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第二話 りおの友達(1)

 週に何回かある体育の授業に、熱が入った。

 先日、体育祭が行なわれたばかりではあるが、今度は球技大会だ。

 女子はバレーボール、男子はバスケット。梅雨時だから屋内球技が選ばれるのか。

 さておき、中学の方で先日開催されたと聞いて、高校もそろそろだって思っていたら、体育の授業で日程を教えられた。うちらは六月の月末なんだって。

 更にその話を真白にしたら、彼女はきれいな人差し指を自分の額に当てて、年間スケジュールは年度の初めに出ているわよ、と言った。

「いえ、責めているのではなくて、生徒会の告知が弱すぎるのね。改善点だわ」

 なんか真剣に言われたけど、それはそれで情報力が欠けている一般生徒、みたいに貶められている気がする。無論、俺の被害妄想なのもわかっている。

 ところで俺はバスケが苦手だ。

 いや、球技全般苦手だ。スポーツ自体は嫌いではないので楽しめるとは思うが、活躍するタイプではないので、要所を押さえていこう。器用にドリブルやシュートが出来なくても、邪魔になりそうなところに立つだけでディフェンスになるだろ?

 って思ってたんだけど。球技大会当日、試合本番――、

 俺の目の前、ディフェンスすべき相手に、なんで不良グループ筆頭の藤原がいるんだ。




 さかのぼること一週間ほど前だ。

『最近りこの様子、どうですか。お兄さん』

 中学の球技大会があった日以来、すなわち、帰り道にとみちゃんからりこを預かった日以来だが、わが家の特派員からちょくちょくメッセージが来る。

 今日は朝の台所で、その着信通知を見た。

 何が気になっているのか知らないけれど、食欲旺盛、笑い声も大きい。りこはいつも通りだ。

『定時連絡・問題なし』 と、朝食のコーヒーを啜りながら特派員に返す。

 だが、待て。とみちゃん――、富田さんはりこのよき理解者だ。

 何か気になることでもあるんだろうか。

 思案して、しかしうまい聞き方が思いつかないので、続くメッセージを直球で送った。

『何か、気になることがあるのか? 富田さん』

 あえて、とみちゃん、ではなく、富田さんと書いたのは、まじめな意図を表す俺のひと工夫だ。

 送信。

 ……三分経過……

 …………五分経過………

 …………………十分経過………

(むう。返事がない)

 ま、朝の支度で女の子は忙しいのだろうけど。ほんとにそうか? とみちゃんだぞ?

「兄さん、そろそろ出ないと……」

 莉緒が声をかけてくれる。たしかに時間がない。

 更に残ったトーストを、もがっと口に押し込んで席を立った。

「あー、はる兄、お行儀悪いー」

 玄関で並んで靴を履くりこが、口をいっぱいにする俺をいじってきた。ほら、りこはいつもどおりだろ?

「ほうふうほはへは、へひふってないはほ」(そういうおまえは、めしくってないだろ)

「なに言ってるかわかんないー」

 りこがニヒヒと笑う。

「“そういうおまえは、めしくってないだろ” だって」

 莉緒がちゃんと靴ベラを使って革靴を履きながら翻訳してくれた。さすが、一年だけりこより付き合いが長いだけはある。

「えー、なんでわかるの?」

「えー、なんとなくだよ?」

「はいはい、気をつけてね」

 母さんの見送りに、三人行ってきますと答えて玄関を出る。

 いつもと変わらない朝だ。




 ◆◇◆◇◆




『桐原理々香』

 自分の名札のついた下駄箱から、上履きを床におろして履き替える。

 静けささえ感じる校舎を、すたすたと私は生徒会室へと赴いた。

 明らかにひと気のなさを感じつつも、ノックして戸を開く。開こうとして施錠に阻まれる。

 普段は滑らかに開く扉が、入室を拒むようにがたがたと音を立てた。

 一ノ瀬真白会長は、不在。

 無理もない。まだ午前七時半を、少し過ぎたばかり。

 つい早く来てしまった。

 昨夜も、悶々と考え込んでしまった。楽しかったリオくんの誕生パーティのあと、漠然とした何かが私の胸と頭の両方に何かを訴えかけて止まないのだ。

 これを相談できるのは、一ノ瀬会長しかない。私のこの学校での人脈なんて、先日の誕生パーティがほとんどすべてといって過言ではないので、やむなくまた生徒会室にきたのだけど、気が急いてしまった。

 まだ、何と相談すべきか、切り出す言葉すらも見つかっていない。だから、無意識に一ノ瀬会長のいないような時間に来てしまったのだろう。

 少し、ほっとした気分で踵を返した先に、目当ての女生徒が立っていた。

「……なにか?」




 生徒会室に通された私は、温かいお茶を出されて、ティーカップを手に取った。

 そのお茶が出る時間までも、生徒会室に言葉はひと言ふた言しかなかった。

 お茶を淹れます、と、はい、だ。

 なんと、なんといえばいいだろうか。

 勧められた椅子に座って、熱いお茶を啜ると、出掛けた言葉を飲み込んでは練り直す。

「一ノ瀬会長は……気になりませんか」

 ついに口火を切ってしまった。

 一ノ瀬真白会長は、椅子に行儀良く座って、私の言葉をじっと待っていた。

 私は彼女が口に運んだお茶が、一口目かどうかもわからないくらい、内省していたことに気づいた。

 カップを乗せたソーサーを机の上に置くと、彼女は切り返した。

「春詩くんのことが気になるのですか?」

 的外れな名前にずるりと来たが、そういえば一ノ瀬会長にはそちらの方が心配なのだろうか。

「ちがいます、リオくんのことです」

 真白の冗談と、半分本気の切り返しに、私は自ら口にせざるを得なかった。たぶん、そう仕向けるための冗談だったのだろう。口をつぐんでこの話題を終わらせる手もあったが、無為に時を過ごすだけな気もした。ならば、踏み出そう。

「一ノ瀬会長は、リオくんの写真、ご覧になりましたか?」

 私は本題を切り出した。

 一ノ瀬真白は、一瞬の思案を踏まえて備品のタブレットを机の上に置く。細い指が画面に触れて、何枚かの画像を表示させた。

 その画像は、私が気がかりだった写真と同じだった。

 リオくんの体操着のふくらみ。

「その画像、人気ですよ。業者の撮影ではなく、生徒同士で撮った写真として、体育祭の全校グループに保存されています」

 先日の誕生パーティでも、みんなで写真を見ながらコメントしあったのは記憶に新しい。そんななかで、話題になるのを避けていた写真が、私と真白会長のそれだった。

「削除しないんですか?」

 生徒会なら、校内SNSの管理者権限があるはずだ。

「なぜですか?」

「それは……」

 確かに私に提示できる明確な理由はない。

「この画像の投稿主は、男子、女子で複数人。それぞれの投稿主が、何枚かアップしたうちの一枚として上げています。この写真は、どちらかというと健康的で、がんばっている莉緒くんの姿を写しています。魅力的であることは疑いようがありませんから、たまたまなにか倒錯的なものに感じる人もいるかもしれません。例えば、美しい少年が、女の子のように見える、とか……でも閲覧者の個人の主観であるといえる範疇でしょう」

 一ノ瀬会長も、とっくに検討はしていたのだ。

「あなたがあなた自身の画像を削除してくれ、というなら対応可能ですよ?」

 ”おむね様”なんて言われて、恥ずかしくないといえばウソになるが、男子がちょっと騒ぐくらい、どうでもよかった。

「あんなのはどうでもいいです」

 釈然としないままに、話は終わった。


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