのやだー!! 助けて幹也ー!!」

「おいやめろよ花奈。呼ぶと幹也ほんとに来るぞ」

「幹也ー!!」

「失礼ですね、花奈さん。僕は親切で本を貸してあげただけなのに」

 クラージュはちょっぴり悲しそうな顔で微笑んだ。初対面だったら多分騙されてたけど、今なら分かる。クラージュは私の精神を摩耗させて家に帰らせようとしてるだけだ。

 ほんのりピンク色に頬を染めたナルドを立たせて、私は膝に乗せて背中からぎゅっとした。軽い。柔らかい。こうするとちょっと落ち着く。ナルドも嫌がらないから別に良いだろう。

 やっとポポノタンを集めるのに飽きたらしいミュゼが私の脇腹を突っつく。

「花奈、元ん所に帰って来たぞ」

「じゃあ特産品とネコタクチケット納品して終了ー」

 返事をしたのは葉介だ。狭いベッドの上で、私の背中をすり抜けるように葉介がPSPを覗き込む。

「ネコタクチケットってどれ?」

「その白いやつ」

「あー幹也ー!!」




 グラナアーデに留まると決めてから早三日。

 私は迷走していた。

想像を絶する悲しみが~…2002年から運営されているMMORPG『FF11』での名物プレイヤー・ブロント氏の2ちゃんねる上の書き込みです。本来は『想像を絶する悲しみがブロントを襲った』という言い回しです。

FF、ドラクエ、グランディア、ととモノ、マジバケ…全て魔法の出てくるRPG作品です。

ぎゃおおおおん…2009年発表『THE IDOLM@STER Dearly Stars』に登場する秋月涼のくちぐせです。

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