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第一話(3)

 その日の放課後、終礼が終わって早々、俺は四階の一年生の莉緒の教室に向かった。

 誕生パーティは元気に過ごしたものの、体育祭からここしばらく、体が完全に復調していないという理由で莉緒は部活を休んでいる。そろそろ回復してきたし、今日は一日学校で過ごして、体調が良ければ部活に出ると言っていたから、様子を見に行くのだ。帰るというなら一緒に帰る心づもりで俺は歩いた。

 階段を登り、四階の廊下を歩く。

 道々、すれ違う女子たちから、何か視線を感じる。

「俺、なんかしたかなぁ。悪い評判立ってないといいんだけど」

 以前の俺なら、悪い評判なんて気にもしなかったのだが、今の俺には関わってくれる人たちがいる。その人たちに迷惑を掛けたくはない。

 莉緒の教室で、居合わせた桐原理々香にそのことを話すと、理々香は少し言葉選びに悩んだ様子を見せた。

「葉月先輩……悪評ではないんですが、モテてる……わけではないんですよ? 男子が勘違いすると痛いというか哀れなので、まずそれを先に言っておきます」

 ずいぶんな前置きだ。

「キーはお姫様抱っこです。いわばメインビジュアル」

「は??」

 理々香は何枚かの、体育祭の写真をスマホで見せた。見せたい写真が連続で出てくるという事は、わざわざ別フォルダに分けて保存してあるのだろうか。

 俺が莉緒を抱えて走る写真が数枚。俺の背中をタオルで拭いてくれる莉緒の写真。これは俺のセクシーな背中が映っている。俺が莉緒のほっぺたをタオルで拭いている写真なんてのもあった。

「どうやら、体育祭実行委員会が共有した写真のほかにも、生徒の間で出回ってる写真があるらしくて、これはそのうちの数枚です」

「ほほう?」 と柚羽が混ざってくる。ちなみに、莉緒は椅子に座ってこの話を静聴中。

「献身的な姿と、兄弟で助け合う姿が、尊いっ、って一部の女子で人気なんです」

 スマホの画面を俺の眼前に突き出して理々香は熱弁した。

「あ~、尊死(とおとし)っ、って叫んでる人いたねー」

「ここで、勘違いしちゃダメなポイントをお教えします。別に葉月先輩はモテてません。二人の姿が良かったんです」

 理々香のセリフの前に、杉山柚羽の妙な合いの手が入ったが、俺はスルーした。

「だから、今の先輩にひそかに集まる視線は、作品を見た後の、フィギュアやコスプレを見て愛でてるような気持ちです」

「わ、わかった」

「もともと、注目されてたのはリオくんなんですけどね。それきっかけで観察された結果というか」

 ううむ。そうか。俺にもモテ期が到来したのかと思った。

 いや、待てよ?

「その理屈でいうと、おまえも気をつけろよ、男どもの目」

 理々香をまねて、スマホの画像を突き付ける。全校グループで共有されている体育祭の写真の中でも、理々香の写真は大人気で閲覧数はトップ10に入るだろう。

「うぅっ!」

 理々香は胸を隠すように自分の両腕を抱いた。

「葉月くーん。掃除当番忘れてるよお~」

 どこからともなく声がして、あ、と俺は思い出した。今朝がた、掃除しにくそうだなと湿った床を見ていたではないか。

 声の主は教室の戸口に立つ小倉さんだ。

「悪い、すっかり忘れてたよ。すぐ戻るから」

「僕は、部活に行くね」

 騒がしいなかでもにこにこしていた莉緒が、ようやく発言のタイミングを得たという風に、口にしたのだった。




 ◆◇◆◇◆




 リオくん、柚羽、葉月先輩、掃除当番を呼びに来た小倉先輩。この場にはいないけど、一ノ瀬会長や副会長。あ、竹内先輩も。最近できたグループだけど、とても居心地がよかった。女子のグループにある奇妙な気遣いもいらない、私にとっての、やさしい世界だ。

 葉月先輩のうっかり発動で、小倉先輩がやってきて……小倉先輩、よく葉月先輩の居場所が私たちの教室だってわかったな。おとなしい雰囲気なのに、しっかり男子の尻を叩いて葉月先輩を教室へと追い戻すのは、なんだかしっかりものの牧羊犬みたい。

 みんなとお互いに手を振りあって下校する。

 いま、私は高校生活がとても楽しくなっていた。

 でも少し不安なこともある。

 葉月莉緒――リオくん。初めてみたとき、こんなきれいな子がいるんだ、って思った。それも、男の子だなんて。

 私も周囲に、理々香はきれいだから、って言われて、そういうときは素直にお世辞を受け取っている。それくらいには自分の容姿にも気を使っているし自負がある。お世辞なのもわかっている。けど、リオくんはその枠から外れたような存在。以前は気味が悪いとすら思っていた。だって、男の子なのだ。

 そんな、儚げで、脆く壊れてしまいそうなその子を、一生懸命守ろうとする人がいて。

 その子を守っている人――葉月先輩。

 何枚か、先輩には見せなかった写真もある。

 映り方のせいなのか、なんなのか。

 リオくんが、可愛すぎるのだ。いや、問題をオブラートに包んでも仕方ない。口に出すかはさておき。リオくんの胸もとが、なんだか少しふっくらして見えるのだ。それゆえか、リオくんの写真は、他の写真もそうだけど、より一層、女の子が映っているようにしか見えなかった。

 下校途中、降りだした梅雨空に抗うように、私は折り畳み傘を開いた。


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