The 1st Attack!! 10
「花奈!」
「葉介!」
私達が遠目にお互いを発見したのは、ほぼ同時の事だった。私達二人とも、連れがものすごく目立つ人間だったからだ。
葉介の傍には、今は髪が長いおかげでキャンディキャンディだけど、髪を短くするだけであっという間にマクドナルドの愉快なキャラクターのコスプレになってしまう真っ赤な髪のナルドが寄り添っているし、(そういや名前も似ている)私の斜め前では言わずもがなの、ラスボスカリスマ野郎ジュノが長衣の裾を翻してずんずん歩いている。
葉介は相変わらず砂まみれの格好で私達の所まで駆けてきて、慌てた様子で私の肩を掴んだ。
「何でお前ジュノといるの!? 皆でお前の事探してたんだぞ!」
「何でってそりゃ……あれ? 何でだろ」
そういえば、さっきもジュノに同じ事を聞いたけど、軽く無視されたのだった。私と葉介が二人揃って(ナルドは葉介しか眼中に入っていないみたいだ)ジュノを見上げると、ジュノは軽く眉を動かした。あんまり表情豊かなタイプじゃないように見えたけど、こういう皮肉っぽい顔のレパートリーはかなり持ってるようだ。意外と、というか、案の定、というか。
「…覚えていないのか、葉介」
「――何をだよ?」
聞き返しながら、葉介は『何か嫌な予感がするぞ』の表情を浮かべた。傍目にはほとんど変わっていないけど、私には分かる。ジュノにはそれが読めなかったのか、それとも読みはしたものの敢えて流したのか、涼しい顔のまま続けた。
「花奈は、お前が最初の晩に天幕から逃げ出して泣き暮れていたあの丘で見つかった。やはり兄妹だな」
「――!!!」
あっという間に、葉介のほっぺたが真っ赤に染まっていく。多分クラージュのあの函がここにあったら、またナイアガラな勢いでルビーをざぶざぶ湧き上がらせていただろう。でも私に取っちゃそれどころじゃない。私は慌てて葉介の身体をぎゅっと抱きしめて、ほっぺたをぐいぐい擦ってあげる。
「葉介、泣いてたの!?」
「泣いてねーし!! お前こそ何だ花奈! そのパンダ目!! 化粧バリッバリ落ちてんじゃねーか!!」
「私だって泣いてないよ! 葉介こそ何さ! なんで私のいない所で泣いたの!!」
「無茶言うなって…ちょっと…おいこら花奈! 離れろバカ!」
折角慰めてあげたのに、葉介はものすごく困った顔でもがいて、私をあっという間にふりほどいてしまった。一歩、二歩とよろけた私を、傍のナルドが支えてくれる。
小さい頃はいつもこんな風に、涙で濡れてる兄弟のほっぺたを拭い合っていたのに、いつの間にか葉介は私の手を必要としなくなってしまっていたらしい。
でも、今から一緒に歳をとってあげる事は出来る。いつか日本に帰った時、葉介を一人っきりにしない事は出来る。
私は葉介の手をぎゅっと握って、自分のほっぺたに当てる。さすがに葉介も、それを振り払おうとはしなかった。その姿勢のまま、私は葉介に笑った。
「あのね葉介、私もここにいる事になったから」
「……はー…は? ああ? ………は!?」
順応力と決断力の葉介にしては、かなり動揺を見せた感じだった。何しろ聞き返すまでにかなり時間がかかった。
「何でだよ!? 俺まだ帰れねーから、せめてお前だけでも帰ってもらわねーと…」
食ってかかる葉介を軽くいなしながら私はにっこり笑う。
「葉介を一人に出来ないよ。あっちは幹也が残ってるから、絶対幹也が何とかしてくれるって」
「ああ…確かに幹也なら……って、そういう問題じゃねーし」
じゃあ、どういう問題なんだろう。葉介が何を渋ってるのかまるで理解できない。私は改めて首を傾げた。
「葉介が危ない目に遭うのに一人で帰れるわけないじゃん。それとも葉介、私が冥王星人にさらわれて脳味噌だけの状態で筒の中に入れられて、宇宙空間を旅してたとしても助けに来てくれないの?」
「助けてやるけど何だよそのわけわからん絶望的な状況。それとこれとは話が違うだろ」
葉介は私の肩をぐっと掴んだ。痛いくらいの強さで私の両肩を握りしめて、葉介は真剣な顔で言う。
「あのな、さっきも言ったけどここ、戦争中なんだよ。お前を危ない目に遭わせたくねーの」
「分かってるよ、さっき聞いたもん」
葉介が分かんない事を言うので、私はちょっと目を怖くして葉介を見た。葉介は私の不機嫌な顔くらいでは怯まない。葉介も怖い顔をして言った。
「守ってやれないかもしれないだろ」
「…あのね、葉介。私、守って欲しいなんて思ってないよ。私が葉介を守るんだよ」
葉介の私の肩を握る手に、ますます力がこもる。ぎっと私の目を睨む、葉介の目がきつい。
「意味分かって言ってんのか。戦争なんだぞ。もう数え切れないくらいの人間が死んだんだよ!」
話していくうちに、だんだん葉介の声が大きくなった。最後はほとんど怒鳴っていた。私も負けじと怒鳴り返す。
「宇宙人にさらわれたのと何が違うのよ、今の状況は! 自分の事しか考えてない人達にさらわれて、身動きとれない状況で、命の危機にさらされてるんじゃん! 葉介はそういう時、私を絶対助けに来てくれるんでしょ!? なんで私が葉介を助けに来たんだって思ってくれないの!?」
「俺の友達を悪く言うな!」
「話を逸らすな!! 私は葉介が好きなの!」
「おっ…お前突然何言ってんだバカ!」
私が怒った顔をした時にも怯まなかった葉介が、何故か今怯んだ。照れてるらしい。
なんにしろ今がチャンスだ。私は葉介の首にとびついた。腕をぎゅっと絡めて、一生離さないつもりで抱きついて、叫んだ。
「心配なの! 私達姉弟でしょ! ずっと一緒だったでしょ! 一卵性三生児でしょ!」
「お前が妹な。一卵性とかねーよバカ」
別れた半年の間も、やっぱり葉介は葉介のままだったらしい。間髪入れずに二カ所に突っ込んだ後、葉介は黙りこくった。私の腕をふりほどこうともしないでいて、やがてその末、深いため息をついた。
「こうなると幹也が心配だな…」
その一言が、私のことを認めてくれたと教えてくれた。私はますますぎゅっと弟を抱きしめて、こいつを守って家に帰ろうと誓う。
さて、ここまでが私がグラナアーデという世界に受け入れられるまでのお話だ。
この時点ではグラナアーデに受け入れられただけで、ゲルダガンドという国に迎え入れられたわけではなかったのだけど、この時の私は知るよしもなかった、というやつだ。
冥王星人にさらわれて~…クトゥルフ神話では、冥王星にミ=ゴとよばれる菌類が住んでおり、人を花奈が言う方法で持ち運ぶ事があるとしています。