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第一話(4)

 りこが鮮やかなスパイクを決めたのを、私は眺めていた。

 ここは緑生学園中学体育館。今日は球技大会だった。後片付けに、バレー部員が居残りして、ネットやらポールやらを片付けている。

 試合の方は、バレー部員はバスケに回されて、なれない種目でそこそこ疲れた。もちろん、りこもバスケ。葉月家特派員として、試合はちゃんと動画に収めてある。

「りこ、こないだの誕生会、楽しかったね」

 バンっ。と、私のトスを、りこがまたスパイクする。

 片付けてしまう前に、何本か打ちたいというりこの願いで、カゴ一杯分のボールを、今打ち尽くしたところだ。

「うん、楽しかった。とみちゃんもありがとう。りお兄、喜んでたよ」

 莉緒さんも、りこの大好きなお兄さんではあるけれど、私にはあまり接点がなかった。

 私たちが中学一年の時、秋から冬にかけて、いっとき校内の空気がおかしな感じになったことがあった。変な画像が二年生のメッセージグループで出回っていたらしくて、それを一部の男子たちが、知り合いから画像をもらって騒いでた。

 その画像が、莉緒さんだって、ちょっと噂で聞いたけど。

 そのころ、SNSに関する注意点やマナー、炎上、不法行為、誹謗中傷、それらから身を守るための方法とか、そういったことを教わる特別授業があった。

 何人かは、生徒指導室に呼び出されたりして、そうこうしているうちに校内の変な空気は薄れていった。

 莉緒さんは、少し体調を崩して学校を休んでいたみたいだけど、莉緒さんが三年生になってからの一年間は、りこと一緒に登下校することもあったりして、そのころなんとなく知り合いになった。そんな先輩だ。りこのお兄さんだから、私もちゃんとお祝いしたかったし、来春入学する学校の先輩方ともお知り合いになっておこうって思った。

 高校って、楽しそう。りこじゃないけど、早く進学したいって思う。先輩方と話していてそう思えた。

「おうい、そろそろそっちのコートも片づけたいんだけど」

 男子部員の後輩を仕切っていた勇吾がやってきた。他のコートはきれいさっぱり仕舞われている。

「はーい、勇吾ありがとう!」 と、りこが応じる。

「足はもういいみたいだな」

「うん、ばっちり!」

 勇吾は、りこと親しげに、自然に会話するようになった。以前は女子相手、しかも好きな相手だから照れながらの勇吾だったが、いまは程よく慣れたみたいだ。

 でも、進展はない。お兄さんに報告しとこうかな。今日の私は、ややテンション低めに二人を見守っていた。

「とみちゃん、ボールは私が拾うから。トス上げしてくれてありがとう」

 りこがダッシュで車輪付きのカゴを押していく。ほんとうに、足の調子は良さそうだ。

 これなら来月の県予選が楽しみ。りこは、背は高いほうではないけれど、すごい運動量でそれをカバーするタイプ。きっといいとこまで勝ち上がれると思う。お兄さんを、絶対に応援に引っ張り出さなきゃ。




 一日、球技大会で授業もなく終わった。部活動がない分、その日は帰りが早かった。

 体育館の片付けが済むころには梅雨空が雨を落とし始めていた。私たちが昇降口を出ようとする時には、すっかり本降りだ。

「とみちゃん、傘忘れたあ」

「えぇ? この天気予報で忘れるとか……お兄さんの教育はどうなってんの」

 ついお兄さんにメッセージするような口調がそのまま口をつく。

「はる兄は関係ないしー」

 りこがぷー、っと口をつきだす。

「葉月、傘……ないのか?」

 勇吾だ。イケメンではないけど、さわやかスポーツ少年、このタイミングに居合わせるとは、勝負運を持ってる。

「う、うん」

 りこの表情が、少しお澄まししたように私は見えた。やっぱり、意識してるのかな。

 勇吾は、ちょっと顔を赤らめながら、何か言おうとしてる。ものすごく緊張してるのが、伝わってくる。

「か……傘、入ってく?」

 向かい合う二人。昇降口を出ていく人の流れの、何人かがそれに気づいていた。

 りこも、頬を染めて俯いている。おんなじ女子でも、可愛いって思うよ。

「ごめん、とみちゃんに、入れてもらうから……」

 私の腕に、りこは抱きついた。赤い頬を隠すように、肩に顔をうずめてる。

「そ……そうだよな。ごめん!」

 そそくさと、勇吾は走ってく。あんなに走ったら、傘も無駄になるだろうに。

「りこ、勇吾行ったよ」

 雨音の向こうで、勇吾の背中が小さくなっていく。

「うん……」

「勇吾のこと、嫌いなの?」

 りこは私の肩の上で、うずめた顔を横に振った。

「嫌いじゃない……でも、あれって、そういうことだよね……?」

 救いを求めるように私を見る瞳は、きらきらしてやっぱり素敵な女の子だ。

「そう、なるでしょうね」

「私は、そうじゃないんだよ?」

 また俯いてしまう。

「どうしたら、どうしてあげたら、いいのかな……」

 りこは、そのあと、ものすごく甘えんぼさんで、私の腕から離れない。

 どうせバス停までは一緒だから、いいのだけど。




 ◆◇◆◇◆




 掃除当番の務めを立派にこなした俺は、バス停で下り方向のバスを待った。傘を持ってくるのを忘れてたけど、部活に行く莉緒が別れ際に、思い出したように折り畳み傘を渡してくれた。

『兄さん、忘れたでしょ?』 と。

 バス停は屋根付きで、乗車待ちの列がちょっとだけ並んでいた。

 緑生学園の方からも、後輩どもが下校してくる。そういえば球技大会って言ってたな。催事でまとまった人数が同時に下校するタイミングとかち合うと、バスはすごく混雑する。

 そこへ中学生の列をぐんぐん追い抜いてくる姿があった。

 勇吾くん、だよな。

 彼も、こちらに気づいて、しっかりと礼をしていった。さすが体育会系。

 更に数分、バスがやってくるころに、富田さんが相合傘でやってきた。とみちゃんモテるなぁって思ったら、相手はりこだった。

「お兄さん! いいところに。これ、預けますね。明日返してください」

 これ、って押し出されたのは、りこだった。

「おいおい、カノジョかよ」

 所有権を主張するかのようなとみちゃんの言に突っ込む。

「勇吾より私を選んでくれたんで、私のカノジョで間違いないです」

 俺からすれば、ただの冗談としか思えないそのセリフを聞いたりこが、とみちゃんにギュッとしがみついたように見えた。

「なんだそれ? ほら、りこ、バスに乗るぞ。これを逃すと一時間待ちだ」

 混み合うバスに俺たちは体を押し込んで、とみちゃんに手を振った。




 ◆◇◆◇◆




 私は、葉月兄妹を見送ってから、スマホを取り出す。ことの顛末をお兄さんにこっそり報告しようと途中まで文字を入れていったけど……やめた。

「お兄ちゃんの前で言わないで」

 さっき、私の腕にギュッとしがみついたりこは、かすかな声でそう言った。勇吾のことを、お兄さんに知られたくない、ということだよね。勇吾の誘いを断る自分が、どういう気持ちなのか。

 それを……知られたくない、ってことだろうか。気づいちゃったのかな。りこ。


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