第二話(2)
――桐原さんが、何を気にしているのか、何に困惑しているのか、私は理解しているつもりです。でも、生徒のプライバシーにかかわる情報を、一般生徒に開示することはありません。
真白会長は、去り際の私にそう告げた。
(悩ましい)
目の前の美少女、もとい美少年をちらりと見ながら、箸を進める。
お昼時、リオくん、柚羽の三人で机を囲むことが多くなった。
同じ教室で、マルガリータの丸尾がこちらに加わりたそうだが、面倒なので無視を決め込む。
近くの席に座って、あさっての方向を向いているが、耳と神経がこちらを向いているのは丸わかりだ。
「ねえ、理々香」
リオくんが私を呼んだ。彼には、私のことを名前で呼ぶように厳命した。なんだか、この子はいつまでたってもよそよそしさが抜けない気がするから、早めに手を打ったのだ。
柚羽ももぐもぐしながらリオくんの次の言葉を待っている。
きっと、私は……絶対にこの二人には言わないけれど、仲良くなりたいのだ。
だからもやもやとするのだ、と私は自己分析していた。
『隠し事はされたくない』
単純には、その一点なのだろう。
「なにかうわの空だけど、どうかした?」
リオくんの言葉に、私は口にしていたおかずを、さして噛まぬまま丸飲みしてしまった。
のどに詰まりそうになって、パックのお茶をストローから飲み下す。
「乙女の悩みごと~?」 茶化すように言う柚羽の気持ちは、口調ほどに冗談めかしていないのも最近分かってきた。
しかし……言えるわけがない。
数学の授業が分からなかったので考えていた、とお茶を濁した。
「えー。理々香まぢめー」
そう、基本的に私はマジメだ。
ごちそうさま、とリオくんが手を合わせて弁当を片付けるまで、結局私は柚羽の賑やかな会話に混ざれなかった。もっぱらリオくんが相槌と、ちょっとだけ疑問を返して、それを燃料に柚羽はたっぷり喋りとおした。
昼食を終えると、リオくんが席を立つ。
「ちょっと、トイレに行ってくるね」
改まって、女子の私たちに断りを入れるのは、リオくんも恥ずかしそうだった。
「はーい」
柚羽は気にも留めずに明るく返す。
私はその時閃いていた。
ほんとうに、下種な発想だ。
私は十秒ゆっくり数えると、席を立った。
「あれ、理々香ちゃんもおトイレ?」
リオくんの後をつけるのだ。女子にあるまじきこの発想。(なお柚羽の言葉は耳に入っていなかった)
そして行動に移す浅ましさ。
リオくんは、第一学年が使う四階のトイレを素通りし、階段を軽やかに降りて行った。
(……どういうこと? トイレ自体、ウソ?)
階段の下をのぞき込む。リオくんの姿は三階も過ぎて二階へ。お兄さんの教室に向かう線は消えた。
軽やかに、軽やかに、尾行する怪しさを隠蔽するよう意識しつつ、私はリオくんの姿を追って、二階からさらに一階に降り立つ。
と、どこで割り込まれたのか、多分もう一つ別の階段から先回りしたのだろうが、丸尾があろうことかリオくんの様子を隠れて窺っていた。丸刈りの後頭部が光っている。
なんてやつ。乙女のトイレをつけ狙うなんて。
私は、丸尾の背後から忍び寄り、その肩を掴んだ。
「うわぁっ!」
襟首を引っ張って、ぴしゃりと頭をはたく。刈り上げた髪の毛がチクチクして痛い。
私は丸尾の口を手の平で塞ぐと乙女の敵を睨んだ。
『静かに』 小声で鋭く制する。
『そうよ、静かにしなさい』
と、自分の言葉に続く者があることに私は仰天した。柚羽がいつの間にか私の脇に控えており、うっかり丸尾と同じくらいの悲鳴を上げそうになった。
『なんでいるのよ!』
『えー、なんか面白そうだし、理々香ちゃん悩んでるんだもん』
だから、ついてきちゃった、と柚羽は舌を出した。もう! 柚羽は後回しだ。
そんなことより。
私は丸尾が様子を窺っていたほうを覗き見た。
リオくんの姿が見えないが、そこからは職員用トイレが見える。開放された入口の内側で、突き当りを左が女子トイレ、右が男子トイレだ。
私は丸尾を睨んだ。
「もちろん、男子トイレに入ったよ……」
こいつ……私の眼光の意図を正確に捉えて返事をした。つまり、警戒すべき情報を持っている。
「あんた、何を知ってるの」
私は丸尾のネクタイを引っ張り、彼の首を締めあげる。
息苦しそうに、丸刈り頭は音を上げて答えた。
「俺……みちゃったんだ。葉月、体育祭で倒れただろ? 熱中症ってやばいからさ、早く冷やしてやらなきゃ、って、上着を脱がせようとしたんだ。上着のチャックを降ろして……そしたら、汗でぐっしょりの体操着が透けてて……あいつ、ブラジャーしてたんだ」
柚羽が、私、聞いてよかったの? という目を向けてくる。彼女の両手は、すでに自分の口を押さえていた。まるで東照宮の“言わ猿”みたいだ。
「あんた、それ誰にも言ってないでしょうね?」
「い、言わないよ。葉月の兄さん、すげえ目で俺を見てた。藤原先輩より、俺あの人の方が怖いよ」
「それなのに、尾行までしてリオくんのこと知りたいんだ?」
私は丸尾に言いながらも、内心で葉月先輩の評価を改めていた。眼光一つで、後輩に怖いと言わせ得るのだ。オス同士比べるなら、彼は強いほうのオスということだ。
「俺……葉月のこと、気になるっつうか」
気になるというのは、無論そういう意味だろう。丸尾は私から目をそらして、小さく呟いた。
「あんたには無理よ」
私はつかんだ丸尾のネクタイを解放してやった。
と、そこに丸尾が恐れる人物が現れた
「理々香に柚羽、どうしたんだ?」
現れたのは葉月春詩先輩、リオくんのお兄さんで、いまは丸尾の天敵であるらしい。




